頑張れ!じゃがいも3兄弟!自分に甘く、子供に厳しい親父の日記パート2

この日記は、子供達の日々の成長や反省を書き綴り、子供達の成長を真に願う方々と熱く語れる場になればと思い作成しました。

訃報

2017年01月13日 | 日記

世話になった先輩が亡くなりました。

自宅で突然倒れられての心筋梗塞。

47歳でした。

訃報を聞いて、ショックと驚きで手が震えたのは初めてでした。

煙草、酒もしない、頑強な人だと思ってましたが、残念です。

先輩と出会ったのは私が24.5歳のペーペの頃で、当時、先輩は新進気鋭の若手幹部。

先輩は剣道をされていましたが、なぜか隣で柔道をしていた私によく声をかけてくれました。

優秀でスマートな若手が多い中、危なっかしく雑草のような私が珍しかったのか、当時から十数年経った今でも職場で会えば必ず声をかけてくれました。

先輩は野球が好きでした。

徹夜明けにもかかわらず集合をかけてきて、私にノックを雨あられのように浴びせてくれたうえ、

『お前は、柔道部のくせに野球が上手い』

と言って無理矢理ユニホームを買うよう勧めてこられました。

当時、他所属と野球の試合をよくしました。

真面目で負けず嫌いな人なので、負けるとムチャクチャ反省検討し、次の試合前には、たかだか親善の草野球なのに相手メンバーを偵察するよう指示されました。

先輩、偵察って相手も先輩と同じただの野球好きのおっちゃんばかりですって・・。

とは言えず、あ〜だこうだと一緒に検討しました。

そんな先輩でしたが、嫌な仕事は買って出て、部下、後輩の矢面には必ず立ってくれました。

決して男前ではありませんでしたが、我々からすると格好良過ぎる憧れの先輩で、自分もいつか幹部になる日がくれば、先輩のようにありたいと思っていました。

今日知りましたが、先輩、少年野球の監督をされてたんですね。

人間関係で悩みごとがあったのか、なかったのか、何れにしろいろいろと気苦労があったでしょう。

仕事との両立、大変ですよね。

そんな話もしたかった。

・・・。

誰かが亡くなった時、故人のことは当然ながら、いろんな事を考えます。

本当に急な事で、正直、ご冥福を祈る余裕もない。

か〜何であんなええ人が亡くなっちまうんだ・・。

悔しいな〜。