がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
622)「植物のがん」の抗がん作用(その2):チャーガ
図:チャーガ(Chaga)は白樺に寄生するキノコで、「白樺のがん」とも言われる(①)。培養がん細胞や動物実験などの基礎研究でチャーガの抗がん作用が報告されており、その活性成分としてトリテルペノイド類やポリフェノール類やエルゴステロール類や多糖類などが報告されている(②)。これらの成分の総合作用によって、がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導や転移抑制、抗炎症作用、血管新生阻害作用、免疫増強作用などの抗がん作用が発揮されると考えられている(③)。ロシアなど東欧ではがん治療の民間薬として古くから使用されている。ロシアのノーベル賞作家のソルジェニーツィンの代表作の一つの『ガン病棟』の中に、「チャーガを服用している地域ではがんが少ない」ことが記述されている(④)。
622)「植物のがん」の抗がん作用(その2):チャーガ
【白樺の樹皮・樹液には様々な薬効成分が含まれる】
白樺(シラカバ、またはシラカンバ)は冷涼な気候に生息する樹木です。
白樺の樹皮や樹液にはサポニンや多糖類、アミノ酸、ミネラルなどの栄養分が多く含まれていて、様々な用途に利用されています。
白樺の樹液は人工甘味料キシリトールの原料になり、樹液をそのまま飲料や食品への添加物としても利用されています。また、樹液に含まれる成分にヒトの表皮の保湿を促進する効用があることから化粧品にも利用されています。
白樺の材を乾留して採取したタールを樺木タールや樺油といい、抗菌成分や抗炎症作用をもった成分が含まれ、外用薬として皮膚病や関節炎などの治療に使われています。
日本では白樺の樹液はミネラルなどが豊富とされ、健康食品の素材としても利用されています。
白樺の樹皮に多く含まれるベツリン酸(betulinic acid)には、がん細胞にアポトーシスを誘導する作用や、血管新生阻害作用などが報告されています。betulinic acidの名前は白樺の学名のBetula platyphyllaに由来します。ベツリン酸(betulinic acid)やベツリン(betulin)やその誘導体は、抗がん剤や抗ウイルス剤として開発研究が行なわれています。
【白樺の樹液を養分にして育つチャーガ(カバノアナタケ)】
白樺に寄生するキノコがあります。日本ではカバノアナタケ(樺孔茸または樺穴茸)、外国ではチャーガ(Chaga,Charga)と呼ばれています。チャーガはロシア語の呼び名です。
学名はInonotus Obliquusで、タバコウロコタケ科サビアナタケ属のキノコの一種です。学名の「Obliquus」というのは、「斜めに走行する孔」を持つチャーガの形態的特徴を意味します。
白樺の木の幹に寄生し、白樺の樹液を吸って育つ独特の天然キノコで、シベリア(ロシアの中部から東部にかけての広大な地域)を中心とした針葉樹林帯(タイガ)に自生します。ロシア以外にも、中国、フィンランド、カナダ、北海道東部などの寒冷地にも自生しています。
カバノアナタケは白樺に寄生して内部に食い込み、白樺の樹液を養分として数年~数十年かけてゆっくり成長していきます。成長が遅いために希少とされ「幻のキノコ」と呼ばれています。白樺2万本中に1本発見されるかどうかという極めて貴重なキノコとも言われています。
外見は石炭のような黒く硬い塊を形成し、表面は黒くひび割れたような亀裂が縦横に走り、中身は黄褐色です。
10cm~20cmの大きさになるのに10年以上かかり、最後には寄生した宿木を枯らせてしまう程の生命力を持っています。したがって、「白樺のがん」と呼ばれることもあります。
免疫力を高めるβグルカンなどの多糖類の他、白樺の樹液に含まれるミネラルやサポニンなどを濃縮して含んでいます。抗菌作用や抗がん作用をもった成分も見つかっています。白樺樹皮に含まれる抗がん成分として知られているベツリン酸を人体が吸収しやすい形で濃縮して含んでいます。
さらに、チャーガ自体が生成するイノトジオール(inotodiol)というトリテルペノイドの抗がん作用も注目されています。
『毒をもって毒を制する』というのが抗がん剤治療の考え方ですが、チャーガは、『植物のがんで人のがんを治療する』というものかもしれません。
【白樺の癌】
ロシアでは昔から、白樺の全てを利用していました。木材はもちろん、樹皮や樹液や葉などは民間療法にも用いられていました。白樺に寄生するチャーガも、胃腸の状態を良くし、抵抗力を高める効果が知られ、健康維持のための健康茶として古くから飲まれていました。
東ヨーロッパの諸国では、がんや胃潰瘍など様々な病気の民間療法として使用されていることが16世紀ころから記録が残っています。茸の中で抗がん作用が最も強いという記載もあります。
ロシアのノーベル賞作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィン(Alexandre Soljénitsyne)の著書の「ガン病棟(Le Pavillon des cancéreux )」にチャーガががんの民間薬として書かれていることから、がん患者の間で利用されるようになりました。
「ガン病棟」は1955年当時のソビエト社会を背景に、ある総合病院のがん病棟で苦悩する患者たちを描いた生と死の壮大な長編小説で、ソルジェニーツィンの代表作の一つです。その小説の中に「白樺の癌」という章があり、そこにはチャーガについての記述があります。以下はガン病棟(上)新潮文庫(小笠原豊樹訳)p202~230(11:白樺の癌)からの要約です。
モスクワ郊外のアレクサンドロフ郡の病院に何十年も同じ病院に勤めている医者が、その病院に来る農民の患者にはめったに癌が見られないという事実に気がついた。
そこでその医者は調査を始め、そのあたり一帯の百姓たちは、お茶代を節約するために、茶ではなくチャーガというものを煎じている、ということを発見した。
チャーガは白樺の茸と言われているが、実際は白樺の癌というべきもので、白樺の木に寄生する妙な格好の、表面が黒くて内側は暗褐色の瘤のようなものである。
ロシアの百姓たちは、それとは気づかずに、そのチャーガでもって何世紀ものあいだ癌から救われていたのではなかろうかと、その医師は思った。そして、その医者はチャーガの抗がん作用や、煎じ方や飲み方などを研究し、多くのがん患者を治療した。
日本では1960年代くらいからキノコの抗がん作用の研究が盛んになっています。そのきっかけの一つが、「長野県でがんが少ないのはキノコを多く食べるからだ」という仮説から、キノコに含まれる抗がん作用をもつ物質の探索が行なわれ、免疫細胞を活性化するβグルカンなどの多糖成分の研究が行なわれました。
キノコにはβグルカンのような多糖類の他に、エルゴステロールやトリテルペノイドやポリフェノールなど多くの抗がん作用を示す成分が見つかっています。
チャーガは東欧では消化器疾患やがんなどの治療に民間薬として古くから利用されていました。そして、ロシアのある地域ではチャーガをお茶の代わりに飲用していて、その地域の住民にがんが少ないことに、その地域の病院に何十年も勤めている医師が気がついて、がん患者に使って効いたという話です。
ソルジェニーツィンの「ガン病棟」で記載されている内容は厳密な臨床試験ではないのでエビデンスは低いと言わざるを得ませんが、日頃からチャーガを飲用しているとがんの予防になり、また、がんの治療にも効く可能性を示唆しています。
【チャーガの抗がん作用は複数の成分の相乗効果】
培養がん細胞や動物実験(発がん実験や移植腫瘍の実験など)では、チャーガの抗がん作用について多くの報告があります。例えば、以下のような報告があります。
Continuous intake of the Chaga mushroom (Inonotus obliquus) aqueous extract suppresses cancer progression and maintains body temperature in mice.(マウスにおいてチャーガ水溶性抽出エキスの継続的な摂取はがんの進展を抑制し、体温を維持する)Heliyon. 2016 May 12;2(5):e00111.
この研究ではチャーガ(Inonotus obliquus)の熱水抽出エキス、つまり水溶性の成分の抗腫瘍活性を、ルイス肺がん細胞を移植したマウスを用いた実験モデルおよび自然転移するがんモデルで検討しています。チャーガエキスを6mg /kg /dayの投与量で、3週間投与しています。
移植腫瘍の実験では60%の腫瘍縮小が認められ、転移発症マウスでは転移結節数は対照群に比べて25%減少しました。さらにチャーガの投与が体温を上昇させることを報告しています。腫瘍をマウスに移植すると体温が低下しますが、その体温低下をチャーガは抑制しました。
この論文の結論は「チャーガ抽出物は、エネルギー代謝を促進することによってがん細胞の増殖を抑制するための自然療法として使用できる」となっています。
チャーガに含まれるいろんな成分の抗腫瘍活性が報告されていますが、結局は多数の成分の総合的な効果ということになります。以下のような報告があります。
Anticancer activity of subfractions containing pure compounds of Chaga mushroom (Inonotus obliquus) extract in human cancer cells and in Balbc/c mice bearing Sarcoma-180 cells. (チャーガ抽出物の純粋化合物を含む亜分画のヒトがん細胞株および肉腫-180細胞を移植したBalbc / cマウスの抗がん活性。) Nutr Res Pract. 2010 Jun;4(3):177-82.
この報告では、ヒトがん細胞株(肺がん A-549 細胞、胃がん AGS 細胞、乳がん MCF-7 細胞, 子宮頚がん HeLa 細胞)の細胞培養の実験系(in vitro)と、Sarcoma-180細胞を移植したマウスの実験系(in vivo)を用いて、チャーガ抽出エキスの亜分画の抗腫瘍活性を調べています。
チャーガの抽出エキスには多数の成分が含まれており、この報告では3つのフラクション(分画)に分けています。
フラクション(分画)というのは、「混合物質を、それを構成する成分に分けること」または「分けられたそれぞれの成分」のことです。
3つの亜分画(サブフラクション)には、それぞれ異なる物質が含まれています。これらの亜分画の抗がん活性を調べた結果を報告しています。
3つの亜分画のうち、サブフラクション1がサブフラクション2と3より強い抗がん作用を示しました。しかし、サブフラクション2と3もコントロールに比べて有意な抗腫瘍活性を示しました、
つまり、チャーガの抽出エキスに含まれる抗腫瘍活性物質は1つに限定されたものでなく、複数あるいは多数あるということを意味します。
この論文では、主要な成分はサブフラション1が3β-hydroxy-lanosta-8,24-dien-21-al、サブフラクション2がイノトジオール(inotodiol)、サブフラクション3がラノステロール(lanosterol)でした。
つまり、チャーガの中には複数の抗腫瘍活性物質が含まれ、それらの総合作用で抗がん作用を発揮すると考えるのが妥当ということになります。
【チャーガのトリテルペノイド類の抗がん作用】
トリテルペノイドとは、5個の炭素からなるイソプレン単位が6個結合して30個の炭素原子からなる脂質性の化合物群を指しています。多くは4環あるいは5環の環状構造をつくっており、ステロイドやサポニンなど植物成分として存在しています。
チャーガの抗腫瘍作用で他のキノコと違うのは、抗がん作用のあるトリテルペノイド類が多いという点です。
その代表的な成分がベツリン酸とイノトジオールです。
ベツリン酸は白樺の樹液に豊富に含まれており、それをチャーガが濃縮して蓄積しています。
イノトジオールはチャーガが独自に産生する物質です。
どちらも、多くの基礎研究で抗がん作用が報告されています。
ベツリン酸は、五環系トリテルペノイド(pentacyclic triterpenoid)に分類される成分で、白樺をはじめ多くの植物に含まれています。白樺(シラカバ)の木の皮(樹皮)に多く含まれていて、betulic acidの名前は白樺の学名のBetula platyphyllaに由来します。
ベツリン酸はがん細胞のミトコンドリアの外膜の透過性を亢進させてアポトーシスを誘導する作用が報告されています。正常細胞はがん細胞と比べて、ベツリン酸に対してアポトーシスが起こりにくいので、がんの治療薬として期待されています。
抗がん剤に抵抗性になったがん細胞の抗がん剤感受性を高める効果も報告されています。
例えば、抗がん剤のドキソルビシンに抵抗性になった神経膠芽腫細胞が、ベツリン酸を同時に投与すると、ドキソルビシンが効くようになることが報告されています。
ベツリン酸を構造改変した化合物が、抗がん剤やエイズウイルス(HIV)に対する抗ウイルス薬として開発されています。
培養細胞を使った実験では、ベツリン酸は抗腫瘍・抗HIV剤として販売されています。
毒物による肝障害から肝臓を保護する効果も報告されています。
チャーガは、シラカバの樹皮に含まれるベツリン酸などの抗がん成分を多く含むことが、抗がん作用と関連していると言われています。
イノトジオール(inotodiol)はチャーガを作る成分で、ラノスタン系トリテルペノイド(lanostane triterpenoid)の一種です。イノトジオールも多彩なメカニズムでがん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導や血管新生阻害作用などの抗腫瘍効果が報告されています。
その他に、ポリフェノール類、多糖類、エルゴステロール・ペルオキシド(Ergosterol peroxide)なども抗腫瘍作用が報告されています。
チャーガの科学的な研究は乏しく、人間での抗がん作用に関する研究はほとんど見当たりません。したがって、チャーガの抗がん作用も、民間療法として使用されてきた臨床経験や体験談のレベルです。
しかし、白樺の樹皮に含まれるベツリン酸などの抗がん成分を濃縮し、キノコに含まれるβグルカンなどの多糖類による免疫増強作用を有していることから、抗がん作用は十分に期待できます。その成分から、他のキノコよりも抗がん作用は強いように思います。
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