渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

刀工同士の意外な接点

2017年10月22日 | open


三上貞直刀匠

広島県の三上刀匠と刀工小林二代目康宏(直紀)は接点があった!

今年、康宏の弟子根来氏が刀工試験に一発合格した。
根来氏は団塊の世代の早稲田大学法学部の出身で、刀工試験受験者・
合格者では最高齢受験&合格者ではないかと思われる。

合格後、お世話になった三上刀匠とも話をしている時、「いやあ。懐かしく
なっちゃた」と三上刀匠がおっしゃるという。
なんでも、直紀康宏に車に乗せてもらって、山梨の小林康宏日本刀鍛練所
まで三上氏は行ったことがあるのだという。
直紀先生はよく覚えていない(直紀さんらしい)。
で、帰りもどこかまで送ったのだろう。
昔とても(小林先生には)お世話になって、との話を三上先生は満身の笑顔
で合格者根来氏に話していたという。

1990年代末期から今世紀初頭にかけて、私は広島県の県北をフライフィッ
シングで歩きまくった。年間釣行日数は60日を超えた。尋常ではなかった。
県北(芸北と呼ぶ)の人たちとも非常に仲良くなった。
近所の三上刀匠の話をよく耳にした。
地元の名士であるのだが、それよりも、なにより温厚な人格者であると地元
では評判の方が三上刀匠その人だった。
「実る程、こうべを垂れる稲穂かな」
昔の人はよくいったものだ。
刀鍛冶という職業にいる者は、自分こそが日本一である、世界一である、など
と自ら公言して(非常に恥ずかしい痴れ者である)、「これができるのは自分
の他には誰もいない」などとふんぞり返る信じがたい人間が非常に多い。
嘘みたいに多い。
そのくせ、作る物は、そういう人格の者が作る物に限って、刀の形をした「~の
ような物」でしかなく、刃こぼれしまくりで実用的性能を具備することが大前提
である「刀剣」の体を成さないものばかりだったりするという現実がある。
偉そう大将にしているのは、実は本当の実力を備えていない不備不完全な
物体であることを作者自身が知っているから、それをごまかし、偽装するために
虚勢を張って嘘を塗布して偉そう大将でふんぞり返っているのではなかろうか。
偉そう大将は人格としてろくでもないのはいうまでもないが、実は詳細に見ると
作自体もろくでもない事が多い。
玉鋼を使った現代刀での映りなどは昭和40年代にすでに先人が何人も再現に
成功しているのに「史上初だ」などと大嘘を言ったり、弟子の嫁に手を出したり、
カルト宗教に弟子を強制的に入信させようとしたり、弟子の悪口をネットで書き
まくったり、偉そう大将に限って、実は人格的にも救いようがない人物であること
が多いのが日本刀の世界であり、それを扱う武術の世界であったりする。

そうしたなかで、三上刀匠や小林康宏刀工のような刀鍛冶は、非常に希少な
存在のように思える。
三上さん、地元広島県県北の人口に膾炙されるところでは、非常に評判の良い、
人柄が良い方としての評判である。
これは地元情報として。
土地柄もあるのでしょうけどね。あの芸北のあたりは、非常に人柄が良い人が
多いというのもあります。私は地元に溶け込むように仲良くなりましたが、とても
よい感じの人たちでした。

三上氏の家のすぐ近所では、幕末の広島藩の刀工だった石橋正光(作柄は
大和伝の実用刀。二王にも似ている作柄)の子孫が住んでいる。モデルみたい
なイケメン(笑)。
彼は私のフライフィッシング仲間だった。
ベレーがほしいと言うので、私のグリーンベレーをあげたことがある。
それをかぶって彼はフライフィッシングをやっていた(笑

三上刀工の作は、「居合試合用に特化された居合刀」ではない本鍛錬刀を
尾道の先生が差し料としている。
拝見すると、とても真面目な作柄で、人となりが作品から偲ばれる。
ぞんざいさが一切無いだけでなく、技巧に走っていないのに深い技量が
作に出ている。
実用性を離れたペラペラの吊るしの試合刀ではないので、非常に重い。
先生が流れるように軽やかにゆったりとしながら鋭くしなやかに使って
いたので、軽い刀かと思って持たせてもらうと、「え?」と思うほどに重い。

刀を見ていて、「晴れ晴れした気持ちになる」ということは、刀剣が持つ
質性としてとても重要なファクターであるように私は思える。
三上刀匠の作品は、手に取って見ていると心が晴れる。スーッと心が
澄む。
あくまで推測だが、作者三上刀匠は、太陽をいつも意識してはいない
だろうか。