がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
627) がん細胞のストレスを亢進するがん治療(その2):ジスルフィラムとオーラノフィン
図:がん細胞は遺伝子異常や栄養飢餓や低酸素や炎症などによって変異タンパク質や折り畳み不全などの異常なタンパク質が増え(①)、小胞体ストレスが亢進している(②)。異常タンパク質はユビキチンが結合して(③)、プロテアソームで分解している(④)。さらに、がん細胞はシャペロンタンパク質を増やすなどの小胞体ストレス応答を亢進して小胞体ストレスを低下させている(⑤)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)はグルコースの利用を妨げる作用と、糖タンパク質の糖鎖の異常を引き起こす作用によって小胞体ストレスを亢進する(⑥)。2-DGとメトホルミンは小胞体ストレス応答を阻害する(⑦)。ジスルフィラムとオーラノフィンはプロテアソームに作用して、タンパク分解を阻害する(⑧)。ジスルフィラムとオーラノフィンは酸化ストレスを亢進する作用もある(⑨)。ジクロロ酢酸ナトリウム(DCA)はミトコンドリアを活性化して活性酸素の産生を増やして酸化ストレスを高める(⑩)。2-DGとメトホルミン、高濃度ビタミンC点滴、アルテスネイトも酸化ストレスを高める(⑪)。したがって、これらの薬剤の組合せは、プロテアソームを阻害してタンパク質の分解を阻害し(⑫)、不良タンパク質を増やし(⑬)、細胞内で異常なタンパク質が蓄積すると、その毒性によるストレス(Proteotoxic stress)で細胞は死滅する(⑭)。
627) がん細胞のストレスを亢進するがん治療(その2):ジスルフィラムとオーラノフィン
【タンパク質は小胞体で折り畳まれる】
細胞核内のDNAが転写されてメッセンジャーRNA(mRNA)となり、リボソームで20種類のアミノ酸からなるタンパク質へと翻訳されます。
タンパク質はアミノ酸が複数結合した直鎖状の分子で、可能な立体構造は無数に存在しますが、細胞内では熱力学的に最も安定な立体構造を自発的にとります。このようにタンパク質が機能するために特定の立体構造に折り畳まれることを「タンパク質折り畳み(Protein Folding)」と言います。
20種類のアミノ酸は側鎖の違いによって個々の性質を持ちます。その性質の一つに、水になじみやすい親水性のアミノ酸と、水になじみにくい疎水性のアミノ酸があります。この親水性と疎水性という性質がタンパク質の3次構造の決定に重要な要素になります。
タンパク質には親水性のアミノ酸が密に存在している部分と、疎水性のアミノ酸が多数集まっている部分が混在しています。この場合、細胞内は水分で満たされているため、疎水性アミノ酸の多い部分はタンパク質の内部に折り込まれ、親水性のアミン酸の多い部分は外側に集まるような力が働いて、ある程度は自然に安定的な3次元構造に折り畳まれるのです。
図:DNA上の遺伝子からRNAポリメラーゼや転写因子の働きによってmRNA(メッセンジャーRNA)が生成される過程を転写という(①)。mRNAの情報に基づき、アミノ酸が順番に結合してタンパク質が生成されることを翻訳という(②)。翻訳後のポリペプチド鎖は3次元的に折り畳まれて、機能を発揮する(③)。
多くのタンパクやペプチドはさらに様々な化学修飾を受けます。これは翻訳後修飾と呼ばれます。
例えば、リン酸化や糖鎖付加、ジスルフィド(S-S)結合の形成の他にメチル化、イソプレニル化などの化学修飾や、酵素による切断などが知られています。
ジスルフィド結合(S-S結合)はシステインが持っているイオウ原子(S)同士が共有結合します。
タンパク質の3次元構造は、このジスルフィド結合と、疎水性アミノ酸同士が集合する性質による疎水性相互作用、アミノ酸が持つ水素原子間の相互作用(水素結合)、アミノ酸側鎖のプラスとマイナスの電気的な引力や斥力からなる静電的相互作用などによって、構造が安定化されます。
図:ポリペプチドが折り畳まれるとシステインのSH基の間でジスルフィド結合(S-S結合)による共有結合で立体構造がより強固なものになる。多くのタンパク質はさらに、リン酸化、糖鎖付加、脂質付加、アセチル化、メチル化などの翻訳後修飾を受けることによって機能を持つようになる。これらは小胞体膜表面や小胞体内腔やゴルジ体で行われる。
タンパク質折り畳みは小胞体で行われます。小胞体は真核生物の細胞内小器官の一つで、一重の生体膜に囲まれた板状あるいは網状の膜系の器官です。細胞質を横断するようにして核膜までつながる、袋状の膜構造によって構成されます。
小胞体は、その構造と機能によって、2つに分けられます。一つは粗面小胞体 (Rough endoplasmic reticulum) と呼ばれ、小胞体膜の細胞質側にリボソームが付着しています。粗面小胞体は、主にタンパク質合成に関与します。もう一方は、滑面小胞体 (Smooth endoplasmic reticulum) と呼ばれ、リボソームが付着していない小胞体です。滑面小胞体は、酵素およびその代謝産物の貯蔵を行います。
リボソームで合成された膜タンパク質や分泌タンパク質は、小胞体内やゴルジ体で「タンパク質の折り畳み」や、糖鎖の結合などたんぱく質の翻訳後修飾を受けて正しい機能を発揮できるたんぱく質として完成します。
小胞体はタンパク質の折り畳み以外にも、脂肪やステロイドの合成、解毒、エネルギー代謝、細胞内カルシウムの制御、酸化還元反応を制御など多彩な機能を果たしています。
図:リボソームで作られた蛋白質は、小胞体で修飾を受けて高次構造(折り畳み)を形成し、さらにゴルジ体で糖鎖の結合などによって成熟蛋白質となって細胞外へ搬出、あるいは細胞内で利用される。
【折り畳みの異常なタンパク質が増えると小胞体ストレスを起こす】
折り畳みに失敗した異常なタンパク質は小胞体にとどまります。
このような正常な高次構造に折り畳まれなかった異常タンパク質が小胞体内に蓄積して、細胞への悪影響(=ストレス)が生じることを小胞体ストレス(ERストレス:Endoplasmic reticulum stress)と言います。
小胞体ストレスの原因となる変性タンパク質は、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質、栄養飢餓、低酸素(虚血)などにより生じます。
変性タンパク質が過剰に蓄積し、小胞体ストレスの強さが細胞の回避機能を越えると、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。小胞体ストレスはアルツハイマー病などの神経変性疾患などさまざまな疾患の原因となると考えられています。
小胞体ストレスが生じると、細胞は小胞体ストレスを軽減する応答が発動します。これを小胞体ストレス応答と言います。
小胞体に異常タンパク質が増えると、まず、タンパク質の翻訳(合成)を抑制します。さらに、折り畳み不全の異常タンパク質を正常化する分子シャペロンのGRP78と言うタンパク質の合成を亢進し、異常タンパク質の修復を行います。それでも異常タンパク質が減らなければ、異常タンパク質をプロテアソームで分解します。
しかし、小胞体ストレスが強度で長期に及んだり、小胞体ストレス応答が阻害されたりすると、細胞はアポトーシスのシグナルのスイッチが入り、自滅します。
酸化ストレスは小胞体におけるタンパク質の折り畳み異常をきたし、小胞体ストレスを亢進します。小胞体ストレスが亢進するとミトコンドリアでの活性酸素産生も増加して酸化ストレスがさらに亢進します。
ミトコンドリアでの酸化ストレスと小胞体ストレスを同時に亢進すると、がん細胞は自滅します。これが、酸化ストレスと小胞体ストレスを高めるとがん細胞を自滅できる理由になります。(下図参照)
図:栄養飢餓(グルコース枯渇)や虚血や低酸素が起こると(①)、折り畳みに異常をきたした不良タンパク質が小胞体に蓄積する(②)。これを『小胞体ストレス』という(③)。小胞体ストレスに対して細胞は小胞体ストレス応答で対抗する(④)。すなわち、タンパク質の合成を抑制したり(⑤)、分子シャペロンのGRP78の発現を亢進して、異常タンパク質の折り畳みを助けて、不良タンパク質の軽減を行う(⑥)。さらに、異常タンパク質のプロテアソームでの分解を促進して小胞体ストレスを軽減する(⑦)。しかし、小胞体ストレスが軽減できず、強い小胞体ストレスが長期に及ぶと、細胞はアポトーシスによる細胞死を起こす(⑧)。したがって、がん細胞に小胞体ストレスを高め、小胞体ストレス応答を阻害すると、がん細胞を自滅できる。
【小胞体ストレスを軽減する分子シャペロン】
小胞体ストレスは細胞の機能を妨げるため、細胞にはその障害を回避する仕組みが備わっています。この小胞体ストレスに対する細胞反応を小胞体ストレス応答 (unfolded protein response: UPR) といいます。
折り畳みの不完全な異常タンパク質(unfolded protein)に対する細胞内応答です。
変性タンパク質は小胞体ストレスセンサー(PERK, ATF6, Ire1)によって感知され、小胞体ストレス応答を誘導します。以下のような複雑なシグナル伝達系が関与しています。(専門的すぎるので、詳細な解説は省きます)
図:小胞体ストレスのセンサー分子のPERK(PKR-like endoplasmic reticulum kinase)、ATF6(activating transcription factor 6)、Ire1(inositol-requiring 1)は小胞体膜を貫通して、小胞体内腔のGRP78と結合して不活性化されている。小胞体内に折り畳み不全の不良タンパク質が増えると、分子シャペロンのGRP78は不良タンパク質と結合してリクルートされる。その結果、PERKとATF6とIre1が遊離されて、下流のシグナル伝達系か発動される。その結果、小胞体ストレスの程度に応じて、タンパク質翻訳の停止、分子シャペロンの合成亢進、プロテオソームでの分解促進、アポトーシスによる自滅が引き起こされる。CHOPは小胞体ストレスによって顕著に誘導されるタンパク質で、CHOPの活性化はアポトーシスを誘導する。
この小胞体ストレス応答は人間社会の工場の品質管理と似ています。
工場の生産ラインでどんどん出来上がってくる製品の中に不良品が増えると(不良タンパク質の増加)、まず生産ラインを止めて、それ以上不良品が増えないようにします(タンパク質翻訳の停止)。次いで、直せるものは直して出荷しようとします(分子シャペロンによる折り畳みの修正)。それでも処理できないほど不良品が多ければ、それを廃棄処分にします(プロテアソームでの分解)。不良品ばかり作られる生産ラインであれは、工場を閉鎖します(アポトーシスによる自滅)。
小胞体ストレス応答は、タンパク質の産生量を低下させることで小胞体におけるタンパク質の折り畳みの負担を軽減したり、分子シャペロンの量を増やすことで折りたたみ機能を亢進させたり、変性タンパク質の除去(分解)効率をあげることで小胞体ストレスを軽減するよう働きます。
すなわち、翻訳開始因子の活性を阻害し、メッセンジャーRNAの分解を亢進して、タンパク質の合成を抑制します。遺伝子発現に作用して、分子シャペロンのGRP78やGRP94の発現を亢進して正常な折り畳みを促進します。さらに、プロテアソームでの異常タンパク質の分解を促進して異常タンパク質の蓄積を抑制します。
このように、異常タンパク質の蓄積によって生じた小胞体ストレスが引き金になって、細胞内のシグナル伝達系が活性化されて引き起こされる細胞応答が、小胞体ストレス応答(unfolded protein response: UPR)です。
分子シャペロン (Molecular chaperone) とは、他の蛋白質分子が正しい折りたたみ(3次元構造)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質の総称です。シャペロンとはフランス語で介添人のことで、社交界にデビューする若い婦人に付き添い、世話監督する人のことです。タンパク質が正常な3次構造と機能を獲得するのを助ける役割から、シャペロン(介添人)になぞらえた命名です。
分子シャペロンには多くの種類がありますが、小胞体ストレスが負荷されたときに特異的に発現が誘導される分子シャペロンの一つがGRP78です。GRP78とは78-kDa glucose-regulated proteinのことで、分子量が78000のグルコース制御性蛋白質という意味の蛋白質です。
GRP78は、「免疫グロブリン重鎖結合タンパク質 (immunoglobulin heavy chain-binding protein: BiP)」とも呼ばれます。GRP78(BiP)はHSP70 (Heat Shock Protein 70 : 熱ショックタンパク質70) ファミリーのメンバーで、すべての真核生物細胞の小胞体で恒常的に発現する小胞体タンパク質です。
その発現量は小胞体ストレス応答 (unfold protein response: UPR)の指標となります。
折り畳み不全の異常タンパク質は、疎水性アミノ酸クラスターが外部に露出すると、このような異常タンパク質は疎水性部分で相互に結合してタンパク質の凝集を作ります。分子シャペロンは疎水性アミノ酸クラスターにくっついてマスクして凝集を防ぎます。さらに、ATPのエネルギーを使って変性したタンパク質を元に戻して再生していきます。
固形がんは生体内において低酸素・低栄養という環境に適応するための様々なストレスに対する耐性を獲得しています。その中でも、小胞体内で分子シャペロンとして働くGRP78の発現亢進は、ストレス耐性において最も大きな役割を担っていることが明らかになっています。
すなわち、本来であれば、低酸素・低栄養の環境で、小胞体ストレスの増大によってがん細胞は死滅するのですが、がん細胞内ではGRP78の発現が亢進して小胞体ストレス応答が増強しているために死ななくなっていると考えられています。
つまり、GRP78はグルコース欠乏など細胞にストレスがかかった際に細胞死を避けるために誘導されるたんぱく質と言えます。
したがって、GRP78の発現誘導などの小胞体ストレス応答を特異的に阻害する物質は、抗がん剤治療が困難な固形癌に対して抗がん作用を発揮することが期待されています。また、抗がん剤の効き目(感受性)を高めることも報告されています。
がん細胞に強い小胞体ストレスを与えることができれば、がん細胞は死滅できます。
【ユビキチン・プロテアソーム系はがん治療のターゲットになる】
ユビキチン・プロテアソーム系はタンパク質に付加されたユビキチン鎖をプロテアソームが認識し,ATP依存的で迅速かつ不可逆に標的タンパク質を分解するシステムです。
ユビキチン(Ubiquitin)は,アミノ酸76残基からなり,酵母からヒトまであらゆる真核細胞に存在する進化的に保存されたタンパク質です。
名前の由来は、ラテン語の“ubique=あらゆるところで”という形容詞を基にした英語 「ユビキタス(ubiquitous)」からきています。「至る所に存在する」という意味があります。
ユビキチンは不要なタンパク質、たとえば折り畳み不全などの出来損なったタンパク質や古くなったタンパク質に複数個付加(ポリユビキチン化)されることで、タンパク質分解のシグナルとして働きます。つまり、「このタンパク質を分解してくれ」という目印になります。
標的タンパク質へのユビキチン付加反応はユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチンリガーゼ(E3)によって行われます。
ユビキチン自体はあくまで目印なので、分解を行うのは他の物質です。ユビキチンが結合した不要たんぱく質をシュレッダーのように分解する酵素をプロテアソームといいます。
プロテアソームは真核生物のATP依存性プロテアーゼ複合体で、分解目印として働くユビキチンが結合したたんぱく質を選択的に壊す複雑な細胞内装置です。
図:分解されるタンパク質はユビキチンが複数個結合し、ユビキチンが結合したタンパク質をプロテアソームが認識して、タンパク質を分解する。
プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系はユビキチン-プロテアソーム・システムと呼ばれ、細胞周期やシグナル伝達やアポトーシスなど細胞内の様々な機能の制御に関わっています。
プロテオソームの働きが阻害されると細胞内タンパク質の恒常性に異常が起こり、ユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によってがん細胞に対して致死的に作用するのです。
腫瘍組織内での低酸素、グルコース飢餓、低pHなど、がん細胞は小胞体ストレスを受けやすい状況にあります。したがって、小胞体ストレス応答を阻害する方法は、がん細胞を選択的に死滅させる治療法になります。
例えば、プロテアソーム阻害剤ボルテゾミブは、異常タンパク質の分解を阻害することによって、小胞体に異常タンパク質を大量に蓄積させ、その結果、小胞体機能を破綻させ、細胞を死滅させます。ボルテゾミブ (Bortezomib;商品名はベルケイド)は多発性骨髄腫およびマントル細胞リンパ腫に使用されています。
【断酒薬ジスルフィラムがプロテアソームを阻害する】
ジスルフィラム(Disulfiram;tetraethylthiuram disulfide)は、加硫促進剤や寄生虫疾患の治療薬(軟膏)など様々な領域で利用されている汎用性の高い物質です。ゴム処理労働者や疥癬患者が、アルコール飲料を飲んだあとに極めて強い有害反応を経験することが知られ、その原因がゴム処理過程で使用する加硫促進剤や疥癬の治療薬に含まれるチウラム・ジスルフィド(thiuram disulfides)に曝露されたことによることが70年以上前に明らかになりました。
この発見により、ジスルフィラムは断酒薬として有用であることが示され、アルコール中毒の治療薬として認可され、60年間以上前から処方薬として使用されています。
ジスルフィラムの断酒薬としての作用は、アルデヒド脱水素酵素の阻害によるためです。ジスルフィラムの抗がん作用はかなり古く(1970年代頃)から研究されていますが、2010年代からその抗がん作用がかなり注目されるようになっています。
ジスルフィラムの断酒作用はアルデヒド脱水素酵素の阻害によるのですが、アルデヒド脱水素酵素はがん幹細胞のマーカーになるほど、がん幹細胞ではアルデヒド脱水素酵素は重要な働きをしており、この酵素を阻害すると、がん細胞の抗がん剤感受性が亢進することが明らかになっています。(522話、543話参照)
ジスルフィラムはがんの代替療法の領域では数年前から利用されており、その抗がん作用のメカニズムも多くの報告があります。(419話参照)
私も2014年頃からがん治療にジスルフィラムを積極的に利用していますが、確実な抗がん作用を認めています。比較的安価であり、アルコールさえ飲まなければジスルフィラムは極めて副作用の少ない薬です。
(注:ドセタキセルのように溶解にエタノールを使う薬があるので、点滴を受けているときは、エタノールフリーであることを確認することが重要です)
ジスルフィラムがプロテアソームを阻害することは数年前に報告されています。以下のような報告があります。
Disulfiram, and disulfiram derivatives as novel potential anticancer drugs targeting the ubiquitin-proteasome system in both preclinical and clinical studies.(前臨床試験および臨床試験の両方でユビキチン・プロテアソーム系をターゲットにする新規の抗がん剤としての可能性を持つジスルフィラムとジスルフィラム誘導体)Curr Cancer Drug Targets. 2011 Mar;11(3):338-46.
【要旨】
ジスルフィラムは、アルコール依存症の治療のためのFDA(米国食品医薬品局)認可の薬物であり、50年以上にわたり臨床で使用されてきた。 ジスルフィラムとその類似体は、抗がん剤の抗腫瘍効果を高める効果や化学予防剤としての有効性を示す研究結果が1970年代から80年代にかけて報告されたが、根底にある分子メカニズムは最近まで不明のままであった。
プロテアソームを阻害し、新規な抗がん剤として使用できる薬剤の大規模スクリーニングの結果、ジスルフィラムがプロテアソーム阻害活性を有することが明らかになった。
さらに、ジスルフィラムは発がんに重要な役割を果たすジンク・フィンガーおよびRINGフィンガー・ユビキチンE3リガーゼに対して特異的活性を有することも見出された。 ここでは、抗がん剤としてジスルフィラムを探索する前臨床および臨床研究、ならびにユビキチン - プロテアソーム系の阻害剤としてのジスルフィラム誘導体の開発に焦点を当てた研究プログラムを検討する。
このように、がんの代替療法ではジスルフィラムの抗がん作用は広く知られているのですが、超一流科学雑誌のNatureにもジスルフィラムの抗がん作用に関する論文が掲載されています。
Alcohol-abuse drug disulfiram targets cancer via p97 segregase adaptor NPL4(アルコール依存症治療薬ジスルフィラムはp97セグレガーゼアダプターNPL4を介してがん細胞を標的化する)Nature 552, 194–199 (14 December 2017)
【要旨】
がんの発生率は増加しており、この世界的な難題は、利用可能な薬剤に対してがん細胞が耐性を持つようになったことで深刻さを増している。
がん治療を改善する有望な手法の1つに、既存薬の転用(drug repurposing)がある。今回我々は、古くから使われているアルコール嫌悪剤であり、これまでの前臨床研究でさまざまなタイプのがんに対して有効性が確認されているジスルフィラム(商品名アンタビュース)の転用の可能性を示す。
我々が行った全国的な疫学研究からは、がんと診断された後もジスルフィラムの使用を継続した患者は、がんの診断時にジスルフィラムの使用を中止した患者よりも、がんによる死亡リスクが低いことが明らかになった。
さらに、ジスルフィラムの代謝産物であるジチオカルブ–銅複合体(ditiocarb–copper complex)が、この抗がん作用に関与していることを突き止めるとともに、この複合体のがん細胞における選択的蓄積を検出する方法、ならびに細胞と組織に対するこの複合体の作用を解析するためのバイオマーカー候補を提示する。
最後に、機能解析および生物物理学的解析から、ジスルフィラムの腫瘍抑制効果の分子標的が、細胞内の複数の調節経路およびストレス応答経路に関わるタンパク質の代謝回転に必須であるp97(別名VCP)セグレガーゼのアダプターNPL4であることが明らかになった。
ジスルフィラムがp97(別名VCP)セグレガーゼのアダプターNPL4に作用しているというメカニズムです。
p97はタンパク質の分解に重要な働きを行っているユビキチン・プロテアソーム系で重要なタンパク質です。最近、このp97ががん治療のターゲットとして注目されています。
p97はユビキチン化されたタンパク質と、そのタンパク質と結合している他のタンパク質から引き離す働きをしています。
ジスルフィラムはp97のアダプターのNPL4に作用してp97の働きを阻害し、ユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質の分解を阻害することによって、抗がん作用を発揮しているというメカニズムです。
実際は、ジスルフィラムは多くの物質に作用するので、p97のアダプターのNPL4もターゲットの一つだという認識で良いと思います。ジスルフィラムはアルデヒド脱水素酵素も阻害します。その他にもターゲット分子が知られています。
ジスルフィラムはp97セグレガーゼのアダプターNPL4に作用してユビキチン・プロテアソーム系でのタンパク質分解過程を阻害することによって、がん細胞を死滅するというメカニズムです。
ジスルフィラムを経口摂取すると、消化管内および血液内で1分子のジスルフィラムは2分子のジエチルジチオカルバミン酸(diethyldithiocarbamate)に速やかに変換されます。ジエチルジチオカルバミン酸は銅イオンや亜鉛イオンと複合体を形成し、この金属複合体がプロテアソームを阻害する事が報告されています。
図:ジスルフィラムの代謝産物のジエチルジチオカルバミン酸は二価の重金属(銅や亜鉛)と複合体を形成する。プロテアソームはタンパク質分解活性を持った巨大な酵素複合体で、ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する。ジエチルジチオカルバミン酸と銅の複合体はプロテアソームにおけるタンパク質の分解機能を強力に阻害する。プロテアソームの働きが阻害されるとユビキチン化されたタンパク質が細胞内に増え、毒性の強い凝集したタンパク質によって致死的に作用する。
【リュウマチ治療薬のオーラノフィンはユビキチン・プロテアソーム系を阻害する】
オーラノフィン(Auranofin)は、関節リュウマチにおける炎症反応や免疫異常を抑制して、寛解へと導く経口金製剤として1985年以降臨床で使用されています。
炎症細胞の機能抑制や、免疫細胞に作用して自己抗体の産生を抑制して、関節における炎症を抑制します。
最近、オーラノフィンの抗腫瘍効果が注目されています。米国ではがん治療へのオーラノフィンの効果を検討する第2相臨床試験の実施がFDA(食品医薬品局)から承認されています。
今まで報告されたオーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは多様です。DNAやRNAやタンパク質の合成阻害、ミトコンドリアのチオレドキシン還元酵素やグルタチオン-S-トランスフェラーゼやプロテアソームの機能阻害、抗炎症作用(IL-6/STAT3経路の阻害、NF-κB活性化の阻害など)、ヒストン・アセチル化亢進など多くの作用機序が報告されています。(424話、427話、431話、509話参照)
オーラノフィンには脱ユビキチン化酵素阻害作用によってタンパク分解を阻害する作用が報告されています。以下のような報告があります。
Clinically used antirheumatic agent auranofin is a proteasomal deubiquitinase inhibitor and inhibits tumor growth(臨床的に使用されている抗リュウマチ薬のオーラノフィンはプロテアソームの脱ユビキチン化酵素の阻害剤でがん細胞の増殖を阻害する)Oncotarget. 2014 Jul; 5(14): 5453–5471.
【要旨】
プロテアソームは、がん治療のための魅力的な新たなターゲットである。慢性関節リウマチを治療するために臨床的に使用されている金含有化合物であるオーラノフィンは、最近、米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けて抗がん作用に関して第2相臨床試験が実施されている。しかし、オーラノフィンの抗がん作用のメカニズムは十分に明らかになっていない。
この論文では我々は以下のことを報告する。
(i)オーラノフィンがボルテゾミブ(ベルケード)に匹敵するプロテアソーム阻害効果を示す。
(ii)ボルテゾミブとは異なり、オーラノフィンは20Sプロテアソームではなくプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素のUCHL5およびUSP14を阻害する。
(iii)プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害は、オーラノフィンの細胞傷害性に必要である。
(iv)オーラノフィンは、生体内(in vivo)で腫瘍増殖を選択的に阻害し、急性骨髄性白血病患者から採取した腫瘍細胞において細胞傷害性を誘導する。
この研究は、金属含有化合物のプロテアソーム阻害特性の理解に対する重要な新規な知見を提供する。いくつかの脱ユビキチン化酵素阻害剤が報告されているが、臨床で既に使用されているオーラノフィンがプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害作用を有しており、がん治療薬として有望であることを明らかにした。
ユビキチンが結合したタンパク質がプロテアソームで分解される前に脱ユビキチン化酵素によってユビキチンが分離される必要がありますが、オーラノフィンはこのプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素を阻害することによってプロテアソームの働きを阻害するという実験結果です。脱ユビキチン化酵素は多数の種類がありますが、オーラノフィンは19Sプロテアソームに関連したUSP14 とUCHL5と言う脱ユビキチン化酵素を阻害するということです。
【オーラノフィンとジスルフィラムの相乗効果】
オーラノフィンとジスルフィラムが抗がん作用において相乗効果を示すことが報告されています。以下のような報告があります。
Two clinical drugs deubiquitinase inhibitor auranofin and aldehyde dehydrogenase inhibitor disulfiram trigger synergistic anti-tumor effects in vitro and in vivo(脱ユビキチン化酵素阻害剤のオーラノフィンとアルデヒド脱水素酵素阻害剤のジスルフィラムの2つの薬剤はin vitroおよびin vivoの実験系において相乗的な抗腫瘍効果を引き起こす)Oncotarget. 2016 Jan 19; 7(3): 2796–2808.
【要旨】
プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害は、がん治療のための新規な戦略として注目を集めている。関節リウマチの治療に使われている金(I)含有化合物のオーラノフィンが、プロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素の阻害剤であることが最近報告された。
アルデヒド脱水素酵素の阻害剤であるジスルフィラムはアルコール中毒の治療に使われている。ジスルフィラムが抗腫瘍活性を有することが最近の研究で明らかになっている。
本研究では、肝臓がん細胞を用いて、がん細胞のアポトーシス誘導と増殖抑制におけるジスルフィラムとオーラノフィンの相乗効果について検討した。
その結果、オーラノフィンとジスルフィラムはin vitroとin vivoの両方の実験系において、肝臓がん細胞に対して相乗的な抗腫瘍活性を示した。
さらに、オーラノフィンとジスルフィラムの併用は、カスパーゼの活性化、小胞体ストレス、活性酸素産生を亢進した。
汎カスパーゼ阻害剤z-VAD-FMKは、オーラノフィンとジスルフィラムの併用投与によって引き起こされるアポトーシスを阻害したが、プロテアソーム阻害作用は阻害しなかった。オーラノフィンとジスルフィラムの併用によるアポトーシス誘導には活性酸素は関与していなかった。
以上の結果から、肝臓がん細胞におけるアポトーシス誘導におけるジスルフィラムとプロテアソーム関連脱ユビキチン化酵素阻害剤のオーラノフィンとの間の相乗作用が確認され、新規ながん治療法となる可能性が示された。
この論文では、ジスルフィラム自体にプロテアソーム阻害作用があることが指摘されていませんが(すでに報告されている作用なので、なぜ言及していないのか不明です)、ジスルフィラムとオーラノフィンは異なる作用メカニズムでタンパク質分解を阻害し、さらにその他多くの作用メカニズムで抗がん作用を示すことが明らかになっています。
したがって、この2つの薬剤の組合せは、がんの代替療法として使用してみる価値は高いと思います。
私自身、数年前からこの2つを併用していますが、ジスルフィラムとオーラノフィンを併用しても、飲酒しなければ副作用はほとんど経験しません。
【GPR78の発現が多いがん細胞は死ににくい】
乳がんのステージII~IIIの腫瘍サンプルを分析したところ、グルコース制御性タンパク質78 (GRP78)が多く発現するがん細胞は、塩酸ドキソルビシン(アドリアマイシン)をベースにした治療に反応せず、再発しやすいことが報告されています。
この報告では、塩酸ドキソルビシン治療前の127のサンプルでは、3分の2でGRP78の発現量が多く検出され、GRP78が陽性であれば、再発までの期間が短いことが示されました(ハザード比は1.78; P = 0.16)。
さらに、GRP78の濃度が高く、塩酸ドキソルビシン治療にタキサン系薬剤を追加していない場合は、再発リスクはさらに高くなっていました(ハザード比は3.00; P = 0.022)。つまり、この研究では、GRP78の発現量が多い乳がん細胞では、細胞死が回避されるため、再発の可能性が高くなることになることを示しています。(Cancer Res. 66: 7849-53,2006)
乳がんでは、GRP78の発現が高いとホルモン療法に対する感受性(効き目)が低下し、GRP78の発現を阻害するとホルモン感受性が高まることも報告されています。
その他、多くのがんでGRP78の発現が亢進しており、GRP78の発現量が多いがんは抗がん剤が効きにくく、転移や再発しやすく、生存期間が短いことが報告されています。
タキサン系やビンブラスチンのような微小管を阻害する抗がん剤は多くのがんの治療に使用されていますが、耐性を獲得すると効果が弱くなります。微小管阻害剤は小胞体ストレスを高めるため、GRP78発現などの小胞体ストレス応答が亢進し、そのためにがん細胞は死ににくくなって抗がん剤に抵抗性になります。
緑茶成分のエピガロカテキンガレートは、GRP78の発現を阻害して、微小管阻害剤に対する乳がん細胞の感受性を高めました。小胞体ストレス応答を阻害する方法は微小管阻害剤による抗がん剤治療の効果を高めることが示されています。(J. Cell and Mol Med. 13: 3888-3897, 2009)
以上のことから、GRP78の発現阻害など小胞体ストレス応答を阻害する薬と、小胞体ストレスや酸化ストレスを増強する方法は、がん細胞のストレスを高めて自滅できます(トップの図)。
特にジスルフィラムとオーラノフィンの組合せは、がん細胞に選択的に小胞体ストレスと酸化ストレスを高めて、自滅させる効果が期待できます。比較的安価で副作用の少ない治療法です。
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