がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
792)重曹ががんを消す!:「がんアルカリ療法」はがん治療の効果を高める
図:重炭酸ナトリウム(重曹)を経口摂取すると、血中に入った重炭酸イオン(HCO3-)ががん組織に蓄積している水素イオン(H+)と反応して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になり、二酸化炭素は呼気に排出され、水は血液に拡散する。この反応によってがん組織の酸性化を抑制できる。がん組織をアルカリ化する治療は抗がん剤や免疫療法などのがん治療の効果を高める。
792)重曹ががんを消す!:「がんアルカリ療法」はがん治療の効果を高める
【体液の水素イオン濃度は重炭酸緩衝系で調節される】
水の中に物質が溶けていると、その水溶液は酸性、中性、アルカリ性のうちのいずれかの性質を示します。水溶液中に存在する水素イオン(H+)が多いほど酸性になります。
例えば、塩酸などの酸を水に加えるとpH が下がります。 溶液の酸性度はプロトン(水素イオン)の濃度([H+])によって決まります。水素イオン濃度(mol/L)は[H+]で示します。
水素イオン指数(pH)は水素イオンの濃度([H+])を表す物理量で、[H+]を簡単に表現するための指標です。pHは水素イオン濃度の逆数の常用対数で示されます。pHは次式のように表されます。
pH= −log10[H+]
つまり、水素イオン濃度[H+]が0.001 mol/Lであれば pH=−log1010-3 = 3で、pHが3となります。
水素イオン濃度[H+]が0.01 mol/LであればpHは2です。
水素イオン濃度が高いほどpHは小さい値になります。
水溶液のpHが7より小さいときは酸性、7より大きいときはアルカリ性、7付近のときは中性になります。pHが小さいほど水素イオン濃度は高く、pHが1減少すると水素イオン濃度は10倍になります。逆にpHが1増加すると水素イオン濃度は10分の1になります。
体内のpHは非常に狭い範囲で厳密に制御されています。正常な動脈血のpHは7.35〜7.45という非常に狭い範囲で調節されています。このpHの調節は酸と塩基のバランスで行われます。「酸」というのは水素イオン(H+)を放出する物質で、「塩基」というのは水素イオン(H+)を受け取る物質です(図)。
図:酸は水素イオンを放出し、塩基は水素イオンを受け取る
酸塩基のバランスを一定に保つ働きは体のいろいろなところで行なわれていますが、その中でも代表的な部位は、血液・体液、肺、腎臓です。
血液・体液における酸塩基平衡の調節で最も重要なのが重炭酸緩衝系です。この系は、重炭酸イオン(HCO3-)が塩基となってプロトン(水素イオン)を受けとって中和してpHを一定に維持します。
図:体内で産生される水素イオンを重炭酸イオンが中和して炭酸になり、炭酸は二酸化炭素と水に変換され、二酸化炭素は肺から排出されて血液・体液のpHが一定に維持される。
【がん細胞は大量の水素イオンを産生している】
細胞のエネルギー源は主にグルコース(ブドウ糖)であり、グルコースを分解してエネルギー(ATP)を産生します。この際、細胞質では酸素を使わない解糖でATPが少量産生され、さらにミトコンドリアで酸素を使った酸化的リン酸化で大量のATPが産生されます。
がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分にあってもミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が抑制され、酸素を使わないグルコースの分解(解糖)が亢進していることです。そのため、グルコースの取込みが増え、乳酸と水素イオンの産生が増えています。
解糖系ではグルコースからピルビン酸、ATP、NADH 、H+が作られます。嫌気的解糖(乳酸発酵)では、NADH と H+を還元剤として用いてピルビン酸を還元して乳酸に変換します。乳酸に変換する反応でNAD+を再生することによって解糖系での代謝が続けられます。
解糖系が亢進すると、細胞内で乳酸と水素イオン(H+)が増えます。嫌気的解糖の反応をまとめると以下のような化学反応になります。
グルコース+ 2 ADP → 2 ATP + 2 乳酸 + 2 H+ + 2 H2O
水素イオン(H+)が蓄積して細胞内のpHが低下して酸性になると細胞内のタンパク質の活性や働きは阻害され、pH低下が顕著になれば細胞は死滅します。そこで、がん細胞は乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に積極的に排出しています。
乳酸はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)という輸送担体で細胞外に排出され、水素イオンは液胞型プロトンATPアーゼ(vacuolar H+-ATPases)、モノカルボン酸トランスポーター(MCT)、Na+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などによって細胞外に放出されます。(図)
図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増える(①)。細胞内の酸性化は細胞にとって有害になるので、細胞はV型ATPアーゼ(V-ATPase)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などを使って、細胞内の乳酸や水素イオンを細胞外に排出する(②)。その結果、がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している(③)。組織が酸性化すると、がん細胞の浸潤・転移や血管新生が促進され、免疫細胞の働きが抑制される。
がん組織の微小環境は血液やリンパ液の循環が悪いので、水素イオンはがん組織に蓄積します。その結果、がん細胞の周囲の組織は水素イオンの濃度が高くなってpHが低下します。正常の組織のpHは7.3〜7.4程度とややアルカリ性ですが、がん組織の微小環境のpHは6.2〜6.9とより酸性になっています。
がん組織の酸性化した微小環境は、がん細胞の生存にとって様々なメリットを与えます。組織が酸性化すると正常な細胞が弱り、結合組織を分解する酵素の活性が高まるため、がん細胞が周囲に広がりやすくなり、さらに血管新生が誘導されるので、がん細胞の浸潤や転移が促進されます。組織が酸性になるとがん細胞を攻撃しにきた免疫細胞の働きが弱ります。
薬品はイオン化すると脂質二重層の細胞膜を通過できません。塩基性の抗がん剤は、酸性の組織ではイオン化したものが増えるので、がん細胞内に入り込むことができなくなります
したがって、がん組織の酸性化を抑制しアルカリ化を促進すれば、がん細胞の浸潤や転移を抑制し、さらに抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高めることができることになります。さらに、水素イオンの排出メカニズムを阻害してがん細胞内のpHを低下させれば、がん細胞を死滅させることもできます。
これが、がん組織をアルカリ化する「がんのアルカリ療法」ががん治療に役立つ根拠です。がん組織をアルカリにする方法は多数あり、これらを組み合わせてがん組織をアルカリ化できれば、がん細胞の増殖を抑え、さらにがん細胞を死滅することができます。
【がん細胞と正常細胞では、細胞内と細胞外の酸塩基平衡が逆転している】
がん組織は正常組織より酸性化していることが明らかになっています。正確には、がん細胞内はアルカリ性で、がん細胞外が酸性化しています。
がん細胞では解糖系の亢進によって、乳酸と水素イオン(プロトン)の細胞内での産生が亢進しています。したがって、「がん細胞内も酸性化している」と思うかもしれません。しかし事実は逆で、がん細胞内では正常細胞よりアルカリ性になっていることが明らかになっています。そして、細胞内をアルカリにすることが、細胞の発がん過程の初期から起こっており、これが解糖系を亢進する重要な要因になっているのです。がん細胞でワールブルグ効果(解糖系亢進と酸化的リン酸化の抑制)が成立する前に細胞内のアルカリ化が起こっていることが明らかになっています。
水素イオン指数(pH:potential of hydrogen)は水素イオンの濃度を表す物理量です。pHの読みは「ピーエイチ」(英語読み)、または「ペーハー」(ドイツ語読み)です。pHは数値が低いほど酸性(水素イオン量が多い)、数値が高いほどアルカリ性(水素イオン量が少ない)になります。
細胞内のpH(pHi)と細胞外のpH(pHe)のpH勾配は正常細胞とがん細胞では逆になっています。すなわち、正常細胞では細胞内に比べて細胞外の方がよりアルカリ性で、がん細胞では細胞内がアルカリ性で細胞外が酸性になっています。
がん遺伝子を導入して細胞をがん化させる実験で、細胞ががん化する過程で、細胞内のエネルギー産生系がミトコンドリアの酸素呼吸(酸化的リン酸化)から解糖系にシフトします。この実験で、細胞のがん化が進むにつれて、細胞内がよりアルカリ性になり、細胞外がより酸性になることが示されています。このpH勾配を少なくする、あるいは正常化する(細胞内を酸性にして、細胞外をアルカリ性にする)ことががん治療のターゲットとして注目されています。
細胞内のpHは、細胞増殖の制御、増殖因子やがん遺伝子の活性、ミトコンドリアの活性、酵素活性、DNA合成、細胞分化など様々な細胞機能に影響しています。正常細胞では細胞内のpH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、がん細胞では細胞内のpH(pHi)は7.12〜7.7とアルカリ性です。一方、細胞外のpH(pHe)は正常細胞が7.3 〜7.4とアルカリ性であるのに対して、がん細胞の細胞外のpH(pHe)は6.2〜6.9と酸性です。したがって、細胞内外のpH勾配は正常細胞とがん細胞では逆になっています(図)。
図:正常細胞では細胞内pH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、細胞外pH(pHe)は7.3〜7.4とアルカリ性になっていて、pHeがpHiより高い。一方、がん細胞では細胞内pH(pHi)は7.12〜7.7とアルカリ性になって、細胞外pH(pHe)は6.2〜6.9と酸性になって、pHiがpHeより高い。
【重炭酸ナトリウム(重曹)は食品や洗剤や医薬品として利用されている】
重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)は重炭酸ソーダ(略して重曹)や炭酸水素ナトリウム(sodium hydrogen carbonate)とも呼ばれます。日本語では、炭酸水素ナトリウムや重曹の呼び名が多いようですが、英文の論文ではほとんどがsodium bicarbonateとなっていますので、ここでは「重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)」や重曹を使っています。化学式は NaHCO3で表わされます。ナトリウムの炭酸水素塩です。
重炭酸ナトリウムは加熱によって二酸化炭素を発生する性質を利用してベーキングパウダー(ふくらし粉)として調理に使用されます。口中で炭酸ガスを発生させるソーダ飴などには粉末で封入されます。水に重炭酸ナトリウムとクエン酸を混ぜると炭酸ガスが発生し炭酸水となるので、飲料の材料としても用いられます。砂糖を加え「サイダー」にしたり、レモンを加え「レモンソーダ」にすることもできます。
台所や風呂場の掃除に使う洗剤や洗濯の洗剤としても使用されています。
歯磨き粉にも使用されています。歯を白くすると宣伝されています。
医薬品としては、胃酸過多に対して制酸剤として使われたり、酸性血症(アシドーシス)の治療に使われています。過剰に摂取するとナトリウムの過剰摂取が問題になりますが、適切な量であれば、安全性の高い化合物です。
さらに、重曹はスポーツサプリメントとしても広く使用されています。オリンピック出場レベルのアスリートが運動パファーマンスを高める目的で重曹を摂取しています。
スポーツ栄養学の学会が重曹の有効性を公式見解として報告しています。
中距離走の1〜2時間くらい前に重曹(0.2〜0.3g/kg体重)を摂取すると400m走や800m走の陸上競技のタイムが平均2〜3%程度良くなることが報告されています。
国際スポーツ栄養学会は公的見解として、「重曹(0.2〜0.5 g/kgの用量)の補給は、筋肉の持久力活動、ボクシング、柔道、空手、テコンドー、レスリングなどのさまざまな格闘技、および高強度のサイクリング、ランニング、水泳、ボート漕ぎのパフォーマンスを向上させる。重曹の運動能力向上効果は、主に30秒から12分間続く高強度の運動で認められる。」と報告しています。(J Int Soc Sports Nutr. 2021 Sep 9;18(1):61.)
筋肉に水素イオンや乳酸が蓄積するような無酸素運動や、高強度の運動の前に重曹を体重1kg当たり0.2gから0.3g(体重60kgで12gから18g)を運動の1時間から3時間くらい前に摂取すると、運動パフォーマンスを有意で高めることができることは間違いないということです。この重曹の運動能力向上の有効性に関してはIOC(国際オリンピック委員会)の公式見解でも認めています。(Br J Sports Med. 2018 Apr;52(7):439-455.)詳細は788話で解説しています。
このように、重曹(重炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム)は極めて多様な目的で日常生活に利用されています。
図:重曹(重炭酸ナトリウム)はベーキングパウダー(ふくらし粉)、歯磨き、洗剤、胃酸過多の治療、炭酸水の作成、運動能力を高めるスポーツドリンクなど、極めて多様な目的で利用されている。
【野菜や果物は体をアルカリ化し、肉は酸性化する】
体内の酸塩基平衡は食事の影響を受けることが知られています。食品は栄養成分に応じて体に酸性またはアルカリ性の負荷をかけますが、体はこの負荷を緩衝して、安定した血液pHを維持します。
高タンパク食品(肉、魚、乳製品)は有機酸と硫酸の生成を増加させ、酸の負荷を増加させます。野菜や果物のようにクエン酸カリウムやリンゴ酸カリウムなどのカリウム塩が豊富な食品は、重炭酸カリウムに代謝され、体液をアルカリ化する効果があります。
果物や野菜などのアルカリ性食品が少なく、肉や魚や乳製品などの酸性食品を多く含む食事は、血液が酸性に傾いた状態(代謝性アシドーシス)を導き、そのことが様々な病気の発症に影響を与える可能性が指摘されています。
アルカリ食の一般的な概念は、血液をアルカリ性にするというものですが、血液のpHは7.35から7.45のアルカリ性pHで非常に厳密に調整されているため、アルカリ食で体内がアルカリ化するわけではありません。同様に酸性食品で血液のpHが酸性状態に変化することはありません。血液のpH緩衝能は高いので、酸性食を多く摂取しても血液pHが酸性化することはありません。しかし、体内の酸塩基平衡において、酸性に傾いた状態に導きます。
食事の酸塩基バランスを表す指標に潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load : PRAL)があります。PRALは以下の式で算出されます。
PRAL(mEq/d)=0.4888×たんぱく質(g/d)+0.0366×リン(mg/d)-0.0205×カリウム(mg/d)-0.0125×カルシウム(mg/d)-0.0263×マグネシウム(mg/d)
つまり、食事中のタンパク質とリンの量は潜在的腎臓酸負荷(PRAL)を増やし、カリウム、カルシウム、マグネシウムはPRALを減らします。
動物性タンパク質は、イオウ含有アミノ酸であるメチオニンとシステインを多く含み、体内で硫酸と水素イオンを形成するため、食事の酸の最大の供給源です。水素イオンは、食事中のリン酸塩の代謝から食事中に提供されます。動物の肉や卵も、体内で水素イオンを形成する成分を多く含みます。動物性タンパク質、特に肉、卵、チーズは、体内で大量の酸を形成する原因となります。
果物や野菜は、クエン酸塩、リンゴ酸塩、グルコン酸塩などの有機アニオンを多く含み、体内で重炭酸塩に変換されます。重炭酸塩は、酸を中和する塩基です。
したがって、動物性食品は正の潜在的腎酸負荷(PRAL)ですが、植物性食品は負のPRALを持っています。さまざまな食品のPRALを下の表に示します。一般的に、肉、魚、乳製品、穀類は食事性酸負荷を高め、野菜と果物と豆類はアルカリ性食品と言えます。油脂類は酸負荷はほとんどありません。
表:様々な食品の可食部100g当たりの潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load:PRAL)を示す。PRALがプラスは酸性食品で、マイナスはアルカリ食品になる。(参考:Nutrient. 2020 Apr; 12(4): 1007)
【アルカリ食は寿命を延ばし、運動パフォーマンスを高める】
日頃から摂取する食事の潜在的腎臓酸負荷(potential renal acid load:PRAL)が高いほど死亡のリスクが上昇する傾向が認められてます。国立がん研究センターの多目的コホート研究(JPHC研究)からの報告では、食事のPARLスコアが最も低い群に比べ最も高い群では総死亡のリスクが13%増加していました。
Dietary acid load and mortality among Japanese men and women: the Japan Public Health Center-based Prospective Study.(日本人男性と女性における食事性酸負荷と死亡率:日本公衆衛生センターに基づく前向き研究。)Am J Clin Nutr. 2017 Jul;106(1):146-154.
死因別にみると、循環器疾患および心疾患死亡との間で統計的に有意な関連を認め、食事性酸負荷スコアが最も低い群に比べ最も高い群において死亡リスクはどちらも16%増加していました。
他の研究でも、食事の酸性度が高いほど総死亡及び循環器疾患死亡のリスクが上昇することが報告されています。
酸性に傾いた食事が死亡リスクを高めるメカニズムははっきり分かっていませんが、こうした食事により、体重が増え、インスリン抵抗性が高まり、糖尿病・高血圧・脂質異常症といった疾患が引き起こされ、結果として動脈硬化が進むことが想定されています。
したがって、野菜、果物、豆類といった体内のアルカリ度を高める食品を多く摂取することは循環器疾患の予防により健康寿命を伸ばす効果が示唆されています。
前述のように、体内をアルカリ化する重曹の摂取が運動パフォーマンスを向上することは多くのエビデンスがあり、スポーツ栄養学の専門家も練習や競技前の重曹摂取の有効性を認めています。アルカリ食でも同様な効果が報告されています。以下のような報告があります。
Enhanced 400-m sprint performance in moderately trained participants by a 4-day alkalizing diet: a counterbalanced, randomized controlled trial.(4日間のアルカリ化食による適度に訓練された参加者の400mスプリントパフォーマンスの向上:釣り合いのとれたランダム化比較試験)J Int Soc Sports Nutr. 2018 May 31;15(1):25.
この研究では、400 m走におけるアルカリ化食と酸性化食の影響を調査しています。
ランダム化クロスオーバーデザインで試験が行われ、活発に運動している11人(男性8人と女性3人、26.0±1.7歳)が、各個人の未変更の食事で1回の試行を行い、その後、4日間のアルカリ化食または酸性化食の後に試験が実施されました。試験は、ランダムな順序でタータントラックを1週間間隔で400m走ることで実施されました。
その結果、400m走のタイムは酸性食後(67.3±7.1秒)と比較して、アルカリ食後(65.8±7.2 秒)では大幅に短縮しました。
つまり、酸性化食に比べてアルカリ化食は、アスリートの400mスプリントパフォーマンスをタイムで2〜3%程度向上させるという結果です。日頃からアルカリ化食を摂取し、競技の1〜3時間前に重曹を0.3g/kg摂取(あるいは日常的に摂取)すると、筋肉に水素イオンや乳酸が蓄積するような無酸素運動や、高強度の運動のパフォーマンスを有意で高めることができます。
【食事中の酸負荷ががんの発生率を高める?】
食事の内容とがんの発生率の関連を疫学的に調査する場合、多くは食事の内容をアンケートで調査しています。この方法だと、正確性に欠ける懸念はあります。
肉といっても、脂肪の多い肉と脂肪の少ない肉では発がん作用の程度が異なり、果物も糖分や抗酸化成分やフラボノイドの量が区別できないと、果物が多いだけでは、がん予防にプラスの場合とマイナスの場合があります。
食事の潜在的腎臓酸負荷を測定してがん発生率との関連を解析した研究もあります。このような研究では、酸性食が発がん率を高めるという結果と、関係ないという結果が報告されており、コンセンサスは得られていません。これは、食事の内容をアンケートで調査している事による疫学研究の限界かもしれません。以下のような研究報告があります。
Dietary Acid Load and the Risk of Pancreatic Cancer: A Prospective Cohort Study.(食事の酸負荷と膵臓がんのリスク:前向きコホート研究)Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2021 May;30(5):1009-1019.
【要旨】
背景: 現代の西洋型食生活は酸生成食品が豊富である。人間とin vitroの研究は、食事の酸負荷とがん発生とのリスクとの間に潜在的な関連があることを示唆している。しかし、食事の酸負荷と膵臓がんのリスクとの関連を調査した疫学研究はない。この点を明らかにするために前向きコホート研究を実施した。
方法: 95,708人のアメリカ人成人の人口ベースのコホートが特定された。潜在的腎臓酸負荷(Potential renal acid load :PRAL)と正味内因性酸産生(net endogenous acid production :NEAP)を使用して、各被験者の食事性酸負荷を評価した。数値が大きいほど、食事酸負荷が大きいことを示す。Cox回帰を使用して、膵臓がんの発生率のリスク推定値を推定した。
結果: 848,534.0人年(person-years)の追跡期間中に、合計337件の膵臓がん症例が観察された。PRALスコアは膵臓がんのリスクと正の相関が認められた。PRALの高い上位4分の1の群はPRALの低い下位4分の1の群に比べて膵臓がん発生リスクは1.73(95%信頼区間(95%CI):1.21-2.48)であった。
サブグループ分析では、PRALスコアと膵臓がんのリスクとの正の関連性は、65歳以上の被験者よりも65歳未満の被験者でより顕著であった。NEAPスコアについても同様の結果が得られた。
結論: 食事の酸負荷が高いほど、膵臓がんのリスクが高くなる。将来の研究では、他の集団や設定での調査結果を検証する必要がある。
重要性: これは、食事からの酸の負荷を減らすことが膵臓がんの一次予防に役立つ可能性があることを示唆する最初の疫学研究である。
1人を1年間追跡すると 1人年(1 person-year)になり、10人を10年間追跡すると 100人年(100 person-years)になります。
この疫学研究では、95,708人のアメリカ人成人を848,534人年(person-years)追跡しているので、平均9年間程度追跡されているコホート研究です。この追跡期間に337人が膵臓がんになり、食事の酸負荷との関連を解析しています。
その結果、食事の酸負荷が多いほど、膵臓がんの発症リスクが高くなることが示されました。
食事の酸塩基バランスを表す指標には、潜在的腎臓酸負荷(PRALスコア)と推定内因性酸産生量(NEAPスコア)が使われています。
PRAL(mEq/d)= 0.4888 ×たんぱく質(g/d) + 0.0366×リン(mg/d) - 0.0205 ×カリウム(mg/d) - 0.0125×カルシウム(mg/d) - 0.0263 × マグネシウム(mg/d)
NEAP(mEq/d) = [54.5×たんぱく質(g/d) /カリウム(mEq/d)] − 10.2
いずれも値が高いほうが食事の酸性度が高いことを意味します。食事中のタンパク質とリンの量は酸負荷を増やし、カリウム、カルシウム、マグネシウムは酸負荷を減らします。
膵臓がんは加齢とともに発生率が増えます。膵臓がんは60歳以上になると増えてきます。65歳以上で急速に増えます。
膵臓がんのリスク要因として飲酒や喫煙や糖尿病や肥満があります。これらの要因があるとより若い時点で膵臓がんになります。高齢者の膵臓がんは加齢(高齢)という要因が最も強くなります。
この研究で、「食事性酸負荷と膵臓がんのリスクとの正の関連性は、65歳以上の被験者よりも65歳未満の被験者でより顕著であった」というのは、発がんにおける食事性酸負荷の影響が、加齢の影響が少ない若い人に相対的に大きくなるためです。以下のような報告もあります。
Higher diet-dependent acid load is associated with risk of breast cancer: Findings from the sister study.(より高い食事依存性の酸負荷は乳がんのリスクと関連している:姉妹研究からの発見)Int J Cancer. 2019 Apr 15;144(8):1834-1843.
【要旨】
慢性的な軽度の代謝性アシドーシスに寄与する食事要因は乳がんのリスクに関連しているが、これまでのところ、食事依存性の酸負荷と乳がんを調べた疫学研究は無い。登録時(2003年から2009年)に食物摂取頻度アンケートに回答し、適格基準を満たした43,570人の姉妹研究参加者からのデータを使用した。
潜在的腎臓酸負荷(Potential Renal Acid Load :PRAL)スコアを使用して、食事に依存する酸負荷を推定した。スコアが高いほど、タンパク質とリンの消費量が多く、カリウム、カルシウム、マグネシウムの消費量が少ないことを示している。潜在的腎臓酸負荷(PRAL)と乳がんの関連性は、多変数Cox比例ハザード回帰を使用して評価された。
登録から少なくとも1年後(平均追跡期間、7.6年)に診断された1,614例の浸潤性乳がんを特定した。
PRALが高い上位4分の1の群は、PRALが低い下位4分の1の群と比べて、乳がんの発症リスクが高かった(ハザード比: 1.21; 95%信頼区間:1.04-1.41, p=0.04)。
この関連性は、エストロゲン受容体(ER)陰性(最高対最低四分位数のハザード比:1.67 [95%信頼区間:1.07-2.61]、p= 0.03)およびトリプルネガティブ乳がん(最高対最低四分位数のハザード比:2.20 [95%信頼区間、1.23-3.95]、p= 0.02)で顕著であった。
アルカリ性食品の摂取を表す負(マイナス)のPRALスコアのグループは、PRALスコアが0のグループと比較して、ER陰性およびトリプルネガティブ乳がんのリスク低下と関連していた。
食事依存性の高い酸負荷は乳がんの危険因子である可能性があり、アルカリ性食事は発がんを予防する可能性がある。PRALスコアは肉の消費量と正の相関があり、果物と野菜の摂取量と負の相関があるため、結果は、果物と野菜が多く肉が少ない食事がホルモン受容体陰性乳がんを予防する可能性があることも示唆している。
日本人の女性の乳がんは高齢化とは関係なく、年齢調整罹患率も死亡率も増加しています。出産回数の減少や初潮年齢の低下、閉経年齢の上昇など体内のエストロゲン濃度が高い状態が長く続く状況は、ホルモン感受性の乳がんの発生率は高めます。経口避妊薬の使用や閉経後の女性ホルモン補充療法など、体外からの女性ホルモン追加もホルモン受容体陽性の乳がんの発症リスクを上げます。
つまり、ホルモン受容体陽性の乳がんはエストロゲン過剰という発がん要因の寄与が大きいので、食事の酸負荷の影響は相対的に少なくなります。
しかし、エストロゲン受容体陰性およびトリプルネガティブ乳がんでは、エストロゲン濃度は発がんに寄与していないので、食事性の要因が相対的に高くなると言えます。そのため、食事性酸負荷と乳がんの発症の関連性は、エストロゲン受容体陰性およびトリプルネガティブ乳がんで顕著であったことが理解できます。
いずれにしろ、酸負荷が大きい食事はいろんながんの発生リスクを高める可能性があります。
したがって、がんの予防において、アルカリ性食品によって食事性の酸負荷を減らし、血液や体液のアルカリ化能を高めることはメリットがあります。
さらに最近の研究では、食事性酸負荷が動脈硬化や糖尿病など生活習慣に起因する疾患に対して影響を及ぼす可能性が示唆されています。慢性腎臓病の発症および進展に食事性酸負荷が関連しているとする多くの報告が集積されています。がん治療においても、食事性酸負荷を減らすメリットは大きいと言えます。
【弱塩基性抗がん剤は酸性化したがん細胞外にトラップされる】
固形腫瘍の酸性細胞外空間は、弱塩基の細胞取り込みに対する生理学的障壁を作り出します。これをイオントラッピング(ion trapping)現象と言います。
イオン化した物質は細胞膜の脂質二重層を通過できません。イオントラップは、薬物のイオン化したもの(非透過性)とイオン化していないもの(透過性)の間に大きな透過性の違いがある場合に発生します。(図)
図:弱酸性医薬品(HA)は水素イオン(H+)を放出してイオン化した物質(A-)になる(①)。弱塩基性医薬品(B)は水素イオン(H+)を受け取ってイオン化した物質(BH+)になる(②)。細胞膜の脂質二重層(③)はイオン化していない物質(HAとB)しか通過できない(④)。がん細胞の外側は水素イオンが増えて酸性化している(⑤)。その結果、それぞれの反応式は左側に移行し、弱酸性医薬品は非イオン化型(HA)が増え(⑥)、弱塩基性医薬品はイオン化型(BH+)が増える(⑦)。イオン化していない物質しか脂質二重層を通過できないので、弱塩基性医薬品はイオン化型(BH+)が増えて、がん細胞の外側にトラップ(捕捉)される。抗がん剤の多くは弱塩基性であるため、酸性化したがん組織では、抗がん剤ががん細胞内に入り込めないので、抗腫瘍効果を発揮できない。
ビンクリスチン、ミトキサントロン、ドキソルビシン、ビンブラスチンなど多くの抗がん剤は解離定数が7.5〜9.5の弱塩基性です。例えば、ドキソルビシンは、8.3の塩基性解離定数(pKa)を持つイオン化可能な一級アミンからなるアントラサイクリンです。 pKaが8.3の場合、細胞膜を通過できる非イオン化型の割合は、pH 7.3では約10%、pHが6.3では約1%になります。非イオン化形態の薬物は膜の両側に等分布するため、細胞外環境のより低いpHでより多くの薬物が隔離され、治療効果が低下します。
このように塩基性抗がん剤は、酸性条件下でイオントラッピングを受け、がん細胞内への取込みが大幅に減少することが、培養細胞や動物実験で証明されています。
したがって、弱塩基性の抗がん剤を使用するときは、がん組織の酸性化を改善する重曹(重炭酸ナトリウム)やプロトンポンプ阻害剤を使ったアルカリ療法を併用すると、抗がん剤の治療効果を高めることができます。
【アルカリ療法はがん治療の効果を高め、症状を改善する】
からすま和田クリニックの和田洋巳医師らの研究グループは、転移や再発した進行膵臓がん患者を対象に、抗がん剤治療にアルカリ療法を併用した臨床試験の結果を報告しています。
この研究では重曹(1日に3〜5g)とアルカリ化食を使ってがん組織のアルカリ化を行なっています。アルカリ化食というのは、野菜・果物 が豊富で肉類や乳製品の少ない食事によって体内のアルカリ化を誘導する食事です。
全生存期間中央値は、化学療法単独群(89例)の10.8ヶ月に対して、化学療法にアルカリ化療法を併用した群(36例)では15.4ヶ月で、統計的有意(p<0.005)な生存期間の延長が認められました。(In Vivo. Sep-Oct 2020;34(5):2623-2629.)
アルカリ化食と重曹(1日に3〜5g)の併用は、進行膵臓がん患者の尿中pHを上昇させ、尿中pHが高い(アルカリ化している)ほど、生存期間が長いことを報告しています。全生存期間の中央値は、尿中pHが7.0以下の群が4.7ヶ月に対して尿中pHが7.0以上の群では16.1ヶ月でした。(Anticancer Res. 2020 Feb;40(2):873-880.)。
これらの研究結果は、重曹が1日3〜5グラム程度でも、野菜や果物の豊富なアルカリ化食などを併用して尿中pHを上げることは、抗がん剤治療の効果を高める上で有効であることを証明しています。
前述のように、血液のpHは7.35から7.45のアルカリ性pHで非常に厳密に調整されており、緩衝能も高いので、食事による潜在的腎臓負荷(PRAL)を減らしてもどれだけの効果があるか疑問に思う方も多いと思います。肉や乳製品などPRALの高い食品を多く摂取しても、腎臓と呼吸機能が正常であれば、十分に緩衝して、血液の酸性化には影響しない可能性も指摘されています。
しかし、大きながん組織があると、がん細胞からの水素イオンの産生が増えています。さらに高齢者や抗がん剤治療を受けている患者さんは腎機能が低下し、過剰な酸を尿中に排泄する能力が低下しています。
体液の酸性化は、倦怠感や食欲低下の原因になり、痛みを増強することが明らかになっています。
したがって、がん治療において、重曹やアルカリ食によって血液や体液のアルカリ化能を高めることはメリットがあります。
実際に、進行がんの患者さんに重曹(メイロン)点滴を行うと、痛みや倦怠感が軽減し、食欲が高まることを経験しています。
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