がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
30)緩和医療における漢方治療の役割
図:生命力の低下は気(生命エネルギー)の量の不足と言える。諸臓器の機能の低下によって気の産生が低下する。補気薬や健脾薬は、消化管での栄養素の消化吸収を促進し、呼吸器から取り込んだ酸素を使ったエネルギー産生を高める。補腎薬は腎に貯蔵された先天の気(精気)の量を高めることによって生命エネルギー(生命力)を増やすことができる。
30)緩和医療における漢方治療の役割
【生活の質の改善と延命を目標とする漢方治療】
「漢方薬は、がんに効かない」と断言する医師が多くいます。確かに、がん組織の縮小のみを効き目の基準とする立場では、漢方薬はほとんど効果がないと言えます。しかし漢方治療は体力や抵抗力を高め、倦怠感や食欲不振などの症状を改善することによって、QOL(生活の質)の改善や延命効果が期待できます。
末期がんにおいては栄養障害や悪液質は死期を早める重要な要因になっています。栄養不良に陥ったがん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることが報告されています。悪液質になると、食欲不振や倦怠感などの症状が現れ、治癒力や抵抗力が低下し、日和見感染などの感染症が発生して死亡の直接原因となります。
漢方薬によって体力や抵抗力を高めることは、がん細胞の増殖を抑えるばかりでなく、がん治療過程での最大の死亡原因である感染症対策においても有用です。さらに、倦怠感や食欲不振などの様々な症状に対応できる漢方治療は、末期がんの緩和医療においても極めて有効です。
【補気薬と補腎薬で生命力を高める】
漢方医学では生命活動の根源的エネルギーを「気」という仮想概念で理解します。気は、生まれたときから持っている生命力である「先天の気(精気)」と、消化管から吸収された栄養物質と肺からの空気によって生成される「後天の気」の2つによって生み出されると考えています。
先天の気は「腎」に貯蔵されていると考えています。漢方医学でいう「腎」は解剖学的な腎臓とは異なります。腎臓は血液中の老廃物を排泄する臓器ですが、漢方理論のなかで「腎」は、生命力の中心的な役割を果たす臓器と考えています。歳をとってくると腎に貯えられた先天の気(精気)がなくなってきます。このような状態を漢方では「腎虚」といい、生命力が低下した状態と考えます。
気という生命エネルギーは眼にみえませんし、科学的にも実態がつかめていません。しかし、気なるものを想定して生命活動を総合的に捉える視点は、物質的実態として理解することが困難な自然治癒力や生命力というものを総体的に捉えるうえで有用です。
気を産生する消化管や肺の機能を高めてやれば生命力を補うことができるという考えは常識的に納得できます。がんの進行によって体力が消耗し生命力が低下した状態を良くするために、気の量を増す補気薬や腎虚を補う補腎薬を利用するという漢方治療の意味も理解できます(トップの図)。
不足した気を補う補気薬の代表は高麗人参や黄耆です。消化管の働きを良くする健脾薬を組み合わせることによって、消化吸収機能をより高めて、元気を増すような漢方薬(四君子湯や補中益気湯など)を作ることができます。
腎虚を補う補腎薬には生命力や新陳代謝の低下を改善する効果があります。腎の精気を補う生薬として、地黄・山薬・山茱萸・枸杞子・杜仲などがあります。
【粘膜の抵抗力を高める滋陰薬】
漢方では体液を「陰液」と呼び、生理的な体液成分が不足した状態を「陰虚」、陰虚を補う生薬を「滋陰薬」と言います。進行がんでは、体液が消耗した陰虚の状態に陥りやすくなっています。体液の不足は抵抗力の低下と密接に関連しており、陰虚の状態では滋陰剤が抵抗力回復に必要です。
空気を取り入れる呼吸器(鼻・喉・気管支・肺)や、食物を消化吸収する消化器(口・食道・胃・腸)の表面は、粘膜で被われています。粘膜は粘液を出してその表面を潤し、またその粘液中には種々の殺菌物質や免疫物質(IgAなど)を保持し体の第1次防御の要としての役割を担っています。
したがって、体液の不足(陰虚)では粘膜が乾燥して、粘膜の感染に対する抵抗力を失うことになり、風邪などの感染症に罹りやすくなります。陰虚を補う滋陰薬としては、麦門冬・天門冬・山茱萸・五味子・地黄・玄参などがあります。
体液不足と免疫力低下した状態には、滋陰薬(麦門冬など)と滋潤作用のある補気薬(人参・甘草など)の併用が有効です。生脈散(人参・麦門冬・五味子)は、気陰双補の基本方剤で、構成生薬の3薬すべてが強心・中枢の興奮に働き、脱水を防止するとともに、元気をつけ抵抗力を強める効果があります。がん病態における気陰両虚の基本として配合されます。
逆に、むくみがある時は「水滞」と言い、水分代謝を良くする利水薬(猪苓・沢瀉・茯苓・白朮・蒼朮など)や新陳代謝を高める補陽薬(附子、桂皮、乾姜など)を用います。補陽薬は血管拡張・血行促進に働いて身体を温め、低下した新陳代謝や水分代謝を改善します。悪液質があるときは、駆お血薬や清熱解毒薬が有効です。
このように、同じ末期状態でも、病状や症状に応じてきめ細かく漢方治療を行えばQOLの改善や延命に効果が期待できます。
【絶望感や不安感は、治癒力を低下させる】
もう治療法が無い、何も希望が無いという絶望感や不安感は、免疫力を低下させてがんの進行を早めるだけでなく、生きる力も失わせて死期を早めます。末期がんの場合でも、精神的なケアーにおいて、患者さんに希望をもってもらうことは非常に重要なことです。ひょっとしたら自分にはこれが効くかもしれない、自分には奇跡的に効くかもしれないという期待感と生きる希望を持つことができるだけでも、末期がん患者の精神面でのQOLの改善に役立ちます。抗がん漢方薬を使った治療は、副作用がほとんどなくて、経験的な治療効果が背景にあるからこそ、患者さんに期待感と生きる希望を与えることができます。
がんの増殖を抑えることができなくても、一時的にも食欲が出たり、倦怠感が軽快して、生きる希望をもつことができるだけでも、意味はあります。漢方治療により食欲が出て体も楽になると、家族との残された日々を楽しむことも、身辺の整理をする余裕もでてきます。
末期がんの治療においては、結果のみならず、その過程が非常に大事です。最後まで人間らしく、回りの人に後悔を残さないためにも、がんの末期医療に漢方治療を取り入れる意義はあると思います。
(文責:福田一典)
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