大和の先輩を見ていて思うのは、
ほんまもんってのは、まず勘違いってのをしない。
それは親も子も。
だから、練習中も練習後も普段の在り方も全然違う。
意識が高いのは当たり前、目指すところがまだまだ先々だから、現状に満足し、勘違いすることがない。
勿論、それぞれの人となりということもあるが、指導する側が勘違いをさせていないということもある。
指導というのは技術云々だけではなく、そういった部分も含まれていると思う。
勘違いから欲が出てくる。
欲が出ると周囲が見えなくなり、うちの子はちょっと違うんじゃないか?更に良い環境はないか?と見境いがなくなる。
当然親は良かれと思ってのことなんでしょうけど、その思いとは裏腹にやぶ蛇となるパターンが多い。
過去、そんなパターンを幾度となく見てきたし、人間の性、歴史は繰り返されることなので、それはそれで仕方がないことだと思っています。
隣の芝生は青いよと誘なう人間も必ず出てきます。
そこでの判断力なんですけどね。
ま〜しかし、勘違いするぐらいの強さや成績を残してみたい。
うちなんては勘違いするには100年早い。
ある意味羨ましい気もします。
さて、弱い我々は明日また修行に行って参りまする。
いざ島根へ。