231)がんの再発予防とは

図:1個の正常細胞に遺伝子変異が起きてがん細胞が発生し、がん組織の増大や転移が起こって「がん(癌)」という病気が発症する。がんの自然史に対応してがん予防の手段も異なる。


231)がんの再発予防とは


 【がんの自然史とは】
人体は約60兆個の細胞から構成されています。これら正常細胞は古くなったり傷がつくと自らアポトーシスという細胞死を起こして除去され、細胞分裂によってできた新しい細胞が置き換わります。このようにして、組織や臓器は細胞の新陳代謝を絶えず行って正常な機能を維持しています。
細胞の死や増殖は厳密にコントロールされており、必要以上の増殖を起こさないような仕組みが細胞内に備わっています。このような細胞の死や増殖をコントロールしている仕組みに異常が起きると、必要以上の増殖を繰り返す結果、細胞の塊を作り、次第に大きくなります。これが腫瘍です。
腫瘍は良性腫瘍悪性腫瘍に分けられます。良性腫瘍は腫瘍細胞の塊がゆっくり増殖するだけで転移(他の組織や臓器にがん細胞が移動して腫瘍を作ること)を起こしません。悪性腫瘍は、周囲組織に浸潤したり転移を起こす性質をもった腫瘍です。良性腫瘍は腫瘍組織を切除すれば根治できますが、悪性腫瘍は原発の腫瘍を切除しても、他の臓器に転移していると再発を起こします。
1個のがん細胞が発生して診断される大きさになるまで、数年から数十年かかると言われています。細胞の死や増殖に重要な役割をもつ複数の遺伝子に変異が起こると、異常な増殖をし始めます。放射線やタバコの煙や活性酸素や食品中の発がん物質など様々な要因が遺伝子に変異を引き起こします。遺伝子に変異を起こすことを「イニシエーション」と言います。遺伝子変異を受けた異常細胞(変異細胞)に、さらに細胞分裂を促進するような要因(慢性炎症など)が加わると、遺伝子変異を起こした異常細胞は増殖を繰り返し、次第にがん細胞の性質(浸潤や転移)を獲得してきます。このような発がん促進を「プロモーション」と言います。この遺伝子変異(イニシエーション)と発がん促進(プロモーション)の作用が加わって、一人前のがん細胞が発生します。
がん細胞は無限に増殖する能力を持っています。その増殖速度や転移のしやすさは遺伝子異常の種類や数によって異なります。一般的には、細胞の死や増殖を調節している遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子という)の異常が多いほど、がん細胞は悪性度が高く、増殖が早く転移しやすくなります。遺伝子変異の蓄積によってより悪性度の高いがん細胞に進行すること(悪性化進展)を「プログレッション」と言います。
抗がん剤や放射線は遺伝子変異を引き起こすので、抗がん剤治療や放射線治療によって生き残ったがん細胞が再発したときは、さらにたちの悪いがんになっていることが多いようです。
このように、がんの進行や治療の影響によって、より悪性度の高いがん細胞が生き残る傾向にあるので、次第に治療が困難になり、がん細胞の増殖を抑えることができなくなるとがんによって死亡することになります。

【がん予防の手段】
上記のがんの自然史において、がん死を防ぐための手段として、がんの発生予防や発生したがんの治療、再発の予防などがあります。がん予防の手段は、大きく第一次予防第二次予防第三次予防に分けられます。
第一次予防」は、がん発生過程のイニシエーションやプロモーションの段階を抑制してがん細胞の発生自体を防ぐ方法を言います。発がん過程の初期の段階であれば、変異した細胞のがん化を防ぐことができます。
第二次予防」は早期発見・早期治療によってがん死を減らす方法をと言います。がんが発生しても早く見つけて早く切除すれば治る可能性が高くなります。
しかし、早期に見つかっても既に転移している場合もあります。大きながんで見つかるとさらに転移の可能性は高くなります。再発や転移に対して手術や抗がん剤や放射線治療などが行われますが、治療が効かないと最後はがんによって死亡します。
がん治療後に再発を予防することを「第三次予防」と言います。再発だけでなく、別の新たながんが発生する場合もあります。これを「多重がん」と言います。さらに、がん治療に使った抗がん剤や放射線が新たながんを発生させることがあります。抗がん剤も放射線も発がん作用があるので、これらの治療を受けて数年から十年以上経ってから白血病など様々ながんが発生します。これを「二次がん」と言います。このような多重がんや二次がんの発生を予防することも第三次予防になります。治るがんが増えてくると、がんの第三次予防ががん死を減らす上で極めて重要になってきました。

【がんが目に見えた時では遅すぎる】
腫瘍組織の体積が2倍になる時間を体積倍加時間(doubling time)といいます。一個の細胞からスタートして1グラムの腫瘍組織になるためには30回分の体積倍加時間が必要となります。つまり30回分裂すると2の30乗で約10億個の細胞になって、これが約1グラムに相当し、1グラムのがん組織がさらにもう10回分の体積倍加時間を経ると1kgのがん組織になる計算です。
一般的にがんが画像診断などで臨床的に診断ができるのは、がん細胞の塊が1グラム位になってからです。臓器によってはもっと早く見つかる場合もありますが、1グラムでも診断が困難ながんもあります。また、多くのがんの体積倍加時間は数十日から数百日のレベルにあることが報告されていますので、がんの発生から臨床的にがんが見つかるほどの大きさになるのに、通常は数年から数十年の月日を要することになります。
臨床的に発見しうるレベルの大きさ(1g以上)に達した時には、がん発生過程の長い自然史において既に最終段階にあります。たとえ1グラムで見つけても、がんの長い自然史の4分の3を既に経過していることになります。これでは早期診断とはいえません。がん再発予防の効果を期待するには、肉眼的に見えない微小がんの段階から対処しなければなりません。
腫瘍組織に酸素と栄養を運ぶ血管ができなければ、がん組織は1mm以上の大きさには増大できないと言われています。そのため、がん組織は血管を新生するために血管を作る因子(血管内皮細胞増殖因子など)を産生します。腫瘍を養う血管が出来上がれば、がん組織の増大スピードは増し、さらにこの血管を介して全身に転移を起こすようになります。したがって、目に見える大きさ(1cm以上)では、多くのがん細胞は既に他の臓器に転移している可能性が高いと言えます。
がんができた元の場所を原発巣といいます。がん細胞が原発巣だけに留まっているのであれば、たとえ大きな腫瘍であっても外科手術で完全に切り取ればがんを治すことができます。しかし、がん細胞は原発巣から離れた所へ飛んでいって、別の場所にもがん細胞の塊を形成しながら全身に広がる性質を持っています。これをがんの「転移」といいます。全ての組織には、栄養物や老廃物を運搬するためにリンパ液と血液が流れており、がん細胞はこのリンパ液や血液の流れに乗って、リンパ節や肝臓や肺など全身に運ばれ、新たながん組織(転移巣という)を形成するのです。
良性腫瘍はその部分を切り取れば完全に治ります。がんも転移する前に完全に腫瘍を切り取れば治るのですが、がんは診断された時点、つまり目にみえるほど大きくなった時点ではすでに他の場所に転移していることが多いため、再発する宿命を持っているのです。

【転移と取り残しのがん細胞が増殖して再発する】
がん細胞は、結合組織を分解しながら活発に移動する性質をもっており、周囲組織に広がっていきます。これをがんの浸潤性増殖をいいます。
がんの手術では、目で見えるがん組織からできるだけ離れた正常組織まで含めて切除することが基本ですが、それは目に見えないところまでがん細胞が広がっているため、取り残すと原発部位から再びがんが増殖してくるからです。これを局所再発といいます。
がんはリンパの流れにのって周囲のリンパ節に転移していることが多く(リンパ節転移という)、そのためがんの手術では周囲のリンパ節も一緒に切除します(リンパ節廓清という)。がん細胞が血液に乗って遠くの組織や臓器に転移している場合には、全身に散らばっているがん細胞を殺すために抗がん剤の投与が行われます。
がんの外科手術後の再発というのは、がん組織を切除した局所に取り残しがあった場合と、すでにがんが他の臓器やリンパ節などに転移していた場合に、残ったがん細胞が増殖して起こります。
前述のごとく、がん組織が1mm以上に増大するためには、腫瘍血管が新生される必要があります。腫瘍血管ができる1mm以下の段階で、がん細胞の増殖を抑え、腫瘍血管を作らせないことが転移や再発予防に重要なポイントになります。

【がんの再発は防げる】
野菜や大豆製品の摂取量が多いとがん治療後の予後(生存期間)が良好であることが報告されています。例えば、877症例の胃がんの手術後の生存率と食生活の関連を検討した愛知がんセンターからの報告によると、豆腐を週に3回以上食べていると、再発などによるがん死の危険率が0.65に減り、生野菜を週3回以上摂取している場合の危険率は0.74になることが報告されています。
食事の内容だけでがんの予後(生存期間)を良くすることができるということは、その延長上の事を行えばさらにがん再発を予防できることになります。野菜や大豆には、抗酸化力や肝臓の解毒機能を高めたり、種々の抗腫瘍作用が報告されてます。漢方薬に使われる生薬も同様の作用でさらに強い効果を持っています。がん予防効果を持ったものをたくさん利用すればがんの再発や転移もさらに予防できることになります。
しかし、単に野菜や大豆を多くとるというだけでは十分ではありません。がんは全身病であり、がんが増殖しやすいような体内環境にあるときは、がん組織を取り除いても、また再発していきます。体力や免疫力の低下があるときには、それを改善してやることががんの再発予防の基本になります。
がん組織は氷山の一角であり、水面下にある治癒力低下の要因を取り除くことが大切です。そのために、漢方薬やサプリメントが役に立ちます(下図)。


図:がん組織は氷山の一角。たとえがん組織を除去しても、体の治癒力を低下させる要因や、がんの発生を促進させる要因が改善されない限り、再びがんが発生(再発)してくる。


第7話(がん体質とは何か)第92話(がんの再発予防と漢方)も参照して下さい。


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