がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
211)DHA/EPAの抗がん作用
図:臨床試験で有効性が証明された抗がんサプリメントは少ない。微細藻類由来オイルや魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は、がん治療における有効性が証明された数少ないサプリメントと言える。
211)DHA/EPAの抗がん作用
【魚の油はがん細胞をおとなしくする】
細胞膜はタンパク質や脂肪酸や糖質から作られます。細胞膜の脂肪酸は食物から摂取された脂肪酸がそのまま取り込まれるため、食事中の脂肪酸の違いによって細胞の性質を変えることができます。その理由は、細胞膜の脂肪酸から作られるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの化学伝達物質の種類が違ってくるからです。
リノール酸やガンマ・リノレン酸のようなω6系不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は増殖が早く転移しやすくなります。一方、魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)のようなω3不飽和脂肪酸を多く取り込んだがん細胞は、増殖が抑えられ、抗がん剤で死にやすくなります。
ω6系不飽和脂肪酸は、がん細胞の増殖や血管新生を促進するプロスタグランジンE2の原料になり、ω3系不飽和脂肪酸はプロスタグランジンE2の産生を抑えることが関連しています。
DHAやEPAががんの予防や治療の効果を高めることは、多くの疫学的研究や臨床試験で明らかになっています。毎日魚を食べている人は、そうでない人に比べ大腸がんや乳がんや前立腺がんなど欧米型のがんになりにくいという研究結果や、EPAやDHAによる前立腺がんのリスク低下などが報告されています。(116話参照)
培養がん細胞やマウス移植腫瘍を使った実験では、DHAががん細胞の増殖速度を抑制し、腫瘍血管新生を阻害し、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を引き起こすことが多くのがん細胞株で示されています。臨床試験では、抗がん剤の効果を増強し副作用を軽減する効果、がん性悪液質を改善する効果なども報告されています。
脂肪(油脂)と脂肪酸の種類(ω3やω6について)、ω3系不飽和脂肪酸/ω6系不飽和脂肪酸の比を上げるとがん細胞はおとなしくなること、ω3系不飽和脂肪酸を増やす食生活などについては116話で解説しています。
ここでは、がん治療におけるDHAやEPAのサプリメントの効果を検討した臨床試験の結果について紹介します。
【がん治療におけるDHA/EPAサプリメントの有効性は多くの臨床試験で証明されている】
臨床試験で効果を認めない(対象と差がない)という結果が出た試験も一部にありますが、多くの臨床試験の結果は、ω3系不飽和脂肪酸のEPAやDHAのサプリメントは、がん治療の効果を高め、副作用を軽減し、悪液質やがん治療に伴う体重減少を防ぐ効果があることを示しています。大腸がんや前立腺がんや乳がんなどの再発予防に対する効果も示唆されています。
がん細胞の抗がん剤や放射線治療に対する感受性を高める効果も示されています。例えば、転移した進行乳がんのアントラサイクリンを使う抗がん剤治療の感受性を高めることが報告されています。これは、がん細胞に取り込まれたDHAやEPAがアントラサイクリンによる酸化ストレスを増大させるためと考えられています。(したがって、この場合は、ビタミンEなどの抗酸化性サプリメントは効果を弱める可能性が指摘されています)
DHAやEPAには、IL-6などの炎症性サイトカインの産生抑制など抗炎症作用があり、がんの悪化や進展を抑制する効果や、正常組織や臓器の機能を改善する効果、体重減少を抑制する効果などが指摘されています。免疫状態を改善し、感染症の予防効果も指摘されています。外科手術後の合併症を予防する効果、体重減少や栄養状態の悪化を防ぐ効果も報告されています。
多くの臨床試験が現在行なわれていますが、最近の論文で報告された結果をみると、どのような効果があるかが理解できます。
○40例のステージIIIの非小細胞性肺がんの患者を対象に、がん治療中に、蛋白質とカロリーを補給するサプリメントと、それと同じ蛋白質とカロリーでDHAとEPA (2.0 g EPA + 0.9 g DHA/日))を加えたサプリメントの効果を、ランダム化比較試験で比較。(オランダ) DHAとEPAを含むサプリメントを投与された群は、対象群に比べて、治療中の筋肉や体重の減少がより少ない、炎症性サイトカインのIL-6の産生が低下。 DHAとEPAには抗炎症作用があり、栄養状態を改善する効果がある。 J Nutr. 2010 Oct;140(10):1774-80
○がん性悪液質の状態の患者332例を対象にした第3相ランダム化比較臨床試験(イタリア)
悪液質を改善する有効な治療法を検討するために、除脂肪体重(lean body mass)、安静時エネルギー消費量、倦怠感、食欲、QOL、握力、Glasgow Prognostic Score、炎症性サイトカインを指標に5種類の治療法を検討。 EPA単独では悪液質を改善する効果はコントロールと比較して有意な差は無い。 medroxyprogesterone 500 mg/d または megestrol acetate 320 mg/dとL-carnitine 4 g/d とサリドマイド200 mg/d とEPAの4つの組み合わせは、悪液質の改善に有効。 Eur Rev Med Pharmacol Sci. 2010 Apr;14(4):292-301.
(コメント)2007年のコクランライブラリーでも、EPA単独投与では、がん性悪液質の状態を改善する効果は認めないという結論になっています。ただし、抗炎症作用などによって、他の治療との併用によって体重減少や倦怠感などの症状の緩和に役立つ可能性はあります。
○EPAは家族性大腸ポリープ症のポリープの数と大きさを減らす効果がある。 ランダム化二重盲検試験(EPA28例、対象27例)。(英国) EPAを6ヶ月投与した群は、対象群と比べて、ポリープの数が22.4%減少、直径が29.8%減少した。enteric-coated formulation of EPAを2g/day投与。 Gut. 2010 Jul;59(7):918-25.
EPAやDHAが大腸がんや大腸ポリープの発生や再発の予防に効果が期待できることを示唆する報告は複数ある。
○ 乳がんのハイリスク患者を対象に、DHA/EPAを1日0.84, 2.52, 5.04, 7.56 gの4つの用量で投与。血中と乳腺脂肪組織内のEPA/DHAの量が増加。1日7.56gまでのDHA/EPA投与は副作用が無く安全に投与できる。(米国オハイオ州立大学)Am J Clin Nutr. 2010 May;91(5):1185-94
○転移した乳がん患者の抗がん剤治療の効果をDHAは高める(第2相試験、フランス) がん細胞の細胞膜の脂肪の組成においてDHAが増えると、がん細胞の抗がん剤感受性が高まることが報告されている。 転移のある進行乳がんで抗がん剤治療(FEC)を受けている25例に1日1.8gのDHAを投与。(対象なしのオープン試験) 奏功率は44%、平均生存期間は22ヶ月。血中DHA量が多いほど生存期間が長かった。 抗がん剤治療中にDHAをサプリメントで服用すると、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めることができる。Br J Cancer. 2009 Dec 15;101(12):1978-85.
(注)DHAは抗がん剤や放射線治療の効き目を高めますが、この効果はビタミンEの投与で減弱することが指摘されています。つまり、DHAががん細胞の膜に取り込まれると、DHAは不飽和脂肪酸なので、抗がん剤(特にアントラサイクリンのような酸化ストレスを増大させる抗がん剤)による酸化ストレスを増強する効果が指摘されています。したがって、抗酸化剤の併用はDHAやEPAの抗腫瘍効果を弱める可能性があるので注意が必要です。
○ EPAを補充した食事は食道がんの手術後の除脂肪体重の低下を防ぐ。 食道がんの手術を受ける53例を対象にして、EPA投与群28例、コントロール群25例のランダム化二重盲検試験。 手術侵襲によって挫滅した組織で炎症反応がおこり、炎症性サイトカインの産生などが原因となって筋肉や体重の減少が起こるが、EPAは炎症性サイトカインの産生を抑えるなどの作用によって筋肉の異化を抑制し、体重減少を予防する。手術前からEPAを補充した食事の摂取は、術後の経過を良くする。
この試験では、手術前5日から手術後21日間、1日2.2gのEPAを補充。 Ann Surg. 2009 Mar;249(3):355-63.
同様の報告は頭頸部がんや大腸がんの手術でも報告されている。 手術前や手術後にEPAやDHAのω3不飽和脂肪酸を1日2~3グラム補充した食事は、手術後の炎症を軽減し、体重減少や栄養状態の悪化を防ぐ効果がある。
以上のような臨床試験の結果から、ドコサヘキサエン酸(DHA)とエイコサペンタエン酸(EPA)のω3系不飽和脂肪酸のサプリメントの1日2~3グラム程度の摂取は、抗がん剤や放射線治療の治療中や、手術の前後に摂取して問題なく、栄養状態を改善し、治療効果を高める効果が十分に期待できるエビデンスがあるサプリメントと言えます。ただし、食事から動物性脂肪(ω6系不飽和脂肪酸)を取り過ぎると、ω3系不飽和脂肪酸をサプリメントで補う効果が低下するので、日常の食事でも、ω6を減らし、ω3の多い食品を摂取することが大切です。ω3系不飽和脂肪酸のサプリメントを摂取するだけでは効果は弱く、食事を含めて、ω6:ω3の比を低くすることが重要です。
【培養した微細藻類由来DHAが注目されている】
がんや認知症や循環器疾患の予防や治療にDHAやEPAが有効であることは確立しています。従って、DHAやEPAの多い脂の乗った魚を多く食べることが推奨されています。
しかし、魚のメチル水銀やマイクロプラスチックなど海洋汚染に由来する有害物質の魚への蓄積の問題は、魚食を安易に推奨できないレベルまで深刻になっています。
そこで、海洋でDHAとEPAを作っている微細藻類を培養して、培養した微細藻類からDHAとEPAを取り出せば、汚染物質がフリーのDHA/EPAを製造できます。(下図)
図:オメガ3系多価不飽和脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)は微細藻類が合成している(①)。プランクトン(②)が微細藻類を食べ、小型魚(③)がプランクトンを食べ、大型魚(④)が小型魚を食べるという食物連鎖によって、魚油にEPAやDHAが蓄積している。人間は魚油からDHAとEPAを摂取している(⑤)。環境中の水銀(⑥)が魚に取り込まれてメチル水銀になって魚に蓄積する(⑦)。DHAとEPAを産生している微細藻類をタンク培養して油を抽出すると(⑧)、汚染物質がフリーで、植物由来のDHA/EPAが製造できる(⑨)。
最近の多くの研究で、がん治療におけるドコサヘキサエン酸(DHA)の有効性が明らかになっています。植物油に含まれるαリノレン酸は人間の体内ではDHAにはほとんど変換されません。抗がん作用はエイコサペンタエン酸(EPA)よりドコサヘキサエン酸(DHA)の方が強いことが報告されています。
がん治療には1日3から5グラムのDHAの摂取が有効であることが多くの研究で示されています。通常の魚油の場合、DHA含有量は10%から20%程度です。1日5グラムのDHAを摂取するには25gから50gの魚油の摂取が必要になります。
そこで、微細藻類の中でもDHA含有量が極めて多いシゾキトリウム(Schizochytrium sp.)をタンク培養して製造したDHA(フランス製)を原料にした「微細藻類由来オイル(DHA含有量51%)」を製造してがん治療に使用しています。閉鎖環境での培養のため、汚染の心配がありません。しかも、植物由来なので、菜食主義者(ベジタリアン、ヴィーガン)も摂取できます。
詳細は以下のサイトで紹介しています。
http://www.f-gtc.or.jp/DHA/DHA-51.html
【油を変えるとがんが消える?】
食事の内容が、がんの発生や再発、さらにはがん治療の結果に影響することが多くの研究で明らかになっています。食品の中にはがん細胞の増殖を促進する成分や抑制する成分があるからです。
食事中のいくつかの栄養素の変更が、がん治療の有効性を変える可能性が指摘されています。特に脂肪は、その種類によってがん細胞への影響が異なります。がん細胞が細胞分裂して数を増やすとき、食事から摂取した脂肪酸を細胞膜に取り込むからです。取り込んだ脂肪酸の種類によってがん細胞の性質が変化するのです。
魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸のようなオメガ3系多価不飽和脂肪酸、オレイン酸とポリフェノール類の多いオリーブオイルはがん細胞の増殖を抑制します。中鎖脂肪酸はケトン体の産生を増やすことによってがん細胞の増殖を抑えます。
一方、肉に含まれる飽和脂肪酸や食用油に含まれるオメガ6系不飽和脂肪酸はがん細胞の増殖や転移を促進する作用があります。
がん細胞の増殖を抑制する油の摂取を増やし、がん細胞を悪化させる油の摂取を減らすと、がんを縮小したり消滅することも不可能ではありません。がんの治療や再発予防における油の種類による影響の違いを知ることは、がん治療の効果や生存率を高める上で重要です。
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