あれは、一体何時の頃だろう…
夕日に向かって声を上げて走っていくのは、幼い私
その後を泣きそうな顔をしながら、追いかけてくる子が一人
涙が零れそうに顔をクシャクシャにしていたその子に私は言った
「これをやるよ」
いつもつけていたお気に入りのポーチから取り出して…
「いいか、これからお前が・・・したら、ここに・・・」
なんだろう 手元がよく見えない
「それでもし、これが・・・したら、お前を―――」
<ピピピピ…>
とても気に入らないアラームが、夢の途中で現実にカガリを引き戻した。
(なんだったんだろう…今の夢は…)
虚ろに目を開けば、金眼に映るのは真っ赤な夕焼け空ではなく、真っ白なレースのかかった天蓋。
思い起こそうと頭を覚醒させている途中で、これまた毎度の大きな声。
「まぁまぁ、お嬢様。早くお起きになりませんと、学校に遅刻なさいますわよ。」
何時の間に部屋のドアを開けたのか。住み込みのお手伝いのマーナがカガリから毛布を引き剥がしにかかった。
「大丈夫、ちゃんと起きてるよ。ただちょっと夢に見たのを思い出そうとして…」
「まぁまぁ!お嬢様がご自分で起きているなんて…今日は雨が降るのではないでしょうか?ならば尚のこと、お車のご用意をしなくては―――」
毛布の中でしっかり目を開けていたカガリに驚きながら、マーナがカガリとは対照的な細い両目を見開いた。
確かにいつも、毛布を剥がさないでカガリが起き出すことは珍しいことだが…
(雨が降る、なんて、オーバーな!)
ベッドから飛び起きカガリが、いささか斜めになった機嫌を立て直しクローゼットの中からマーナが取り出した、仕立てあげたばかりのように<パリッ>とした制服に着替える。
「いつも言っているだろう?車はいいよ。電車と歩きで行きたいんだ。その方がミリィといっしょに行けるし…」
「でもお嬢様、最近物騒な連中がうろついているようなことを、旦那様がおっしゃっておりまして。大事な大事なお嬢様に登校や下校途中にもしものことがあってはと、マーナはそれはそれは心配で―――」
「だーいじょうぶだって!…よっと!」
海老茶のリボンを<キュ>っと締め、クルリと鏡の前で軽やかに一回転すれば、スカートがフワリと広がって弧を描く。うん、今日もばっちりだ。
「誰もいない道を歩くわけじゃなし、それにあんまり車に乗ってばかりいたら運動不足だし、ガソリン代だって浮くし、排気ガスも出ない。エコロジーだろ?」
「お嬢様…」
マーナの呆れ顔は今に始まったことではない。やや押しつけがましくもあるが、こうして自分を心配し、世話を焼いてくれるのは、自分を引き取ってくれた…養父とマーナくらいだ。何不自由ない生活を送らせてくれるだけでもありがたいうえに、こうして声をかけてくれるのだから、感謝以外に何があるであろう。
「さ、ご飯食べよ。今日の朝ごはんはなんだ?」
「お嬢様のお好きな、ちょっとスパイシーなオムレツでございますよ。」
「お!やったー!やっぱ今日は快晴だな。」
小鳥のように軽やかにステップをしながら、カガリは元気よくダイニングへと降りて行った。
<…続きを読む>
夕日に向かって声を上げて走っていくのは、幼い私
その後を泣きそうな顔をしながら、追いかけてくる子が一人
涙が零れそうに顔をクシャクシャにしていたその子に私は言った
「これをやるよ」
いつもつけていたお気に入りのポーチから取り出して…
「いいか、これからお前が・・・したら、ここに・・・」
なんだろう 手元がよく見えない
「それでもし、これが・・・したら、お前を―――」
<ピピピピ…>
とても気に入らないアラームが、夢の途中で現実にカガリを引き戻した。
(なんだったんだろう…今の夢は…)
虚ろに目を開けば、金眼に映るのは真っ赤な夕焼け空ではなく、真っ白なレースのかかった天蓋。
思い起こそうと頭を覚醒させている途中で、これまた毎度の大きな声。
「まぁまぁ、お嬢様。早くお起きになりませんと、学校に遅刻なさいますわよ。」
何時の間に部屋のドアを開けたのか。住み込みのお手伝いのマーナがカガリから毛布を引き剥がしにかかった。
「大丈夫、ちゃんと起きてるよ。ただちょっと夢に見たのを思い出そうとして…」
「まぁまぁ!お嬢様がご自分で起きているなんて…今日は雨が降るのではないでしょうか?ならば尚のこと、お車のご用意をしなくては―――」
毛布の中でしっかり目を開けていたカガリに驚きながら、マーナがカガリとは対照的な細い両目を見開いた。
確かにいつも、毛布を剥がさないでカガリが起き出すことは珍しいことだが…
(雨が降る、なんて、オーバーな!)
ベッドから飛び起きカガリが、いささか斜めになった機嫌を立て直しクローゼットの中からマーナが取り出した、仕立てあげたばかりのように<パリッ>とした制服に着替える。
「いつも言っているだろう?車はいいよ。電車と歩きで行きたいんだ。その方がミリィといっしょに行けるし…」
「でもお嬢様、最近物騒な連中がうろついているようなことを、旦那様がおっしゃっておりまして。大事な大事なお嬢様に登校や下校途中にもしものことがあってはと、マーナはそれはそれは心配で―――」
「だーいじょうぶだって!…よっと!」
海老茶のリボンを<キュ>っと締め、クルリと鏡の前で軽やかに一回転すれば、スカートがフワリと広がって弧を描く。うん、今日もばっちりだ。
「誰もいない道を歩くわけじゃなし、それにあんまり車に乗ってばかりいたら運動不足だし、ガソリン代だって浮くし、排気ガスも出ない。エコロジーだろ?」
「お嬢様…」
マーナの呆れ顔は今に始まったことではない。やや押しつけがましくもあるが、こうして自分を心配し、世話を焼いてくれるのは、自分を引き取ってくれた…養父とマーナくらいだ。何不自由ない生活を送らせてくれるだけでもありがたいうえに、こうして声をかけてくれるのだから、感謝以外に何があるであろう。
「さ、ご飯食べよ。今日の朝ごはんはなんだ?」
「お嬢様のお好きな、ちょっとスパイシーなオムレツでございますよ。」
「お!やったー!やっぱ今日は快晴だな。」
小鳥のように軽やかにステップをしながら、カガリは元気よくダイニングへと降りて行った。
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