がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
137)漢方薬による老化予防とがん予防の共通点
図:漢方薬は、体の血液循環や新陳代謝を良くし、諸臓器機能を活性化し、免疫力や抗酸化力や解毒力を高める効果によって、老化とがんの両方を予防する。
137)漢方薬による老化予防とがん予防の共通点
【若返りは可能か?】
私たちは歳をとるたびに体力や内臓の機能の衰えを自覚しますが、これは「老化現象だから仕方ない」とあきらめてしまいます。確かに「老化を止める」ことも「若返り」も生物学的には不可能です。
しかし、老化のスピードを緩めることは可能ですし、さらに、体の組織や臓器の働きを高めることによって、体力年齢を実年齢より若くすることはできます。
例えば、加齢とともに血管の動脈硬化が進み、脳や心臓など多くの臓器の働きが低下していきます。既に存在する動脈硬化の程度を低下させることができれば、体をより若い状態に戻すことができます。そこで、動脈硬化の程度や血管の柔軟性を測定して「血管年齢」という指標で血管の若々しさを評価し、この血管年齢を低下させる治療法(キレート剤や抗酸化剤を使った治療など)がアンチエイジングの領域では実施されています。
血管年齢の若返りは、組織や臓器の機能低下を防ぎ、虚血性心疾患や脳梗塞や認知症の予防に効果があります。したがって、血管の動脈硬化を改善すれば体の若返りに役立つことは十分に納得できます。
しかし、内分泌系や免疫系の老化に伴う機能低下は、遺伝子によってプログラムされているため、血管を若くするだけでは改善できません。漢方薬に使われる生薬の中には、内分泌系や免疫系の働きや運動能力を高めるようなものが多く知られています。このような滋養強壮効果や生理機能を活性化する効果をもった生薬や薬草を利用すると、さらに若返りを達成できます。
がんは体の老化とともに発生率が高まります。したがって、老化予防はがん予防の究極の方法とも言えます。日頃から、体力や免疫力や血液循環を良い状態に維持することが、がん予防の基本になります。
漢方医学の神髄は「未病を治す」ことであり、「病気にさせない」ことです。その目的を達成するために「不老長寿」の考えが漢方医学の中核になっており、老化防止のための薬が多く用意されています。老化のメカニズムと漢方薬の効果を理解すると、漢方治療によって老化のスピードを遅くし、体を若返らせることが可能であることが納得できます。さらに、漢方薬による老化予防ががん予防にも役立つことが納得できます。
【細胞分裂に限界があるから老化は避けられない】
老化という現象が起こる理由には、幾つかの説があります。一つは「老化はプログラムされている」という説です。私達の体の中では毎日約200分の1の細胞がアポトーシス(プログラム細胞死)で死んで、残った細胞が分裂して補っています。新しい細胞に交代することによって組織や臓器の若返りを行なっているのです。
細胞にはキズを修復する機能があるのですが、時間が経つとつぎはぎだらけの古い(老化した)細胞になって機能が落ちます。ある程度古くなると自分で細胞死のスイッチをいれて自殺(自滅)し、新しく生まれた若い細胞にまかせたほうが組織全体の機能を良い状態に維持する上では都合がよいので、アポトーシスの仕組みが生物の進化の過程で発達したようです。「細胞交代型の若返り」といえます。
しかし、体の正常な細胞は分裂できる回数に限りがあります。
1960年代にアメリカの生物学者ヘイフリックは、培養した正常の細胞には寿命があることを発見しました。人間の胎児から取り出した線維芽細胞を培養するとしだいに分裂の速度が落ちて、約50回の分裂回数が限界で、いくら栄養物質や増殖を促進する物質を加えても分裂することはできずに最後は死んでしまいます。一方、おとなの人間から取り出した線維芽細胞の分裂できる回数はその年齢に応じて減少していることも明らかになっています。すなわち、細胞の中には細胞の分裂した回数をきちんと数える装置があって、ある回数を過ぎると細胞は死を向かえるプログラムが働き出すのです。
細胞の分裂回数を記録する機構として、テロメアという染色体の末端にある特殊な構造が注目されています。染色体とは細胞が分裂するときに核の中にみられる棒状や糸状の構造体で、DNAと蛋白質からできています。DNAにはA,G,C,Tという4種類の成分が並んでいて蛋白質を作り出す情報が書き込まれています。DNAは遺伝物質の本体であり、細胞が機能するための命令を出す指令塔のようなものです。細胞が分裂する前には、DNAのコピー(複製)が作られて子の細胞に同じものがわたされます。その染色体DNAの末端部分にはTTAGGGという配列が多数繰り返された構造がみつかりテロメアと名付けられました。
テロメアは染色体の安定化に役立っていると考えられており、テロメアがないと、染色体どうしの癒着がおこったりします。細胞が分裂するとき、つまりDNAが複製されるとき末端の部分はちゃんと複製されないで、分裂のたびにテロメアが失われることが明らかになりました。テロメアの長さには限りがあるのでやがて使い尽くされると、細胞老化のシグナルが発動してしまいます。
つまり、テロメアとは回数券のようなものであり、分裂する度に回数券を一枚づつちぎって使い、やがて使い切ってしまうと細胞の寿命がくるというわけです。体の新陳代謝のためには細胞の若返りが必要ですが、それが次第にできなくなることが老化の原因となるのです。
ちなみに生殖細胞や幹細胞(骨髄細胞や消化管粘膜上皮細胞のように細胞回転が早い細胞を供給している細胞)やがん細胞のように無限に分裂できる細胞もありますが、これはテロメアを延ばすことができるテロメラーゼという酵素が働いて、テロメアの長さを維持しているからです。普通の細胞にはテロメラーゼ活性はほとんどありません。
【フリーラジカルが老化を促進する】
老化がプログラムされているのであれば「若返り」も「老化を止める」ことも不可能という結論になります。しかし、老化を促進する要因として「老化のフリーラジカル説」あるいは「障害蓄積説」というのがあります。1956年、Harmanが生体内で生じる活性酸素などのフリーラジカルが老化に関与するという考えを提唱しています。
フリーラジカルは他の原子や分子と反応して、相手から電子を奪い取り、相手の物質を酸化する力が強い分子です。DNA・蛋白質・脂質など細胞を構成する成分の活性酸素による障害の蓄積が老化を促進する原因として重要であるというのが「老化のフリーラジカル説(エラー蓄積説)」です。
フリーラジカルの害を抑えることができれば、老化のスピードを遅くして、いろんな病気の発生を防ぐことができることが明らかになってきました。
ぼけの原因である脳細胞の変性疾患(アルツハイマー病など)の発病には、活性酸素による神経細胞の障害が重要な役割を果たしています。私達の脳は高度不飽和脂肪酸を多く含み、非常に酸化されやすい組織です。老化した動物の脳を潰してみると、老化のパラメーターになる過酸化脂質の量が増加している、つまり活性酸素による酸化が進んでいることが知られています。
高齢者の視力障害の原因として頻度が高い白内障は、その発症機序に関与している最も重要な因子としてフリーラジカルがあげられています。紫外線が水晶体内でスーパーオキシドなどのフリーラジカルを産生し、水晶体蛋白を酸化変性させ、その結果水晶体の透過性が低下し、白内障が発症すると考えられています。
このように多くの成人病や老化性疾患の原因にフリーラジカルの害が存在します。がん・心筋梗塞・脳血管疾患は日本人の3大死因といわれ、死亡原因の3分の2以上を占めていますが、いずれもフリーラジカルの害が関連しています。フリーラジカルを消去する体内の防御機能は歳とともに低下し、がん年令といわれる40歳台にはピーク時(20歳前後)の半分以下に減っているといわれています。生体成分の酸化障害が進行すると免疫組織を初めとする多くの臓器や組織の働きが悪くなり、血液循環が低下すると新陳代謝も低下して、ますます病気をおこしやすい体になります。
【生薬は抗酸化物質の宝庫】
生体の防御システムをくぐり抜けて発生した活性酸素やフリーラジカルを体外から抗酸化剤やフリーラジカル消去物質を投与して消去すれば、老化のスピードもがんの発生も遅らせることが可能になります。
植物は光合成を行うことで生命を維持しています。日光の紫外線の刺激から発生する活性酸素から身を守ることは、植物にしてみれば至極当然のことで、その植物が貯えている物質の中に強力な抗酸化物質やラジカル消去物質を数多く含んでいます。生薬は「抗酸化物質の宝庫」といわれますが、植物由来であるから当然のことなのです。
生薬に含まれる抗酸化物質として、カロチノイドやビタミンC・Eなどの天然抗酸化剤のほか、フラボノイドやタンニンなどのポリフェノール・カフェー酸誘導体・リグナン類・サポニン類などが知られています。
カロテノイドとビタミンCは光合成過程で発生する各種活性酸素種の消去剤としての役割を担っています。山梔子(さんしし、クチナシの果実)や陳皮(ちんぴ、ミカンの果実)などの色はカロチノイド色素によるものです。ビタミンE(α-トコフェノール)も植物界に広く分布し、脂溶性であるため細胞膜の脂質の過酸化に対して強い抑制作用を示します。ビタミンCは水溶性の抗酸化性ビタミンで、ビタミンEと相乗作用して抗酸化能を高めます。
フラボノイドやタンニンはその構造の中にフェノール性OH基を多数持つためポリフェノール類と呼ばれています。フェノール性OH基が水素をラジカルに渡して安定化させ、自らは安定なラジカルとなることによってラジカル消去活性を示します。フラボノイドとは、植物に多く含まれてる黄色やクリーム色の色素のことです。活性酸素を除去する抗酸化作用が強く、紫外線による害から守る作用がありますので、葉・花・果実など日光のよく当たる部分に多く含まれ、ほとんどの植物がもっています。
クロロゲン酸(3ーカフェオイルキナ酸)を始めとするカフェー酸誘導体は植物界に広く分布しています。艾葉(ガイヨウ、キク科のヨモギ)やその同属植物には、カフェー酸・クロロゲン酸・ジカフェオイルキナ酸類が多量に含まれており、これらはいずれも強い抗酸化作用が認められています。
カフェー酸の2量体であるロズマリン酸は、ヨーロッパで多く用いられているハーブのロズマリー(マンネンロウ)や薬用サルビア(セージ)などのシソ科植物の主要成分でもありますが、蘇葉(そよう)や夏枯草(かごそう)などのシソ科植物を基原とする生薬にも多く含まれています。このロズマリン酸にも強い抗酸化活性や抗炎症作用が認められています
ゴマ油は酸化に対して安定ですが、それはゴマの種子に多量に含まれている含まれているリグナン類の優れた抗酸化作用によるものです。胡麻に含まれる成分セサミンが肝臓がんの発生を抑える働きを持つことが、発がん実験の研究で明らかになっており、その作用機序として抗酸化能が重視されています。五味子(ゴミシ)はチョウセンゴミシの果実を基原とする生薬ですが、この中にはシザンドリンやゴミシンなど多くのリグナン類が含まれていて、強い抗酸化力を持っています。
薬用人参や柴胡や甘草などにはサポニン類が多く含まれています。これらのサポニンにも抗酸化作用があります。
【漢方薬は組織の微小循環を改善する】
昔から、野菜は血液をきれいに保ち、動物性食品(肉)は血を汚くすると信じられてきました。実際、野菜の中には抗酸化物質や血小板凝集抑制作用を有する成分が多く含まれているため、野菜や生薬の摂取は血液の循環を改善し、新陳代謝や免疫力を向上し、治癒力を増強されることも期待でき、結果としてがんの予防や治療の効果を高めることができます。生薬には、血液凝固や末梢循環に作用する生理活性物質が多数見つかっており、抗酸化作用の強い成分も多く含まれています。
末梢循環は主として細動脈の収縮、弛緩や血液の粘度によってコントロールされています。ノルアドレナリンによる細動脈収縮に対して強い阻止作用があるアデノシンが薬用人参などに多く含まれています。桂皮や附子などの補陽薬、芍薬・当帰・川きゅうなどの駆お血薬などにも血管拡張作用が知られています。これらを服用すると、顔のほてりや発汗、手足が暖かくなるなどの効果が出てきますが、これは末梢血管拡張作用の結果なのです。
血管の損傷などで血栓を作る必要があるときには、内皮細胞の剥離によって露出したコラーゲンが引き金となって、血小板に含まれるアデノシン二リン酸や、アラキドン酸から産生されるトロンボキサンA2などの生理活性物質が凝集惹起物質として作用して血小板の凝集を起こし血栓を形成します。種々の原因で血小板機能が活性化され、血栓が出来やすい状態は「お血」であり、血小板からのトロンボキサン産生抑制などを介した血小板凝集の抑制は駆お血のメカニズムの一つとなります。
牡丹皮の主成分ペオノール(paeonol)や桂皮のケイヒアルデヒド(cinnamic aldehyde)はトロンボキサンA2の産生を抑制したり活性を阻害することにより、強力な血小板凝集抑制作用を示します。川きゅうなどのセリ科植物の成分であるテトラメチルピラジンやフェラル酸にも血小板凝集を抑える作用が報告されています。一般に香味野菜には血栓を予防する効果が強いことが知られており、生薬の中にも血栓形成を抑制するものは多く知られています。
血中のコレステロールや中性脂肪が高い状態(高脂血症)では血液の粘稠度が高まります。赤血球膜の柔軟性が低下すると赤血球変形能が低下して毛細血管での血液の流れが停滞します。桂枝茯苓丸や当帰芍薬散や桃核承気湯などの代表的な駆お血剤には血液粘度低下作用や赤血球変形能増強作用が科学的研究で証明されています。
このように生薬の微小循環改善(駆お血)作用のメカニズムには数多くのものが想定され、その薬理作用が科学的にも証明されてきています。
【漢方薬は物質代謝を活性化する】
老化の結果として次第に物質代謝が低下していく場合も、また体質的傾向として物質代謝が低下している場合も、その状態を改善するためには、体の自律神経・血液循環・内分泌機能・栄養状態を良好にすることが必要条件となります。
物質代謝を活性化する薬剤は、生体の物質代謝に関与して機能を賦活するような作用を持つことが条件となります。植物成分中には人体における成分と類似の物質が多く、それらは人の生理機能を調整しているホルモンや伝達物質の働きを真似て効果を現したり、逆に拮抗作用によって働きを阻害したりします。これが漢方薬が諸臓器の機能に作用する理由のひとつですが、ホルモンや伝達物質の類似作用をする物質は物質代謝を促進することにつながります。
また、多くの植物はカビや細菌や昆虫などの外敵から自分を守るための毒を持っています。そのような物質は生体にとって毒となるのですが、毒も少量使えば代謝を賦活することができます。つまり、適度な細胞毒は細胞を活性化するということです。これは精神的あるいは肉体的なストレスは、過度になると生理機能の異常を引き起こす原因となりますが、適度なストレスは生体機能を活性化する刺激となり、治癒力を高めることになることと似ています。
【臓器機能を鼓舞する補陽薬】
熱産生は原則的に物質代謝の副産物です。代謝や循環が低下して熱産生が低下すると体の冷えが自覚されます。歳を取ると足腰の冷えを自覚するようになりますが、その基本は代謝が低下しているからです。このように体のエネルギー生成の低下(気虚の状態)が進行して、体の熱産生作用が低下により寒け・冷えなどの症状が強くなった状態を漢方用語で陽虚といいます。
川の流れも気温が下がれば凍りつくように、身体も冷えが強くなると「気・血・水」の流れが悪くなり滞りやすくなります。したがって、陽虚になって代謝が低下すると水分の吸収・排泄が低下するために消化管内や組織間に水分が停滞して、浮腫や水様性下痢が出現しやすくなります。血液の循環も悪くなると多くの臓器や組織の活動や新陳代謝はますます悪くなります。この悪循環を断つためには、代謝を亢進させて熱産生を高める必要があり、このような陽虚の状態を改善することを補陽といい、それに用いる生薬を補陽薬といいます。
補陽薬の代表が附子(ハナトリカブトの塊根)です。成分のアコニチンというアルカロイドには血管拡張・血行促進・強心・強壮作用・鎮痛作用などがあり、身体を温めて極度に低下した新陳代謝機能の活性化します。
桂皮(クスノキ科のニッケイ類の樹皮)には血行を促進して体を温め、元気をつけ興奮性を増し、腹中を温める効果があります。
ショウガ(生姜)は、古来食用および薬用として非常に馴染み深いもので、消化器系に対する強壮効果があり、多くの中国料理に新鮮なショウガが使用されています。生薬名ではショウキョウと呼びます。ショウガの生の根茎を、そのまま乾燥させたものを乾生姜(=生姜、ショウキョウ)といい、蒸してから乾燥したものを乾姜(カンキョウ)と呼んで区別し、両者の間には薬効上差異があって漢方では使い分けられています。生姜も乾姜も身体を温める生薬ですが、一般的に、食欲増進や消化機能の改善の目的には生姜(ショウキョウ)を用い、体の中を温め、身体の機能低下と低体温を回復させる目的には乾姜(カンキョウ)を用います。陽虚を改善する生薬として他に、杜仲(トチュウの樹皮)・蛇床子(オカゼリジラミの成熟果実)・淫羊かく(イカリソウ)・丁子(チョウジの花蕾)などがあります。
冷えは治癒力を低下させて、がんに対する抵抗力も低下させます。日頃から体を活性化して、血液循環や免疫力やホルモンバランスなどの全身状態を良くすることは、老化とがんの両方の予防に有効です。
(文責:福田一典)
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