この年になって、ようやく、
こんな感じでやっていたらこんな感じの選手になるだろうな・・
だから、こんな練習をしなきゃならないな・・
こんな感じの親なら、子供も大丈夫だろうな・・
だから、こんなことを言い続けていかなきゃならないな・・
と、まだまだ模索中ではありますが、自分の中で確立されてきたような気がします。
正直、大悟や大晟の指導をしていた時なんて、何の形もなく、ただただハードな練習をして、目の前の勝負に勝ちたい一心でした。
しばらくして内容にこだわるようになりましたが、勝ちに越したことはないのは間違いなく、当然、勝てば嬉しいし、負けると悔しいのは変わらない。
やはり、我が子になると、冷静な目では見れないんだと思います。
(腕の良い人は別ですが・・)
では、これが我が子じゃなければどうか。
我が子じゃなければ、いい具合に温度が下がり、冷静な目で見ることができるような気がします。
けっして、他人の子だからとか、責任がないとか、そういうのではなく、冷静に目の前の作品がどうなのか、どこをどう削ればいいのかが見えるような気がするのです。
上手く説明はできませんが、これが、我が子となれば、冷静さを失い、姿形がどうあろうが何とかして市場に高値で出したいという気持ちが出てきたりします。
また、我が子ゆえに冷静に見る自信がなく、また、我が子を特別扱いしていると後指を指されたくないが為に、あえて触ってません!スタイルになる場合もある。
たらればの話になりますが、最近、今の心境で大悟や大晟に指導できていたらどうなっていたかな・・とよく思います。
今は小学生の練習や試合で負けようが、悔しい気持ちはあっても、腹が立つことなんてない。
かけ逃げを連発されての負けなのか、経験、体格、成長の差なのか、気持ちで負けてるのか、親が足を引っ張ってるのか・・
考えれば考える程、伝える側の自分に返って来るので、申し訳ない気持ちになっても腹が立つことはないのです。
(あ、親には腹立つかな・・)
小学生の試合に一喜一憂しない。
もっともっとやることがある。
今になってようやく分かってきたぞ。
ちと、遅かったな・・。😅
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