愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

目立った言葉:祭司長と年長者たちはイエスに「だれがこの権威を与えたのか」と言った

2014-07-24 23:33:33 | 神の言葉・聖書

 イエス・キリストはいちじくの木にはりっぱながあるものの、実際には良い実を結んでいないために、「永久に実が出ないように」と命じると、そのいちじくの木は「たちどころに枯れてしまった」のです(マタイ21:19)。このいちじくの木の葉は見せかけのものでした。このいちじくの木の葉に相当するのが祭司長と書士たちおよびイスラエル国民でした。このことは、イエスが弟子たちに全き信仰を抱くことの重要性を、いちじくの木を枯らす実例を持って教えらたのです(マタイ21:21,22)。これは、不信仰なイスラエル国民を予示するものとなっています。次いで、イエスは祭司長や民の年長者たちから挑まれました。その時の様子がマタイの福音書に次のように記されています。

 「さて、神殿に入られると、祭司長と民の年長者たちが、イエスの教えておられるところにやって来て、「どんな権威こうしたこと(悪徳商人を神殿から追い出し、神殿を清める行為)をするのか。そして、だれがあなたにこの権威を与えたのか」と言った。イエスは答えて彼らに言われた、「わたしも、あなた方に一つのことを尋ねます。あなた方がわたしにそれを言うなら、わたしもあなた方に、どんな権威でわたしがこれらのことを行うかを言いましょう。ヨハネによるバプテスマ、それはどこから出たものでしたか。天からでしたか、それとも人からでしたか」。ところが、彼らは互いに論じはじめて、こう言った。「我々が、「天から」と言えば、彼(イエス)は、「では、なぜ彼を信じなかったのか」と言うだろう。だが、「人から」と言えば、我々にとっては群衆が怖い。彼ら(群衆)は皆ヨハネを預言者と見ているからだ」。それで彼らは、イエスに対する答えとして、「わたしたちは知らない」と言った。そこでイエスは彼らに言われた、「わたしも、どんな権威で自分がこれらのことを行うかを、あなた方には言いません」(マタイ21:23~27)。

 宗教指導者たちの祭司長と民の年長者たちは、イエスの質問に対して、心がよこしまな推論によって正しく答えるのはやめ「わたしたちは知らない」と答えました。イエスは不正直な宗教指導者たちと、同じように、ご自分がどんな権威で業を行っているのかの答えを提供しませんでした。このイエスの対応の仕方から学べるのは、私たちによこしまな態度で質問する人には、真理を証しする必要がない、ということです。イエスは豚に神聖なものを投げ与えてはなりません、と教えられた通りです(マタイ7:6)。

           夏花火 一瞬の花 消え去りぬ 今日の一句

                     妻の育てる「キュウリ」

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八重ムクゲとブーゲンビリア

2014-07-24 21:59:54 | 四季折々の花々

 鉢植えの淡い紅色系の八重ムクゲが咲いていました。我が家の庭に咲く白色ムクゲとは趣が異なります。暑さの厳しい中でも爽やかで柔らかい雰囲気を楽しむことができます。ムクゲの花期は8月~9月と花図鑑では紹介されていますが、こちらでは6月から花を見ることができます。用途は切り花、鉢植え、庭植えです。花言葉は「強い精神力」です。

 今日は八重ムクゲとブーゲンビリアの花を紹介致します。

          市内の循環器科・内科医院の鉢植えの「八重ムクゲ」

                  通り道端の可愛い「ブーゲンビリア」

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目立った言葉:「信仰を抱いて祈り求めるものすべてを受ける」

2014-07-24 02:34:08 | 神の言葉・聖書

イエス・キリストに対し、祭司長と書士たちが、少年がイエスに「救いたまえ、ダビデの子を!」と叫んでいるのを憤慨し、抗議をしました。しかし、イエスは温和な霊を持って、み言葉聖書の詩編8編2節を適用し、彼らに教え、その場を去りました。そうしたイエスの残された模範の手本は、私たちが見倣うべき手本です(ペテロ第一2:21)。次いでイエスは、いちじくの木が実を結んでいないのを見た時、いちじくの木に「永久に実が出ないように」と、命じるといちじくの木は「たちどころに枯れた」ことがマタイの福音書に記録されています(マタイ21:19)。このことを通してイエスは信仰を抱いて祈り求めるものすべてを受けることを、弟子たちに保証された場面を次のように記しています(マタイ21:22)。

 「朝早く市(エルサレム)に戻って行く途中、イエスは飢えを覚えられた。そして、道路のそばにある一本のいちじくの木を見つけて、そのもとに行かれたが、それにはただの葉のほかには何も見あたらなかった。それで、「もうお前からは永久に実が出ないように」と言われた。すると、そのいちじくの木はたちどころに枯れてしまった。しかし、弟子たちはこれを見て不思議に思い、「いちじくの木がたちどころに枯れたのはどうしてですか」と言った。イエスは答えて言われた、「あなた方に真実に言いますが、ただ信仰を抱いて疑うことさえないなら、あなた方は、わたしがこのいちじくの木に行ったようなことができるだけでなく、この山に、「持ち上がって、海に落ちよ」と言ったとしても、そのこともまた起きるのです。そしてあなた方は、信仰を抱いて祈り求めるものすべてを受けるのです」(マタイ21:18~22)。

 いちじくの木は本来6月にならなければ、実を結ぶいちじくの季節にはなりません。上記のイエスがエルサレムに向かっている時は3月でした。しかし、いちじくの木は早くから葉をつけていましたが、葉は見せかけでいちじくの実はありませんでした。れでイエスは、そのいちじくの木に「永久に実が出ないように」と命じると、いちじくの木は「たちどころに枯れた」のです。イエスがそうされたことの意義がありました。いちじくの木の葉のように、良い実を結ばない見せかけは、当時の偽りの宗教指導者たちの祭司長と書士たちを表していました。彼らは矯正のしょうもない者でした。後にそのことが明らかになります。彼らは実を結ぶことがないことを明らかにしていました。一方イエスの真の弟子たちは、信仰を抱き祈り忠実を保つ、つまり小麦が多くの穀粒を生み出すように行動するゆえに「すべてを受ける」、つまり永遠の命を受ける保証を与えられました。加えて全き信仰は、山のように大きな問題も解決できることを教えられ、全き信仰の重要性を銘記されました。

     奉仕する 背に汗にじむ 日々となる 今日の一句

             庭に咲いている「花」

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