がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
170)オーダーメイドのがん治療:西洋医学と漢方医学の違い
図:西洋医学では、細胞の遺伝子解析によって、がん細胞の個性にあった抗がん剤の選択と、患者の個体差に合わせた薬剤投与量に反映させることががんのオーダーメイド医療の目標になっている。一方、漢方医学では、生体が示す臓器失調や症状を改善し、生体の治癒力を引き出せる状態にするために、体質や症状や病状に応じたオーダーメイドの漢方薬を作って治療する。
170)オーダーメイドのがん治療:西洋医学と漢方医学の違い
【オーダーメイド治療における西洋医学と漢方医学の違い】
一人ひとりの患者さんやがん細胞の個性に応じた「オーダーメイド(テーラーメイドともいう)のがん治療」を目指した研究が行われていますが、このオーダーメイドのがん治療において、漢方治療は西洋医学とはまったく異なったアプローチをしています。
(注:オーダーメイド order-madeは和製英語で、英語ではテーラーメイド tailor-madeやカスタムメード custom-madeと呼ばれています)
病気のなりやすさや薬の効き方、副作用の程度などは個人によって大きな差があり、それは個人間の遺伝暗号の違いに起因すると考えられています。がん細胞にも個性があり、増殖速度や転移のしやすさなどは、異常を起こしているがん遺伝子やがん抑制遺伝子の種類によって決まります。抗がん剤に対するがん細胞の感受性も、遺伝子を解析することによって予測できるようになってきました。抗がん剤の分解・解毒に関係する遺伝子の働きの弱い人に非常に強い副作用が出ることから、患者さんの遺伝子情報に基づいて投与量を調整する方法も実用化されつつあります。
このように遺伝暗号の個人差と、がん細胞の遺伝子の異常を調べることにより、「患者さんの体質」と「がん細胞の性質」の違いを遺伝子レベルで知ることができ、「必要な患者さんに必要な薬を、最適な量だけ」投与するといった個々の患者さんに応じたベストな治療を提供することが西洋医学のオーダーメイドのがん治療の目標です。これは、がん細胞の個性にあった治療法の選択と、患者さんの個体差に合わせた薬剤投与量に反映させるというものであり、がん細胞を攻撃するためのオーダーメイド医療です。
一方、漢方治療が目的としているのは、病気によって失調している生体機能の種類や程度に合わせてオーダーメイドの治療を行なうことです。同じがんという病気であっても、患者さんの体質や病状は異なります。異常を起こしている臓器やバランスを崩している生理機能も個々の患者さんで異なり、同じ患者さんでもその症状や病態は時によって変化します。この時々刻々と変化する生体の失調に対処し、症状を改善し、生体の治癒力を引き出せる状態にもっていこうというのが漢方のオーダーメイド医療の基本です。これを達成できるのは、複数の生薬を組み合わせて体調や病状に会ったオーダーメイドの薬を作ることができるからです。
がん組織の摘出やがん細胞を死滅させることががん治療の基本であることは間違いありません。しかし、手術や抗がん剤や放射線治療によって体力や免疫力が低下し、吐き気や食欲低下や倦怠感などの副作用に苦しんでいる患者さんが多いのも確かです。西洋医学の標準治療の欠点や限界を補う方法として漢方治療が有用である理由は、西洋医学の目指すオーダーメイド医療と漢方医学のオーダーメイド医療とは視点が違うからです。
西洋医学はがん細胞をターゲットとするのに対して、漢方医学では生体全体を対象としています。漢方医学的方法論は、西洋医学の手段とは別の次元で働き、お互いに助けあうべき関係にあります。したがって、標準治療に漢方治療を適切に併用すると、よりレベルの高いオーダーメイド医療が行えることが理解できます。
【漢方薬は生薬の組み合わせで効果を高める】
人類は長い歴史の中で、身の周りの植物・動物・鉱物などの天然産物から病気を治してくれる数多くの薬を見つけ、その知識を伝承し蓄積してきました。このような自然界から採取された薬になるものを生薬(しょうやく)と言います。それぞれの生薬には、臨床経験に基づいた効果(薬能)がまとめられています。これらの薬能は、人に使った経験からまとめられたものですが、現代における科学的研究によって活性成分や薬理作用も解明されつつあります。
漢方薬は複数の生薬を組み合わせて作ります。漢方治療の基本は、症状に合わせて複数の生薬を選び、それらの薬効成分を熱水で抽出した煎じ薬を服用することによって病気を治します。多成分系の複合薬によって、効果をより高め、かつ副作用をより少なくする方法を追求してきたのが漢方薬です。
西洋薬のほとんどは単一成分ですが、漢方薬は多くの薬効成分が含まれているのが特徴です。西洋薬のような特効的な効き目は乏しいのですが、体に優しく作用して、体に備わった治癒力を引き出す効果など西洋薬にない特徴を持っています。
【自然治癒力を気・血・水で考える漢方医学】
漢方では、生体機能を担っている基本的な構成成分として、気(き)・血(けつ)・水(すい)の3つの要素を考えています。気は人体のすべての生理機能を動かす生命エネルギーであり、血・水は体を構成する要素です。血は血液に相当し、水は体液やリンパ液など体内の水分であり、気のエネルギーが原動力になって体の中を循環しています。
正常な人体では、気(生命エネルギー)と血・水(体を構成する要素)が、いずれも過不足なく、しかも滞りなく生体を循環することによって、生命現象が正常に営まれます。気・血・水の量のバランスがよく、循環が良好であると、体の新陳代謝・生体防御力・恒常性維持機能が十分に働いて、体の自然治癒力が高まります。つまり、漢方医学では、体の自然治癒力を高めるためには、気・血・水の量のバランスが良くし、循環を良好な状態にすることが必要条件と考えています。
気血水の量が不足している場合には補なわなければなりません。気を補うことを「補気」といい、血を補うことを「補血」といいます。体の体温を保持する陽気を補うことを「補陽」といい、一般に体を温めて新陳代謝を活性化する治療法に相当します。体液の不足を補うことを「滋陰」と言います。
気血水の量が過剰な場合には、それを取り除かなければなりませんが、過剰になっている要素の循環(巡り)を良好にすることが基本となります。気の巡りを良好にすることを「理気」といい、気が滞って過剰になっている状態(気滞)を改善する方法です。血の巡りが滞った状態を「お血」と言い、水の巡りが悪い状態を「水滞」と言います。お血を改善することを「駆お血」といい、水の巡りを良好にすることを「利水」といいます。
漢方薬はいろいろな作用(薬能という)をもった生薬の組み合わせから成り立っています。その組み合わせを考える時の基本は、体の異常を起こしている気血水の状態を正常な方向に引き戻してやることです。気血水の量と循環が良くなれば、自然治癒力も活性化されてがんに対する抵抗力を高める効果が現れます。
がんに罹った患者さんの体の中ではいろんな生体機能のバランスが乱れており、それが悪循環を生んでいます。例えば、消化吸収機能が衰えると、栄養状態が悪化し免疫機能が低下します。免疫機能が低下すると感染症にかかり体力を消耗します。体力が低下すると、血液循環や新陳代謝も悪くなり、体に老廃物が蓄積します。老廃物が蓄積し体の新陳代謝が低下すると、ますます治癒システムが働きにくくなります。これらの悪循環をどこかで断ち切って、体の防御システムや治癒力を立て直してやれば、がんに対する抵抗力を高めることができます。
漢方では、長い歴史の中での臨床経験から気血水の量や巡りを正常化させる効果がある生薬を見いだし、薬効の知識を蓄積してきました。栄養の消化吸収、血液の循環、組織の新陳代謝などを改善するような生薬が多数用意されており、それらを組み合わせることによって、症状や病状に応じた漢方薬を作り出すことができるのです。
体を構成する成分や働きを、気・血・水の3要素で捉えることは、きわめて幼稚で観念的な考え方と思われるかもしれません。しかし、体全体のバランスを調節するときには、むしろこのような観念的なほうが全体像を捉えやすく、患者さんの病状や症状に応じたオーダーメイドの治療を行う上で有用なのです。
【漢方薬はがん患者の様々な症状に対応できる】
抗がん剤はがん細胞だけでなく、骨髄細胞や免疫組織や消化管粘膜など細胞分裂の盛んな組織にもダメージを与えるため、体力や免疫力の低下、食欲低下、倦怠感、貧血、白血球や血小板の減少、下痢、吐き気、脱毛など様々な副作用が起こります。
抗がん剤治療による吐き気や白血球減少などの副作用を抑える治療法(支持療法)も進歩してきましたが、体力や抵抗力を高めるという観点からはまだ十分ではありません。例えば、制吐剤を用いて、抗がん剤による吐き気を止めることはできますが、吐き気だけを止めても食欲が亢進するわけではなく、消化吸収機能が高まるわけでもありません。骨髄の幹細胞に直接働きかけて白血球を増やす薬もありますが、栄養状態の悪化や体力の消耗がひどくなれば、白血球の数は正常でも体の抵抗力はなくなります。
西洋医学的な支持療法を使用して目にみえる副作用だけを対処していても、いつのまにか消化管機能の低下や失調が発生し、食事が取れなくなり、抵抗力がなくなってしまうということは、抗がん剤治療中によく経験されます。
日本ではエキス製剤を用いた臨床的検討が多く報告されています。全身倦怠感や食欲不振には六君子湯や補中益気湯、造血機能の低下に十全大補湯や人参養栄湯、下痢に五苓散(ごれいさん)や半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、神経障害に牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、筋肉痛や関節痛に芍薬甘草湯、開腹手術後の腸閉塞予防に大建中湯など多くの漢方薬ががん治療の副作用や合併症の対策に有効であることが報告されています。
エキス顆粒製剤だけでもある程度の対応はできますが、このような代表的な処方をベースにして、さらに症状や病態に応じて生薬を加減して作成した煎じ薬を用いれば、さらにレベルの高いオーダーメイドの治療が可能になります。
がん患者さんの症状や病状に応じてオーダーメイドに処方した漢方治療は、標準治療におけるがん剤治療の欠点と限界を補い、がんの統合医療において有効な手段となります。
(文責:福田一典)
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