「もう出かけるのか?」
「あぁ。」
彼女の眼前に立つ俺は、既に白と青の眩しいオーブの制服ではない。
灰がかった深い青味のコートに黒のロンググローブ。まさにどこかの国のアニメで見かけた忍者の装束のようだ。
それもそのはず、俺かこれから特殊任務にあたることとなった。
オーブ軍諜報部…簡単に言えばスパイということだ。
一か月前、突然俺はこの辞令を受けた。
「特殊任務、ですか!?」
半信半疑で受け取った辞令を食い入るように読み込んだが、そこには明らかに「スカンジナビア王国への出向」の文字が刻まれている。
「そうだ。よろしく頼む、ザラ二佐。…いや、これを以って諜報部一佐だな。」
俺の詰問にもブレることなく、彼女―――オーブ首長国代表にしてオーブ軍大将のカガリは落ち着いたそのアルトの声で、俺の不満を含んだ返答にさえ、周囲に気取られないよう包み込んでしまう。
「しかし、その、…」
「何だ?不服か?あるなら受けるぞ?何しろ下士官と違って上官への辞令は大将である私が出す以上、聞く責任は私にあるからな。」
何で君はそんなに済んだ金眼を俺に向ける?
俺がスカンジナビア王国に行ってしまったら、誰が君を守るんだ!?
君の傍にいられるからこそ、俺はオーブ軍に入隊し、君を掌中で守ろうとしているのに。
「それは―――、いえ…失礼しました。」
辞令を片手に抱え、敬礼する。
カガリは僅かに眉をひそめたが、軽く頷いて、部屋を後にする俺の背を見送ってくれた。
ディスティニープランを掲げたデュランダル議長との戦いが終わってまだ1年。
オーブは三度焼かれたが、それでも復興は目覚ましかった。
プラント評議会に招かれたラクスを追い、キラもプラントに向ったのを見送って、俺は改めてオーブ軍に所属した。もちろん、彼女を守るため。
最初は敵として出会い、そして紆余曲折を経て彼女たちと同じ道に向かい、そうしているうちに彼女の広い心に幾度となく救われ、それが愛情という名に形を変えるまで、そう時間はかからなかった。
しかし、二度目の大戦の開始と共に、何もできないでいる自分のはがゆさから俺はザフトに復隊。世界の流れは地球連邦と同盟を締結するオーブの首脳陣を止められなかった彼女との間に溝を作り、次第にその距離が遠くなった。
やがて議長の真の目的を知り、ザフトから離反した俺は、その時身も心もまさしくボロボロだった。
こんなに自分を追い詰めなければ気づかなかった平和への道筋。
カガリは彼女自身の道を選び、俺が渡した指輪を外した。
でも決して俺は彼女を諦めたりしない。
だからこうして今、一番近くで彼女を守っていた。そのはずなのに…
「何時もお前はザフトの赤服か、オーブ軍服だったから、諜報部の制服姿は斬新だな。」
「そうか?俺はあまり身に着けるものには興味はないからな。」
出立の一時間前。こうして彼女の執務室を訪れ、挨拶に向かった。
諜報部は基本、味方は居ない。
メイリンがバックアップに入るとの事だが、現場は俺一人の対応だ。
万が一的に感づかれ、脱することができなければ、それの意味するところは「もう命が無い」に等しい。
そう―――これが彼女を見る最後かもしれないのだ。
「お前には苦労ばかり掛けさせて、本当に申し訳ないと思っている。…でもな、一番の適任はどう考えてもお前しかいなかったんだ。頭の回転、決断力、身体能力、どれをとっても右に出る者はいない。まだ終結後1年も経っていないのに、この事態だ。オーブも優秀な士官たちを多く失った。それだけにお前のような優秀な者がいると、どうしても頼らざるを得なくてな。」
視線を下げ気味に自嘲する彼女。
どこかその瞳の奥が潤んで見えるのは、俺の気のせいか?
「あの時―――」
俺は自然と口を出す。
「ん?あの時って…」
顔を上げて俺を見る彼女。
俺も真っすぐ彼女を見た。
「辞令交付の時、本当はこう言いたかった。…「何で俺を君の傍にいさせてくれないのか?」と。」
「アスラン…」
「ようやく終結し、国を建て直すには、君が私欲にふける暇など無いことくらい、俺にだってわかる。だが、君一人でそれを背負うには、あまりにも重すぎる!しかも地球の、ナチュラルの代表たる君はいつだれかに狙われてもおかしくない。そんな時、俺が君をこの手で守りたい、そう思ったからこそオーブに俺は残ったんだ。無論、戦いだけじゃない。君の…心の支えにだって…」
「…」
俯き、唇をかむ俺に、カガリは黙って無意識に、だろうか、左手を摩る。
そこにはかつて、俺がはめた指輪があった。
彼女にとって、指輪が俺がいない間の心の支えになってくれたことは嬉しかった。
そしてどんな思いでそれを外したかも分かっている。理解している。でも、感情が許さないんだ!
今だって、辞令を破り捨て、グローブを外し、そのまま彼女を抱きしめどこかへ連れ去りたい―――!
「アスラン」
名を呼ばれてハッとは顔を上げれば、彼女は精一杯微笑んでくれた。
「ありがとう。お前がいてくれたから、私は無茶ができた。何時もお前が後ろで私を支えてくれていたからだ。今回だってそうだ。私はどんなに遠くにいても、お前が私を支えてくれていること分かっている。だから…」
そう言って彼女が手を差し出した。
「オーブの大事を任せられるのは、お前だけなんだ。私が誰より信頼し、知っている「お前」だから。」
諜報部員は確かに信頼のおける人間でなければできないだろう。
遠くから、彼女を守る。
それが理解出来たら、きっと大人なのだろう。
まだまだ俺は子供のままだ。一足先に大人になった彼女にふさわしくなるには、かの地で身を捧げることができてこそ。結果を出さなければ…彼女だけでなく、オーブ、いや、世界中誰にも「カガリにふさわしい人物」になれるのは、この俺だけだと。
「…」
俺は黙って彼女の差し出した手を握る。その瞬間、ふと感じ取った。
「…こんなに小さかったか?」
「え?」
「いや、君の手。こんなに華奢で、柔らかかっただろうかって…」
「失礼だな。私だって一応これでも女だぞ。」
少しふくれっ面の彼女が16歳のあの日、出会った時のままの表情を垣間見せた。
「というか、最近、銃も操縦桿も握っていないからな。以前は訓練でタコができていたけど。」
それがなくなったのか。
改めてその手を懐かしむ。
もうこの手に銃は握らせたくない。
MSの操縦桿も握らせない。
そんな必要はない世界に、彼女を押しやる。
「カガリの指も細くなったな。」
「そうか?」
「今度買う時は、サイズは小さくしないといけないな。」
「お前…」
少し困ったような表情の彼女。まだ凝りていないのか?とも言いたげだが、そうは行くか。
「君も知っているだろう?俺は諦めが悪いって。だから―――」
俺は微笑んで押し通す。
「ちゃんと帰ってくる。だから約束してくれ。もう二度と誰かの物にならないと。」
「アスラン///」
頬を染めながらもコクリト頷く彼女が、どこか幼げに見えて。
愛おしくって誰にも見られていないのをいいことに、握っていたその手を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「アスラン、ちょっとま―――」
「このままでいさせてくれ。暫く君を傍で感じられないなら、今のうちに補給しておかないとな。」
「何の補給だよ…///」
そう言いながらも大人しく俺の胸に身体を預けるカガリ。
俺の服をキュッと握り、しがみ付くようなその仕草が嬉しくて。
たまらず片手で彼女の顎をクイと引き上げて、何か言いたげに開きかけたその唇を塞ぐ。
グローブだけでも外しておけばよかったな。そうすれば掌で君の頬の柔らかさも、温もりも、味わえたのに…
だけど今重なっている唇の温度も、感触も、初めて口づけたときのままだった。大人としてルージュを付けていてもカガリの唇は一生忘れない。
「…じゃぁ、行ってくる。」
「あぁ、よろしく頼むぞ、ザラ一佐。」
身を離した瞬間、軍人と代表に戻る。
碧の奥に彼女の姿を、儚い笑顔を焼き付け、二度と振り返らずにドアを閉めた。
スカンジナビアに向かう飛行機のシートについた時、改めて手を見つめ彼女の手の感触を記憶に刻み込む。
すっかり女性のそれになった手
もう彼女は銃を持たなくていい
その代わり、願わくば
いつか、俺の子を抱いてくれる母の手に―――
・・・Fin
***
突発的にSSです。
シチュエーションは劇場版始まる寸前の「多分こうなんじゃないか劇場」。えぇ雑駁に言えば『妄想』の一言です。
なんとなく予想で、アスランはキサカさんの後任で諜報活動とかやっていそうな気がするのと、『エクリプス』の方でオーブに諜報専門部の設定がある、と聞き、つい「アスラン、キラたちと一緒じゃないのは諜報活動しているんじゃないか?」と勝手に考えが沸き上がったので、それ設定です。これで劇場版見て、全然違っていたら「笑ってくれていいのだよ。」( ̄▽ ̄)
当然ながら上官への辞令はさらに上の方が行いますから、こんな感じでカガリから辞令を言い渡されたりして…等など妄想しているうちに、「そういえば姫様はもう、MSも乗らなそうだな…」と思ったら、訓練していた時の手についたタコとかも、もう無くなっていそうな気がしまして。寧ろそれでアスランがカガリの女性性を意識してくれたらな~♥ という妄想の成れの果てですw
劇場版が始まるまで、いろんな方が色んな妄想の作品をUPされていらっしゃるので、またかもしたも拝見させていただき、妄想に花を咲かせたいと思います☆