がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
29)複合成分薬のメリット
図:漢方薬は複数の生薬を組み合わせて作成される。その煎じ薬には主な活性成分だけでも数百種類の成分が含まれていると言われている。
29)複合成分薬のメリット
西洋医学も、つい100年程前までは、天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。経験的に薬効が知られていた薬用植物から、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきたのです。
一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療では、病気の状態に合わせて複数の薬草(生薬)が組み合わせて薬が作られます。このような多成分系の複合薬によって、効果をより高め、かつ副作用をより少なくする方法を追求してきたのが漢方薬です。
近代西洋医学では、薬剤は「科学的でなければならない」とされています。「科学的」とは、その薬がどのようなメカニズムで病気を治すか具体的証拠に基づいて説明できることと、その有効性を再現性のあるデータで示すことです。作用メカニズムが明らかでないもの、有効性を再現性の高いデータで示せないものは、西洋医学では医薬品として認められません。
単一の化学薬品の場合には作用メカニズムを特定することは比較的容易です。成分が単一であれば、有効成分の投与量が一定にできるため再現性のあるデータが得られます。つまり西洋医学では、薬としての規格を作り上げるためには、単一成分に純化することが必要と考えています。
一方、漢方薬は複数の成分による相互作用によって効果を発揮するため、個々の作用メカニズムを全て特定することは多くの場合極めて困難です。また、漢方薬の材料は天然の薬草であるため、生薬の組成が同じでも、その成分の質や量をいつも完全に同じにすることは困難です。したがって、実験データや臨床試験の結果にばらつきが出やすくなります。しかし、複数の作用点とメカニズムによって生体システム系に作用するという多成分系薬剤には、単一成分の薬剤にはないメリットもあります。
薬草や食物から薬効を示す成分が単離されてサプリメントや医薬品として利用されているものは数多くあります。単一の成分にすることによって、作用機序を説明しやすくなり、また効果試験で再現性のあるデータを得られやすいというメリットはあります。しかし、活性成分を単離して薬剤やサプリメントとすることによって、その成分の薬効をかえって弱めたり、副作用を起こしやするしている場合もあります。
ある活性成分の量を一定にして、単一成分として投与した場合と、生薬の抽出物として投与した場合の吸収率を検討すると、後者のほうが高いことをよく経験します。すなわち、生薬に含まれる活性成分の生物学的利用率(bioavailability)においては、成分を単離するより、生薬のままのほうがよいことも多いのです。
ハーバード大学のバート・バリー(Bert L.. Vallee)のグループは、生薬として使われている葛根(Radix puerariae)の成分であるダイジン(daidzin)を指標にして、吸収や血中濃度を検討しています。その結果、ダイジンの生物学的利用率(bioavailability)は、純粋な合成品として投与したものより、葛根の粗抽出物として投与した方が10倍も高いことを報告しています。ダイジンはイソフラボンであり、イソフラボンの一種であるゲニステイン(genistein)にはがん予防効果も示されています。したがって、この研究結果は、生薬や食品としてこれらのイソフラボンを摂取する方が、純粋な精製品を服用するより効果的であることを示唆しています。
また、免疫賦活作用を有する多糖成分の研究においても、構造の同じ単一の多糖成分のみを使用するより、複数の構造の多糖を含む粗抽出分画のほうが、その免疫賦活活性が高いという報告もあります。
ビタミンやポリフェノールなどの抗酸化物質にしても、人工的に合成された純品のものより、種々の成分の混在した天然素材のほうが、抗酸化能やがん予防効果が優れているという指摘もあります。そもそも植物は紫外線による酸化障害から自身を守るために、様々な抗酸化物質を持っています。植物が持つ抗酸化成分の種類や割合は、より効率的に抗酸化力を高めるように長い進化の過程で確立してきたはずです。したがって、植物からの抗酸化成分を体の抗酸化力を高めるために利用するのであれば、特定の成分に分けるのではなく、植物を丸ごと利用する方が良いに決まっています。
お茶のがん予防効果は、がん予防成分のエピガロカテキンガレートのみを利用するより、お茶の葉全体を利用したほうが、その効果や経済性や安全性などの面から、より有用であるという指摘もあります。植物油は精製すればするほど抗酸化能が低下することも報告されています。
すなわち、天然物を利用して抗酸化力や免疫力を高める場合には、成分を精製する利点は少ないようです。
がん予防のための食生活の勧告においては、穀類などはなるべく精製度を抑えたものを摂取することが勧められていますが、これも似たような理由です。精製のためのコストをかけて、薬効が低下するのであれば無駄としか言えません。
多くの病気の治療においては、単一で、切れ味の鋭い医薬品が有効であることは間違いありません。しかし、天然の植物を材料とする複合薬の特徴やメリットにも理解をする必要があります。
科学という名のもとでの普遍性と再現性の追及は、必ずしも有効な治療法と結び付く保証はありません。単一成分へのこだわりが、単に研究や開発が容易であるという研究者側だけの理由であるようにも思います。天然の薬草を複数組み合わせて薬を作るという漢方薬の良さにも目を向ける必要があるのではないでしょうか。
(文責:福田一典)
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