敗戦後の我が国を縛ってきたのは
東京裁判史観
これは日本が敗戦した時に連合国側が日本を裁いた訳です。
しかし、これが実にけしからん!
この東京裁判はニュルンベルク裁判に従って裁くと言う発想であったわけです。
ニュルンベルク裁判とは解りやすく言えばユダヤ人を虐殺した人々を裁いた裁判であったのです。
しかし、こんな発想では裁判は出来ません。
我が国にはナチスもなく、ユダヤ人も虐殺などしていない
事実もないもので裁判など出来るはずもない。
そしてニュルンベルク裁判の様にやろうとしたが出来ない。
出来ないので、何をやったかと言えば
昭和三年以降の政治を全部裁く
と言う、とんでもない事を始めるのです。
とにかく、初めから日本を有罪にする事だけは決まっていた。
裁判は連合国側がダグラス・マッカーサーに全権委任する形で始まりました。
そこでマッカーサーは、連合国全ての負託を受け
国際法によらず
『マッカーサー条例』なる、自分の参謀本部が作成した項目によって検事に告発してもらうという形を取りました。
国際法によらず、つまり国際法を無視して独自のルールで裁判をやるというのですから、これは初めから結論有りき、結論のわかった裁判ということになります。
そこで裁判はアメリカ式でやる事になります。
そもそもアメリカ人なんてのは単純でバカです。
戦時のプロパガンダ通りに裁けると考えました。
アメリカの戦時プロパガンダと言えば
『日本人は悪だ!日本人は悪魔だ!日本人は侵略した!』
そのようなものです。
そして、裁判をする訳ですから弁護側を選ばなければならない。
アメリカの弁護裁判と言うのは日本とは違いました。
日本の裁判と言うと、欧州大陸系裁判でありアングロサクソン系の裁判とは違いました。
それでは裁判になりません。
ですから、裁判の際の弁護人はアメリカに選んでもらうということになりました。
すると任命された弁護人は次から次へと辞退します。理由は簡単です。
『そんな悪魔の様な国の弁護など出来るか!』と言うものです。
しかし弁護人がいなければ裁判になりません。
そんな訳で嫌々ながら弁護団が来たのです。
しかしです、裁判が始まってみるとこれがどうした事か、弁護団が燃えるのです。
『なんだ?日本は悪かったんじゃないのか?』
『全然悪くもないんじゃないか?』
そして実際に裁判についての管轄権について質問したところ、当時のウェッブ裁判長は答える事が出来なかったのです。
これにアメリカ人弁護団は怒りを露わにします。
『管轄権も示せない裁判など即時解散しろ』
これを何度も突きつけたものですから、弁護士がクビになるという事態が起きるのです。
アメリカ人弁護士は何故か熱血弁護をします。
『人道に対する罪』なるものの時も『それはなんだ?』と。
そしてなんと驚く事に
『我々は原爆を作らせた者、運ばせた者、落とした者、全部わかっているじゃないか!そんな国がどうして日本に人道問題を問えるのか?』
その様な主張をしたのです。
これをアメリカ人弁護士が言っているのです。
更に南京についても、マギーと言う牧師が『どこそこでたくさん殺された』とか『あちらで強姦があった』と証言します。
これにアメリカ人弁護士は反対尋問をします。
『今、色々とお伺いしたけれど、それは伝聞や噂話しである』と。
そして『あなた自体は、その様な光景を何人見たのですか?』と問うたのです。
と、言うのもこのマギーという牧師、これは大変偉い牧師だったのです。
南京の普通の人々が暮らす安全地帯の赤十字の幹部でトップに近い人間だったのです。
更に安全地帯の外人団体のトップでもあったのです。
ですから、このマギー牧師と言うのは、どこでも自由に歩き回れたのです。
その偉い牧師が『何人見たか?』と聞かれたのです。
これは証人からすれば痛い質問です。
そして牧師と言う立場上嘘はつけないのです。
聞かれた牧師は
『一人』
そう答えるのです。
そしてこの状況は如何なるものかと言えば。
安全地帯に入り込もうとした支那人青年がいた、そこで日本軍歩哨が『止まれ!』と制止した、しかしこの青年は止まらず走って入ろうとした、そこを撃たれたというものです。
これは虐殺とは言いません。
例えば、アメリカニューヨークやワシントンなんて主要都市、いや主要都市でなくとも警官に『止まれ!』と言われて、走り出せば撃たれます。
しかし、南京は、これは戦場です。
強姦にしても『らしきもの』を見たのが一つ。
略奪も今で言うアイスボックスのような箱を空き家から持ち出した兵隊を見た事がある。
それだけなんです。
それで裁判長も最終的には死刑は一人も出さなかった。
しかし、支那やフィリピンやアメリカの代表は死刑を出さなければ裁判の体をなさないと主張する者もいたのです。
それで結局7人は死刑判決が下ります。
しかし、全会一致ではなかった。
僅かの差で『死刑』です。
ダグラス・マッカーサーは日本に7年近くいて、東京裁判も見ていた。
天皇にも拝謁し、日本人がどういう民族か、どういう人間か知った事でしょう。
そして、何かしら疑問を抱いてもいた。
そんな考えが湧いていた時に朝鮮戦争が勃発します。
朝鮮戦争が起こってみると、日本の軍人が証言した通りの、その通りの事が起こっている。
日本が手を引けば、必ずソ連が入ってくる、共産党軍が入って来る
こんなものは、わかりきった話しです。
そして当時の大統領トルーマンとウェーキ島で会談した時にマッカーサーはこう述べます。
『東京裁判なんてやるべきではなかった』
朝鮮戦争は熾烈を極め、人海戦術で共産党兵は幾らでも、殺しても殺しても出てくるのです。
遂にマッカーサーは『原爆使用やむなし』と判断しますが、これは危ないと大統領トルーマンはマッカーサーをクビにしてしまいます。
そしてマッカーサーは国に戻ります。
帰国したマッカーサーはアメリカの軍事合同委員会にて証言を求められます。
軍事合同委員会とはアメリカの軍事外交の最高の場所です。
これはアメリカの軍事の公の最高の場での証言です。
重みが違います。
これは証言であって、独り言でも、妻に話した事でも、友達と語らった事でもありません。
これは歴史的事実です、動かぬ歴史的事実です
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」
こう証言したのです。
日本は日本の安全保障の為に余儀なく戦争に突入せざるを得なかった。
この様に述べているのです。
この証言により実質東京裁判はパンクしたのです。
マッカーサーは連合国から全権委任された、東京裁判の責任者です。
日本は侵略国家で、悪い国で、悪魔の様な国である!という建て前をもって裁判をやった張本人です。
その張本人が
あれは自衛のためだった
そう証言したのです。
この証言は効果があった。
その証言からサンフランシスコ講和条約に進むのです。
一年後には講和条約が成立するのです。
それまでのアメリカは、25年〜50年は占領すると言われていたのです。
それは日本が原子物理学の研究を禁じられ、飛行機の製作も禁じられていたからでもあったのです。
能力も技術もある、その最先端の研究を禁じらては発展は望めません。
資源の無い日本はたちどころに、その繁栄を封じられ二流、三流国家へと凋落してしまいます。
そこへ、朝鮮戦争から呼び戻され、先のマッカーサーの証言により『日本は悪い国ではなかった』となったのです。
だからこそ、そこから一気にサンフランシスコ講和条約が成立したのです。
もちろん当時反対した者もいた。
それがソヴィエト連邦です。
しかし、アメリカ、イギリスを始めとして世界の40を超える国々が賛成した。
そして、日本にも反対した者がいた。
それが
日本共産党
そして
社会党
社会党左派は、野党第一党であるにも関わらず、自国が、自分の祖国が独立し主権を回復する事に反対したのです。
自国の独立に反対ならば、支那だのロシアだの好きな所何処へでも行けば良いのです。
ところが居座り続け、悪い事ばかりやり続け現在に至るのです。
何より我々の記憶に新しいのは
村山談話です。
村山談話では『日本は悪い事をした、アジア諸国に迷惑をかけた』と言ったのです。
一体どの国が迷惑したのか?
世界の植民地支配は無くなり、皆日本のおかげで独立したではないですか!
そうすると、現在でも反日のくそ連中は『支那や韓国が…』とか言い出す。
韓国など、あの戦争に全く関係ない。
支那はと言えば、あの日本を悪者にする為だけの東京裁判ですら『日中戦争は日本が始めた』と立証する事が出来なかったのです。
開戦の責任は日本に問えなかった
これが事実です。
一体何を謝る必要があるのか?
あの村山談話、村山富市というジジイが謝ったが為に従軍慰安婦なる嘘を含め我が国、我が国民は縛り付けられ苦しめられているのです。
今現在、安倍晋三首相が何かしらの発言をすれば『日本はまだ反省が足りない』とか『歴史修正主義』とか言われます。
いわゆるリビジョニストと言われるものです。
しかし、マッカーサーの証言、その証言からバタバタと決まった講和条約。
その講和条約に賛成をした国々。
これらを見れば、むしろ歴史を修正したのはマッカーサーであり、連合国であり、世界であったのです。
そして、それらは間違った認識、間違った歴史を修正するものであったのは明白です。
では、今現在歴史修正を行なっているのは誰なのか?
本当のrevisionistは誰なのか?
我々はこの問いに答え、間違った認識はこれを絶対に解かねばならないのです。
東京裁判史観
これは日本が敗戦した時に連合国側が日本を裁いた訳です。
しかし、これが実にけしからん!
この東京裁判はニュルンベルク裁判に従って裁くと言う発想であったわけです。
ニュルンベルク裁判とは解りやすく言えばユダヤ人を虐殺した人々を裁いた裁判であったのです。
しかし、こんな発想では裁判は出来ません。
我が国にはナチスもなく、ユダヤ人も虐殺などしていない
事実もないもので裁判など出来るはずもない。
そしてニュルンベルク裁判の様にやろうとしたが出来ない。
出来ないので、何をやったかと言えば
昭和三年以降の政治を全部裁く
と言う、とんでもない事を始めるのです。
とにかく、初めから日本を有罪にする事だけは決まっていた。
裁判は連合国側がダグラス・マッカーサーに全権委任する形で始まりました。
そこでマッカーサーは、連合国全ての負託を受け
国際法によらず
『マッカーサー条例』なる、自分の参謀本部が作成した項目によって検事に告発してもらうという形を取りました。
国際法によらず、つまり国際法を無視して独自のルールで裁判をやるというのですから、これは初めから結論有りき、結論のわかった裁判ということになります。
そこで裁判はアメリカ式でやる事になります。
そもそもアメリカ人なんてのは単純でバカです。
戦時のプロパガンダ通りに裁けると考えました。
アメリカの戦時プロパガンダと言えば
『日本人は悪だ!日本人は悪魔だ!日本人は侵略した!』
そのようなものです。
そして、裁判をする訳ですから弁護側を選ばなければならない。
アメリカの弁護裁判と言うのは日本とは違いました。
日本の裁判と言うと、欧州大陸系裁判でありアングロサクソン系の裁判とは違いました。
それでは裁判になりません。
ですから、裁判の際の弁護人はアメリカに選んでもらうということになりました。
すると任命された弁護人は次から次へと辞退します。理由は簡単です。
『そんな悪魔の様な国の弁護など出来るか!』と言うものです。
しかし弁護人がいなければ裁判になりません。
そんな訳で嫌々ながら弁護団が来たのです。
しかしです、裁判が始まってみるとこれがどうした事か、弁護団が燃えるのです。
『なんだ?日本は悪かったんじゃないのか?』
『全然悪くもないんじゃないか?』
そして実際に裁判についての管轄権について質問したところ、当時のウェッブ裁判長は答える事が出来なかったのです。
これにアメリカ人弁護団は怒りを露わにします。
『管轄権も示せない裁判など即時解散しろ』
これを何度も突きつけたものですから、弁護士がクビになるという事態が起きるのです。
アメリカ人弁護士は何故か熱血弁護をします。
『人道に対する罪』なるものの時も『それはなんだ?』と。
そしてなんと驚く事に
『我々は原爆を作らせた者、運ばせた者、落とした者、全部わかっているじゃないか!そんな国がどうして日本に人道問題を問えるのか?』
その様な主張をしたのです。
これをアメリカ人弁護士が言っているのです。
更に南京についても、マギーと言う牧師が『どこそこでたくさん殺された』とか『あちらで強姦があった』と証言します。
これにアメリカ人弁護士は反対尋問をします。
『今、色々とお伺いしたけれど、それは伝聞や噂話しである』と。
そして『あなた自体は、その様な光景を何人見たのですか?』と問うたのです。
と、言うのもこのマギーという牧師、これは大変偉い牧師だったのです。
南京の普通の人々が暮らす安全地帯の赤十字の幹部でトップに近い人間だったのです。
更に安全地帯の外人団体のトップでもあったのです。
ですから、このマギー牧師と言うのは、どこでも自由に歩き回れたのです。
その偉い牧師が『何人見たか?』と聞かれたのです。
これは証人からすれば痛い質問です。
そして牧師と言う立場上嘘はつけないのです。
聞かれた牧師は
『一人』
そう答えるのです。
そしてこの状況は如何なるものかと言えば。
安全地帯に入り込もうとした支那人青年がいた、そこで日本軍歩哨が『止まれ!』と制止した、しかしこの青年は止まらず走って入ろうとした、そこを撃たれたというものです。
これは虐殺とは言いません。
例えば、アメリカニューヨークやワシントンなんて主要都市、いや主要都市でなくとも警官に『止まれ!』と言われて、走り出せば撃たれます。
しかし、南京は、これは戦場です。
強姦にしても『らしきもの』を見たのが一つ。
略奪も今で言うアイスボックスのような箱を空き家から持ち出した兵隊を見た事がある。
それだけなんです。
それで裁判長も最終的には死刑は一人も出さなかった。
しかし、支那やフィリピンやアメリカの代表は死刑を出さなければ裁判の体をなさないと主張する者もいたのです。
それで結局7人は死刑判決が下ります。
しかし、全会一致ではなかった。
僅かの差で『死刑』です。
ダグラス・マッカーサーは日本に7年近くいて、東京裁判も見ていた。
天皇にも拝謁し、日本人がどういう民族か、どういう人間か知った事でしょう。
そして、何かしら疑問を抱いてもいた。
そんな考えが湧いていた時に朝鮮戦争が勃発します。
朝鮮戦争が起こってみると、日本の軍人が証言した通りの、その通りの事が起こっている。
日本が手を引けば、必ずソ連が入ってくる、共産党軍が入って来る
こんなものは、わかりきった話しです。
そして当時の大統領トルーマンとウェーキ島で会談した時にマッカーサーはこう述べます。
『東京裁判なんてやるべきではなかった』
朝鮮戦争は熾烈を極め、人海戦術で共産党兵は幾らでも、殺しても殺しても出てくるのです。
遂にマッカーサーは『原爆使用やむなし』と判断しますが、これは危ないと大統領トルーマンはマッカーサーをクビにしてしまいます。
そしてマッカーサーは国に戻ります。
帰国したマッカーサーはアメリカの軍事合同委員会にて証言を求められます。
軍事合同委員会とはアメリカの軍事外交の最高の場所です。
これはアメリカの軍事の公の最高の場での証言です。
重みが違います。
これは証言であって、独り言でも、妻に話した事でも、友達と語らった事でもありません。
これは歴史的事実です、動かぬ歴史的事実です
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」
こう証言したのです。
日本は日本の安全保障の為に余儀なく戦争に突入せざるを得なかった。
この様に述べているのです。
この証言により実質東京裁判はパンクしたのです。
マッカーサーは連合国から全権委任された、東京裁判の責任者です。
日本は侵略国家で、悪い国で、悪魔の様な国である!という建て前をもって裁判をやった張本人です。
その張本人が
あれは自衛のためだった
そう証言したのです。
この証言は効果があった。
その証言からサンフランシスコ講和条約に進むのです。
一年後には講和条約が成立するのです。
それまでのアメリカは、25年〜50年は占領すると言われていたのです。
それは日本が原子物理学の研究を禁じられ、飛行機の製作も禁じられていたからでもあったのです。
能力も技術もある、その最先端の研究を禁じらては発展は望めません。
資源の無い日本はたちどころに、その繁栄を封じられ二流、三流国家へと凋落してしまいます。
そこへ、朝鮮戦争から呼び戻され、先のマッカーサーの証言により『日本は悪い国ではなかった』となったのです。
だからこそ、そこから一気にサンフランシスコ講和条約が成立したのです。
もちろん当時反対した者もいた。
それがソヴィエト連邦です。
しかし、アメリカ、イギリスを始めとして世界の40を超える国々が賛成した。
そして、日本にも反対した者がいた。
それが
日本共産党
そして
社会党
社会党左派は、野党第一党であるにも関わらず、自国が、自分の祖国が独立し主権を回復する事に反対したのです。
自国の独立に反対ならば、支那だのロシアだの好きな所何処へでも行けば良いのです。
ところが居座り続け、悪い事ばかりやり続け現在に至るのです。
何より我々の記憶に新しいのは
村山談話です。
村山談話では『日本は悪い事をした、アジア諸国に迷惑をかけた』と言ったのです。
一体どの国が迷惑したのか?
世界の植民地支配は無くなり、皆日本のおかげで独立したではないですか!
そうすると、現在でも反日のくそ連中は『支那や韓国が…』とか言い出す。
韓国など、あの戦争に全く関係ない。
支那はと言えば、あの日本を悪者にする為だけの東京裁判ですら『日中戦争は日本が始めた』と立証する事が出来なかったのです。
開戦の責任は日本に問えなかった
これが事実です。
一体何を謝る必要があるのか?
あの村山談話、村山富市というジジイが謝ったが為に従軍慰安婦なる嘘を含め我が国、我が国民は縛り付けられ苦しめられているのです。
今現在、安倍晋三首相が何かしらの発言をすれば『日本はまだ反省が足りない』とか『歴史修正主義』とか言われます。
いわゆるリビジョニストと言われるものです。
しかし、マッカーサーの証言、その証言からバタバタと決まった講和条約。
その講和条約に賛成をした国々。
これらを見れば、むしろ歴史を修正したのはマッカーサーであり、連合国であり、世界であったのです。
そして、それらは間違った認識、間違った歴史を修正するものであったのは明白です。
では、今現在歴史修正を行なっているのは誰なのか?
本当のrevisionistは誰なのか?
我々はこの問いに答え、間違った認識はこれを絶対に解かねばならないのです。