がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
87)血虚を補う四物湯
図:トウキ、シャクヤク、センキュウ、ジオウの4種類の生薬から構成される四物湯(シモツトウ)は血虚を補う補血剤の代表。
87)血虚を補う四物湯
【血虚とは】
がん治療を受けている患者さんのほとんどは、疲れやすくて倦怠感があり、ふらつくなどの症状を自覚し、貧血や免疫力の低下をきたしています。このような状態は、漢方的には気と血の不足の状態ととらえます。
気の不足した状態を「気虚」といい、生命エネルギーが低下して諸臓器の働きが低下し、元気がでない状態です。血の不足した状態が「血虚」で、血液細胞(赤血球、白血球、血小板)の減少や、生体を構成する栄養成分が不足した状態です。
漢方でいう「血(けつ)」は、西洋医学の「血液」とほぼ同じですが、その役割を観念的にとらえ、「脈管内にあって全身を循行し、全身の組織・器官に栄養を与え滋潤する役目を持つ生体成分」と考えます。
血虚は、体内の血生成の不足が生じた場合や出血過多などで現われます、消耗性疾患・外科的侵襲・悪性腫瘍などによる血の消耗や、消化管出血・不正性器出血などによる血の体外への漏出によりおこります。血生成の不足は、骨随を始めとする諸臓器の働きが低下していますので、多くの場合、気虚が背景にあります。
血虚の症状は、血の滋潤・栄養作用の低下による症候で、一般には栄養不良状態を反映していますが、さらに自律神経系や内分泌系の失調などが想定されるような症状を呈します。
血虚一般の症状として、顔色が悪い・皮膚につやがない・頭がふらつく・目がかすむ・爪の色が悪い・脱毛や髪の荒れなどがあり、さらにどこの器官に血虚が起っているか(心血虚(しんけっきょ)か肝血虚(かんけっきょ)か)によって、それぞれ特徴的な症状が現われます。
「心(しん)」は東洋医学では、意識水準を保ち、覚醒・睡眠のリズムを調整する機能をもっています。したがって、心血虚の場合にはさらに、動悸・不安感・焦燥感・眠りが浅い・不眠・夢をよくみる・健忘・思考力低下などの症状が起こります。これらは主として大脳や中枢神経系の興奮性異常による症候と考えられます。
東洋医学でいう「肝(かん)」は、血や気の流れを調節して、精神活動を安定させ、血を貯蔵して全身に栄養を供給し、骨格筋の緊張を維持する作用をもっています。したがって、肝血虚では、全身各臓器への栄養補給の不足に伴う自律神経系・内分泌系などの失調による症状がみられます。初期の症状としては、めまい・目がかすむ・目が疲れる・目の乾燥感・目がしょぼつくなどの目の症状がよくみられ、それが手足のしびれ・筋肉のけいれん・知覚鈍麻・筋肉の反射の失調・知覚異常・月経異常・月経の遅れ・月経血の過少・無月経へと連なります。
【補血剤とは】
骨髄の幹細胞に直接作用して赤血球や白血球を増やす薬を使用したり、輸血を行えば、血虚は解決するように思われるかもしれません。しかし、漢方でいう血虚は、貧血だけでなく、栄養状態全般の低下も含んでいます。
造血剤を使用しても、体の消耗状態や栄養不全が解決されなければ、すぐまた低下してしまいます。体力を根本から回復させる本治法を目指すのが、漢方治療の基本です。
血の不足を補う漢方薬を補血剤といいます。補血剤は造血作用と栄養改善作用などにより、抗がん剤や放射線療法によって生じる貧血や白血球減少などの骨髄機能低下状態を改善します。骨髄機能を活性化することは、免疫力を増強させることにつながります。補血剤は造血能を高めるだけでなく、栄養状態や自律神経系や内分泌系の失調を改善する効果も持っています。
補血作用を持つ生薬(補血薬)は、心血を補うものと肝血を補うものに大別されます。主に心血を補うものには、竜眼肉・遠志・酸棗仁・丹参などがあり、これらは脳の抑制性過程を強めて精神安定・睡眠に効果を発揮します。
一方、肝血を補うものとしては、当帰・芍薬・地黄(または熟地黄)・何首烏・阿膠・枸杞子などがあります。これらは、栄養・滋潤の効能を主体にして栄養状態や内分泌系の異常を改善します。
【補血の基本方剤は四物湯】
補血の基本方剤は四物湯(当帰・芍薬・川きゅう・地黄)です。四物湯(しもつとう)は、中国宋時代の漢方書「太平恵民和剤局方」に収載された処方で、婦人疾患、血虚などに広く使われてきました。四物湯は、当帰・芍薬・川きゅう・地黄の4つの生薬から構成されます。
当帰(トウキ)はセリ科の多年草のトウキ(Angelica sinensis)の根です。
Angelicaはラテン語のAngelus(天使)からつけられた名前で、sinensisは中国を意味します。Angelica属の植物は、欧米でもハーブや食品して広く利用され、多くの病気に対して特効的に効いたので、その名前がつけられたのかもしれません。
当帰とは「当帰夫(当に夫に帰るべし)」の意味で、昔、中国で冷え症に悩む娘がいて、嫁にやったが冷え症のために子供ができず、里に帰されてしまった。そこで実家の母親はその娘に当帰を煎じて飲ませたところ、体が温かくなったので、夫の元に返らせ、そしてめでたく妊娠したという故事に由来すると言われています。
血管拡張と血行促進により身体を温める効果があり、冷えを改善します。婦人科領域の主薬であり、貧血、冷え症、生理痛、月経不順などの治療に用いられ、さらに、心臓疾患や脳血管疾患の治療にも使用されています。
体力の衰えや貧血や皮膚の乾燥を軽減する効果があり、肉芽形成促進作用を有するので、難治性の皮膚潰瘍などに黄耆とともに使用されます。
また、腸内を潤して排便しやすくさせる(潤腸)ので、血虚による便秘に有効です。
多糖体成分に免疫賦活作用・抗腫瘍効果が認められています。
マウスを使った実験でドキソルビシンの心臓障害を緩和する効果が報告されています。(第85話参照)
芍薬(シャクヤク)はボタン科のシャクヤク(Paeonia lactiflora)の根です。芍薬は薬用としてよりも観賞用に、広く各地に植えられていますが、芍薬の学名のPaeoniaはギリシャ神話の医神パイオン(Paeon)に由来しており、西洋でも古くから薬用植物として知られていたようです。
主成分のモノテルペン配糖体のペオニフロリン類には鎮痛・鎮静作用の他、末梢血管拡張・血流量増加促進・血小板凝集抑制・抗アレルギーなどの作用が報告されています。
骨格筋.平滑筋の痙攣を緩解して鎮痛するので、様々なけいれん性疼痛にも用いられます。
川きゅう(センキュウ)はトウキと同じくセリ科の多年草のセンキュウ(Cnidium officinale)の根茎です。精油成分はトウキの10倍くらいあり、セロリのような特異な香を持っています。血管拡張・血行促進に働いて諸機能を促進する効果があり、体を温めるので、温性の駆お血薬として寒証に広く用いられます。ゆううつ、抑うつなどを改善する効能もあります。鎮痛作用があり、頭痛・腹痛・筋肉痛・生理痛などにも効果があります。
成分のリグスチライドなどのフタライド類に筋弛緩作用や血小板凝集阻害作用が報告されています。免疫賦活作用も認められています。
地黄 (ジオウ)はゴマノハグサ科のアカヤジオウ又はカイケイジオウの根です。酒を加えて蒸し、乾燥する工程を繰り返したものを熟地黄といい、胃のもたれが軽減し、補血と滋養強壮効果が高まります。
補血および滋陰の常用薬として血虚や陰虚に広く用いられます。腸管内を滋潤して排便を促する効果があります。炎症や熱があるときには普通の地黄を用い、補血作用や滋養強壮作用を目的とする時には熟地黄を使います。
以上の4つを組み合わせると補血効果が高まることが経験的に知られ、四物湯という単純な処方が出来上がりました。
当帰(トウキ)・芍薬(シャクヤク)・地黄(ジオウ)または熟地黄(ジュクジオウ)の補血作用により、全身の栄養状態を改善し、2次的に内分泌や自律神経系の失調を改善します。
駆お血作用をもつ川きゅう・当帰は循環促進に働いて、補血の効能を全身に広げる効果を持ちます。
四物湯は抗がん剤の副作用による骨髄傷害の回復を促進し、抗腫瘍効果を高めることが報告されています。この四物湯に、補気剤の基本の四君子湯の人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、茯苓(ぶくりょう)、白朮(びゃくじゅつ)または蒼朮(そうじゅつ)を加え、血液循環を良くする桂皮(けいひ)と、諸薬を調和させる甘草(かんぞう)を加えた処方が気血双補剤の代表である十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)になります。
これに駆お血薬の桃仁(トウニン)、牡丹皮(ボタンピ)、紅花(コウカ)などを加えると十全大補湯の効果が高まります。
抗がん剤の副作用緩和の目的では、このような補気・補血・駆お血の組み合わせが著効します。(文責:福田一典)
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