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「漢方がん治療」を考える
233) 哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)の活性阻害をターゲットにしたがん治療
図: PI3K/Akt/mTOR経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されている。
233) 哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)の活性阻害をターゲットにしたがん治療
【ラパマイシンとは】
ラパマイシン(Rapamycin)は1970年代に、イースター島(モアイ像で有名な南太平洋の孤島)の土壌から発見されたStreptomyces hygroscopicsという放線菌の一種が産生するマクロライド系物質(大環状のラクトンを有する有機化合物)で、免疫抑制剤として臓器移植の拒絶反応を防ぐ薬として使用されています。
イースター島はポリネシア語で「ラパ・ヌイ(Rapa Nui)」と言い、この「ラパ」と「菌類が合成する抗生物質」を意味する接尾語の「マイシン」とを組み合わせて「ラパマイシン」と名付けられています。ラパマイシンは商品名「ラパミューン(Rapamune)」としてファイザー社から発売されています(日本では未認可)。
ラパマイシンの薬効としては、免疫抑制作用の他に、平滑筋細胞増殖抑制作用や抗がん作用や寿命延長効果が知られています。
平滑筋細胞増殖抑制作用に関しては、狭心症や心筋梗塞の治療に使われる血管内ステントに冠動脈再狭窄予防効果を目的としてラパマイシンを配合したステントが製品化され、心臓カテーテル治療において使用されています。また、リンパ脈管筋腫症の治療薬としても使用されています。
寿命延長作用については、生後600日のマウス(人間では60歳ほどに相当)にラパマイシンを投与すると、通常に比べてメスは平均で13%、オスは9%長生きしたという動物実験の結果が報告されています。
ラパマイシン自体に抗がん作用が報告されていますが、ラパマイシンの構造を改変した物質(ラパマイシン誘導体)が抗がん剤として開発されて、すでに幾つかの薬が臨床で使用されています。
このようなラパマイシンの多彩な薬効は、細胞の増殖やエネルギー産生に重要な役割を担っている細胞内蛋白質に作用することによって発揮されます。このラパマイシンがターゲットにする蛋白質が哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)という蛋白質です。
【哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)とは】
mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログが見出されてmTORと命名されました。
細胞が増殖因子などで刺激を受けるとPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORです。Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORは細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します。
この経路をPI3K/Akt/mTOR経路と言い、がん細胞や肉腫細胞の増殖を促進するメカニズムとして極めて重要であることが知られています。すなわち、PI3K/Akt/mTOR経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されています。
PI3K/Akt/mTOR経路の阻害は、抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果も報告されています。
近年,腫瘍血管新生もラパマイシンによって影響を受けることが報告されています.低酸素による低酸素誘導因子(HIF-1)の活性化にはPI3K /mTOR経路が関与しており,mTOR の阻害によってHIF-1の活性化が抑制されることが報告されています。ラパマイシンがHIF-1の安定化およびHIF-1の転写活性を抑制することが報告されています。
また,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現もラパマイシンによって抑制されることが報告されており,免疫抑制に用いられる用量のラパマイシンががん転移モデルおよび腫瘍移植モデルにおいて著明な抑制効果を発揮し, その作用機序として血管内皮細胞の増殖および管腔形成を共に抑制することが報告されています。
臓器移植に伴うシクロスポリンなどの免疫抑制剤の投与はがんの発生や再発を促進することが知られていますが、mTOR阻害剤は抗腫瘍効果をもつ免疫抑制剤として期待されています。
mTOR阻害剤は免疫抑制という欠点を持ちますが、がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORが活性化されているため、抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTOR阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
テムシロリムス(Temsirolimus、商品名トーリセル)はラパマイシン誘導体で、静脈内投与可能なmTOR阻害剤で、腎細胞がんに保険適用されています。。また、経口mTOR阻害剤としてエベロリムス(商品名アフィニトール)が腎細胞がんに承認されています。
mTOR阻害剤は、腎細胞がん以外のがんや肉腫にも効果が期待でき、現在多くの臨床試験が行われています。抗がん剤治療の効果が出にくい肉腫の治療にmTOR阻害剤の使用が期待されています。
しかしまだ、これらのmTOR阻害剤は現時点では腎細胞がんしか使用できず、また、極めて高価です。そこで、漢方薬やサプリメントなどを使って、mTOR阻害を目標にしたがん治療を検討してみる価値があります。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化がmTOR阻害作用を示すことが知られています。(詳しくはこちらへ)
AMPKを活性化する方法としてメトホルミン(217話参照)、冬虫夏草に含まれるコルジセピン(232話参照)、黄連に含まれるベルベリン、丹参に含まれるクリプトタンシノンなどがあります。
ウコンに含まれるクルクミンにmTOR阻害作用が報告されています。ただ、クルクミンは通常の状態では胃腸からの吸収が極めて悪いため、体内でmTOR阻害作用が期待できるかどうかは不明です。
また、PI3KやAktの活性を阻害する薬草成分やサプリメントも知られています。厚朴に含まれるホーノキオール(honokiol)がAkt活性を阻害することが報告されています。ジインドリルメタンもAktを阻害することが報告されています。
丹参のサルビアノール酸(Salvianolic acid)がPI3K活性を阻害することが報告されています。
このような副作用の少ない医薬品やサプリメントを複数組み合わせると、PI3K/Akt/mTOR経路を抑制して、がん細胞や肉腫細胞の増殖抑制に効果が期待できます。例えば、冬虫夏草のサプリメント、丹参や厚朴や黄連やウコンを含む漢方薬、メトホルミン、ジインドリルメタン、ラパマイシンなどを組み合わせると、PI3K/Akt/mTOR経路の阻害によってがん細胞の増殖を抑制できます。
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