493)ケトン体治療(その3):MCTオイルとケトンサプリメント

図:私の6月2日のβヒドロキシ酪酸の血中濃度の推移。日頃からケトン食を実践しているので、βヒドロキシ酪酸の血中濃度は起床時に1.1mMであった。6時前に低糖質の食事(ゆで卵2個と豆腐100g)の後、6:30にMCTオイル30g、8:00にケトンサプリメントのKetoCaNaを20g(βヒドロキシ酪酸は約12g)、11:00にMCTオイル30g、12:30にKetoCaNaを20g摂取。ケトン体産生を増やすジクロロ酢酸ナトリウム(DCA)0.8gを6:40に摂取。昼食は食べない。14:00にβヒドロキシ酪酸の血中濃度は5.9mMを示し、11:00から18:00頃までβヒドロキシ酪酸は4mM以上を維持した。

493)ケトン体治療(その3):MCTオイルとケトンサプリメント

【βヒドロキシ酪酸のサプリメント】
肝臓や骨格筋や心臓や腎臓など多くの組織では、脂肪酸がβ酸化で分解されてできたアセチルCoAがミトコンドリアのTCA回路でさらに代謝されてエネルギー産生に使われます。しかし、絶食や超低糖質食でグルコースが枯渇すると、グルコースの解糖でできるピルビン酸が減少し、アセチルCoAをTCA回路で処理する時に必要なオキサロ酢酸が不足するためTCA回路が十分に回りません。そのため肝細胞などではTCA回路で処理できなかった過剰のアセチルCoAはケトン体の合成に回されます(491話参照)。

飢餓や絶食のときには、肝臓以外にも、アストロサイト腎臓小腸粘膜上皮細胞でもケトン体の産生が行われます。
ケトン体は肝臓(ケトン体を利用する酵素が無い)と赤血球(ミトコンドリアが無い)以外の細胞でエネルギー源として利用されます。
ケトン体は肝臓からその他の臓器(心臓や筋肉や腎臓や脳など)に運ばれ、モノカルボン酸トランスポーター(MCT1とMCT2)を通って細胞内に入り、細胞内でケトン体は再びアセチル-CoAに戻され、TCA回路で代謝されてエネルギー源となります。
この際、エネルギー産生に使われるのはアセト酢酸のみで、β-ヒドロキシ酪酸はβヒドロキシ酪酸脱水素酵素でアセト酢酸に変換されて初めてエネルギー代謝に使用され、アセトンはエネルギー源にはならず呼気から排出されます。(下図)

図:TCA回路の最初のステップはアセチルCoAとオキサロ酢酸が結合してクエン酸になる反応で、オキサロ酢酸はピルビン酸からできるので、グルコース(ブドウ糖)が枯渇した条件では、アセチルCoAはケトン体合成へ振り分けられる。すなわち、肝臓では脂肪酸のβ酸化で産生されたアセチルCoAからアセト酢酸の合成が亢進する。アセト酢酸は脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換される。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言う。ケトン体は肝細胞から血液で他の組織や臓器に運ばれて、その細胞のミトコンドリアで代謝されてエネルギー源となる。

βヒドロキシ酪酸とアセト酢酸は脳の重要なエネルギー源になり、脳をエネルギー不足から防ぐ働きがあります。神経細胞は脂肪酸を直接燃料にできないからです。(492話参照)
さらに、βヒドロキシ酪酸には、神経細胞を保護する作用や、NLRP3インフラマソームの活性化を阻害する作用、ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用などによって、様々な神経変性疾患を治療する作用もあります。
したがって、βヒドロキシ酪酸をサプリメントとして補充して治療に使おうというアイデアがかなり前からあります。例えば、以下のような論文があります。

Oral beta-hydroxybutyrate supplementation in two patients with hyperinsulinemic hypoglycemia: monitoring of beta-hydroxybutyrate levels in blood and cerebrospinal fluid, and in the brain by in vivo magnetic resonance spectroscopy.(高インスリン血性低血糖症の2例におけるβヒドロキシ酪酸の経口投与:生体内磁気共鳴分光測定による血液と脳脊髄液と脳内のβヒドロキシ酪酸のモニタリング)Pediatr Res. 2002 Aug;52(2):301-6.

【要旨】
新生児持続性高インスリン血性低血糖症(Persistent hyperinsulinemic hypoglycemia of infancy;PHHI)では、低血糖の時にケトン体の濃度が異常に低値になるので、脳における重要な代替エネルギー源が使えなくなる。内因性のケトン体の神経保護作用は動物実験や人間での臨床試験によって確かめられている。しかし、外来性のケトン体の補給の効果については研究が少ない。
外来性のケトン体を食品のように経口摂取すると脳へのエネルギー源として利用されるのではないかという仮説のもとに、5から7ヶ月間にわたって持続的な高インスリン血症による低血糖を来し、経管栄養とオクトレチド(octreotide)で治療を受けている6ヶ月齢の2人の乳幼児を対象にして、βヒドロキシ酪酸のナトリウム塩を経口的に投与したあとの体内動態を検討した。
1例は膵臓の95%切除で症状の改善が認められなかった症例で、もう1例は膵臓切除を拒否した症例であった。
βヒドロキシ酪酸を1日に体重1kg当たり880〜1000mgを投与した結果、血中のβヒドロキシ酪酸の血中濃度は16〜24時間絶食したのと同じレベルに上昇した。
脳脊髄液では、βヒドロキシ酪酸を4gと8gを投与すると、それぞれ24時間絶食と40時間絶食と同じレベルのβヒドロキシ酪酸濃度に達した。アセト酢酸に比べてβヒドロキシ酪酸の比率が高いので、脳脊髄液のβヒドロキシ酪酸が外来性のものに由来することが示唆された。脳内のβヒドロキシ酪酸の濃度の上昇も確認された。
このようなβヒドロキシ酪酸ナトリウム塩の経口投与において副作用は認めなかった。
高インスリンに伴う低血糖の患者におけるβヒドロキシ酪酸の経口投与を行ったこの最初の研究報告は、外来性のβヒドロキシ酪酸が血液脳関門を通過し、脳内に取り込まれることが示された。したがって、低ケトン症と低血糖を伴う病態における外来性のβヒドロキシ酪酸の神経細胞保護作用が示された。

乳幼児の持続的高インスリン血性低血糖(persistent hyperinsulinemic hypoglycemia of infancy)は、新生児や乳児期に発症し、インスリンの過多分泌によって難治性の低血糖をきたす疾患です。
膵臓のβ細胞のインスリン分泌の調節を行っている遺伝子の異常やβ細胞の過形成などによって起こります。低血糖による冷や汗、ふるえ、けいれん、意識障害、発達遅滞などの症状が起こります。
ブドウ糖輸液や頻回食、胃瘻や鼻チューブによる持続流動食注入、ジアゾキサイド内服、オクトレオチド皮下注射、グルカゴン注射などが行われます。内科的治療に抵抗性の場合は膵切除が行われますが、95%以上の膵亜全摘を行った場合は高頻度に術後糖尿病を合併します。
この論文の症例は、1例は95%以上の膵臓の亜全摘を受けても低血糖が治らなかった症例で、別の1例は手術を拒否した症例です。
通常の場合は、低血糖が起こればグルカゴンが分泌されて脂肪組織から脂肪酸が遊離して、肝臓でケトン体の産生が起こります。
しかし、この持続的高インスリン血性低血糖の場合は、インスリンによって脂肪の分解が阻止されています。インスリンは脂肪の合成を促進するホルモンで脂肪の分解は阻害します。そのため、この疾患では低血糖になってもケトン体は産生されないので、脳のエネルギー源が不足して、意識障害や神経障害が発生します。
そこで、外来性にケトン体のβヒドロキシ酪酸を使ったらどうなるかと研究したのがこの論文です。
この研究ではβヒドロキシ酪酸のナトリウム塩を用いています。
その結果、外来性に投与したβヒドロキシ酪酸は血液から脳脊髄液や脳組織に移行し、神経細胞のエネルギー源となって、神経保護的に作用することが示されています
投与は鼻腔チューブから流動食に混ぜて持続的に注入しています。1日に体重1kg当たり880〜1000mgです。
βヒドロキシ酪酸は水溶性で、消化管から吸収され、血液脳関門を通過します。
βヒドロキシ酪酸の血中濃度は10倍くらい上昇、脳脊髄液は5〜15倍に上昇しています。

小児の薬剤抵抗性てんかんの治療で行われている厳密なケトン食ではβヒドロキシ酪酸の血中濃度は4mM以上になると報告されています。
厳密なケトン食は脂肪の摂取が多く、実施に多くの困難と副作用を伴います。ケトン食の抗けいれん作用はケトン体(βヒドロキシ酪酸)の濃度に依存するため、脂肪の摂取を増やすケトン食でなくても、ケトン体そのものを摂取する方法でも効果が得られます。
現在、ケトン体を使ったサプリメントが多く開発されています。
ナトリウム塩の場合、ナトリウム摂取量が多くなるので、摂取量に限界があります。βヒドロキシ酪酸のエステルなど摂取量を増やしても問題ないケトンサプリメントも開発されています。 

【全てのケトーシスが同一ではない:内因性ケトーシスvs.外来性ケトーシス】
絶食やケトン食によって正常な人間に起こるケトン血症(血中にケトン体が増える状態)は安全で生理的な現象です。
このような体内(肝臓)で脂肪酸が燃焼して生じるケトーシスを内因性ケトーシスと言っています。(491話参照)
中鎖脂肪酸(MCTオイル)は肝臓で速やかに代謝されてケトン体の産生を増やします。
さらに最近では、ケトン体自体を摂取することによって血中のケトン体濃度を増やしてケトーシスを起こすことも行われています。これを外来性ケトーシスと言っています。ケトン体そのものやケトン・エステルがサプリメントとして利用されています。米国ではすでに市販されています。

カナダ北部や米国アラスカ州やグリーンランドなど氷雪地帯に住むイヌイットは、基本的に糖質のほとんど含まない脂肪とたんぱく質主体の食事であるため、慢性的にケトーシスの状態にあります。
このような食事性の慢性的なケトーシスの状況と、ケトン体エステルやケトン体そのものを摂取して起こる急性で一過性のケトーシスの状況とは異なります。
低糖質食は肝臓や筋肉での糖質(グリコーゲン)の貯蔵を枯渇させます。筋肉中の糖質(グリコーゲン)貯蔵の減少は、強度の運動を妨げます。
ケトン食を始めると、はじめのうちは多くの人は倦怠感や脱力感を経験します。
脂肪酸の分解能(代謝能)が亢進し、血中のケトン体が増えれば、倦怠感や脱力感は無くなり、運動能も維持されるようになります。
一方、外来性のケトン体の摂取は、筋肉のグリコーゲン量を減らす必要がなく、ケトン症を起こすことができます。ケトンサプリメント(βヒドロキシ酪酸)はスポーツ選手のエネルギー補給として利用されています。
ケトン体の健康作用は十分に認識されるようになりましたが、ケトン食を実践するには極度の糖質制限とMCTオイルなどの脂肪摂取を増やすことが必要で、そのため、ケトン食を実践できない方も多くいます。そこで、ケトン体サプリメントの利用が検討されています。以下のような論文があります。

Ketone body therapy: from the ketogenic diet to the oral administration of ketone ester(ケトン体治療:ケトン食からケトンエステルの経口摂取)J. Lipid Res. 55(9): 1818-1826, 2014

【要旨】
ケトン体のアセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は、19世紀中頃に糖尿病性ケトアシドーシスの患者の尿中に最初に発見されたとき、糖代謝異常で産生される有害な代謝産物と考えられた。
ケトン体が肝臓で産生される正常な代謝産物で、肝臓以外の多くの組織・臓器のエネルギー源として使用されていることを医師が理解するのに長い期間を要した。
脳組織は通常はエネルギー源としてグルコースを主体に使用するが、グルコースの供給が減少したときにはケトン体を代替エネルギー源として容易に利用できる。
アルツハイマー病の初期の段階で、認知機能に関与する脳領域の部分ではグルコースの取込みや利用が低下するが、ケトン体の取込みや代謝は低下しないことが報告されている。
血清中のケトン体のレベルを2mM以上に高めることは認知機能の改善に有効であることが示されているが、ケトン体を増やすケトン食はその実践が困難な場合が多い。
そこで、βヒドロキシ酪酸の1,3-ブタンジオール・モノエステル(1,3-butanediol monoester)やグリセリル-トリス-3-ヒドロキシ酪酸(glyceryl-tris-3-hydroxybutyrate)のようなケトン体エステルが開発されて研究されている。
これらのケトン体エステルを経口摂取すると、厳密なケトン食と同じレベルに血清中のケトン体を高めることができる。つまり、てんかんやアルツハイマー病やパーキンソン病などの多くの疾患に対するケトン体の治療効果を研究する上で、ケトン体エステルの経口摂取は安全で、簡易で、多目的で使用できる新しい方法と言える。 

エステルとは、酸とアルコールとから水がとれてできる化合物の総称です。
例えば、中性脂肪(トリグリセリド)は脂肪酸とグリセリン(グリセロール)とのエステルです。
ケトン・エステルというのは、ケトン体のβヒドロキシ酪酸に他の物質が結合してできる化合物です。ケトン体をケトンエステルにするとケトン体の酸性度を低下できます。
βヒドロキシ酪酸のエステルは、体内(小腸)でもとのβヒドロキシ酪酸に戻って吸収されます。
1,3-butanediol や glycerolとのエステル結合でできた化合物などがケトンエステルとして研究されています。
豚を使った実験で、総カロリーの15%をケトンエステルにするとβヒドロキシ酪酸の血中レベルは5mMを維持できるという報告があります。
この論文では「血清中のケトン体のレベルを2mM以上に高めることは認知機能の改善に有効であることが示されている」と記述されています。
MCTオイルを1日に40〜80グラム程度摂取するケトン食であれば、糖質摂取を40グラム程度でカロリーを減らさない「それほど厳しくないケトン食」でも血中のβヒドロキシ酪酸の濃度を2mM前後に維持することはできます。
さらに、このようなケトンサプリメントを併用すると、さらにケトン体濃度を高めることができます。
アルツハイマー病などの認知症の治療に、MCTオイルとケトンサプリメントを併用したマイルドなケトン食はもっと注目されて良いように思います

【MCTオイルは肝臓で代謝されてケトン体の産生を増やす】
ケトン食(ketogenic diet)というのは、体内でケトン体が多く産生されるように考案された食事です。てんかんの治療目的で、絶食療法の代わりとして考案された食事療法で、低糖質と高脂肪を組み合わせて、脂肪の燃焼を促進しケトン体の産生を高めた食事です。
ケトン食において、中鎖脂肪酸を利用すると脂肪酸のβ酸化のレベルをさらに高めることができます。

脂肪はグリセロール(グリセリンともいう)1分子に3分子の脂肪酸が結合した構造をしており、これを中性脂肪(トリグリセリド)と言います。食事から摂取した脂肪は十二指腸や小腸内で膵液中のリパーゼによって加水分解され、トリグリセリド(中性脂肪)から脂肪酸とグリセロールが分離されます。
グリセロールは水溶性なのでそのまま小腸から毛細血管に吸収され、解糖系で代謝されたり、糖新生によってグルコースに変換されます
 
脂肪酸は水に不溶性ですが、胆嚢から十二指腸に分泌される胆汁中に含まれる胆汁酸やホスファチジルコリンやコレステロールによって乳化されたミセルを形成します。ミセルというのは、水になじむ部分(親水基)と油になじむ部分(親油基)をもつ物質が、水の中で親水基を外に親油基を内に向けて球状に会合した粒子です。ミセルは水溶性で受動拡散によって消化管粘膜の吸収上皮細胞内に吸収されます。

脂肪酸が腸管から吸収されるとき、脂肪酸の大きさ(炭素鎖の長さ)の違いによって代謝のされかたが異なります。炭素数が13以上の長鎖脂肪酸の場合は、腸壁を通り抜けると、腸管粘膜上皮細胞内で再びグリセロールと結合して中性脂肪(トリグリセリド)になり蛋白質などと一緒になってカイロミクロンというリポ蛋白質粒子になります。
カイロミクロンはリンパ管から胸管に入り、鎖骨下静脈から大循環系に入って全身に運ばれます。主に脂肪組織や筋肉組織に取込まれ、一旦貯蔵されてからグリコーゲンが枯渇したときに分解されて、ゆっくりと消費されます。つまり、長鎖脂肪酸はエネルギーとして代謝されにくく、体脂肪として蓄積されやすい脂肪酸です。

炭素数が8~12の中鎖脂肪酸は胆汁酸によるミセル化は不要で、小腸吸収細胞に容易に吸収され、分子が小さいことから腸管で毛細血管に吸収され、長鎖脂肪酸のように中性脂肪に再合成されず、カイロミクロンを作らずに遊離脂肪酸のまま門脈に入って肝臓へ運ばれ、速やかにエネルギー源となって代謝されます。
中鎖脂肪酸は肝細胞内のミトコンドリアに入り、炭素分子が1つおきに酸化されるβ酸化という過程に入ってアセチルCoA を生じてTCA 回路に入って代謝されますが、グルコースの補給が少ない状況ではアセチルCoAはケトン体産生に利用されます(図)。

図:中鎖脂肪酸トリグリセリドと長鎖脂肪酸トリグリセリドの吸収経路の違い。中鎖脂肪酸は、小腸粘膜から容易に吸収され、遊離脂肪酸のまま門脈に入って肝臓へ運ばれ、速やかにエネルギー源となって代謝される。

脂肪酸がβ酸化のためにミトコンドリアに取込まれるとき、長鎖脂肪酸はL-カルニチンが必要ですが、中鎖脂肪酸はL-カルニチンの助けなしにミトコンドリア内に入って速やかに代謝されます。中鎖脂肪酸はエネルギーとして燃焼される効率が高く、体脂肪として蓄積しにくい脂肪酸です。

中鎖脂肪酸は長鎖脂肪酸より約4倍も吸収が速く、代謝も5~10 倍も速いと言われています。このように中鎖脂肪酸のエネルギー利用速度は速いので、激しい運動の持続時間を延長する効果も報告されています。また、長鎖脂肪酸は感染防御や免疫系に負荷がかかりますが中鎖脂肪は影響が少なく、また組織への蓄積傾向や臓器障害のもととなる脂質過酸化反応も少ないためより安全に摂取できると言われています。 

長鎖脂肪酸は糖類が存在するとケトン体産生が抑えられますが、中鎖脂肪酸からケトン体を作る経路は糖質の影響をほとんど受けずにケトン体が多量に産生されます。肝臓ですぐに分解される中鎖脂肪酸を利用するとケトン体を大量に産生することができます(表)。

表:長鎖脂肪酸トリグリセリドと中鎖脂肪酸トリグリセリドの違い

ケトンエステルではありませんが、ケトン体のβヒドロキシ酪酸のサプリメント(ミネラル塩)は米国で既に市販されています。米国ではアマゾンでも販売されており、メーカーからネットで購入することもできます。当院(銀座東京クリニック)でも、ケトン食の効果を高める目的で、米国から医師の個人輸入したものをがんやアルツハイマー病の治療に用いています。(詳しくはこちらへ

KetoCaNaは、βヒドロキシ酪酸のカルシウム/ナトリウム塩の粉末で、クエン酸が入って飲みやすくはなっていますが、カルシウムとナトリウムが多いので摂取量に制限があります。これはβヒドロキシ酪酸11.7g当たりナトリウム1.3g、カルシウム1.15gが入っています。
KetoForseはβヒドロキシ酪酸のナトリウム/カリウム塩の液体です。これもβヒドロキシ酪酸11.7g当たりナトリウム1.6g、カリウム1.6gが入っています
したがって、1日あたりβヒドロキシ酪酸を20〜30グラム程度の摂取が限界です。(この量でカルシウムやナトリウムやカリウムが1日3〜5グラムの摂取になる)
このケトンサプリメントはスポーツ選手向けに販売されています。ラベルには「強度の運動の15分くらい前に摂取する(Consume 15 minutes prior to cardio intensive exercise)」と記載されています。心臓はケトン体をエネルギー源として利用していますので、心臓に負担のかかる強度の運動をする前にケトンサプリメントを摂取すると運動機能が向上するということです。ケトン体と心機能に関しては473話で解説しています。
中鎖脂肪酸(MCTオイル)の多いケトン食にこのケトンサプリメントを併用すると、比較的楽に血中ケトン体を上げることができます。βヒドロキシ酪酸の血中濃度を高く維持する時間を延ばすことができます。
MCTオイルとケトン・サプリメントを併用すると、同じレベルの血中ケトン体濃度に達するのに必要なMCTオイルの服用量を減らせるので、腹痛や下痢の副作用を軽減できます。
また、カルシウムやナトリウムやカリウムの尿中排泄が増えると尿がアルカリ性になるので、尿中のケトン体が増えて酸性になるのを防ぐ効果はあります。
古典的なケトン食は高脂肪食ですので、実施がかなり困難ですが、MCTオイルとケトンサプリメントを併用すると、食事の苦痛が少なくなり、βヒドロキシ酪酸の血中濃度を2〜3mM程度に維持できます。

 

図:私が実践している中鎖脂肪ケトン食で利用しているMCT(中鎖脂肪酸中性脂肪)オイルとケトンサプリメント(βヒドロキシ酪酸)。勝山館のココナッツ由来のMCTオイル、日清オイリオの日清MCTオイル、NOW SPORTSのMCT Oilなどが販売されている。米国ではβヒドロキシ酪酸のサプリメント(KetoCaNa,KetoForseなど)も販売されている。これらはインターネットで購入できる。 

ケトン食をしながらMCTオイルやケトンサプリメントを摂取して、どのようにβヒドロキシ酪酸の濃度が上がるかを自分で測定しています。ケトンサプリメントのKetoCaNaを19g(βヒドロキシ酪酸が11.7g)を摂取すると摂取後1時間くらいをピークに1mM程度まで血中βヒドロキシ酪酸濃度が上昇します。

【血中のβヒドロキシ酪酸の測定】
絶食すると1〜2日くらいで体内のグリコーゲンが枯渇して、ケトン体の産生が始まります。
絶食して2~3日後にはケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸は血中濃度が1~2mM(mmol/L)程度に増え、7~10日後にはβ-ヒドロキシ酪酸の血中濃度はは4~5mMくらいまで増えます。20日間以上の絶食では6~7mMくらいに増えます。
アセト酢酸を含めた総ケトン体量としては7~8mM程度まで上昇します。人によっては血中総ケトン体濃度が10mMくらいまで上がる人もいるようですが、これは肝臓でのケトン体産生能と組織での消費のバランスによるためです。長期の絶食で総ケトン体が5.8 〜9.7 mMまで上昇すると記述された論文もあります。(Brain metabolism during fasting. J Clin Invest. 1967;46:1589–1595. )
しかし、肝臓での産生能に限界があるのと、他の組織でエネルギー源として使用されるため、無制限には上昇しません。
長期の絶食でも通常はケトン体濃度は6~8mM程度であり、この濃度であれば酸性血症(アシドーシス)にはなりません。(491話参照)
通常、血糖値はmg/dlで表します。グルコース(ブドウ糖)の分子量は180なので、180g/L(1リットルに180gのグルコースが溶けている状態)が1mol/L(1M)です。180mg/Lが1mM、180mg/dl(100cc中に180mgのグルコース)が10 mM(mmol/L)になります。したがって、正常な血糖値の70〜100mg/dlは3.88〜5,55 mMの濃度になります。通常の空腹時血糖値はモル濃度では4〜6 mMのレベルです。
長期間の絶食でも、肝臓や腎臓で糖新生が起こって、血糖値は正常下限(70mg/dl程度)で維持されます。したがって、絶食を長期間実施しても血糖値は3.5〜4 mMで維持されています。
したがって、絶食を1週間程度実施すると血液中ではケトン体がグルコース(血糖)よりも多くなります。
絶食を8日間実行するとβヒドロキシ酪酸が5〜6mM、グルコースが3.5〜4 mMになるので、脳のエネルギーの60%以上がケトン体に依存するようになります。
絶食するのは大変です。体力も低下し、体重も減ります。
体力も体重も維持しながら、絶食と同じレベルのケトン体濃度を達成しようというのがケトン食です。
小児のてんかんの治療に使用される古典的なケトン食は脂肪のエネルギー比率を80〜90%にする超低糖質高脂肪食です。これは副作用もあり実践はかなり困難です。
しかし、抗てんかん作用もアルツハイマー病の改善効果も抗がん作用もケトン体(特にβヒドロキシ酪酸)の濃度に依存することが明らかになっています。したがって、楽にβヒドロキシ酪酸の血中濃度を高める方法は有用です。
このような方法としてMCTオイルケトンサプリメントの利用は役立ちます。
指を針で刺して出てくる微量の血液を使って血糖(グルコース)とβヒドロキシ酪酸の濃度を測定する機器があります。
アボット社のフリースタイルプレシジョンネオという機器とグルコースあるいはβヒドロキシ酪酸を測定する電極を使います。
指からの採血は採血用穿刺器具(テルモのメディセーフファインタッチなど)とその専用穿刺針を使うとほとんど痛みを感じないで採血できます。この方法で血液中の血糖値やβヒドロキシ酪酸の濃度を測定できます(下図)。 

図:(1)血液中のグルコースとβヒドロキシ酪酸を測定できるフリースタイルプレシジョンネオ(アボット社)とその電極と、指から採血する穿刺用器具(テルモのメディセーフファインタッチ)。(2)穿刺用器具に専用の針をつけて、指に当ててボタンを押すと針が出て指の皮膚を穿刺する。(3)測定に必要な血液は1.5μLで径2mmくらいの血液が出れば十分。(4)電極はβヒドロキシ酪酸測定用とグルコース測定用が別に用意されており、写真はβヒドロキシ酪酸測定用電極。この電極の先端の白いエリアに血液をつけると電極に血液が吸収される。(5)10秒後に結果が表示される。写真は、2.3mM(mmol/L)のβヒドロキシ酪酸の血中濃度を示している。 

【MCTオイル摂取後の血中βヒドロキシ酪酸の推移】
実験には再現性が必要です。最低3回同じ実験を行って、同様な結果が出ればその結果は正しい確率が高いと言えます。もし、結果が一定しない場合は、さらに回数を増やして、平均値を取るなどして結果をまとめます。
同じ食事をして経時的にβヒドロキシ酪酸の濃度を測定しても、その時の食事の消化・吸収の速度や体調など微妙に異なるので、完全に同じ数値が出ることはありません。測定した時間がピークから外れる場合もあるので、ピークの値もばらつきがでます。ただ、同じような傾向の結果がでれば、それをまとめれば実験結果になります。
以下の結果は、私自身が5月から6月にかけて、半日から2日がかりの測定を20回以上行った実験結果の一部です。指を穿刺したのは100回以上、ケトン体測定用の電極は1枚が360円くらいするので、電極の費用だけで4万円くらいかかった実験です。
日頃からケトン食を行っているので、朝起きたときも1mM前後のβヒドロキシ酪酸の濃度があるので、この実験期間は、実験日の前日の夜は糖質制限を緩め、MCTオイルを摂取しないようにして、朝のベースのβヒドロキシ酪酸の値と0.1から0.3mM程度に合わせてから実験しています。
空腹時にMCTオイルを多く摂取すると直ぐに小腸に移行して腹痛や下痢の原因になります。胃の中にある程度の固形物を入れてからMCTオイルを飲むかスープなどに混ぜて服用します。
実験では朝食としてゆで卵2個と豆腐(100g程度)で(具体的には銀座のファミリーマートのおでん)、食後にMCTオイルを30g飲んでからの血中のβヒドロキシ酪酸を30分刻み(服用後5時間)から1時間刻み(6時から10時間後まで)で測定した4回の実験結果のまとめです。昼間は何も食べません。
この実験条件ではMCTオイル服用して3時間から4時間後をピークにして、その血中濃度は1.5mMから2.0mMでした。5時間後以降は次第に低下して10時間後にはほぼベースに戻ります(実験1)。(ただし、絶食しているので、体脂肪の燃焼が始まって10時間後くらいから逆に上がっていく場合もあります。)

【ケトンサプリメント摂取後の血中βヒドロキシ酪酸の推移】
MCTオイルの場合は、小腸でリパーゼで脂肪酸とグリセロールに分解されて、門脈から肝臓に吸収され、肝臓で分解されてβヒドロキシ酪酸が産生されて血中に移行するので、血中濃度がピークになるのに3〜4時間程度かかります。
一方、βヒドロキシ酪酸のカルシウム/ナトリウム塩のケトンサプリメントのKetoCaNaを摂取した場合は、小腸で吸収されたら、βヒドロキシ酪酸としてそのまま血中に入るので、30分後には明らかに増え、1〜2時間後にピークに達し、その後、少しづ減少します(実験2)。
短時間に吸収されるので、30分刻みの測定ではピークを捉えられない場合もありますが、3回の実験で、KetoCaNaを20g(βヒドロキシ酪酸として約12g)摂取するとピーク時に1mM前後に上昇するようです。この実験でもMCTオイルと同じようにゆで卵と豆腐の軽い食事の後にケトンサプリメントを摂取しています。 

【MCTオイルとケトンサプリメントを併用した場合の血中βヒドロキシ酪酸の推移】
血中βヒドロキシ酪酸のピークは、MCTオイルを摂取してから3から4時間、KetoCaNaを摂取してから1〜2時間なので、MCTオイル30gを服用した2時間後にKetoCaNa20g(βヒドロキシ酪酸として約12g)を服用する実験を3回行った結果が以下です。(実験3)
ピーク時の血中濃度は3回とも3mMを超えています。4mM前後まで上がることもあります。(実験4)

MCTオイル30gとKetoCaNa20gをほぼ同時に摂取すると、ピークの数値は2.5から3mM程度で、MCTオイル単独の場合より、ピークの濃度が0.5mMほど上昇し、さらに、濃度の上昇の維持時間が長くなります。
MCTオイル単独の場合は6時間後には1mM以下に低下しますが、併用すると9時間後でも1mM以上を維持していました。(実験5)
ただ、MCTオイル30gとKetoCaNa20gを同時に摂取するのは胃腸に対する負担が大きくなり腹痛や下痢の原因にもなります。(慣れると問題ありませんが、慣れないと実施は無理かもしれません) 

 

MCTオイルとβヒドロキシ酪酸のミネラル塩を併用すると、βヒドロキシ酪酸の血中濃度が上昇する時間が長くなることはラットを使った実験でも報告されています。
MCTオイル単独だと胃腸障害が多くでますが、MCTオイル+β-ヒドロキシ酪酸のナトリウム/カリウム塩だと胃腸症状を軽減してケトン体を多く出せることが報告されています。
つまり、MCT単独だと胃腸症状が出やすいため、その使用量に制限がありますが、MCTオイルにβ-ヒドロキシ酪酸を併用することは有用な治療法となる可能性が指摘されています。(481話参照)
そこで、服用量を減らしたMCTオイル20gとKetoCaNa10gの同時服用を行うと、5時間後にピーク(2.3mM)になって1mM以上を長く持続しました。昼間絶食しているので、自然のケトン体産生が始まって1mM以上を持続して低下しない場合もよくあります。(実験6)

以上の結果から、MCTオイルとケトンサプリメントのKetoCaNaを腹痛や下痢を起こさない無理のないレベルで使用することによって2mM前後のβヒドロキシ酪酸の維持は可能であると言えます。

【MCTオイルとKetoCaNaを増やせばケトン体濃度は高くなる】
以上の実験は、MCTオイルあるいはケトンサプリメントを朝1回きりの服用の場合の結果です。朝と昼と夜と服用を続ければ、当然、βヒドロキシ酪酸の濃度を高めることができます。
食事毎にMCTオイルを15から30グラム、ケトンサプリメントを10から20グラム程度を摂取するケトン食を実践すると、3〜5mM程度のケトン体濃度を維持できます。
下のグラフは5月14日(土曜)から15日(日曜)にかけて行った実験です。食事は朝と夕の2食で、朝食が軽めです。(実験7)
通常はマイルドなケトン食(糖質摂取を1日30から40g、βヒドロキシ酪酸の血中濃度は1〜2mM程度)で、週に1〜2回程度、βヒドロキシ酪酸の血中濃度のピークを3〜4mM程度に上げるようにしています。この実験では、ピークを3mM程度に上げることを目標にしています。

図:実験のため、14日の14時にサバのオリーブオイル漬けの缶詰(油が多め)を1個(170g)食べた後にMCTオイルを30g、2時間後にケトンサプリメントのKetoCaNaを10g(βヒドロキシ酪酸として約6g)を摂取。ミトコンドリアを活性化するDCA(ジクロロ酢酸ナトリウム)0.8gとビタミンB1を摂取。夕食にもMCTオイルを30g使用。翌日の15日も朝と夕の食事にMCTオイル30gを含め、魚油やオリーブオイルなど油を多めに摂取。ケトンサプリメントも併用すると2から3mMのレベルになる。ジョギングを1時間程度行うと、ケトン体をエネルギーとして使うので血中のβヒドロキシ酪酸濃度は減少する。 

日頃から低糖質高脂肪食のケトン食を実践し、MCTオイルとケトンサプリメント(βヒドロキシ酪酸のミネラル塩)を多めに摂取し、ジクロロ酢酸ナトリウムやアセチル-L-カルニチンやR体αリポ酸などでミトコンドリアの働きを活性化して肝臓でのケトン体産生を増やす工夫をするとβヒドロキシ酪酸のピークを5〜6mMに上げることもできます。(トップの図)
このように βヒドロキシ酪酸の血中濃度を2〜5mMくらいに上げると、体内でいろんな変化が起こっているのを実感します。

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