がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
171)臨床試験で実証された漢方がん治療のエビデンス
図:がん治療における漢方治療の効果を検討した臨床試験が行われている。その結果、漢方治療は、標準治療の副作用緩和、合併丗予防、再発予防、生活の質(QOL)の改善などにおいて、有効であることが臨床試験で実証されている。拙著「漢方がん治療のエビデンス」では、漢方治療ががん治療に役立つ理由と根拠を解説している。
171)臨床試験で実証された漢方がん治療のエビデンス
【エビデンスが求められる漢方治療】
がん治療の現場においては、漢方治療を拒否する意見の方が多いのが実情です。その最も大きな理由は有効性を示すエビデンスが乏しいからです。
動物を使った実験で、がんの発生を予防したり、移植したがんを縮小させても、人間での効果が証明されるまでは有効性のエビデンスレベルは低いといえます。患者さんの個人的な体験談や医者の経験談のようなものは、エビデンスのレベルでは最低に位置付けられています。
がん患者さんの病状や症状に応じて漢方薬の処方を変えるオーダーメイドの治療を行うことが漢方治療の基本であるため、同一の薬をランダム化二重盲検試験で評価する西洋医学の基準では、漢方治療の良さを十分に評価できまないという意見があります。しかし、「使って効いた」という体験談や臨床経験だけを基盤にして有効性を主張しても、西洋医学のがん治療の現場で利用するには科学的根拠が乏しいと言わざるを得ません。やはり、客観的なデータや作用機序の裏付けが必要です。
漢方薬の薬効に関する研究は動物実験や小規模な臨床試験が多く、エビデンスレベルの高い研究がまだ少ないのは事実です。しかし最近は、抗がん剤や放射線治療に適切な漢方薬治療を併用することによって、副作用の軽減や延命効果が得られることを示した信頼性の高い臨床試験の結果が報告されるようになりました。がん治療において漢方薬や生薬・ハーブの効果を検討した臨床試験をいくつか紹介します。(いずれも過去にこのブログ内で紹介しています)
【黄耆(おうぎ)の延命効果】
進行した非小細胞性肺がんに対して白金製剤(シスプラチンなど)を使用した抗がん剤治療に黄耆を含む漢方製剤を併用すると、生存率や奏功率が上昇し副作用が軽減されるというメタ解析の結果が報告されています(J Clin Oncol. 24:419-430, 2006)。
メタ解析とは、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、統計的に総合評価を行うことによって、その治療法の有効性を評価する方法です。この論文では、白金製剤を使った抗がん剤治療を受けた進行した非小細胞性肺がん患者において、抗がん剤単独のグループと、抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用したグループに分けて比較検討された34のランダム化臨床試験(患者総数2815人)の結果をメタ解析の統計的手法で検討しています。
このメタ解析の対象となった臨床試験では、黄耆とその他の複数の生薬を組み合わせた漢方薬(中医薬)と、黄耆から抽出したエキスを加工した注射薬が使われていますが、内服薬も注射薬も同じような有効性が示されています。例えば、抗がん剤単独の場合を1.0として、黄耆を含む漢方薬を抗がん剤治療に併用した場合の死亡数は、6ヶ月後が0.58(0.48~0.71)、12ヶ月後が0.67(0.52~0.87)、24ヶ月後が0.73(0.62~0.86)、36ヶ月後が0.85(0.77~0.94)でした。かっこ内の数字は95%信頼区間で、これが1.0を挟んでいなければ、統計的有意差があると判断されます。
奏功率(腫瘍の縮小が認められた症例の割合)は、漢方治療を併用することによって抗がん剤治療のみの場合の1.34倍でした。さらに、漢方薬の併用によって一般全身状態の維持・改善した率が1.36倍に上昇し、重篤な骨髄障害(白血球や赤血球や血小板の減少)の発生頻度は半分以下に減少することが示されました。
つまりこのメタ解析の結果から、抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用することによって、2年後の死亡数が2~3割程度減少し、奏功率(腫瘍が縮小する率)やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になることが、統計的に証明されたことになります。(第18話参照)
【漢方治療は肝臓がんの抗がん剤治療の効果を高める】
肝臓がんの抗がん剤治療に漢方治療を併用すると、生存率や腫瘍の縮小率が高まるという結果がメタ解析で得られています。この報告では、肝細胞がんの抗がん剤治療における漢方治療併用の有効性を確かめるために、肝細胞がんに対して抗がん剤単独治療と抗がん剤+漢方治療の併用療法における生存率と奏功率を比較したランダム化対照比較試験を集めて検討しています。26件のランダム化比較試験が対象となり、対象患者総数は2079例でした。(Integr Cancer Ther. 4(3):219-229, 2005年)
がん剤治療単独の場合を1.0とした相対比率では、漢方薬と抗がん剤治療を併用した群の12ヶ月後の生存率は1.55、24ヶ月後の生存率は2.15、36ヶ月後の生存率は2.76でした。腫瘍が縮小する割合(奏功率)も,併用群は抗がん剤単独群の1.39倍でした。つまり、抗がん剤と漢方薬を併用した場合の12~36ヶ月間の生存率は、抗がん剤だけの場合の生存率の1.5倍から3倍くらいになることが示されています。
(第105話参照)
【漢方治療は放射線治療後の生存率を高める】
徳島大学医学部の竹川佳宏教授のグループは、子宮頚がんの放射線治療に漢方治療を併用すると生存率を高め、延命効果があるという結果を報告しています。(J. Med. Invest. 55:99-105, 2008年)
この研究では1978~1998年の間に放射線治療に漢方を併用した子宮頚がん患者174例と、同時期に同じ病院で治療を受けた子宮頚がん患者で漢方治療を併用しなかった231例(対象群)を対象に、漢方治療の併用に延命効果があるかどうかをretrospective(過去にさかのぼって「後向き」に調査する手法)に検討しました。その結果、漢方治療を併用することによって著明な延命効果が得られることが判りました。
両グループの子宮頚がん患者は、低線量率小線源による腔内照射と、X線による外部照射を用いた標準的放射線治療法が施行されました。これらの標準的治療に加えて、漢方治療を受けたグループではエキス顆粒製剤の漢方薬が、患者の証(体質や症状に基づいた漢方的診断)にしたがって処方されています。使用された漢方方剤は、十全大補湯、八味地黄丸、人参養栄湯、柴苓湯、補中益気湯、小柴胡湯など、体力や免疫力を高める滋養強壮を主体として漢方薬や、免疫調節作用や抗炎症作用によって病気を治療する漢方薬が中心でした。漢方薬は放射線治療と同時に開始し、治療終了後も数年間服用が継続されました。
追跡調査の結果、漢方治療を併用した方が生存率は高くなることが示されました。例えば、ステージIIIの患者の10年生存率は、対象群が28.2%に対して、漢方薬を併用した群では49.1%、ステージIVの患者の10年生存率は、対象群が11.9%に対して漢方薬併用群では36.9%でした。他の補助療法である内服の抗がん剤やクレスチンなどによる免疫療法では、延命効果は認めなかったということです。(第77話参照)
【十全大補湯の骨髄機能改善作用と再発予防効果】
十全大補湯は人参・黄耆・蒼朮(または白朮)・茯苓・甘草・当帰・芍薬・地黄・川きゅう・桂皮という10種類の生薬の組み合わせからなっています。補気作用と補血作用をもち、消耗性疾患や手術後などの体力低下と衰弱に有効であり、特に抗がん剤治療や放射線治療によって引き起こされる骨髄抑制(貧血、白血球減少、血小板減少)を改善する効果が多くの基礎研究と臨床研究で示されています。
例えば、C型肝炎患者にインターフェロンとリバビリンを併用した治療を行うと、溶血性貧血が起こり、リバビリン投与の減量や中止が余儀なくされる場合が多くあります。この治療に十全大補湯を併用すると、貧血の程度が軽くなるという報告があります。十全大補湯を併用しなかった患者では35例中15例(43%)で貧血によってリバビリンの減量や中止が必要でしたが、十全大補湯を併用した患者では、リバビリンを減量あるいは中止したのは32例中4例(13%)と少なくなったということです。(J. Gastroenterol. 39:1202-1204, 2004年)
(第94話参照)
山梨大学医学部第一外科のグループは、エキス製剤の十全大補湯(TJ-48)が肝臓がん手術後の再発を予防する効果を報告しています。(Int J Cancer 123:2503-11, 2008)この報告では、外科治療を受けた48例について、十全大補湯(TJ-48)を外科治療の1ヶ月後から投与した10例と、対象群(TJ-48非投与)38例とに分けて検討しました。平均追跡期間25.8ヶ月の間に、肝臓がんの再発は対象群が38例中26例(68.4%)、TJ-48投与群が10例中4例(40%)でした。再発がみつかるまでの平均期間は、対象群が24ヶ月であったのに対してTJ-48投与群は49ヶ月でした。十全大補湯の肝臓がん再発予防の作用機序として、抗炎症作用や抗酸化作用や免疫増強作用などの複数の作用メカニズムが関与している可能性を推測しています。
(第104話参照)
【開腹手術後の腸閉塞を予防する大建中湯】
がんの手術では広範囲の腸管の切除やリンパ節の廓清が行われるため、癒着による機械的な腸閉塞や、神経のダメージによる麻痺性の腸閉塞が起こりやすいのが特徴です。このような手術後のイレウス(腸閉塞)の予防や治療に大建中湯(だいけんちゅうとう)の有効性が報告されています。大建中湯は山椒(さんしょう)・人参(にんじん)・乾姜(かんきょう)・膠飴(こうい)より構成されます。腸蠕動が過度に亢進している場合には腸管運動を抑制し、腸がマヒしている場合には蠕動を刺激するというように、腸管運動のバランスを良くすることによってイレウスを治します。腸閉塞を繰り返すような患者が大建中湯の服用によって腸閉塞の再発が防げる効果も報告されています。
開腹手術後に腸を早く動かして腸閉塞を予防する目的で大建中湯の予防的投与も多くの病院で行われています。術後早期からの大建中湯の服用によって食事の再開が早まるという報告もあります。開腹手術後に腸閉塞をきたした24例を対象に、大建中湯(TJ-100)を14日間1日15g投与したグループと、偽薬(プラセボ)を投与したグループに分けたランダム化比較試験がおこなわれています。大建中湯を投与されたグループはプラセボ群に比べて、腸閉塞を治療するために行われる手術の頻度が減少したという結果が報告されています。(J Int Med Res. 30: 428-432, 2002)(第113話参照)
【塩酸イリノテカンの下痢を軽減する半夏瀉心湯】
半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)は半夏(はんげ)・黄ごん(おうごん)・乾姜(かんきょう)・人参(にんじん)・甘草(かんぞう)・大棗(たいそう)・黄連(おうれん)の7種の生薬から構成され、下痢や吐き気・嘔吐などの治療に用いられる漢方薬です。滋養強壮作用のある人参・甘草・大棗に、抗炎症作用を持つ黄終・黄連と消化管機能改善作用のある半夏・乾姜を組み合わせることにより、胃腸粘膜の炎症を緩和し、粘膜のダメージの回復を早めます。
塩酸イリノテカンはDNAトポイソメラーゼを阻害して強い抗がん活性を示しますが、副作用として重篤な下痢があります。塩酸イリノテカンの活性体は肝臓でグルクロン酸が結合して不活性化されて胆汁経由で腸管に排泄されます。しかし、腸内では腸内細菌のβ-グルクロニダーゼによってグルクロン酸がはずされて活性型代謝産物が再生成され、これが腸管粘膜を損傷して下痢が引き起こされると考えられています。
黄ごん(シソ科のコガネバナの根)に含まれるフラボノイド配糖体のバイカリンには、β-グルクロニダーゼを阻害する活性があるため、活性型の腸管での再生成を抑え、塩酸イリノテカンの下痢を抑制する可能性が推測され、黄ごんを含んでいてしかも下痢に使用される漢方薬である半夏瀉心湯が試されました。その結果、塩酸イリノテカンの投与2~3日前から半夏瀉心湯エキス剤を投与したところ、下痢の予防あるいは軽減効果があることが動物実験やヒトの臨床試験で示されました。この際、抗腫瘍効果には影響しないことが確認されています。
塩酸イリノテカンとシスプラチンの抗がん剤治療を受けた進行した非小細胞性肺がん患者41例を対象に、半夏瀉心湯のエキス顆粒製剤(TJ-14)の投与を受けた18例とコントロール群23例に分けて、下痢の程度を比較した臨床試験の結果が栃木がんセンターの研究グループから報告されています。下痢の頻度や期間においては、TJ-14投与群と非投与群との間に差は認められませんでしたが、グレード3と4の強い下痢の頻度はTJ-14の投与群の方が少なかったと報告されています。(Cancer Chemother Pharmacol. 51: 403-406, 2003)(第117話参照)
【抗がん剤の様々な副作用に漢方薬やハーブの効果が検討されている】
がん患者における倦怠感の緩和を目標にハーブや漢方薬の利用が検討されています。例えばメイヨークリニックのグループは、アメリカ人参ががんに関連した倦怠感を改善することをランダム化臨床試験で認めています(第43回米国臨床腫瘍学会(ASCO)2007年、抄録番号9001)
この研究は、余命6ヶ月以上で倦怠感を1ヶ月間以上経験している282人のがん患者を対象に、各グループ69~72名の規模で8週間の投与を行った臨床試験です。その結果、プラセボ(偽薬)のグループでは倦怠感が緩和したのが10%であったのに対して、1日1000mgのアメリカ人参の摂取で25%、1日2000mgの摂取では27%の患者において倦怠感が緩和しました。また、治療に満足した人はプラセブ群が13%であったのに対して、1日2000mgのアメリカ人参を摂取したグループでは34%でした。副作用はプラセボとアメリカ人参の間に差はありませんでした。
(第37話参照)
ショウガ(生姜)は、その独特の風味から香辛料や食品として用いられていますが、世界中の伝統医療や民間療法でも利用されています。漢方薬に使う場合はショウキョウを言い、食欲増進や吐き気止め、体を温める作用などを利用して多くの漢方薬に加えられます。ショウガの吐き気止め作用に関しては多くの臨床試験が実施され、妊娠にともなう吐き気(つわり)、乗り物酔い、手術後の吐き気、抗がん剤による吐き気に対する有効性が実証されています。
抗がん剤に起因する吐き気に対するショウガの効果を、抗がん剤治療中のがん患者644例を対象に行なった多施設共同無作為化二重盲検第II/III相試験の結果が、米国ロチェスター大学がんセンターなどのグループから報告されています。(第45回米国臨床腫瘍学会(ASCO), 2009年、抄録番号9511)
吐き気スコアの変化を解析した結果、ショウガ投与群ではすべての用量において、プラセボ群より有意に吐き気の強さが軽減されていました。
(第132話参照)
その他、抗がん剤による神経障害によるしびれに対する牛車腎気丸や、関節痛や筋肉痛に対する芍薬甘草湯、乳がんのホルモン療法による更年期障害に対する当帰芍薬散や桂枝茯苓丸や女神散などの改善効果が臨床試験で報告されています。
医薬品と漢方薬との相互作用を懸念する立場からは、抗がん剤治療や手術に漢方薬を併用することに反対の意見があるのは確かです。しかし、適切な漢方治療は、がん治療の副作用を軽減して生活の質(QOL)を高め、さらに治療効果を高めて生存期間を伸ばす効果があることを示すエビデンスも蓄積されてきています。
上記のような漢方がん治療のエビデンスをまとめた書籍を出版しました。詳しくはこちらへ
(文責:福田一典)
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