がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
356)ジェームズ・ワトソンとがん治療:①代謝異常をターゲットにしたがん治療
図:ジェームズ・ワトソンは1953年にフランシス・クリック(左端写真の中の右側の人物)とともにDNAの二重螺旋構造を解明し、1962年にノーベル賞を受賞した。1968年にコールド・スプリング・ハーバー研究所の所長になってからはがん研究に集中している。最近の講演や論文などで図の下に示すような内容を発言している。(右端の写真は最近の写真で、その左はノーベル賞受賞時頃の写真)
356)ジェームズ・ワトソンとがん治療:①代謝異常をターゲットにしたがん治療
【DNAの構造を解明したジェームズ・ワトソン(James Watson)】
生物学や医学の領域の科学者を対象に「生物学や医学の研究分野で、生存している科学者で最も著名で影響力の強い人物はだれか?」という質問をしたとき、「一番多くの票を獲得するのはジェームズ・ワトソン」という意見に異論を唱える人は少ないと思います。
ジェームズ・デウィー・ワトソン(James Dewey Watson, 1928年4月6日 ~ )は、1953年(25歳)にフランシス・クリックらとDNAの分子構造を解明し、34歳(1962年)でノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
DNAの2重螺旋構造の解明によって、生体における遺伝情報の伝達のメカニズムが明らかになり、遺伝子工学や分子生物学の飛躍的な発展につながったので、この分野の研究者や学生でジェームズ・ワトソンの名前を知らないのはあり得ないと言えます。
分子生物学研究のメッカともいえるコールド・スプリング・ハーバー研究所に所長(1968年~1993年)や会長(1993年~2007年)として長く君臨し、NIH(国立衛生研究所)の国立ヒトゲノム研究センター初代所長も勤め、大統領自由勲章やアメリカ国家科学賞も受けています。
1988年には、人間の遺伝情報が書かれているDNAのすべての塩基配列を解読しようとする「ヒトゲノム計画」を提唱し、国際プロジェクトの責任者になっています。
DNAの構造発見に関する自伝的ノンフィクションの「The Double Helix」は世界中でベストセラーになり、この本は20世紀のベスト100書籍のノンフィクション部門で第7位に選ばれています。
分子生物学のバイブル的な教科書も執筆しており、科学的業績だけでなく、研究者や行政に対する指導者としての影響力においても、ワトソンの右に出る人は思いつきません。分子生物学の分野では、もう伝説的な域に達しているように思われます。
ジェームズ・ワトソンは現在85歳ですが、いろんな所で講演したり、マスコミのインタビューを受けたりして、いまだに発言力と影響力は健在のようです。
ジェームズ・ワトソンは大学院生のときにがんウイルスの研究を行っており、コールド・スプリング・ハーバー研究所の所長になった翌年の1969年には、ソーク研究所のダルベッコ(Renato Dulbecco)の研究室にいたJoe Sambrook(分子生物学研究者にとっては、そのバイブル的教科書の「Molecular Cloning: A Laboratory Manua」の著者として有名)を雇いDNAがんウイルスの研究を開始しています。ワトソン自身の研究テーマもがんを中心にしており、コールド・スプリング・ハーバー研究所をがん研究においてトップレベルに育て上げています。
そのワトソンが講演やインタビューや論文でがん研究に関する自分の考えを述べています。その内容の中には俄には信じられない仮説もあります。
例えば、「抗酸化剤ががんを促進する」という考えを述べており、今までの常識と異なるので反論も多いはずですが、これをジェームス・ワトソンが言っているという点にインパクトがあります。
ジェームズ・ワトソンは1953年にフランシス・クリックとDNAの二重螺旋構造を解明したとき、自分では実験は何一つ行っていません。それまでに報告されている実験結果(DNA中に含まれるアデニンとチミン、グアニンとシトシンの量比がそれぞれ等しいというシャガルフの法則)やウィルキンスとフランクリンによるX線結晶構造解析の結果や、その他の多くのDNAに関するデータの蓄積の中から、全てを満足させるDNAの構造をモデル構築しただけです。
つまり、理論的考察だけでノーベル賞を受賞したと言えます。そのワトソンが、これまでのがん研究を総括して得た結論が「進行がんには抗酸化物質の投与は良くない」ということなので、無視はできないというわけです。(これについては次回紹介の予定)
ワトソンが言っていること全てが本当に正しいかどうかは別にして、ワトソンが考えていることを知っておくことは、今後のがん治療の方向性を考察するときに役立つかもしれません。
ここでは、がんの解糖系を阻害することががん治療に有望であることをワトソンが述べていることを紹介します。
【エール大学におけるジェームズ・ワトソンの講演のレポート】
YouTubeを検索するとがんに関連したワトソンの講演が幾つか存在します。
2012年の3月に行ったエール大学における講演内容は見つかりませんが、エール大学が発行している雑誌(Yale Journal of Biology and Medicine)に、その講演内容のレポートが報告されています。その全文を以下に日本語訳しています。()内は訳者の補足です。
Symposium: A report of the James Watson Lecture at Yale University(エール大学におけるジェームズ・ワトソンの講演のレポート)Yale Journal of Biology and Medicine 85: 417-419, 2012
【要旨】2012年3月、ノーベル賞受賞者のジェームズ・ワトソンが、エール大学で「Driven by Ideas (着想に駆られて)」という演題で講演を行った。この講演において、ワトソンは、今後の科学の在り方に関して個人的な見解を述べ、特に、がん治療薬の開発において科学者たちはどのようなアプローチをすべきかについて言及した。
彼は、がんのワールブルグ効果をターゲットにした抗がん剤として、解糖系の阻害剤の利用について考察し、さらに、がん予防におけるメトホルミンと抗炎症剤の有用性について解説した。細胞成長(cell growth)をターゲットする薬と細胞増殖(cell proliferation)をターゲットにする薬を比較した。そして、ワトソン博士は、研究室において科学的研究はどのように行われるべきかについてコメントした。
【本文】
ジェームズ・ワトソンは、1953年にフランシス・クリック(Francis Crick)とともにDNAの構造を解明し、その業績によりクリックと一緒に(X線構造解析をしたモーリス・ウィルキンスも一緒に)1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。2012年3月に、エールがんセンターと分子ウイルス学プログラム(the Yale Cancer Center and Molecular Virology Program)の後援によるセミナーにおいて、今後の科学の動向に関する個人的な見解について講演した。
彼の講演のタイトルは「Driven by Ideas」(日本語に訳すと「着想(アイデア)に駆られて」)で、がん研究について主に言及し、科学者はどのように研究を遂行すべきか、科学界が特に研究すべき課題は何かについて講演した。
がん研究におけるワトソンの関心は、インディアナ大学の大学院で博士過程の指導を受けたサルバドール・ルリア(Salvador Luria;ウイルスの増殖機構と遺伝物質の役割に関する発見で1969年にノーベル賞を受賞)の下でがんウイルスの研究に参加したことから始まっている。
DNAがんウイルスが感染した細胞において細胞周期のスイッチをオンにする遺伝子を運ぶことによって細胞をがん化させるメカニズムを学んだことは、ワトソンにとって非常に興味深いものであった。
どのような視点からがんの研究を行うべきかに関して様々な喩えを使って説明した。
例えば、がん細胞は「スーパーマン」ではなく、「病人」ととらえて研究すべきだとワトソンは言った。その理由は、がん細胞というのは、恒常的に細胞増殖活性を示し、ワールブルグ効果で知られている解糖系の亢進という代謝の特徴を持ち、そのため、がん細胞は解糖系の阻害剤で死滅するという特徴がある。
このように、がん細胞はがん細胞のアキレス腱(弱点)を攻撃することによって正しい方法で死滅させるべきだとワトソンは主張した。
例えば、ラットの実験でATP産生を阻害することによって腫瘍を縮小できることが示されており、この結果は、がん細胞において亢進している解糖系でのグルコース代謝を阻害することががんの有効な治療法となることを示唆している。
このラットの実験では、ラットに移植したグリオーマが、ATPを減少させる酵素のアピラーゼ(apyrase)の注射によって著明に縮小することが示されている。
ワトソンは、解糖系の代謝をターゲットにしたがん治療法について解説した。世界で最も処方量の多い糖尿病薬のメトホルミンが、解糖系が亢進したp53(がん抑制遺伝子の一種)が欠損したがん細胞を選択的に死滅させることによって発がんのリスクを低減するという研究結果を紹介した。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を間接的に活性化する作用があるメトホルミンは、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化を抑制する結果、ATP産生の代替ルートである解糖系を亢進しようとするが、メトホルミンを投与されたp53欠損細胞はこの転換ができない。
ワトソンは、メトホルミンを使ってインスリンのレベルを低下させ、解糖系を抑制することによってがん細胞の増殖を抑制できることを解説した。
がん細胞は炎症性サイトカインのIL-6を大量に分泌し、転写因子のSTAT3とMycを活性化する。(原文では「the anti-inflammatory interleukin IL-6」となっているが、IL-6が抗炎症性サイトカインというのは間違いで炎症性サイトカインの一種なので、原文の訳を修正している)
これらの転写因子は炎症の間、細胞のアポトーシスを阻止し、がん細胞内で恒常的に活性化されているとがん細胞の増殖が持続的に維持される。
がんを予防する方法として抗炎症剤の研究にもっと力を入れるべきだと主張している。そして、ワトソン自身、がんを予防する目的でイブプロフェンを摂取していると語っている。
アスピリンやイブプロフェンを日常的に摂取することの有用性について言及した。例えば、一つの研究としてアスピリンを毎日5年間服用するとがんの発症リスクが低下するという研究結果を紹介した。
さらに、抗がん剤の開発においては、細胞成長(cell growth)を促進するRAS-MEKやPI3K-AKTのようなシグナル伝達系をターゲットにする毒性のより強い薬を開発するのではなく、MYCのような細胞増殖(cell proliferation)を促進する因子をターゲットにした薬を開発する方が望ましいとワトソンは主張した。
理想的ながんの治療薬というのは、メトホルミンのような毒性の少ない化合物や、広範囲の血管新生阻害作用のあるエンドスタチン(endostatin)やトロンボスポンジン(thronbospondin)のようなものであるとワトソンは展望した。
抗生物質のように簡単に服用できる錠剤やカプセルのようにして投与されるのが理想であると述べた。
最後に、この目標を達成するためには、がん細胞の弱点(アキレス腱)をRNA干渉法(任意の遺伝子の発現を抑制することによって遺伝子機能を解析する方法)を利用した網羅的なスクリーニングを実施する必要があることをコメントした。
このようにして、研究者は偏見や先入観を持たずに、ヒトゲノム全体を探索し、がん治療のターゲットになる因子を見つけることができる。
さらに、このような研究手法を推進するためには、多くの研究施設が参加した「準工業化した(semi-industrialized)」効率的な研究体制を作ることが必要であるとワトソンは述べている。
このような研究体制の再編成は、研究者を「がんに対して戦争している」という状況にできるとワトソンは言っている。
この講演では、「治癒できないがんを治癒させる」という彼のアイデアに加えて、ワトソンは全ての科学者に、実際に実験を行っている時間と同じくらい、どのように研究すべきかを考えるために時間を費やすことが重要であることを訴えた。
以上がレポートの全文の日本語訳です。
治療が困難ながんを治癒させるための治療法の開発とそのための研究方法に関するワトソンの「アイデア」を紹介している講演です。
がん治療薬としてのメトホルミンや抗炎症剤の可能性、シグナル伝達をターゲットにするよりがん細胞のエネルギー産生の特徴であるワールブルグ効果(特に解糖系)をターゲットにしたがん治療が望ましいという意見をワトソンが述べている点は重要だと思います。
ワールブルグ効果をターゲットにする治療の重要性については、347話で紹介したクレイグ・トンプソンの考えともかなり共通しています。
他の講演の中で、がんと糖代謝を研究しているクレイグ・トンプソンがスローン・ケタリングがん研究所の所長になったことを言及しているものもあります。(つまり、がんと代謝の研究が重要であるということをワトソンは重視している)
前回(355話)解説したように、がん細胞における解糖系を阻害し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を活性化させてワールブルグ効果を阻害する方法は、がん治療として可能性が高いように思います。
さらに、がん細胞の抗酸化力を低減させる方法を併用することががん治療に有効であることを言及し、後期のがん(late-stage cancer)においては、抗酸化剤の摂取はがんを進行させると主張しています。(これについては次回に解説)
YouTubeにワトソンのがん治療に関する講演がアップされています。ただ、80歳を超えて息切れしながらの1時間に及ぶ講演は、聞き取れない部分や難解な表現も多く最後まで聞くのが大変です。(YouTubeの自動字幕機能もかなりの言葉が正しく拾えていない)
しかし、2013年1月号のOpen Biologyという雑誌にJames Watsonの総説があります。タイトルは「Oxidants, antioxidant and the current incurability of metastatic cancers(酸化剤と抗酸化剤と転移がんの現在の不治性)」で、最近の講演で述べているワトソンの考えや主張はまとめられてます。ワトソン自身、この論文を「DNA二重螺旋の発見以来、私にとって最も重要は仕事」とインタビューで語っています。
この論文は24項目に分けて解説しています。その中から、上記の内容と関連した部分を日本語訳しておきます。番号はこの論文でのサブタイトルの部分の番号(24項目の通し番号)です。
12. Selectively killing cancer cells through exploiting cancer-specific metabolic and oxidative weaknesses(がん特異的な代謝と酸化に対する脆弱性の研究から導きだしたがん細胞を特異的に死滅させる方法)
がん細胞の無制限の増殖の結果として必然的に生じるエネルギー代謝や酸化ストレスにおけるがん細胞の脆弱性に、我々はもっと研究を集中させなければならない。
ヒトのがん細胞は解糖系の代謝が非常に亢進しているので、代謝におけるストレスは亢進した状況にあり、そのため、ATP産生が急に低下すると、細胞はダメージを受けやすい。
3-ブロモピルビン酸は解糖系酵素のヘキソキナーゼと酸化的リン酸化の両方を強力に阻害するので、正常の肝細胞に比べて肝臓がん細胞を10倍以上も早く死滅させる。そして、少なくともラットの実験では、この根治が困難ながんを消滅させる効果を示している。
3−ブロモピルビン酸とは構造がかなり異なる別のヘキソキナーゼ阻害剤である2−デオキシグルコースは、解糖系を阻害する作用によって重要な抗がん剤となりうる可能性を持っている。
これらのヘキソキナーゼ阻害剤はミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害する薬と併用すると相乗効果が期待できる。
ATPレベルが低下したことを感知して活性化されるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)は、ターゲットになるタンパク質をリン酸化することによって、物質の合成(同化)と細胞の増殖を抑制するように代謝パターンを変更する。
AMPKはmTORを阻害することによってタンパク質の合成速度を低下させ、アセチル-CoAカルボキシラーゼをリン酸化して脂質合成を抑制する。
細胞分裂のために必要な細胞構成成分を合成する解糖系は、p53転写因子のリン酸化を介して、AMPKによって間接的に調節されている。
活性化されたp53は、p53で制御されるTIGAR遺伝子を活性化することによって細胞周期が止まっている間、解糖系を抑制する。(注:TIGARはTP-53-induced glycolysis and apoptosis regulatorの略でp53の標的遺伝子で、解糖系の促進に働くフルクトース-2,6-ビスリン酸を加水分解するビスホスファターゼに類似のタンパク質構造を有しており、解糖系を阻害する作用がある。)
解糖系の主要な調節酵素である fructose 2,6-bisphosphateを分解し、さらにp21遺伝子を活性化することによって細胞周期をさらに阻止する。
【訳者注】
この部分では、がん細胞の解糖系のヘキソキナーゼを阻害する3−ブロモピルビン酸と2−デオキシグルコース、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害してAMPKを活性化するメトホルミンのがん治療いおける有用性を指摘しています。
がん抑制因子のp53は多くのがん細胞で機能が低下している(遺伝子変異により転写因子活性が減少しているか遺伝子そのものが欠損している)が、p53の機能が低下するとミトコンドリアの酸化的リン酸化が低下し、解糖系やペントース・リン酸経路が亢進することが知られています。
多くのがん細胞ではp53が変異しているので、解糖系の抑制が効かなくなっているので、p53に依存しない方法で解糖系を阻害する必要があります。
その目的では、ヘキソキナーゼを阻害する2−デオキシグルコースや、解糖系酵素を活性化している低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害する薬(シリマリン)などの利用が役立つかもしれません。
21. Metformin selectively targets (kills) mesenchymal cancer stem cells (メトホルミンは間葉系がん幹細胞を選択的にターゲットにする(死滅させる))
比較的毒性が無く、十分に研究された身近な薬で、間葉系幹細胞を特異的に死滅できるものが存在する。
ハーバード大学医学部のKevin Struhlの研究室から3年前にCancer Research(がん専門の学術雑誌の名前)に発表された論文に、酸化的リン酸化を阻害する作用のあるメトホルミンが幹細胞を選択的にターゲットにすることが初めて報告された。
動物に腫瘍を移植する実験で、抗がん剤と一緒にメトホルミンを投与すると、腫瘍縮小効果が増強される。
メトホルミンを併用しないで抗がん剤だけだと腫瘍は増大して動物は死に至ることから、抗がん剤だけではがん幹細胞を死滅させることができない事を示している。
進行した間葉系がん細胞(late-stage mesenchymal cancer cells)を死滅させることができる、この最も広く使用されている抗糖尿病薬の高い能力は、メトホルミンを日常的に服用している人が多くのがんの発生率が低い理由を説明している。
メトホルミンが多くの抗がん剤治療の効果を高めることができるかどうかを検証するための多くの臨床試験が行われている。
メトホルミンの抗腫瘍効果はがん抑制遺伝子のp53の2つの遺伝子が欠損した細胞(p53− − cells)に対してより有効性が高いことは、メトホルミンの抗がん作用は、p53遺伝子の欠損していることが多い進行した末期のがん(late-stage cancer)により効果があることを示している。
一方、多くの抗がん剤開発の対象になっている抗がん剤や放射線治療に感受性の高い早期のがん(early-stage cancers)に対しては、メトホルミンの効果は低い。
2013年の末までに、現在使用されているがん治療の効果をメトホルミンが根本的に高めることができるかどうかが明らかになると思われる。
がん幹細胞を選択的に死滅できる作用でメトホルミンに勝る薬を開発することが、新薬の開発で最も求められている。そして、メトホルミンがp53遺伝子が欠損したがん幹細胞(p53− − stem cells)を選択的に死滅できるメカニズムを積極的に解明する必要がある。
【訳者注】
P53の変異や欠損が多く認められる末期のがんにメトホルミンが効きやすいことを解説しています。がん幹細胞の抗がん剤や放射線治療の感受性を高めるので、がん治療にもっと使用すべきだと言っています。何かの講演では、がん予防や抗老化の目的でワトソン自身がメトホルミンを服用していると言っています。
既にいくつかの臨床試験で、抗がん剤との併用による抗腫瘍効果の増強効果の結果が得られています。さらに、複数での臨床試験での確認が必要ですが、抗がん剤治療にメトホルミンを積極的に併用するメリットは高そうです。(308話参照)
23. A much faster timetable for developing anti-metastatic drugs(転移抑制剤を開発するためのはるかに早い予定表)
物理学の世界では、20年前にすでにヒッグス粒子の存在が確実であることを知っていました。この文明社会における救いは、それがついに証明されたことです。
ヒトゲノムの解明が多くのがんを治癒させるために不可欠になるであろうと1988年に我々が世界に向かって約束し、実際にヒトゲノムを解読したように、生物学と医学はがん治癒を目標にしなけれならない。
(注:「1988年の約束」というのは、ワトソンらがヒトの遺伝情報を解き明かす「ヒトゲノム計画」を提唱、米国国家研究評議会が1988年、議会にこの計画の推進を提言したこと。ワトソンが責任者となり、米国を中心に人間の遺伝情報が書かれているDNAのすべての塩基配列を解読しようとする国際プロジェクトがスタートした)
しかしながら、もし我々が週5日労働のような生温い方法で研究を進めていては、10年や20年かかってもがんとの戦争には勝てない。
抗がん薬の開発にはリーダーが必要である。近年、注目されている遺伝子の変化に基づいた患者毎のがん治療(genome-based personal cancer therapy)も、将来的にはあまり重要な手段ではなくなるかもしれない。
ブレークスルー(突破口)となる可能性が低い薬のスクリーニングに大きな費用を使うよりも、転移を阻害する革新的な薬の開発に向けて、レベルの高い研究所に国の予算をつぎ込むべきである。
がんに対する戦争に向けて効果的に前進する際の最大の障害は、現在のがん研究機関の本質的に保守的な性質から来るかもしれない。
彼らはまだ、シグナル伝達経路における細胞の成長を促進する因子(例えばHER2、RAS、RAF、MEK、ERK、PI3K、AKTおよびmTORなど)をターゲットにした薬の開発に集中しているが、細胞周期を促進するMyc分子をターゲットにした薬の開発を目を向ける方が重要である。
がん治療に最も必要なのはMycの働きを阻害する活性が高い薬と、がん細胞内の抗酸化物質を阻害する薬である。この2つの作用は、現在の全ての放射線治療と抗がん剤治療の効果を高めることができる。その結果、多くの難治がんを治癒できるようになる。
これらの治療法と、活性酸素種を出さない治療法との相互作用については今後の研究が必要である。
また、同様にp53の分解を阻止する薬の研究も重要である。
【訳者注】
がん細胞の増殖を刺激するシグナル伝達系に作用する薬よりも、細胞周期や代謝に作用するMycやp53をターゲットにした薬の開発が重要だとワトソンは言っています。このような薬を開発することによって「治癒が困難ながんを治癒できる」と言っています。
ジェームズ・ワトソンのこの論文はじっくり読む価値はありそうです。(ただし、天才であるからか、あるいは高齢であるせいか、文章は極めて難解です)
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