がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
270)抗がん剤の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高めるシリマリン
図:ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減する効果がある。さらに様々な機序で抗がん作用を示し、標準治療の抗腫瘍効果を増強する。副作用はほとんど無く、有効性は多くの臨床試験で確かめられている。サプリメントとして安価に販売されており、がんの標準治療の補完医療として有用性が高い。
270)抗がん剤の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高めるシリマリン
【シリマリンは肝臓障害を軽減する】
シリマリンはミルクシスルというキク科の植物に含まれるフラボノリグナン(flavonolignan)の総称です。シリマリンには、シリビニン(silibinin), シリジアニン(silydianin), イソシリビン(isosilybin), シリクリスチン(silychristin)などがあります。
シリビニン(silibinin)はシリビン(silybin)とも呼ばれ、このシリビニン(シリビン)が最も生物活性が高いシリマリン成分です。
ミルクシスルは学名をSilybum marianum と言い、マリアアザミ、オオアザミ、オオヒレアザミなどと呼ばれます。原産は地中海沿岸で、ヨーロッパ全土、北アフリカ、アジアに分布しています。日本においても帰化植物として分布しています。葉に白いまだら模様があるのが特徴で、この模様はミルクがこぼれたようにみえるためmilk thistle(thistleはアザミの意味)と言い、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名があります(上図)。
ヨーロッパでは2000年以上前から民間薬として肝機能障害などの治療に経験的に利用されています。ミルクシスル種子は4~6%のシリマリンを含有しており、このシリマリンがミルクシスルの肝機能改善作用の効果の活性成分で、1970年代からシリマリンを中心に研究がすすめられ、ミルクシスルおよびその活性成分のシリマリンの肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されています。
肝機能障害のためのサプリメントとして利用されており、ドイツのコミッションE(ドイツの薬用植物の評価委員会)は、粗抽出物の消化不良に対する使用や、標準化製品の慢性肝炎や肝硬変への使用を承認しています。ドイツでは肝炎や肝硬変の治療に30年も前から「レガロン」という名前で用いています。
ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎あるいは肝硬変の患者を対象にした複数の臨床試験でシリマリンの肝機能改善効果や延命効果が確かめられています。
シリマリンは最も強力な肝臓保護物質の一つとして知られています。シリマリンのもつ肝臓保護作用は、肝臓の蛋白質合成を刺激する作用とともに、肝障害の原因となるフリーラジカルやロイコトリエンやプロスタグランジンを抑制することに起因します。シリマリンにはビタミンEより強い抗酸化作用があります。
肝臓のグルタチオンの量を増やす効果も指摘されています。グルタチオンは肝臓の解毒能や抗酸化作用を高めます。シリマリンは、アルコールやその他の肝臓毒素によるグルタチオン枯渇を防止します。健常者においても、肝臓の基礎グルタチオン値を35%上昇させることが報告されています。
【シリマリンは抗がん剤の副作用を軽減する】
アルコールや医薬品、トルエンやキシレンなどの化学薬品、毒キノコなど多くの肝臓毒性物質による肝臓傷害に対してミルクシスルが肝臓保護作用を示すことは、動物実験のみならずヒトでの臨床試験でも確認されています。
例えば、死亡率30%に上る毒キノコであるタマゴテングタケ(Amanita phalloides)を摂取する前にミルクシスルの活性成分であるシリマリンを服用すると、100%の確率で中毒を防ぐことができ、毒キノコ服用後24時間後でも死亡を防ぐ効果があることが報告されています。
また、有毒なトルエンやキシレン蒸気に5~20年間曝露された労働者の肝障害に対して、シリマリン投与によって有意な改善がみられることが報告されています。アルコール性肝障害に対しても、ミルクシスルおよびその活性成分のシリマリンは非常に高い改善効果が認められています。動物実験では、四塩化炭素、ガラクトサミン、エタノールなど様々な有害な化学薬品による実験的肝障害の全てに対して、ミルクシスルは肝臓保護作用を示すことが確かめられています。
抗がん剤の多くは肝臓で代謝され、肝臓にダメージを与えます。このような抗がん剤治療による肝臓障害に対しても、ミルクシスルの有効性が報告されています。肝障害を起こす抗がん剤としてdactinomycin, daunorubicin, docetaxel, gemcitabine, imatinib, 6-mercaptopurine, methotrexate, oaliplatinなどがあります。欧米では、これらの抗がん剤治療を受けている患者さんが、自分の判断あるいは医師の処方としてミルクシスルのサプリメントを摂取しています。欧米では、ミルクシスルの肝臓保護作用が良く知られており、サプリメントとして多くの商品が販売されています。肝障害を予防できると、抗がん剤治療を予定通り行うことができます。
肝機能障害を発症した急性リンパ性白血病の50人の子供を対象に、ミルクシスルのサプリメントの治療効果がランダム化二重盲検試験で検討されています。その試験結果によると、ミルクシスルの投与によって、肝機能が著明に改善することが明らかになっています。論文の要旨を以下し紹介します。
A randomized, controlled, double-blind, pilot study of milk thistle for the treatment of hepatotoxicity in childhood acute lymphoblastic leukemia (ALL).(小児急性リンパ性白血病における肝障害の治療に対するミルクシスルの効果を検討したランダム化二重盲検比較の予備試験)Cancer 116(2): 506-13, 2010
米国のコロンビア大学メディカルセンターの小児腫瘍科からの報告。
【要旨】背景:基礎試験や臨床試験は限られているが、ミルクシスルは抗がん剤による肝障害の治療によく使用されている。抗がん剤による肝障害の治療法は少ない。ミルクシスルが広く使用されているという観点から、ミルクシスルの有効性について実験および臨床試験で検討した。
方法:急性リンパ性白血病の小児50例を対象に、プラセボ対照のランダム化二重盲検法にて肝機能に対するミルクシスルの効果を検討した。さらに急性リンパ球性白血病の培養細胞を用いて、抗がん剤の抗腫瘍効果に対する影響を検討した。
結果:臨床試験には50例が参加した。抗がん剤治療の副作用の頻度や程度、感染症の頻度については、ミルクシスル服用群とプラセボ群で差は認めなかった。28日後において、肝障害の程度を示すALTとASTと総ビリルビン値の平均値には有意な差は認めなかった。56日目において、ミルクシスル投与群では、プラセボ群に比べてAST値が有意に低く、ALTも低下の傾向を認めた。副作用のために抗がん剤の投与量を減らす必要があった症例の割合は、ミルクシスル投与群では61%に対してプラセボ群では72%であった。
培養細胞を使った実験では、抗がん剤のビンクリスチンあるいはL-アスパラギナーゼの効果を妨げず、むしろビンクリスチンの抗腫瘍効果を高める相乗効果を認めた。
結論:小児の急性リンパ性白血病の患者を対象にした臨床試験で、ミルクシスルは抗がん剤の肝障害を軽減する効果が認められた。急性リンパ性白血病に使用される抗がん剤治療の効き目を弱める作用は認めなかった。ミルクシスルの最適な投与量や投与期間、肝障害の予防効果や生存期間に対する有効性を検討する臨床試験が必要である。
ミルクシスルは肝臓保護作用の他にも、抗がん剤による腎臓や心臓のダメージを軽減する効果も報告されています。抗がん剤治療による腎臓毒性に対するミルクシスルの効果に関する臨床試験はまだ実施されていませんが、動物実験では、シスプラチン(cisplatin)やイフォスファマイド(ifosfamide)のような抗がん剤で引き起こされる腎臓障害に対してミルクシスルの成分が保護作用を示すことが報告されています。放射線による腎臓のダメージにもミルクシスルは保護作用を示します。
ラットを使った実験で、ドキソルビシンの心臓毒性と肝臓毒性に対して保護作用を示すことが報告されています。(Molecules 16: 8601-13, 2011)
全身麻酔による副作用や合併症を予防するために、手術前にミルクシスルの服用を推奨する意見があります。シリマリン(420mg/日)の投与によって全身麻酔による肝障害が予防できることが臨床試験で示されています。
シリマリンは肝細胞の蛋白質合成能を高め、ダメージを受けた肝細胞の修復や再生を促進します。しかし、肝臓がん細胞に対しては増殖や蛋白合成を刺激する効果は無いと言われていますので、肝臓がんにも使用できます。
ミルクシスルとアルファリポ酸とセレニウム(セレン)の組み合わせがウイルス性慢性肝炎に効果があるという報告があります。抗がん剤の肝障害にもこの組み合わせは効果が期待できます。(R体アルファリポ酸&セレンについてはこちらへ)
【シリマリンは解毒機能を高める】
「血液浄化」や「解毒」という用語は、漢方医学やアーユルベーダ医学などの伝統医療や自然療法でよく使用されます。体に取り込まれた毒物を解毒し、体内にたまった老廃物の排泄を促進して、血液をきれいにする作用を意味します。
抗がん剤による治療中や治療後では、死滅したがん細胞や正常細胞によって死細胞や老廃物が蓄積します。また、抗がん剤が完全に代謝されて排泄されるまでは抗がん剤の毒作用がしばらく残ります。このような体内に増えた毒性物質や老廃物の分解と排泄を促進し、血液をきれいな状態にするために、「血液浄化(cleansing)」や「解毒(detoxification)」を促進する薬草治療の有用性が検討されています。
抗がん剤治療中および治療後の血液浄化と解毒作用に関して、ミルクシスルの有効性が報告されています。毒物を解毒し血液を浄化する主な臓器は肝臓と腎臓ですが、ミルクシスルは肝臓の解毒機能を高めることが知られています。
ミルクシスルはヨーロッパでは古くから肝臓の治療薬として用いられ、抗がん剤治療によって受けたダメージの回復や血液浄化にも有効であることが多くの臨床試験によって確認されています。抗がん剤による肝臓のダメージを軽減し、傷害を受けた肝細胞の再生を促進する作用も確かめられており、西洋医学でも血液浄化と解毒を促進するハーブとして利用されています。
【シリマリンは抗がん剤や放射線治療の効き目を高める】
ラットを使った実験ではγ線照射の1時間前にシリマリンを投与すると脾臓や肝臓や骨髄のダメージが緩和することが報告されています。脳転移の患者に放射線治療を行うときにオメガ3不飽和脂肪酸とシリマリンを服用すると、副作用が軽減し生存期間が延びることが臨床試験で示されています。
培養細胞や動物実験では、ミルクシスルは抗がん剤の効き目を高める可能性も示唆されてます。
【シリマリンには直接的な抗腫瘍活性がある】
267話では、シリマリンががん細胞のワールブルグ効果を阻害して抗がん作用を示すことを紹介しました。その他にも、シリマリンには、がん細胞の増殖シグナル伝達系を阻害する作用や、抗酸化作用などによって転写因子のNF-kB活性を阻害する作用、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果など多彩な抗がん作用が報告されています。
様々な動物発がん実験において、シリマリンががん予防効果を発揮することが報告されています。肝臓がんや大腸がんや腎臓がんなどのがん細胞を移植した動物実験で、シリマリンが腫瘍の縮小効果を示すことが報告されています。
切除不能の進行した肝臓がんが、1日450mgのシリマリンを服用してがんが自然退縮したという症例の報告があります。(Am J Gastroenterol. 90:1500-1503, 1995)
手術と放射線治療を行った前立腺がん患者において、シリマリン、大豆、リコピン、抗酸化剤の入ったサプリメントを服用することによって再発が有意に抑えられることが報告されています。(Eur Urol. 48: 922-930, 2005)
以上のように、シリマリン自体は毒性が極めて低く、抗酸化作用や肝細胞保護作用など抗がん剤治療による副作用を軽減する効果も多くの臨床試験などで確認されています。さらにがん細胞のワールブルグ効果を是正する作用や、増殖シグナル伝達系を抑制する作用があるため、がん治療において併用するメリットが高い成分と言えます。
【シリマリンの服用法】
サプリメントとして商品化されているものは、70-80%のシリマリンを含有するように調整されており、臨床試験の多くはこのようなスタンダードな製品を用いています。
臨床試験では、シリマリンを1日に140mgを3回(420 mg/日)の用量で行われています。
ミルクシスル種子を熱湯で煎じて服用する方法は古くから使用されています。
煎じ薬の場合は、1日3~9g程度の潰した種子を煎じ、これを1日数回に分けて服用します。
ミルクシスル種子は4~6%のシリマリンを含有しますので、9gの種子にはシリマリンが360~540mg含まれている計算になります。
ミルクシスルやその成分のシリマリンにはほとんど副作用が無いことが多くの臨床試験で示されています。副作用としては、便が軟らかくなることが稀にあるくらいです。胆汁の分泌が多くなって軟便や下痢の原因になるからです。
ドイツのCommissin Eによると、通常の量を摂取した場合にはミルクシスルによる副作用は報告されていません。米国ハーブ教会の分類では、適切に使用される場合、安全に摂取できるハーブに分類されています。長期投与でも全く毒性は認められていません。
イリノテカンを投与中の大腸がん患者に1日200mgのミルクシスルを投与し、イリノテカンの代謝になんら悪影響を及ぼさなかったと報告しています。
今までの臨床研究から、1日5gまでのミルクシスルの摂取はほとんど副作用が現れないと言えます。ミルクシスルは肝細胞の再生を促進する作用があるため、肝細胞ががん化した肝細胞がんに対しては、ミルクシスルを使用しない方が良いという意見があります。しかし、肝臓がん細胞の増殖を促進する効果は無いという反対意見や、ミルクシスルの服用によって肝臓がんが縮小した症例もあります。
高用量のシリビニンが乳がんの増殖を促進することを示した動物実験の結果が報告されていますので、投与するシリビニンの量や利用効率を高めることに対して疑問の声も上がっています。しかし、この動物実験で使用された用量は人間では達成できないほどの高用量であるので問題ないという反対意見もあります。
ヨーロッパでは、肝臓障害に対してミルクシスル単独での治療が行われていますが、漢方薬でも肝臓障害に有効な生薬は幾つも知られています。このような肝障害に有効な生薬を使った漢方薬にシリマリンのサプリメントを併用すると、抗がん剤による肝臓のダメージをさらに緩和することができます。
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