785)抗腫瘍免疫の増強法(その2):2-デオキシ-D-グルコースによる免疫原性細胞死の誘導

図:2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞に多く取り込まれ(①)、解糖系とペントースリン酸経路を阻害し、タンパク質のN-グリコシル化を阻害するメカニズムで(②)、ATPを枯渇し、小胞体ストレスを亢進し、免疫原性細胞死を誘導する(③)。Tリンパ球に対しては、N-グリコシル化を阻害し(④)、ナチュラルキラー(NK)細胞特異的転写因子の発現を更新してNK細胞特性の獲得を促進しアポトーシス抵抗性を亢進し、がん細胞に対するT細胞の免疫応答を促進する(⑤)。その結果、がん細胞の死滅を促進する(⑥)。

785)抗腫瘍免疫の増強法(その2):2-デオキシ-D-グルコースによる免疫原性細胞死の誘導

【体にはがん細胞を排除する免疫監視機構が備わっている】
免疫系は自己と非自己を識別し、非自己を排除する生体防御システムです。
異物(非自己)を排除する免疫系は、自己の変異細胞であるがん細胞も排除して生体を防御するという「がん免疫監視説(cancer immunosurveillance)」の概念をフランク・マクファーレン・バーネット(Frank Macfarlane Burnet)が1950年代から提唱し、1960年代には広く認められるようになりました。バーネットは、免疫寛容とクローン選択の概念を唱え、1960年にノーベル医学生理学賞を受賞したオーストラリアの免疫学者です。

免疫力の低下ががんの発生や進行を促進することは多くの証拠があります。
免疫抑制剤を使用している臓器移植患者や、HIV感染(エイズ)などによる免疫不全状態の患者はがんの発生率が高いことが知られています。
免疫機能の低下の原因として最も重要なのは老化によるものであり、そのほか精神的・肉体的なストレスや栄養障害なども重要です。老化とともにがんの発生が増えることや、ストレスががんの発生や進行を促進することも、その原因は免疫力が低下するからです。
人間の免疫力は18~22才くらいをピークにして年令とともに衰え、がん年令の始まりといわれる40才台の免疫力はピーク時の半分まで下がり、その後も加齢とともに下降するといわれています。
免疫力を高めてがんの消滅を目的とする「免疫療法」は、手術、化学療法、放射線療法に次ぐ第4のがん治療法として重要視されています。

免疫療法は、19世紀末に外科医であるW.B.コーリーが細菌由来毒素であるコーリートキシン(Coley Toxin)をがん患者に投与して、免疫を賦活させることによりがんを治癒させたことに端を発します。
溶連菌製剤のピシバニールや、カワラタケの菌糸体から見つかった蛋白結合多糖(ベータグルカンに蛋白が結合)のクレスチンなど、免疫系を活性化する目的のがん治療薬もあります。
最近では、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤で、一部のがん患者において、がんが縮小したり消滅することが明らかになっています。
つまり、体に備わった免疫監視機構を十分に高めることができれば、がん細胞を死滅させ、がんを縮小したり、消滅させることもできるのです
しかし現実的には、免疫療法の効果はまだ弱いと言わざるをえません。
その理由の一つとして、がん組織にはがん細胞を攻撃するエフェクター細胞(キラーT細胞やナチュラルキラー細胞など)の働きを阻害する細胞(骨髄由来抑制細胞、制御性T細胞、M2型腫瘍関連マクロファージなど)や因子(プロスタグランジンE2やキヌレニンや乳酸など)の存在があります。これに対する代替療法的な対処法に関しては前回(784話)紹介しています。
「抗腫瘍免疫を抑制している要因の排除」に加えて、「エフェクター細胞の活性を高める方法」、「がん抗原の発現や認識を高める方法」などを組み合わせると、さらに抗腫瘍免疫を高めることができます

【がん細胞は免疫原性を弱めて免疫監視機構から逃れている】
私たちの体内では、毎日多数のがん細胞ができていますが、免疫監視の機能が正常であれば、がん細胞が増殖して成長することは無いと考えられています。
しかし現実は、発生したがん細胞は増殖し、転移しています。それには大きく分けて2つの理由があります。
一つは「免疫監視機構」の機能が低下して、がん細胞を排除できないという理由です。これにはエフェクター細胞(キラーT細胞やNK細胞など)の機能低下や、免疫抑制性の要因(制御性T細胞や骨髄由来抑制細胞など)の存在などが含まれます。
もう一つは、がん細胞が抗原性を低下させているという理由です。がん細胞は不均一な集団で、がん抗原の発現の低いがん細胞が免疫監視機構による排除を回避して選択的に生き残る可能性があります。がん抗原の発現が低下すれば、免疫細胞は正常細胞と区別できないので、そのがん細胞を排除できません。

がん免疫監視機構が存在するにもかかわらず、がん細胞が発生し進行する理由を米国ワシントン大学医学部のR.D. Schreiberらは「がん免疫編集説(cancer immunoediting)」で説明しています。
この「がん免疫編集説」では、発がんにおける免疫系とがんの関わりは「排除相(Elimination)」「平衡相(equilibrium)」「逃避相(escape)」とよばれる3 相に分けられます。
最初に出現した変異細胞(がん細胞)は免疫原性が高いため、免疫監視機構によって異物と判断され、免疫担当細胞が攻撃することによって排除されます(排除相)。
しかし免疫原性の低い(免疫応答が容易に誘導されるがん抗原を有しない)がん細胞は免疫担当細胞からの攻撃にさらされないため、排除されることなく長期にわたって選択的に生存します(平衡相)。
さらに、がん組織内に免疫抑制性の細胞(骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞など)や因子(プロスタグラジンE2や組織の酸性化など)が増え、積極的に抗腫瘍免疫応答を抑制する環境を作り上げ、免疫系からの攻撃を逃避することで無限に増殖し臨床的がんになります(逃避相)。
つまり、がん免疫編集説(Cancer Immunoediting)に従えば、がん細胞は免疫系からの攻撃を受けにくい免疫原性の低いがん細胞を選択する(免疫選択)とともに、生体に備わっている様々な免疫抑制機構を用いて免疫系から逃避(免疫逃避)することで、 生体内で増殖し臨床的な「がん」となるということです。
したがって、がん免疫療法を成功させるには,がん細胞によって構築された免疫抑制ネットワークを解除すると共に,免疫原性の低いがん細胞に対して強力な免疫応答を誘導する必要があります。

図:がん細胞が発生すると、がん細胞に存在するがん抗原をターゲットにして樹状細胞やマクロファージやキラーT細胞などの免疫担当細胞(エフェキター細胞)ががん細胞を攻撃し(①)。がん細胞は免疫的に排除される(②)。がん抗原を多く発現している「免疫原性の高い変異細胞(がん細胞)」はこの排除相で排除されるが、がん抗原の発現の弱い「免疫原性の低い変異細胞(がん細胞)」は免疫担当細胞からの攻撃が弱いので、排除されることなく長期にわたって選択的に生存する(③)。この状態を平衡相と言う。がん細胞を攻撃するエフェクター細胞の働きを阻害する骨髄由来抑制細胞(MDSC)や制御性T細胞(Treg)やM2型腫瘍関連マクロファージ(TAM)や免疫阻害因子(プロスタグランジンE2やキヌレニンや乳酸など)によってエフェクター細胞の機能が低下すると、がん細胞は免疫監視から逃避して増殖し、臨床的がんになる(⑤)。これを逃避相と言う。がん細胞は抗腫瘍免疫応答を抑制する環境を積極的に構築している。

【がん細胞は多数のがん抗原を持っている】
がん細胞は、遺伝子の突然変異によって正常な増殖制御を失うことで発生します。さらに、がんが進行する過程で、ゲノムの不安定性に基づく遺伝子変異を蓄積します
これらの遺伝子変異は正常とは異なる変異タンパク質を作ります。この変異タンパク質は免疫系に「非自己」として認識され、免疫応答の標的として免疫反応を強く誘導する抗原となります。このような抗原をネオアンチゲン(neoantigen)と言います。
ネオアンチゲンはがん細胞の遺伝子変異の結果,アミノ酸が置き換わって新規に生じた抗原で、もともとの宿主体内には存在しなかった抗原であるため、がん細胞を排除するキラーT細胞のターゲットになります。つまり、ネオアンチゲンはがんワクチンの候補となります。
免疫系は正常な「自己」の抗原には反応しませんが、ネオアンチゲンは正常な細胞には存在しないため「非自己」として認識されて強い免疫反応の標的になるのです。
一方で、遺伝子変異は個々の患者で異なり共通するものはごくわずかであるために、患者ごとの個別対応が必要なことも分かってきました。
最近は、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる次世代シーケンサー(DNA解析装置)の登場により、個々の患者のがん細胞で生じている遺伝子変異を迅速かつ正確に解析できるようになりました。
つまり、患者のがん細胞に生じた遺伝子変異の中から、その患者の免疫反応を強く誘導するネオアンチゲンを簡単に見出すことが可能になりました。
このような個別のネオアンチゲンを標的としたがんワクチン療法も可能になっています。
しかし、個別のネオアンチゲンを見つけてがんワクチンを作るという治療には限界もあると思います。
先ほどの「がん免疫編集説」では、排除相(elimination)では生体内に生じた変異細胞(がん細胞)が種々の免疫細胞により排除されますが、排除相で排除しきれなかった免疫原性の低い(免疫応答が起こりにくい)変異細胞が生き残ります。つまり、免疫応答が起こりにくいがん細胞が生き残るように免疫系により編集(edition)を受けているのです。
これは抗がん剤治療と同じです。抗がん剤投与によってその抗がん剤に感受性のあるがん細胞は死滅しますが、その抗がん剤に耐性のがん細胞が選択的に生き残ります。
同様にネオアンチゲンを特定してがんワクチンを作っても、いずれはそのネオアンチゲンを持たないがん細胞が生き残って、免疫監視から逃避します。
そこで、がん細胞に存在する(あるいは治療に伴って新たに出現する)多様ながん抗原に生体内で免疫細胞が作用する環境を整える方が治療戦略としては合理的だといえます。
つまり、「抗腫瘍免疫応答を抑制するメカニズムや微小環境の改善」、「がん細胞を攻撃するエフェクター細胞の活性化」、「がん抗原の認識を高める」という3つを同時に行えば、多様ながん抗原をターゲットにしたがん免疫療法が実践できます。

図:がん細胞が死滅するとがん抗原が放出され、樹状細胞を活性化し、さらにキラーT細胞などがん細胞を攻撃する免疫担当細胞の活性を高める(①)。このとき、免疫原性細胞死を誘導するとがん抗原の認識を高めることができる(②)。免疫担当細胞(キラーT細胞やNK細胞など)はがん細胞を死滅させ排除するように働く(③)。がん組織から炎症性サイトカインやケモカインなどが産生され(④)、制御性T細胞(Treg)や骨髄由来抑制細胞(MDSC)や腫瘍関連マクロファージ(TAM)などが動員され、免疫担当細胞の働きを抑制する(⑤)。したがって、がん免疫療法を成功させるには,免疫担当細胞の活性を高め、がん細胞によって構築された免疫抑制ネットワークを解除すると共に、免疫原性の低いがん細胞に対して強力な免疫応答を誘導する必要がある。


例えば、ビタミンやミネラルやタンパク質の欠如は免疫担当細胞の働きを低下させます。したがって、栄養状態を良くすることはがん免疫治療において重要です。
がん細胞は抗腫瘍免疫応答を抑制する微小環境を積極的に作り上げています。この免疫抑制ネットワークの解除ができなければ、がん免疫療法は成功しません。
がん細胞の解糖系を抑制し、ミトコンドリアが活性化して、がん組織の酸性化を軽減するだけで、免疫担当細胞の活性が高まります。(784話参照)
がん細胞のがん抗原の発現を増やすことは困難ですが、がん抗原の認識と免疫応答を増強することは「免疫原性細胞死の誘導」という方法で達成できます。

【ダメージ関連分子パターンが免疫応答を刺激する】
体を構成する正常細胞は毎日多数の細胞がアポトーシスで死滅し、組織幹細胞が細胞分裂して組織の細胞を供給しています。一般的に、1日に体の200分の1くらいの細胞がアポトーシスで死滅し、それに相当する数の細胞が新たに作られます。
このような生理的な死に対して、体がいちいち反応して炎症や免疫応答を行えば、大変なことになります。しかし、このような生理的な細胞死は、炎症や免疫応答を引き起こさない死に方をするので、問題は起こりません。


一方、何らかのダメージやストレスで細胞が傷害されたときは、それを認識して対応する必要があります。
例えば、神経が熱や痛みを感じるようになっているのは、体に危害を与える傷害を認識してそれを避ける必要があるからです。

同様に、細胞がダメージを受けたとき、そのような細胞からは通常であれば細胞内に隠れている成分が放出され、炎症細胞や免疫細胞を活性化するメカニズムが存在します
このような炎症を引き起こす細胞内にある成分をDAMPs(damage-associated molecular patterns; ダメージ関連分子パターン)と総称しています。
細胞傷害に伴って細胞から放出され、周囲の組織や細胞に危険を知らせるアラームのような役割を担う因子のことです。

DAMPsが細胞外や細胞膜上に露出するような細胞死が起こると、炎症細胞(マクロファージや好中球など)やリンパ球や線維芽細胞などが動員され、炎症反応が引き起こされ、ダメージを受けた組織の修復が起こります。
このメカニズムは自己免疫疾患などの慢性炎症性疾患の原因ともなります。しかし、抗がん剤や放射線を使ったがん治療の場合は、このダメージ関連分子パターン(DAMPs)を誘導する細胞死のメカニズムを利用すると、がん特異免疫を増強できることが知られています。

DAMPsは骨髄や末梢組織から未成熟な樹状細胞をがん組織に動員し、樹状細胞は死滅したがん細胞から放出されたがん抗原によって活性化され成熟します(図)。

つまり、放射線照射や一部の抗がん剤が免疫原性の高い細胞死を誘導することが知られており、このような細胞死をもっと効率的に行う手段があれば、がん治療の効果を高めることができます。

図:抗がん剤(①)によってがん細胞が死滅すると、死滅したがん細胞からカルレチキュリン(CRT)やATPやHMGB1(High-mobility group box 1 protein)などのダメージ関連分子パターン(damage-associated molecular patterns ; DAMPs)が放出される(②)。DAMPsは骨髄や末梢組織から未成熟な樹状細胞をがん組織に動員する(③)。がん組織において死滅したがん細胞から放出されたがん抗原は未熟樹状細胞に取り込まれ、未成熟樹状細胞は活性化されて成熟樹状細胞に分化誘導される(④)。成熟樹状細胞は最寄りのリンパ節に移動し、MHC(Major Histocompatibility Complex)のクラスI及びクラスIIに結合したがん抗原をTCR(T細胞受容体)を介して、CD4+T細胞(ヘルパーT細胞)とCD8+T細胞(キラーT細胞)に提示する(⑤)。がん抗原に反応するキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)は抗原提示によって活性化されてクローナルに増殖し(⑥)、がん細胞をがん抗原特異的に攻撃する(⑦)。

DAMPsは、細胞質や核やミトコンドリアや小胞体などに存在する成分が放出されたもので、炎症細胞や免疫細胞を刺激します。
DAMPsとしては、ミトコンドリアのATP, DNA, フォルミルペプチド、核のヒストンやHigh-mobility group box 1 protein(HMGB1)、High-mobility group nucleosome binding protein 1(HMGN1)、細胞質のATPやF-アクチン、小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)などが知られています。(下図)

図:細胞がダメージを受けたとき、通常であれば細胞内に隠れていた成分が放出され、炎症細胞や免疫細胞を活性化するメカニズムが存在する。このような炎症を引き起こす細胞内にある成分をDAMPs(damage-associated molecular patterns; ダメージ関連分子パターン)と総称している。DAMPsは、細胞質や核やミトコンドリアや小胞体などに存在する成分が放出されたもので、炎症細胞や免疫細胞を刺激する。DAMPsとして、ミトコンドリアのATP, DNA, フォルミルペプチド、核のヒストンやHigh-mobility group box 1 protein(HMGB1)、High-mobility group nucleosome binding protein 1(HMGN1)、細胞質のATPやF-アクチン、小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)などが知られている。

抗がん剤治療が免疫原性細胞死を誘導することが知られています。その作用は、抗がん剤の種類や投与量によって異なるようです。
免疫原性細胞死を誘導できる抗がん剤として多くのアントラサイクリン系薬(doxorubicin, epirubicin, idarubicinなど)、mitoxantrone、 オキサリプラチン(oxaliplatin)、シクロフォスファミド(cyclophosphamide) 、bortezomibなどが報告されています。
例えば、大腸がんや乳がんでは、アントラサイクリンやオキサリプラチンががん組織内のキラーT細胞の数を増やし、免疫抑制性に作用する制御性T細胞の数を減らすことが報告されています。
従来、抗がん剤の抗腫瘍効果は、がん細胞を直接死滅させる機序によると考えられてきました。しかし、免疫応答を誘導して、免疫監視機構を活性化する機序も関与していることが指摘されるようになったのです。
したがって、抗がん剤治療と免疫療法を積極的に併用する有用性も根拠があります。
漢方治療が抗がん剤治療の成績を高める理由も、免疫力の増強が関与していると考えられます。

【抗がん剤はがん細胞の免疫原性細胞死を誘導する】
抗がん剤はがん細胞を死滅して、抗腫瘍免疫を誘導する作用があることが指摘されています。免疫療法を行うときに抗がん剤をうまく利用すると、抗腫瘍免疫を増強できるという考えです。 以下のような論文があります。

Immunogenic effects of chemotherapy-induced tumor cell death.(化学療法による腫瘍細胞死の免疫原性効果)Genes Dis. 2018 May 17;5(3):194-203.

【要旨】
従来の化学療法の臨床的効果が腫瘍細胞への毒性のみに起因するのではなく、免疫監視機構の活性化にも起因することが、最近の多くの動物実験や臨床研究によって示唆されている。抗がん剤による免疫監視機構の活性化というメカニズムは過去の研究においてほとんど無視されてきた。

抗腫瘍免疫応答は、免疫原性細胞死(immunogenic cell death)が引き金になって誘導される。この免疫原性細胞死は、カルレチキュリン(calreticulin)の細胞表面移行、ATPおよびhigh mobility group box 1 (HMGB1)タンパク質の細胞外放出、タイプ1のインターフェロン応答の刺激によって特徴付けられる細胞死である。

ここでは、従来の化学療法剤が免疫原性細胞死誘導剤として作用し、免疫抑制性の微小環境内で腫瘍浸潤リンパ球の働きを調節し、抗腫瘍免疫を再活性化できることを示す最近の研究を要約する。
通常の化学療法のこのような免疫学的効果は、がん患者の予後をより良くする可能性がある。さらに、免疫原性細胞死を誘発する化学療法と免疫療法との組み合わせは、がん患者の臨床転帰を改善するための有望なアプローチである。

がんは無限に増殖する細胞の病気と考えられてきました。したがって、がん細胞の増殖のメカニズムを解明し、増殖を阻害することが抗がん剤治療の目標となってきました。
生体には免疫監視機構があり、免疫システムががん細胞を排除しています。しかしながら、がん細胞は免疫監視機構から逃避するメカニズムを使って、排除を回避しています。

がん細胞の増殖は単にがん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化だけで起こるものではありません。がん組織の微小環境ががん細胞の増殖に影響しています。
特に、免疫細胞のはたらきが重要です。
免疫細胞にはがん細胞を攻撃するキラーT細胞やNK細胞だけでなく、免疫システムを抑制する制御性T細胞、骨髄由来抑制細胞などがあります。
免疫を抑制するメカニズムは、T細胞の暴走による正常細胞での攻撃を避けるために存在します。しかし、がん細胞はこのような免疫抑制性のメカニズムを利用してT細胞からの攻撃を回避しています。
免疫チェックポイント阻害剤などで、がん細胞の免疫監視機構回避のメカニズムを阻止できれば、がん細胞を免疫の力で排除できます。その結果、転移がんでもがんを根治できる可能性が出てきます。

【2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞に小胞体ストレスを引き起こす】
がん細胞の性質は多様で不均一ですが、ほとんどのがん細胞に共通しているのは、エネルギー産生(ATP産生)をミトコンドリアにおける酸素呼吸(酸化的リン酸化)ではなく、細胞質における解糖系に依存していることです。これはワールブルグ効果(Warburg effect)として知られています。好気的解糖とも呼ばれます。
解糖系阻害剤の一つが、代謝されないグルコース類縁物質の2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)です。

2-DGはグルコースと同じトランスポーター(輸送担体)で取り込まれるので、細胞内の取込みの段階でグルコースの拮抗阻害剤として作用します。
細胞内では、ヘキソキナーゼによってリン酸化されて、2-デオキシグルコース-6リン酸(2-DG-6リン酸)に変換されますが、この2-DG-6リン酸は解糖系の先の代謝系には進めない(ヘキソキナーゼの先の解糖系酵素で代謝できない)ので、細胞内に蓄積します。
蓄積した2-DG-6リン酸は解糖系酵素のヘキソキナーゼとグルコースリン酸イソメラーゼをフィードバックで阻害する作用があり、取り込まれたグルコースの解糖系やペントースリン酸回路での代謝を阻害し、ATPやNADPHや核酸の産生を低下させます。
さらに、2-DGはタンパク質のN-グリコシル化(N-glycosylation)を阻害するので小胞体ストレス応答を誘導します。(2-DGがタンパク質のO-結合型Nアセチルグルコサミンの除去を阻害する作用もあることは515話で紹介)

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(①)。ヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)になるが、それから先の解糖系酵素では代謝できないので細胞内に蓄積する(②)。蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼをフィードバック的に阻害するので、グルコースの解糖系での代謝を阻害してATP産生を阻害する(③)。2-DGはペントースリン酸経路(PPP: Pentose Phosphate Pathway)を阻害して核酸合成を阻害する(④)。さらにNADPHの産生を低下させ、抗酸化力を低下させて酸化ストレスを高める(⑤)。2-DGは小胞体でのタンパク質のN-グリコシル化(糖鎖の結合による修飾)を阻害し(⑥)、折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)を増やして小胞体ストレスを引き起こす(⑦)。これらの結果、がん細胞は細胞死を起こす(⑧)。

【小胞体ストレスを引き起こす薬物+抗がん剤=免疫原性細胞死】
抗がんや放射線を使ったがん治療の場合は、ダメージ関連分子パターン(DAMPs)を誘導する細胞死のメカニズムを利用すると、がん特異免疫を増強できることが知られています。すなわち、DAMPsを誘導しやすくする薬剤は抗がん剤や放射線治療の抗腫瘍効果を高めることができます。
2-デオキシ-D-グルコース(2-Deoxy-D-Glucose:2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質です。

2-DGはグルコースと同じトランスポーター(輸送担体)で取り込まれるので、細胞内の取込みの段階でグルコースの拮抗阻害剤として作用します。
細胞内では、ヘキソキナーゼによってリン酸化されて、2-デオキシグルコース-6リン酸(2-DG-6リン酸)に変換されますが、この2-DG-6リン酸は解糖系の先の代謝系には進めない(ヘキソキナーゼの先の解糖系酵素で代謝できない)ので、ATP産生量が減ります。さらに、蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼを阻害する作用もあるので、正常なグルコースの代謝も阻害されます。
がん細胞はグルコースの取り込みが亢進しており、2-DGの取り込みも増えているので、がん細胞の解糖系を阻害する効果でがん治療に使われています。
2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)は小胞体ストレスを高めてがん細胞を死滅させる作用が報告されています。さらに、2−デオキシ-D-グルコースは抗がん剤や放射線の免疫原性細胞死を増強することが報告されています。

図:2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコース(ブドウ糖)の2位のOHがHに変わっているグルコース類縁物質(①)で、グルコースと同様にグルコーストランスポーター(GLUT1)によって細胞内に取り込まれる(②)。細胞内のヘキソキナーゼで2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)になるが、それから先の解糖系酵素では代謝できないので細胞内に蓄積する(③)。蓄積した2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)をフィードバック的に阻害するので、グルコースの解糖系での代謝を阻害する(④)。

小胞体(Endoplasmic reticulum)は、細胞内における分泌・膜タンパク質の品質管理において大切な小器官です。
2-DGは解糖系を阻害する以外に、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖タンパク質の生成を阻害します。
グリコシル化というのはタンパク質に糖類が付加する反応で、小胞体で行われて、正常に糖が付加したタンパク質はゴルジ体に運ばれます。

糖鎖異常の糖タンパク質は、折り畳みが不完全な異常タンパク質になり、小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こし、細胞死の原因にもなります。
つまり、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はタンパク質のN-グリコシル化(N-glycosylation)を阻害するので小胞体ストレスを高めて免疫原性細胞死を増強する作用があります
2-DGとエトポシドの併用で、免疫原性細胞死を誘導し、樹状細胞が活性化され、CD8+の細胞障害性T細胞の活性が亢進することが報告されています。
抗がん剤でがん細胞を死滅させるときに2−DGを投与しておくと、死滅したがん細胞は免疫原性が高くなるので、がん抗原特異的な抗腫瘍免疫を誘導でき、延命効果を高めることができるというメカニズムです。
2-DGと抗がん剤を併用すると、小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)というタンパク質が細胞膜上に露出して免疫原性を高めるという結果が報告されています。以下のような報告があります。 

Combination of glycolysis inhibition with chemotherapy results in an antitumor immune response.(抗がん剤治療に解糖系阻害を併用すると抗腫瘍免疫応答が引き起こされる)PNAS  109 (49): 20071-20076, 2012年



【要旨】

細胞のDNAにダメージを与える抗がん剤の多くは、抗腫瘍免疫を誘導する作用がある。解糖系の亢進はがん細胞の最も良く知られた特徴の一つである。そこで、解糖系を阻害する2-デオキシグルコース(2-DG)と細胞傷害性の抗がん剤を併用した場合、抗腫瘍免疫の誘導にどのような影響を及ぼすかを検討した。

2-DGと抗がん剤のエトポシドは、免疫機能の正常なマウスにおいては相乗的に作用して寿命を延長した。しかし、免疫機能不全のマウスに対しては寿命延長効果は認められなかった。

2-DGとエトポシドの両方を投与したマウスにおいてのみ、がん細胞特異的なT細胞の十分な活性化が認められた。

さらに、2-DGとエトポシドの両方の処理によって死滅したがん細胞をマウスに免疫すると、同じ腫瘍の再度の移植に対して拒絶した。

この効果の少なくとも一部は、細胞膜上のERp57/calreticulinの出現が関連していた。

これらの結果は、がん細胞の解糖系をターゲットにすると、死滅がん細胞による通常の免疫寛容誘発性の刺激を、腫瘍免疫誘発性の刺激に変換できることを示している。このメカニズムを利用すると免疫化学療法の新しい戦略を作りだすことができる。


小胞体(Endoplasmic reticulum)は、細胞内における分泌・膜タンパク質の品質管理において大切な小器官です。
カルレチキュリンは、小胞体内腔における主要なカルシウム結合(蓄積)タンパク質として機能する多機能タンパク質です。分子シャペロンとして分泌タンパク質の品質管理の働きも行っています。また核では転写調節の働きを行っています。

2-DGは解糖系を阻害する以外に、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖タンパク質の生成を阻害します。
グリコシル化というのはタンパク質に糖類が付加する反応で、小胞体で行われて、正常に糖が付加したタンパク質はゴルジ体に運ばれます。

糖鎖異常の糖タンパク質は小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こし、細胞死の原因にもなります。(小胞体ストレスについては298話参照)

2-DGの場合は、糖タンパク質のグリコシル化が阻害され、小胞体ストレスが起こり、その状態で死滅すると死滅した細胞の細胞膜の表面にカルチキュリンが移行してダメージ関連分子パターンとなり、免疫細胞を活性化する結果、抗腫瘍免疫が活性化されるということです。

図:細胞がダメージを受けて死滅するとき、細胞内に存在する成分が放出されて炎症細胞や免疫細胞を刺激する。ミトコンドリアのATPや核のHMGB1(High-mobility group box 1 protein)は細胞外に放出されると樹状細胞を刺激する(①)。小胞体のカルレチキュリン(Calreticulin)は細胞表面に出て、樹状細胞に認識され、貪食のシグナルとなり、がん抗原を提示する働きを活性化する(②)。2-DG(2-デオキシ-D-グルコース)は、タンパク質に糖鎖が着くN-グリコシル化の過程を阻害するので、糖鎖異常の糖タンパク質が小胞体に蓄積して小胞体ストレスを引き起こす(③)。小胞体ストレスの高い状態で放射線や抗がん剤でがん細胞が死滅するとカルレチキュリンが多く露出した死細胞となる(④)。このような免疫応答を引き起こしやすい細胞死を「免疫原性細胞死」という(⑤)。放射線治療や抗がん剤治療に2-DGを使用すると免疫原性細胞死を誘導してがん抗原に特異的な抗腫瘍免疫を高めることができる。

【糖タンパク質の糖鎖はヘキソサミン経路で作られる】
タンパク質は遺伝子によって決められた配列によってアミノ酸が結合して作られます。タンパク質が作られるとき、まず遺伝子(DNA)からメッセンジャーRNAが転写されます。このメッセンジャーRNAからタンパク質が合成される過程を「翻訳」と言います。メッセンジャーRNAからポリペプチドへの翻訳はリボソームで行われます。
翻訳後のポリペプチド鎖は小胞体で3次元的に折り畳まれます。

図:DNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNAが生成される過程を転写という(①)。mRNAの情報に基づき、リボソームにおいてアミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成されることを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖は小胞体で3次元的に折り畳まれる(③)。

できたタンパク質はさらにリン酸やアセチル基や糖鎖などが結合して、タンパク質の活性や働きが変化します。このようなタンパク質の修飾を翻訳後修飾と言います(下図)。このような翻訳後修飾によってタンパク質の働きが制御されています。

図:タンパク質はリボソームで合成され(①)、小胞体で折り畳まれ(②)、ゴルジ体で糖鎖が結合して糖タンパク質になって、細胞内や細胞外に分布して機能を発揮する(④)。翻訳後のタンパク質の多くのタンパク質はさらに、リン酸化、糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾(⑥)を受けることによって機能を持つようになる。

糖鎖には、O-結合型糖鎖(セリン・スレオニン結合型糖鎖)と、N-結合型糖鎖(アスパラギン結合型糖鎖)とが存在します。
O-結合型糖鎖はアミノ酸のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)側鎖の水酸基に結合していて、N型糖鎖はアスパラギン(Asn)残基に結合しています。

図:O-結合型糖鎖はタンパク質のセリン(Ser)やスレオニン(Thr)残基に、糖供与体のウリジン2リン酸-N-アセチルグルコサミン (UDP-GlcNAc) からのN-アセチルグルコサミンが結合している。O-結合型糖鎖では、アスパラギン(Asn)残基にN-アセチルグルコサミンが結合している。

この糖鎖結合の過程に使われるのがUDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)です。
UDP-GlcNAcは糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカンの合成に使われます。このUDP-GlcNAcはヘキソサミン経路で合成されます。
解糖系のグルコース-6-リン酸の次のフルクトース-6-リン酸はヘキソサミン生合成系に入り、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を産生します。
グルタミンとフルクトース6リン酸を基質として、グルタミン-フルクトース-6-リン酸アミノトランスフェラーゼ(GFAT)の働きで、グルコサミン6-リン酸が生成され、N-アセチルグルコサミン6-リン酸はN-アセチルグルコサミン1-リン酸に変換されます。
ヘキソサミン経路の最終段階では、UDP-N-アセチルグルコサミンピロホスホリラーゼ(UAP)の働きで、N-アセチルグルコサミン1-リン酸にウリジン2リン酸(UDP)が付加され、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成します。

図:解糖系のフルクトース-6-リン酸(①)にグルタミン-フルクトース-6-リン酸アミノトランスフェラーゼ(GFAT)の働きで(②)、グルタミンと結合して、グルコサミン6-リン酸が生成され(③)、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)が生成する(④)。UDP-GlcNAcは糖タンパク質の産生に使われる(⑤)。UDP-GlcNAcを生成する経路をヘキソサミン生合成経路という(⑥)。

タンパク質に結合したN-アセチルグルコサミンにさらに様々な単糖が結合して糖鎖が作られます。糖鎖が結合したタンパク質を糖タンパク質と言います。多くの膜結合タンパク質や分泌タンパク質が糖タンパク質です。この修飾は小胞体とゴルジ体で起こります。
糖タンパク質に含まれる糖質のうち主要なものは、グルコース、ガラクトース、フコース、マンノース、N-アセチルノイラミン酸、N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)などです。
糖鎖がタンパク質と共有結合して、たんぱく質の活性や安定性を変化させます。つまり、糖タンパク質の生成は糖代謝とシグナル伝達の接点となります。転写因子やRNAポリメラーゼIIのようないくつかの細胞内タンパク質はO-GlcNAcの結合によって修飾されます。

【2−デオキシ-D-グルコースはヘキソサミン生合成を阻害する】
正常細胞には取り込まれず、がん細胞に多く取り込まれて、ヘキソサミン生合成を阻害する物質があれば、それはがん治療に効果が期待できます。2−デオキシ-D-グルコースがヘキソサミン生合成を阻害することが報告されています。以下のような報告があります。

2-Deoxy-d-glucose increases GFAT1 phosphorylation resulting in endoplasmic reticulum-related apoptosis via disruption of protein N-glycosylation in pancreatic cancer cells.(2-デオキシ-d-グルコースはGFAT1リン酸化を増加させ、膵臓がん細胞のタンパク質N-グリコシル化の阻害を介して小胞体関連アポトーシスを引き起こす)Biochem Biophys Res Commun. 2018 Jun 27;501(3):668-673. 

【要旨】
解糖系阻害剤の2-デオキシ-d-グルコース(2DG)はエネルギー飢餓を引き起こし、多くの種類のがん細胞株の細胞生存率に影響を与える。膵臓がん細胞における2DGの作用を検討するために、2DG投与後の膵臓がん細胞株のプロテオーム解析を実施した。
2DG投与によって80個のタンパク質に発現の変化が見られた。これらの中で、ホスホヘキソース代謝に関与するタンパク質の発現亢進が認められた。
糖タンパク質を維持するために必要なウリジン二リン酸N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を生成するヘキソサミン生合成経路で作用するフルクトース6-リン酸アミノトランスフェラーゼ1(GFAT1)が、mRNAおよびタンパク質レベルで発現の亢進を認めた
そこで、N糖タンパク質の総量を測定した。
予想外に、総N糖タンパク質の減少と、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)によるGFAT1のリン酸化を認めた。
これらの実験結果は、ヘキソサミン生合成経路の異常を示唆している。
さらに、2DGを投与した細胞では、グルコース応答タンパク質78(glucose response protein 78:GRP78)やC / EBP相同タンパク質(C/EBP-homologous protein :CHOP)などの小胞体ストレスマーカーの発現の増加を認め、2DGが小胞体ストレスを誘導することが示された
さらに、メトホルミンによるAMPKの相加的活性化は、2DGの存在下でタンパク質のNグリコシル化の減少と細胞増殖阻害を相乗的に増強した。
これらの結果は、膵臓がん細胞において2DGがGFAT1のリン酸化を亢進し、タンパク質のNグリコシル化を低下させ、小胞体ストレスを亢進して細胞増殖の阻害を引き起こすことを示唆している。

つまり、2-デオキシ-D-グルコースは、ヘキソサミン生合成経路で作用するフルクトース6-リン酸アミノトランスフェラーゼ1(GFAT1)をリン酸化してタンパク質のN-グリコシル化を阻害し、小胞体ストレスを引き起こしてアポトーシスを誘導するということです。
さらにメトホルミンはAMPKを活性化して、GFAT1のリン酸化を相乗的に増やすので、2DGとメトホルミンの併用は、タンパク質のN-グリコシル化の阻害と小胞体ストレス誘導において相乗効果が期待できると言う結果です。
2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの相乗的な抗がん作用については、他にも多くの報告があります。
2DGがT細胞の抗腫瘍活性を増強することも明らかになっています。以下のような報告があります。

Blockade of N-Glycosylation Promotes Antitumor Immune Response of T Cells(N-グリコシル化の阻害はT細胞の抗腫瘍免疫応答を促進する)J Immunol March 1, 2020, 204 (5) 1373-1385

この研究では、2-DGはT細胞にNK(ナチュラルキラー)細胞と類似した性質を獲得させ、がん細胞に対する殺細胞活性を高めることを報告しています。また、galectin-3によるT細胞のアポトーシス誘導を2-DGが抑制する(T細胞がアポトーシスに抵抗性になる)ことも明らかにしています。そして、このような2-DGの作用はN-グリコシル化の阻害が関与していると報告しています。
2-デオキシ-D-グルコースはがん細胞に多く取り込まれ、解糖系を阻害します。さらに、がん細胞に作用して免疫原性細胞死を誘導するだけでなく、T細胞の免疫応答を増強することを示唆しています(トップの図)。

さらに、2-DGは免疫チェックポイント阻害剤の抗腫瘍効果を増強します。以下のような報告があります。

Deglycosylation of PD-L1 by 2-deoxyglucose reverses PARP inhibitor-induced immunosuppression in triple-negative breast cancer. (2-デオキシグルコースによるPD-L1の脱グリコシル化は、トリプルネガティブ乳がんにおけるPARP阻害剤誘発性免疫抑制を逆転させる)Am J Cancer Res. 2018; 8(9): 1837–1846.

細胞傷害性T細胞にはPD-1やCTLA-4という受容体が存在します。PD-1はプログラム細胞死1(programmed death-1)CTLA-4は細胞傷害性Tリンパ球抗原-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)の略です。これらの受容体のリガンド(受容体に結合して作用する物質)となるPD-L1やB7(B7-1, B7-2)を抗原提示細胞が持つことによって細胞傷害性T細胞の働きを抑制しています。PD-1受容体やCTLA-4受容体がリガンドによって刺激されると、T細胞の増殖が停止し細胞死を来すことになります。このようにして細胞傷害性T細胞の過剰な応答を制御しています。
細胞傷害性T細胞の働きを阻害するPD-L1やB7はがん細胞にも発現しています。つまり、がん細胞は免疫系の制御システムを利用して、がん組織内の細胞傷害性T細胞の働きを阻止しています。
がん細胞のPD-L1は免疫細胞の働きを阻害します。抗がん剤のPARP阻害剤はPD-L1の発現を亢進して抗腫瘍免疫を抑制します。2-DGはPARP阻害剤によって誘導されるPD-L1発現亢進に対して、PD-L1のグリコシル化(糖鎖結合)を阻害してPD-L1の作用を阻害し、抗腫瘍免疫を回復させることを報告しています。以下のような報告もあります。

Saccharide analog, 2-deoxy-d-glucose enhances 4-1BB-mediated antitumor immunity via PD-L1 deglycosylation.(グルコース類縁体である2-デオキシ-d-グルコースは、PD-L1の脱グリコシル化を介して4-1BBを介した抗腫瘍免疫を強化する)Mol Carcinog. 2020 Jul;59(7):691-700.

PD-L1タンパク質のグリコシル化がPD-L1タンパク質の安定性と免疫抑制機能に重要な役割を果たしていることが示されています。この報告では、2-デオキシ-d-グルコース(2-DG)が、PD-L1のグリコシル化を阻害し、PD-L1の免疫抑制機能を阻害することを報告しています。

以上の多くの研究から、がんの抗がん剤治療や免疫療法において2-デオキシ-D-グルコースは試してみる価値はあると思います。1日に体重1kg当たり40mgから60mg程度を目安に毎日服用します。副作用はほとんど起こりません。メトホルミンを併用するとさらに有効です。

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