422)高身長は発がんリスクを高める

図:高身長は発がんのリスクを高め、寿命を短くすることが報告されている。そのメカニズムは様々ある。まず、成長期に成長ホルモンやインスリン様成長因子の産生や活性が高かったり、栄養過剰な場合に成長が促進されて高身長になる(①)。このような成長ホルモンやインスリン様成長因子の働きが亢進した状態は、がん細胞の発生や増殖を促進し、老化を促進する作用がある(②)。一方、高身長になると、体の表面積や体積が増えるので、細胞の数も増える。細胞の数が増えると、1個体当たりの細胞分裂や代謝も亢進する(③)。細胞の数や代謝が亢進すると、1個体当たりの変異細胞の出現数が増え、活性酸素の産生も増える(④)。その結果、細胞のがん化や老化が促進される。①と②は高身長を引き起こす原因ががんや老化を促進する場合であり、③④⑤は身長が高いということ自体ががんや老化を促進する宿命を持っていることを意味する。

422)高身長は発がんリスクを高める

【高身長のメリットとデメリット】
西洋人において男性の理想の身長は188cmという報告があります。高身長は社会的にはかなりのメリットがあります。心理的にも高身長は優越感を持つ理由の一つになります。
そのため、成長ホルモンなどの薬を使って、自分の子供の身長を大きくすることを希望する親もいます。しかし、高身長にはメリットだけではありません。体を大きくすることは「寿命を犠牲にする」「がんの発生を促進する」というデメリットがあることを理解しておく必要があります。
肥満ががんや循環器疾患のリスクを高め、寿命を短くすることは、多くの疫学研究などで確かめられています。そして、肥満を改善することががんや循環器疾患の予防に効果があることは今や常識になっています。
高身長ががんの発生を高め、寿命を短くすることも多くの研究で明らかになっています。しかし、がん予防や抗老化の領域では、身長のことはほとんど議論されません。
それは、肥満は「改善できる(変更できる)リスク要因」であるのに対して、高身長は「今さら変更できないリスク要因」だからです。
成長過程で高身長にするような要因(遺伝、ホルモン、環境、栄養など)はがんの発生や進展や老化を促進する要因とも共通点が多いので、高身長の人はがんになりやすく老化が進行して寿命が短くなります。老化は成長の延長なので、成長が早いと老化も早くなると考えられています。
しかし、身長が高くなってから、過去に遡ってそのような要因の影響を取り除くことは不可能なので、敢えて議論や検討の対象にならないと考えられています。
しかし、高身長の人ががんを予防し寿命を延ばしたいと望むならば、高身長ががんや老化を進行するメカニズムを理解して、がんと老化を予防する方法を積極的に実践するしかありません。

【高身長は発がんリスクを高める】
世界がん研究基金(World Cancer Research Fund)とアメリカがん研究所(American Institute for Cancer Research)の専門家会議による2007年の最新レポートでは、「高身長が発がんリスクを高める」ことは、「結腸直腸がん、閉経後乳がんでは確実(convincing)」、「膵臓がん、閉経前乳がん、卵巣がんでは可能性が高い(probable)」、「子宮内膜がんでは可能性あり(limited-suggestive)」となっています。また、「出生時体重が重いと閉経前乳がんのリスクを高める可能性が高い(probable)」という結論になっています(下表)。

この表の「Adult attained height」は「成人になって到達した身長」という意味で、簡単には「成人期の最も高い時期の身長」のことです。成長期には身長が伸び、高齢になってくると身長は縮むので、最も高い時期の身長のことです。
「身長を高くする要因」と「発がんを促進する要因」に共通点がある可能性が指摘されています。つまり、成長過程で身長を伸ばすような遺伝(genetic)、環境(environmental)、内分泌(hormonal)、栄養(nutritional)といった様々な要因(factors)の中に、発がんを促進する要因があるということです。
さらに、「身長が高い」ということ自体が、発がんに直接影響するメカニズムも指摘されています。 
身長と発がんリスクを検討した最近の論文として以下のようなものがあります。

Pooled cohort study on height and risk of cancer and cancer death.(身長と発がんおよびがん死のリスクに関するコホート研究)Cancer Causes Control. 25(2):151-9. 2014年

この疫学研究は、オーストリア、ノルウェー、スウェーデンの7つの地域集団(コホート)における「The metabolic syndrome and cancer project(メタボリック症候群とがんに関するプロジェクト)」というコホート研究のデータを使って、身長と発がん率やがん死のリスクを検討しています。
対象は585,928人で、平均12.7年間の追跡期間の間に、38,862人ががんと診断され、13,547人ががんで死亡しています。
その結果、身長が5cm高くなると、全がんの発症リスクは女性では1.07(95%信頼区間:1.06~1.09)、男性では1.04(95%信頼区間:1.03~1.06)に上昇することが示されています。
このうち、高身長と発がんリスクの関連が最も高かったのは悪性黒色腫で、身長5cm当たり、発症リスクは女性で1.17(95%信頼区間:1.11~1.24)、男性では1.12(95%信頼区間:1.08~1.19)の上昇でした。
身長はがんによる死亡率とも相関し、相対リスクは女性では1.03(95%信頼区間:1.01~1.16)、男性では1.03(95%信頼区間:1.01~1.05)でした。
閉経後女性(60歳以上)における乳がんのリスクは1.10(95%信頼区間:1.00~1.21)、男性の腎臓がんでは1.18(95%信頼区間:1.07~1.30)でした。
これらの相関はBMIとは関連していませんでした。
この論文の結論は「身長は発がん率およびがん死のリスクと関連している。身長を高くする要因(ホルモンや遺伝的要因など)ががんの発生や進展の両方の過程を刺激することを示唆している。」となっています。

米国で行われている大規模なコホート研究でも、同様の結果が得られています。すなわち、米国のNIH-AARP(National Institute of Health-American Association of Retired Persons) Diet and Health Studyというコホート研究の解析結果が最近報告されています。

Attained height, sex, and risk of cancer at different anatomic sites in the NIH-AARP diet and health study.(「NIH-AAPR食事と健康」調査における身長と性と臓器別発がんリスクの関連)Cancer Causes Control 25(12): 1697-1706, 2014年

この論文では、「NIH-AARP diet and health study」という大規模コホート研究で、男性288,683人、女性192,514人を平均10.5年間追跡しています。そして、身長が高いほど発がんリスクが上昇することを報告しています。身長が10cm高くなると、全がんの発生リスクが、男性で1.05(95%信頼区間:1.04-1.06)、女性で1.08(95%信頼区間:1.06-1.10)に上昇しました。
大腸がん、直腸がん、腎臓がん、悪性黒色腫、非ホジキンリンパ腫では、男女とも身長と発生率の間に正の相関を認めています。男女別では、乳がん、子宮内膜がん、前立腺がんでも身長と発生率の間に正の相関を認めています。

 また、閉経後の女性を対象にした、「the Women's Health Initiative (WHI)」という米国の多施設コホート研究では、身長が高いほど、乳がん、大腸がん、子宮内膜がん、腎臓がん、卵巣がん、直腸がん、甲状腺がん、多発性骨髄腫、悪性黒色腫の発生率が高くなることが報告されています。
発がんに関連する他の要因を省いても、身長とがんの発生率との間に明らかな相関を認め、BMI(Body Mass Index)よりも相関が高いことが明らかになっています。
肥満は発がんリスクやがん死のリスクを高めることが多くの研究で明らかになっていますが、肥満よりも高身長の方が発がんリスクを高める可能性があるという結果です。
この研究では、1993年から1998年の間に、50歳から79歳の閉経後の女性が参加し、最大12年間の追跡期間にがんと診断された約2万人を解析しています。
年齢や体重、学歴、喫煙、飲酒、ホルモン療法などの発がんリスクに関連する要因の影響を省いて解析し、身長とがんの発生率の間に正の相関を認めています。
すなわち、閉経後の女性に関しては、身長が10cm高くなるとがんの発生率が13%上昇するという結果が得られています。
悪性黒色腫、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がん、大腸がんに関しては身長10cmにつき13~17%のリスクの上昇で、腎臓がん、直腸がん、甲状腺がん、造血器腫瘍に関しては23から29%の上昇でした。
検討した19種類のがんの全てにおいて、身長と発生率の間に正の相関が認められました。(アルバート・アインシュタイン医科大学のホームページのサイトからの情報

世界各国を対象に、24種類のがんの発生率とその国の成人の平均身長から、がんの発生と身長の関連を検討した報告もあります。

An international ecological study of adult height in relation to cancer incidence for 24 anatomical sites.(24種類の臓器・組織におけるがんの発生率と身長との関連を検討した国際的な生態学的研究)Cancer Causes Control. 2015 Jan 10. [Epub ahead of print]

 この研究でも、男女とも平均身長が高いほどがんの発生率が高くなる結果が得られています。
女性の場合、ほとんどの種類のがん(肺がん、腎臓がん、結腸直腸がん、膀胱がん、悪性黒色腫、脳腫瘍および脊髄腫瘍、乳がん、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫、子宮体がん、卵巣がん、白血病)で身長と発生率に正の相関が認められています。子宮頸がんに関しては身長が高いと発生率が低いという負の相関を認めています。
男性では、脳腫瘍および脊髄腫瘍、腎臓がん、結腸直腸がん、非ホジキンリンパ腫、多発性骨髄腫、前立腺がん、精巣腫瘍、口唇および口腔の腫瘍、悪性黒色腫で身長と発生率の間に正の相関が認められています。
結論は「多くの種類のがんで、その発生率は身長の高さと相関している。その理由は不明であるが、成長期の栄養やホルモン分泌などの影響が考えられ、がんの種類によって、その理由は異なる可能性がある。」となっています。

【男女間のがん発生率の違いには身長も関連している?】
日本の最近のがん統計によると、1年間に80万人以上ががんと診断されており、そのうち男性は約47万人、女性は約34万人となっています。(2010年の罹患全国推計値)
人口10万人あたりの粗罹患率は男性が750.9人、女性は513.0人です。(2010年) 

2013年にがんで死亡した人は364,872例(男性216,975例、女性147,897例)です。
人口10万人あたりのがんによる粗死亡率は男性354.6、女性229.2です(2013年)。
つまり、がんの発生率も死亡率も男性は女性の1.5倍くらいの数字です
生涯でがんで死亡する確率は、男性は26%(4人に1人)、女性は16%(6人に1人)というデータもあります。60歳代以降のがんの発生率は男性が女性より顕著に高いのが特徴です。
がんの発生率が男性より女性の方がかなり低いという現象は多くの国で確認されています。
男性の方が女性よりがんが多い理由として様々な説があります。
例えば、一般的に男性は喫煙や飲酒の量が多く、危険な職業等により、女性に比べて身体に悪い影響を受けていることから、女性より短命でがんの発生も多いと言われています。
男性は女性より身長が高いので、身長の高い方が体の細胞の数が多いので、発がんする細胞の数も多くなるので、個体としての発がん率が高くなるという説もあります。
例えば、高身長の人は悪性黒色腫の発生率が高いのですが、それは身長が高いほど体表面積が大きいので、皮膚のメラノサイトの量も多いからだという説明があります。
成長ホルモン成長因子との関連も指摘されています。男性が女性より身長が高いのは、インスリン/インスリン様成長因子-1(IGF-1)シグナル伝達系の活性など、体の成長を促進する成長因子やシグナル伝達系が亢進しているためであり、このような成長因子やシグナル伝達系はがん細胞の発生や成長を促進するという考えです。
つまり、男性の方が女性より身長が高いことは成長ホルモンやインスリン様成長因子の活性が男性の方が高いことを示すので、がんの発生率を高める原因になっているという説です。
以下のような報告があります。

Height as an Explanatory Factor for Sex Differences in Human Cancer. (ヒトがんの発生率の男女差の理由の一つとしての身長) Journal of the National Cancer Institute 105(12):860-868. 2013年

この研究は「Vitamins And Lifestyle (VITAL) study(ビタミンと生活習慣の研究)」というコホート研究で、2000年から2002年の間に50から76歳のがんの既往のないボランティア 約65000人を対象にしています。2009年までにがん(男女に共通するがんに限定)を発症した3466例を解析しています。
その結果、がんの発生率は男性は女性の1.55倍(95%信頼区間:1.45 ~ 1.66)でした。
男性が女性より発がんリスクが高い理由のうち、身長の差によるものが33.8%(95%信頼区間:10.2% ~ 57.3%)と計算されています。
つまり、男性は女性より発がん率は55%高く、この3分の1程度(18%程度)が身長の差によるものという計算です。
身長の違いの寄与率が高いのは、腎臓がん(90.9%)、悪性黒色腫(57.3%)、造血器腫瘍(49.6%)でした。
消化管のがん(食道がんや胃がんや大腸がん)、肺がん、膀胱がんでは身長の差による男女差の関与はわずかでした。
生活習慣や医学的リスク因子の関与は男女差の説明の23.1%(55%の0.231ということで12.7%という意味)でした。
以上の結果から、男女で共通するがんの発生率の違い(男性が女性の1.55倍)の理由として、身長の差は重要な因子であることを指摘しています。身長を高くする要因(臓器の細胞の数、成長期における増殖促進の要因など)ががんを促進すると共通していることが推測されています。

男女で共通するがん(乳がんや卵巣がんや子宮がんや前立腺がんのような性別で発生が限定されるがん以外のがんのこと)の発生率は、多くのがんで男性が女性より高いことが知られています。例外は甲状腺がんくらいです(甲状腺がんは女性が男性より3倍程度多い)。
日本の統計では前述のように男性は女性の約1.5倍ですが、米国の統計でも、男女で共通するがんの全体で、発生率は男性は女性の1.55倍です。そして、この発生率の上昇分の3分の1程度が身長の差によるものだという報告です。
身長が高いと、それだけ体内の細胞の数が多くなるので、発がんのリスクも高くなるということになります。
一般的に人体の細胞の数は60兆個と言われていますが、最近の論文では37兆個となっています。(Annals of Human Biology, 40(6) : 463-471, 2013年)
この37兆個のうちの3分の2の約26兆個が赤血球だそうです。
つまり、平均的にはがん化する細胞の数は10兆個程度です。そして、身長が高い(臓器や組織の重量や体積が大きい)ほど体を構成する細胞の数も多くなるので、個体としての発がん率も高くなるというのが、最も簡単な説明です。
なお、「身長が高い程寿命が短いこと」は390話で解説しています。「女性が男性よりがんが少なく寿命が長い」ことは362話で解説しています。
「高身長ががんの発生を増やすとか寿命が短い」というのは、背が高い人にはショッキングな話ですが、医学的には事実であり、十分に納得できる説明ができます。そのメカニズムを理解すれば、何をすれば良いかは理解できます。
肥満の場合は体重を減らすことで解決します。高身長による発がんや老化を促進するリスクを減らすには、体内で活性酸素の産生や遺伝子変異を増やさないような食生活や生活習慣が大切になります。インスリン様成長因子の働きを抑える糖質制限やカロリー制限も有効だと思います。 

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