212)ウコンとその活性成分クルクミンの抗がん作用

図:ウコンの根茎に含まれるクルクミンには様々な抗腫瘍作用が報告されており、抗がん剤の効果を高めるという研究報告もある。しかし、人間での有効性や安全性についてはまだ多くの議論がある。

212)ウコンとその活性成分クルクミンの抗がん作用

ウコンあるいはその活性成分のクルクミンの抗腫瘍作用については今までも何回か紹介してきました。(62話126話151話
今回は、がん治療においてウコンやクルクミンをサプリメントとして摂取することが有用かどうかについて考察します。

【ウコンとは】
ウコン(Curcuma longa)はインドや東南アジアなど熱帯地方に生えているショウガ科の植物です。漢字では宇金・鬱金・欝金などと書きます。
国内では、沖縄、九州南部、屋久島に自生し、また栽培もされています。その根の部分は生姜に似ており、その乾燥粉末は「ターメリック」という香辛料であり、カレー粉の黄色い色素の元でもあるので馴染み深い食材です。黄色色素を利用してたくわんの着色剤やウコン染めの名で染料としても使われています。
ウコンの成分は黄色色素ターメリック(クルクミンが主成分)、精油(セスキテルペン類など)、ミネラル、フラボノイドなどです。ウコンの粉末(ターメリック)には3~5%程度のクルクミンが含まれています。
ターメリックエキスやその成分のクルクミンは強い抗酸化作用を持っています。鮮やかな黄色をしていることと、過酸化脂質に対する抗酸化性があるため、バター、マーガリン、チーズなどの食品に抗酸化剤としても利用されています。
ウコンは古代インド医学(アーユルヴェーダ)から伝わった薬草で、胃腸病や炎症性疾患の治療に古くから用いられています。多くの国で民間薬としても使われています。漢方医学では、利胆(胆汁の分泌促進)、芳香性健胃薬の他に止血や鎮痛を目的に漢方処方に配合されます。
インドのアーユルヴェーダ医学では抗炎症作用が利用され様々な疾患の治療に用いられています。ターメリック湿布は、炎症や痛みを和らげる目的で使用されています。
薬理作用としては、肝臓の解毒機能亢進作用、利胆作用、芳香健胃作用があります。抗動脈硬化作用、アルコール性肝障害の改善作用なども報告されています。
お酒を飲んだらウコンとよく言われますが、普段からウコンを摂取することで肝機能を丈夫にできます。ウコンに含まれるクルクミンは胆汁の分泌を促進する作用があり、肝臓における毒物の排泄を促進するからです。最近では、胃腸病や高血圧などの幅広い効用も認められるようになりました。民間療法や健康食品としてもポピュラーな食品です。
日頃からカレーを多く食べている人ほど、アルツハイマー病のような認知症の発症率や程度が低いという疫学研究の結果も報告されています。抗炎症作用や抗酸化作用が、脳の神経障害を防ぐ効果があるためと考えられています。
ウコンは血液循環を良くし、抗酸化作用と抗炎症作用が強く、抗がん作用もあるので、抗がん剤治療後の回復促進と再発予防にも効果が期待できるので、がんの漢方治療にもよく使用されています。
培養がん細胞を使った実験では、クルクミンおよびその類縁物質には、抗炎症、抗酸化、転写因子NF-κB の活性化阻害、誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)やシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)活性阻害、がん細胞のアポトーシス誘導などの作用が報告されています。
ウコンの抽出エキスはその抗酸化作用によって抗がん剤ドキソルビシンの心臓毒性を軽減することが報告されています。がん治療において、治癒力の増強、発がん予防、悪性進展阻止、転移の予防などの効果が期待できます。さらに、ウコンやクルクミンのNF-κB阻害作用が、抗がん剤の効き目を高める可能性を示唆する研究が多く報告されています。

【ウコンに含まれるクルクミンの抗炎症作用と抗がん作用】
クルクミンは、強い抗酸化作用と同時に、NF-κBという転写因子の活性化を阻害することにより、炎症や発がんを促進する誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)やシクロオキシゲナーゼー2(COX-2)の合成を抑えてがんの発生を予防したり、がん細胞を死にやすくするなどの効果が明らかにされ、がん予防物質として注目を集めています。
転写因子のNF-κBは、通常は細胞内でIκBという阻害蛋白と結合して不活性な状態で存在しています。マクロファージに炎症性のシグナルが来ると、IκB蛋白が分解してNF-κBはフリーになって細胞の核に移行します。核内においてiNOSやCOX-2などの遺伝子の調節領域に結合して、これらの蛋白質の合成を開始します。最近の研究で、クルクミンはIκBの分解を阻止してNF-κBの活性化を抑制することによって、マクロファージからのiNOSやCOX-2の合成を抑える作用機序が報告されています。
また、がん細胞においては、活性酸素などによってNF-κBが活性化されると、増殖が促進され、アポトーシスという細胞死が起こりにくくなります。アポトーシスとは、細胞がある情報を受けて、自ら能動的に死んでいく「プログラムされた細胞死」のことをいいます。多くのがん細胞は、転写因子NF-κBが活性化されるとアポトーシスが起こりにくくなって増殖速度が早くなります。がん細胞で活性化されたNF-κBを阻害してやるとがん細胞が抗がん剤で死にやすくなり、クルクミンががん細胞のNF-κBの活性化を阻害してがん細胞のアポトーシスを引き起こすことが報告されています。
動物発がん実験や移植腫瘍を用いた研究でも、発がん予防効果や腫瘍縮小効果などが報告されています。
1988年、アメリカのラトガ-ス大学薬学部のコニー博士らは、マウスを使った実験を行い、ウコンに含まれるクルクミン皮膚がんの発生を抑制するという研究結果を報告しました。それ以来、日本や台湾を中心にウコンのがん予防効果の研究が進められています。発がん物質を使った動物実験では、皮膚がん、胃がん、大腸がん、乳がん、肝臓がんなどの発生を抑える効果が報告されています。クルクミンのがん予防効果や、がん患者における抗腫瘍効果を検討する多数の臨床試験が米国などで実施されています。

【クルクミンの臨床試験】
培養細胞を使った実験でクルクミンには様々な薬理作用が報告されていますが、問題はそのような効果が人間がクルクミンを摂取した場合でも起こりうるかどうかという点です。
クルクミンの腸管からの吸収率は極めて低く、血中の半減期が短いことが問題視されています。
例えば、ラットで500mg/kgのクルクミンを投与して血中濃度のピークは1.8ng/mlという報告があります。多くの実験でがん細胞の増殖を抑制する濃度はμg/mlのレベルですので、この結果は、人間が数グラムのクルクミンを摂取しても、がん細胞に何らかの影響を及ぼすことは考えにくいということになります。(1ngは1gの10億分の1、1μgは1gの100万分の1。つまり、1μg=1000ng)
人間での第1相試験で、8グラムのクルクミンを3ヶ月間服用して、血中のクルクミン濃度は1μM程度という報告もあります。
クルクミンは小腸粘膜と肝細胞で急速に代謝(glucuronidation, sulfatation)され、人間で2~8gのクルクミンを摂取しても、血中濃度は検出できないレベルか、低レベル(0.51-1.77 micro M)という報告もあります。
以上のことから、臨床試験で有効性が証明されないと、クルクミンのサプリメントとしての摂取が有用とは評価できません。この点については、まだ結論が出ていませんが、以下のような臨床試験の報告があります。

○関節リュウマチ患者を対象にした臨床試験では、クルクミン(1200mg/日)はピラゾロン系抗炎症薬のフェニルブタゾンに匹敵する抗炎症作用を示し、副作用は極めて少ないことが報告されています。
○がんのハイリスクグループ(前がん病変がある患者)に投与してがん予防効果が示唆されている。 クルクミンを1日500mgから初めて8gまで増量しながら3ヶ月投与。 子宮頸部の異型上皮、胃の腸上皮化生(intestinal metaplasia of the stomach)や膀胱の異型上皮(膀胱がん切除後)、口腔の白班(leukoplakia)、皮膚のBowen病などの前がん病変の患者25例中7例で、前がん病変の組織学的な改善を認めた。(Anticancer Res 2001, 21:2895-2900)
○Phase II trial of curcumin in patients with advanced pancreatic cancer.(進行膵臓がん患者に対するクルクミンの第2相試験) Clin Cancer Res. 14:4491-4499, 2008
米国のテキサス大学のMDアンダーソンがんセンターからの報告。 進行した膵臓がん患者に1日8gのクルクミンを投与して、がんの進行や、血中のサイトカインの量、血液中の単核球のNF-κBやCOX-2の活性などに対する効果を検討。 投与した25人のうち21人がその反応を評価できた。
血中のクルクミンはグルクロン酸や硫化物が結合した代謝産物として検出されたが、その濃度は低く、経口摂取での吸収率が悪いことが示唆された。
2例において臨床的効果が認められた。1例は18ヶ月以上に渡り、腫瘍が増大しない状態が継続している。もう1例は、短期間ではあったが、73%の腫瘍の縮小を認めた。副作用は認めなかった。
血中の単核球のNF-κBやCOX-2などの炎症性シグナルは膵臓がん患者では正常よりも高いが、クルクミン投与によりこれらの炎症性シグナルに活性が低下していた。 血中のクルクミンのピークの濃度は22~41ng/mlで、患者間のばらつきが大きかった。
(結論)
クルクミンの経口摂取による消化管からの吸収は低いが、副作用はなく、一部の進行膵臓がん患者では、臨床的な抗腫瘍効果が認められた
(注)この報告に対して、クルクミンを1日8gの投与で血中濃度は 22-41 ng/mLにしか達しないのに、なぜ効果がでるのかという疑問の意見もある。 クルクミンの分解産物のferulic acid と vanillinが効いているという推測もある。
○大腸がん患者15例にウコンエキスを1日440~2200mg(クルクミンに換算して36から180mgの低用量)を4ヶ月間投与。 腫瘍マーカーの低下が1例、CT上の腫瘍不変(stable disease)が5例に認められた。(Clin Cancer Res, 2001, 7:1894-1900)
○クルクミンの大量投与(900~3600mg, 8000mgなど) で、進行大腸がん患者で腫瘍の増大が抑制(数ヶ月のstable disease)。ただし、服用量が多くなると下痢などの副作用が出る。 (Clin Cancer Res 2004, 10:6847-6854)
○家族性大腸ポリポーシスの患者5人に対してクルクミン450mg+ケルセチン20mgを1日3回、6ヶ月間の投与で5人全ての患者で効果がみられ、ポリープの数(平均減少率60.4%)とサイズ(平均減少率50.9%)のどちらも統計的に有意な減少であった。

現在、様々ながんでクルクミンの抗腫瘍作用に関する臨床試験が進行中です。クルクミン単独、あるいは抗がん剤など他の治療との併用効果が検討されています。多くの研究者がクルクミンの抗がん作用に注目して研究しているのは確かです。
ただ、クルクミンのbioavailability(生体利用性)が低いので、臨床応用するには腸管からの吸収や薬効が高いクルクミン誘導体の開発が必要という意見があります

【ウコン使用時の注意】
クルクミン含量の多いウコン・エキスを粉や粒にした健康食品も販売されています。がんに対する効果を期待するには、今までの臨床試験の結果から判断すると、クルクミンを1日1グラム以上の摂取が必要です。ウコンにはクルクミンが5%くらい含まれますので、ウコンの抗腫瘍効果を期待する場合には1日20グラムくらいが必要という計算になります。
ウコンの抗酸化作用や抗炎症作用などの薬効はクルクミンのみに由来するわけではありません。クルクミンは水に不溶で消化管からの吸収は極めて悪いことが知られています。吸収されても肝臓で直ぐに分解されます。したがって、クルクミンだけを服用するより、ウコンそのものを摂取する方が効果が高いという意見もあります。
食品として長く使用されており、副作用はほとんどありません。しかし、単独で大量に服用すると胃潰瘍の原因になることが指摘されていますので、胃腸粘膜を保護するような他の生薬と組み合わせる漢方薬の方が安全です。胃潰瘍または胃酸過多では注意が必要です。
また、稀にウコンが原因と思われる肝障害が起こることも報告されています。
ウコンは抗酸化作用や抗炎症作用や肝細胞保護作用があり、胆汁うっ滞を改善(利胆作用)があるので、肝障害にも効果があります。したがって、抗がん剤による肝障害にも効果が期待できます。ただ、C型慢性肝炎の患者さんの場合は、鉄の取り過ぎが病状を悪化させ、ウコンには鉄分が多く含まれるので、とり過ぎには注意が必要と言われています。この場合はクルクミンのサプリメントの方が良いかもしれません。
胆汁の分泌を促進するので、胆道系の閉塞による胆汁うっ滞がある場合は使用しない方が良いようです。胆のうを収縮させるので、胆石がある場合も注意が必要です。したがって、 治療目的でウコンを1日3g以上を摂取する場合は、胃潰瘍や胆道閉鎖や胆石やC型肝炎がある場合は、ウコンの摂取は注意が必要です。
また、血小板凝集を抑制するため、抗凝血作用をもつハーブや医薬品との併用で出血傾向が高まる可能性があります。抗がん剤治療で血小板が減少するような場合は注意が必要です。

【まとめ】
ウコンは中国やインドの伝統医療で炎症性疾患の治療など使われており、その主成分のクルクミンには抗酸化作用、抗炎症作用、肝臓保護作用、抗がん作用など多彩な作用が報告されています。
クルクミンの抗がん作用については膨大な数の論文があります。その多くは培養がん細胞を使ったin vitorの研究か、マウスやラットの移植腫瘍や発がんモデルでの動物実験での研究ですが、臨床試験も多く報告され、現在も多くの臨床試験が進行中です。
がん予防効果や、進行膵臓がんに対する有効性を示唆する報告などがあります。しかし、クルクミンは腸管からの吸収率が低く、体内での半減期も極めて短いので、その有用性については疑問点が多いのも事実です。現時点での臨床試験の結果からは1日8g程度のクルクミンを服用しないと抗腫瘍効果が期待できそうも無いので、サプリメントとしてがん治療に使うには問題があります。生体利用性を高めたクルクミン誘導体の開発などが行なわれており、そのような製品が開発されれば、有用性が高まるかもしれません。しかし、現時点では通常のクルクミンのサプリメントをがん治療に使うメリットは少ないと言えます。
がんの漢方治療においては、抗酸化作用や抗炎症作用や肝臓機能改善作用などを目的に1日数グラムのウコンの使用は有用と思います。

 


 

 

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