kankoのひとりごと

外出できず、ネットと電話・ラジオで日々が過ぎています

風船爆弾

2023年02月12日 | 日記
中国の気球が「アメリカ上空を横断」とか「撃ち落された」のニュースを聞くと
太平洋戦争の後半に、日本が「風船爆弾を飛ばした」ことを連想する。

近所に住んでいた黒正純さんは、1945年の日本の敗戦当時、20歳だった。
関東の女学生が、学徒動員で風船爆弾を作らされていたことを
当事者の女性から聞いたらしく
「ぜひ、今の子たちに知ってほしい」と、絵本を作った。
『風船とお月様と月見草』


その本を、私ももらっていた。
気球のニュースで思い出し、改めて読んだ。

絵本の題名が複雑なように、内容も複雑だった😅

簡単明瞭ではないので、何か所かを、抜き書きした。

おばあさんが、小学生の孫2人に
指紋がない両手を見せて、戦争中の体験を語るという筋立て。

「おばあちゃんはね、戦争中、風船爆弾をつくったことがあるんですよ。
日本紙とこんにゃくののりで作るのだけれど
紙を貼り合わせるのりにきつい薬が入っていて
皮膚を傷つけて指紋が消えちゃったのよ」

「風船爆弾というのは、まず大きい風船を作り
それにガスを入れて、爆弾をぶら下げて飛ばして
アメリカで落とすのを目的につくられたものよ。
もちろん、気圧を加減する仕掛けやオモリなどもたくさんついた
ふくざつなものだったのよ」


「アメリカのオレゴン州のプライムというところに1個おちて
子どもたちが6人も亡くなったそうよ。
日本でも風船爆弾の事故で亡くなった人が数人いて、
風向きが変わって風船が日本に戻ってきて、山火事が起こった例もあったと聞いた」

「風船爆弾をつくっていたのは、おもに動員された女学校の女生徒たちだったの」

(話は、別方向へ展開していく。以降略)
(風船爆弾のイラストは、本書より)


黒正さんは定年後、悠々自適の生活だったので
いろんな文化講座で学んでいた。
エッセイ講座もその一つ。
コンクールに応募して賞も受けていたので
本の出版の話を持ち込まれたらしい。


風船爆弾については、検索すれば出てくる。

・直径10mの風船(和紙をこんにゃく糊で何層にも貼り合わせたもの)に
 爆弾と錘の砂を吊るした。重さは200キロほど。

・約9000基を飛ばし、ごくわずかがアメリカに届いて、山火事を起こした。
・1945年5月に、オレゴン州でピクニックの女性教師1名と生徒5名が
 不発弾を触り爆死。
 アメリカ政府は国民の戦意が下がることをおそれ、風船爆弾のことを国民に隠していた。

・気象や気流についても詳細あり。

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