今日は気温はそれほどではないけれど、湿気がね。べたべたはいけません。
そういえば、イギリスのロイヤルベビーがお生まれになった病院。あれはkおばちゃんの良く利用するパディントン駅の脇にあるのよね。
あんなところに病院があったのも気が付かないし、そういうところの病院をご利用になるってのも日本とは違う感覚だなと思ったkおばちゃんです。
元気な男の子だとかで、お名前はなにになるんでしょうね?
○5月25日(土)
kおばちゃんの墓参りツアー?は続きます。とにかくこの案内人氏はタフだし、やっぱり墓堀人だけあって隅から隅まで良く知ってらっしゃいます。
kおばちゃんが聞きだした話では、彼はパリ郊外の出身だとか。マルボローのタバコをふかしながらのおしゃべりなので、『タバコって高いんでしょ?今幾ら?』って聞いたら『10ユーロ』と答えてましたので、タバコ代かせぎね。
火葬場にはみえないけど・・そうだそうです。この建物。
kおばちゃんのリクエストで案内してくれたのはここです。納骨堂のようなところ。火葬された遺骨のスペースです。
kおばちゃんお目当ては右側の上から3番目のお方です。
マリア・カラスMaria Callasのお墓です。20世紀最高のソプラノ歌手とまで称えられた彼女のお墓ですがこんなに寂しい所にあるとは思いませんでした。
薄暗い納骨堂。場所をちゃんと知っていないと探し当てられないでしょう。
ちなみに画像はフラッシュを使用しています。
案内人氏によると、実はここには現在遺骨ははいっていなとか。後年、遺言によりギリシャ沖のエーゲ海に散骨したそうです。
彼女はアメリカ生まれのギリシャ人。恋人だったオナシスOnassis氏のもとに行きたかったのかな・・なんて考えてしまいました。
まあ、彼女の生前の随分前に二人の関係はおわってしまっていますから・・ただたんに音楽を勉強した祖国にかえりたかったのかもしれませんね。
そして・・・お次はトライアスロン張りに墓地の間を歩きぬけて・・こちらのお墓です。
こちらは音楽家ではありません。マルセル・プルーストMarcel Proust。世紀末のベル・エポックBelle Époqueの担い手のひとりだったのでしょうけど・・こちらのお墓はそんな感じはしませんね。
ついでに・・こちらのお墓はドラクロア(フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ Ferdinand Victor Eugène Delacroix)のもの。
フランスを代表する画家で、あのフランス革命を題材にした『民衆を導く自由の女神La Liberté guidant le peuple』の画家です。
お次はこちら。これも案内人氏のお勧め。
19世紀フランスを代表する小説家オノレ・ド・バルザックHonoré de Balzacのものだそうです。
で、最後はやっぱり音楽家で終りました。
フランシス・プーランクFrancis Jean Marcel Poulencです。作曲家。kおばちゃんがこのプーランクの名前を口にすると。『え?なんでプーランク知ってるの?』と逆にびっくりされて戸惑いました。
彼も『プーランクは生粋のパリっ子』と表されるようですから、案内人氏はパリっ子にこだわってたのでしょうね。
ここで、彼とお別れ・・のはずでしたが、最後にチップの上乗せを要求されました。
まあ、けっこう面白かったしいろいろなことも教えてもらったので、ちょっぴり上乗せ分を渡すと・・『帰り道はあっちね。』と指差し・・またお墓の中に消えて行きました。
きっと次ぎのお客さんを捜しにいったのね。さすがです。
で、まんまとひっかかったkおばちゃんですが結構歩いたのでくたくたです。まあ、前の晩が機中泊ですのでね。
さ、どっかで一休みしましょう。
そういえば、イギリスのロイヤルベビーがお生まれになった病院。あれはkおばちゃんの良く利用するパディントン駅の脇にあるのよね。
あんなところに病院があったのも気が付かないし、そういうところの病院をご利用になるってのも日本とは違う感覚だなと思ったkおばちゃんです。
元気な男の子だとかで、お名前はなにになるんでしょうね?
○5月25日(土)
kおばちゃんの墓参りツアー?は続きます。とにかくこの案内人氏はタフだし、やっぱり墓堀人だけあって隅から隅まで良く知ってらっしゃいます。
kおばちゃんが聞きだした話では、彼はパリ郊外の出身だとか。マルボローのタバコをふかしながらのおしゃべりなので、『タバコって高いんでしょ?今幾ら?』って聞いたら『10ユーロ』と答えてましたので、タバコ代かせぎね。
火葬場にはみえないけど・・そうだそうです。この建物。
kおばちゃんのリクエストで案内してくれたのはここです。納骨堂のようなところ。火葬された遺骨のスペースです。
kおばちゃんお目当ては右側の上から3番目のお方です。
マリア・カラスMaria Callasのお墓です。20世紀最高のソプラノ歌手とまで称えられた彼女のお墓ですがこんなに寂しい所にあるとは思いませんでした。
薄暗い納骨堂。場所をちゃんと知っていないと探し当てられないでしょう。
ちなみに画像はフラッシュを使用しています。
案内人氏によると、実はここには現在遺骨ははいっていなとか。後年、遺言によりギリシャ沖のエーゲ海に散骨したそうです。
彼女はアメリカ生まれのギリシャ人。恋人だったオナシスOnassis氏のもとに行きたかったのかな・・なんて考えてしまいました。
まあ、彼女の生前の随分前に二人の関係はおわってしまっていますから・・ただたんに音楽を勉強した祖国にかえりたかったのかもしれませんね。
そして・・・お次はトライアスロン張りに墓地の間を歩きぬけて・・こちらのお墓です。
こちらは音楽家ではありません。マルセル・プルーストMarcel Proust。世紀末のベル・エポックBelle Époqueの担い手のひとりだったのでしょうけど・・こちらのお墓はそんな感じはしませんね。
ついでに・・こちらのお墓はドラクロア(フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ Ferdinand Victor Eugène Delacroix)のもの。
フランスを代表する画家で、あのフランス革命を題材にした『民衆を導く自由の女神La Liberté guidant le peuple』の画家です。
お次はこちら。これも案内人氏のお勧め。
19世紀フランスを代表する小説家オノレ・ド・バルザックHonoré de Balzacのものだそうです。
で、最後はやっぱり音楽家で終りました。
フランシス・プーランクFrancis Jean Marcel Poulencです。作曲家。kおばちゃんがこのプーランクの名前を口にすると。『え?なんでプーランク知ってるの?』と逆にびっくりされて戸惑いました。
彼も『プーランクは生粋のパリっ子』と表されるようですから、案内人氏はパリっ子にこだわってたのでしょうね。
ここで、彼とお別れ・・のはずでしたが、最後にチップの上乗せを要求されました。
まあ、けっこう面白かったしいろいろなことも教えてもらったので、ちょっぴり上乗せ分を渡すと・・『帰り道はあっちね。』と指差し・・またお墓の中に消えて行きました。
きっと次ぎのお客さんを捜しにいったのね。さすがです。
で、まんまとひっかかったkおばちゃんですが結構歩いたのでくたくたです。まあ、前の晩が機中泊ですのでね。
さ、どっかで一休みしましょう。