がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
911)ニトロキソリン(Nitroxoline)は血管新生と-MycとPD-L1を阻害する
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図:尿路感染症治療薬として古くから使用されているニトロキソリン(Nitroxoline)は、メチオニン・アミノペプチダーゼ-2やBETタンパク質の活性阻害、c-MycやBcl-2やPD-L1の活性阻害など、特徴的な抗腫瘍作用のメカニズムにより、血管新生を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。
911)ニトロキソリン(Nitroxoline)は血管新生と-MycとPD-L1を阻害する
【抗がん剤としての再利用が検討されている尿路感染症治療薬のニトロキソリン】
尿路感染症治療薬として50年以上前から使用されているニトロキソリン(Nitroxoline)という抗生物質(抗菌剤)が様々なメカニズムで抗がん作用を示すことが報告されています。以下のような報告があります。
Preclinical pharmacodynamic evaluation of antibiotic nitroxoline for anticancer drug repurposing.(抗がん剤としての再利用のための抗生物質ニトロキソリンの前臨床薬力学的評価)Oncol Lett. 2016 May; 11(5): 3265–3272.
【要旨】
尿路感染症の治療薬として使用されている抗生物質のニトロキソリンは、その血管新生阻害、アポートシス誘導、およびがん細胞の浸潤に対する強力な阻害作用のため、近年かなりの注目を集めている。
これらの特徴は、ニトロキソリンを抗がん剤として再利用できる可能性を示唆している。
ニトロキソリンの抗がん剤としての再利用を評価するための臨床試験を迅速に進めるために、本研究は培養細胞を用いたin vitroでの検討および同所性尿路腫瘍を用いたin vivoの実験を用いて、ニトロキソリンの抗がん活性の全身的な前臨床薬力学的検討を行った。
本研究では、培養細胞および同所性移植腫瘍の実験系でニトロキソリンが用量依存的な抗がん活性を示すことを明らかにした。
さらに、尿路感染症に使用される通常のニトロキソリン投与量は尿路系腫瘍の治療に有効かつ十分であった。さらに2〜4倍高い用量を用いると、毒性(副作用)の増加なしに抗がん効力の明らかな増強をもたらした。
さらに、尿中のニトロキソリンの主要な代謝産物の1つである硫酸ニトロキソリンは、がん細胞の増殖を効果的に抑制した。この知見は、尿路系がんの治療のためにニトロキソリンを再利用することの実現可能性を高める。
本研究で示された優れた抗がん活性、およびそのよく知られた安全性プロフィールおよび薬物動態学的性質のために、ニトロキソリンは、非筋肉侵襲性の膀胱がん治療のために中国で第II相臨床試験に入ることが承認された。
ニトロキソリンはヨーロッパやアジアやアフリカで50年以上前から使用されている抗生物質です。
経口摂取で消化管から効率よく吸収され、尿中に排泄され、尿中の濃度が高くなるので、尿路感染症に使用されています。
近年、ニトロキソリンは強力な抗腫瘍活性を持つことで注目されています。
血管新生阻害作用、アポトーシスの誘導、がん細胞の遊走や浸潤の阻害作用などが報告されています。
人間で、尿路感染症に使われる1日750mgで十分な抗腫瘍効果が期待できます。
さらに4倍くらいを投与するとさらに抗腫瘍効果が増強できて、副作用も少ないという報告があります。
主要な代謝産物の硫酸ニトロキソリン(nitroxoline sulfate)は水溶性なので腎臓から容易に排泄されますが細胞膜は通りにくくなるので、がん細胞の中に入る効率が低下します。
しかし、尿中ではニトロキソリンより硫酸ニトロキソリンの方が30から60倍も濃度が濃いいので、がん細胞の増殖抑制効果が高いと言われています。
尿中の濃度が高く維持されるので、尿路系のがん(腎盂がん、尿管がん、膀胱がん)の治療や再発予防に有効と言えます。体内吸収が良いので、尿路系腫瘍以外の腫瘍にも効果が期待できます。
【ニトロキソリンは強力な血管新生阻害作用を持つ】
ニトロキソリンの抗がん作用のメカニズムの一つとして血管新生阻害作用が報告されています。以下のような報告があります。
Effect of nitroxoline on angiogenesis and growth of human bladder cancer.(ヒト膀胱がんの血管新生と増殖に対するニトロキソリンの効果)J Natl Cancer Inst. 2010 Dec 15;102(24):1855-73.
【要旨】
背景:血管新生は腫瘍の増殖と転移に重要な役割を果たしている。したがって、血管新生の阻害はがん治療薬開発のターゲットとして重要である。メチオニン・アミノペプチダーゼ2(MetAP2)タンパク質は、血管新生阻害剤の分子標的の可能性が指摘されている。
方法:175,000化合物を対象にしたMetAP2阻害剤のスクリーニングと、現在臨床で使用されている医薬品(Johns Hopkins Drug Library)を対象にしたヒト臍帯静脈内皮細胞の増殖阻害剤のスクリーニングの両方から、尿路感染症の治療に使用される抗生物質であるニトロキソリンが同定された。
ニトロキソリンの作用機序を調べるために、ヒト臍帯静脈内皮細胞におけるMetAP2活性の阻害作用および細胞増殖停止作用を検討した。
ニトロキソリンの血管新生阻害活性を試験するために、インビボでのマトリゲル中の血管内皮脈管形成およびマトリゲルプラグ中の微小血管形成を評価した。ニトロキソリンの抗腫瘍効果は、ヒト乳がん異種移植腫瘍(n=10)および膀胱がん同所性異種移植腫瘍(n=11)のマウスモデルにおいて評価された。さらに、ニトロキソリンの作用機序をin vivoで調べた。
結果:ニトロキソリンはin vitroでMetAP2活性を阻害し、50%阻害濃度(IC50)は54.8 nM(95% 信頼区間= 22.6 〜 132.8 nM)であった。ヒト臍帯静脈内皮細胞の増殖に対する50%阻害濃度は1.9 μM(95% 信頼区間 = 1.54 〜 2.39 μM)であった。
ニトロキソリンは用量依存的にヒト臍帯静脈内皮細胞のMetAP2活性を阻害し、細胞周期の停止を誘導した。ニトロキソリンは、マトリゲルにおける血管内皮脈管形成を阻害し、そしてインビボで微小血管密度を減少させた。
ニトロキソリンで治療されたマウス(1群あたり5匹)は、乳がん異種移植腫瘍における腫瘍体積を60%減少した(30日目の腫瘍体積の平均は対照群が215.4mm3に対して、ニトロキソリン投与群は86.5 mm3であった。体積の差は128.9 mm3(95%信頼区間 = 32.9 〜 225.0 mm3, P = .012)であった。
同所性移植膀胱がんのマウスモデルにおいても膀胱がんの増殖を統計的に有意に抑制した。
結論:ニトロキソリンは、血管新生阻害作用によるがん治療薬としての可能性を有している。
血管新生を阻害するターゲット物質としてメチオニン・アミノペプチダーゼ-2(methionine aminopeptidase-2:MetAP-2)が注目されています(後述)。
血管新生阻害物質を探索する目的で2つのアプローチを使っています。
一つは、175,000種類の化合物をメチオニン・アミノペプチダーゼ-2の酵素活性の阻害活性でスクリニーンングする方法です。
もう一つは、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を用いたスクリーニング法です。
これらの2つの探索研究で、ニトロキソリンが強力な血管新生阻害作用を示すことが明らかになったという報告です。
【メチオニン・アミノペプチダーゼ-2阻害剤は血管新生を阻害する】
タンパク質は細胞内のリボソームで作られます。
DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)が作られ(転写)、このmRNAに転写された遺伝情報をトランスファーRNA(tRNA)を用いて、対応するアミノ酸を連結することで、タンパク質を合成します。
mRNAのコドン(3文字の塩基配列)のうち、タンパク質合成の開始を指定するものを開始コドンといいます。通常、開始コドンとしてメチオニンに対応するAUGが多く使われます。したがって、多くのタンパク質はN末端がメチオニンのタンパク質として合成されます(下図)。
図:リボソーム内では、mRNAに転写された遺伝情報をトランスファーRNAを用いて解読し、対応するアミノ酸を連結することで、タンパク質を合成する。mRNAのコドン(3文字の塩基配列)のうち、タンパク質合成の開始を指定する開始コドンとしてメチオニンに対応するAUGが多く使われる。
翻訳されたばかりのタンパク質のN末端のメチオニンは多くの場合、メチオニン・アミノペプチダーゼ-2で切り離されます。その後、タンパク質は様々な修飾や折りたたみを経て正しい機能をもつタンパク質に成熟します。
図:リボソーム内では、mRNAに転写された遺伝情報をトランスファーRNAを用いて対応するアミノ酸を連結することで、タンパク質を合成する。mRNAのコドン(3文字の塩基配列)のうち、タンパク質合成の開始を指定する開始コドンとしてメチオニンに対応するAUGが多く使われる。アミノ酸の鎖から成るタンパク質が合成された後、メチオニン・アミノペプチダーゼ-2(MetAP2)でN末端のメチオニンを除去したあとに翻訳後修飾が行われて、成熟したタンパク質が作られる。
メチオニン・アミノペプチダーゼ‐2は血管新生阻害剤のターゲットとして注目されています。以下のような報告があります。
Suppression of glioblastoma growth and angiogenesis through molecular targeting of methionine aminopeptidase-2.(メチオニン・アミノペプチダーゼ‐2の分子標的化による神経膠芽腫の増殖と血管新生の抑制)J Neurooncol. 2018 Jan;136(2):243-254.
【要旨】
メチオニン・アミノペプチダーゼ(Methionine aminopeptidases:MetAPs)は、細胞増殖、血管形成、および腫瘍進行に関連しており、それががん治療のターゲットとして注目されている。血管新生が亢進し増殖の速い膠芽腫細胞におけるメチオニン・アミノペプチダーゼ-2(MetAP2)の生物学的役割を検討した。
膠芽腫細胞株における増殖と血管新生に対する抗MetAP2 RNA干渉の影響を調べた。 MetAP2の発現抑制の生物学的効果を、元の細胞およびMetAP2発現抑制細胞(MetAP2ノックダウン細胞)の増殖、腫瘍形成能、および血管形成を比較することによって評価した。
高レベルのMetAP2を発現するSNB19 膠芽腫細胞において、MetAP2に対するレンチウイルス短鎖ヘアピンRNAを用いてMetAP2ノックダウン細胞を作製した。
MetAP2ノックダウン細胞は、親細胞と比較した場合、増殖性が低く腫瘍形成性が低かった。MetAP2ノックダウンは、血管内皮増殖因子(VEGF)の分泌およびmRNAおよびタンパク質レベルでの発現を減少させた。
MetAP2ノックダウン細胞におけるVEGF発現の減少は、脈管形成アッセイにおける血管形成の減少と非常によく相関していた。
我々はMetAP2ノックダウン細胞におけるVEGF抑制がvon Hippel-Lindauタンパク質によって仲介されることを示した。
頭蓋内にSNB19細胞を移植したin vivoの動物実験において、MetAP2ノックダウンはまた腫瘍増殖速度および血管新生を減少させ、異種移植片モデルにおけるマウスの生存を延長させた。
我々の結果は、MetAP2が膠芽腫細胞における血管形成を制御し、MetAP2の特異的基質を同定することの重要性を示唆する。
現在、メチオニン・アミノペプチダーゼ-2(MetAP2)阻害剤は血管新生阻害剤のターゲットとして新薬の開発が盛んに行われています。しかし、50年以上前から使用されているニトロキソリンは、安全性が高く、体内で達成できる濃度でMetAP2阻害作用があります。血管新生阻害剤としてかなり有望な薬だと言えます。
図:ニトロキソリンはメチオニン・アミノペプチダーゼ-2の活性を阻害することによって、血管新生を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。
神経膠芽腫(グリオブラストーマ)に対するニトロキソリンの有効性は他のグループからも報告されています。以下のような報告があります。
Nitroxoline induces apoptosis and slows glioma growth in vivo.(ニトロキソリンは生体内においてグリオーマ細胞のアポトーシスを誘導し、増殖を遅くする)Neuro Oncol. 2015 Jan;17(1):53-62.
この論文では、2種類のグリオーマの細胞株と、PTEN(がん抑制遺伝子の一種)とKRAS(がん遺伝子の一種)の2種類の遺伝子を改変してグリオーマを発生させるマウスの実験で、ニトロキソリンの抗腫瘍効果を検討しています。
その結果、ニトロキソリンがグリオーマ細胞の増殖を用量依存的に抑制し、細胞周期のG1/G0で停止し、細胞死(アポトーシス)を誘導することを示しています。
マウスのin vivoの研究でも、腫瘍細胞のアポトーシスを増やし、増殖を抑制する結果を示しています。
この論文の結論は「ニトロキソリンは、インビボおよびインビトロでアポトーシスを誘導し、そして神経膠腫の増殖を抑制する。尿路感染症に対してすでにFDA承認済みの薬であり、安全性プロファイルがわかっている。迅速に臨床試験に移行することができる。」
もちろん、人間での臨床試験の結果がでるまでは、その有効性は断定できません。
しかし、神経膠芽腫(グリオブラストーマ)は治療が非常に困難な悪性腫瘍です。治療に行き詰まったときにニトロキソリンを試してみる価値はあると思います。
【ニトロキソリンはAMPKを活性化する】
リンパ腫、白血病、グリオーマ、膀胱がん、乳がん、膵臓がん、卵巣がんなどの培養細胞を使った実験でニトロキソリンの抗腫瘍効果が報告されています。前立腺がんに対する抗腫瘍効果も報告されています。以下のような報告があります。
Repurposing of nitroxoline as a potential anticancer agent against human prostate cancer: a crucial role on AMPK/mTOR signaling pathway and the interplay with Chk2 activation.(ヒト前立腺がんに対する抗がん剤としての可能性のあるニトロキソリンの再利用:AMPK / mTORシグナル伝達経路とChk 2活性化との相互作用における重要な役割)Oncotarget. 2015 Nov 24;6(37):39806-20.
この論文では、ニトロキソリンが前立腺がん細胞において、細胞周期のG1停止とそれに続くアポトーシスを誘導することを報告しています。
ニトロキソリンはサイクリンD1、Cdc25Aおよびリン酸化Rbのタンパク質レベルを低下させ、細胞エネルギーセンサーおよびシグナルトランスデューサーであるAMP活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)を活性化し、下流のmTOR-p70S6Kシグナル伝達の阻害をもたらしました。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)は人から酵母まで真核細胞に高度に保存されているセリン・スレオニンキナーゼ(セリン・スレオニンリン酸化酵素)の一種で、代謝物感知タンパク質キナーゼファミリー(metabolite-sensing protein kinase family)のメンバーとして細胞内のエネルギーのセンサーとして重要な役割を担っています。
AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。AMPKは細胞増殖の制御に関連する幾つかのタンパク質の活性に影響します。
AMPKはmTOR(mammalian target of rapamycin)経路を阻害してタンパク質の合成を抑制し、がん細胞の増殖や血管新生を阻害します。
mTOR(mammalian target of rapamycin)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。mTORの活性を阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができます。
AMPKを活性化する薬として糖尿病治療薬のメトホルミン(Metformin)があります。ニトロキソリンとメトホルミンの併用も検討する価値があると思います。実際に、前立腺がんの治療に関する医薬品再利用の最近の総説論文ではニトロキソリンとメトホルミンは重点的に記述されています。
(Drug Repositioning for Effective Prostate Cancer Treatment. Front Physiol. 2018; 9: 500.)
【遺伝子(DNA)はヒストンに巻き付いている】
人間の1個の細胞の核には、約30億対のヌクレオチドからなるDNA(デオキシリボ核酸)が格納されています。このDNAが遺伝子の本体です。
細胞核内では、DNAはヒストンという球状のタンパク質複合体に巻き付くような状態で存在します。
ヒストンはリシン(リジンともいう)やアルギニンといった塩基性(プラスの電荷をもつ)のアミノ酸が多く、酸性(マイナスの電荷をもつ)のDNAと強い親和性を持っています。
ヒストンは、長いDNAをコンパクトに核内に収納するための役割と同時に、遺伝子発現の調節にも重要な役割を果たしています。
ヒストンによる遺伝子発現の調節は複雑ですが、簡単にまとめると、「ヒストンとDNAの結合は転写に阻害的に働く」ということです。
遺伝子がmRNAに転写されるためには、転写因子やRNAポリメラーゼなどの他のタンパク質がDNAに結合する必要があり、ヒストンが結合していると転写に邪魔になります。したがって、転写の活発な遺伝子の部分ではヒストンとDNAの結合が緩くなっています。
図:細胞核内でDNAとタンパク質(ヒストンなど)の複合体をクロマチンという。クロマチンが凝集している部分はDNAが強く折り畳まれており遺伝子転写が抑制されている。一方、クロマチンが緩んでいる部分は、遺伝子の転写が活発になっている。
【ヒストンアセチル化は遺伝子発現を亢進する】
DNAとヒストンの結合を緩くする機序として、「ヒストンのアセチル化」という現象があります。アセチル化というのはアセチル(CH3CO)基が結合することです。
ヒストンのN末端領域のリシン残基のアミノ基(-NH2)がアセチル化という修飾を受けるとアミド(-NHCOCH3)に変換し、リシン残基の塩基性が低下して酸性のDNAとの親和性が無くなり、DNAからヒストンが離れ、DNAが露出することになります。
図:ヒストンタンパク質のリシンのアミノ基(-NH2)にアセチル(CH3CO)基が結合すると、リシン残基の塩基性が低下して酸性のDNAとの親和性が無くなり、DNAからヒストンが離れ、DNAが露出する。その結果、遺伝子の転写が起こりやすくなる。
一般的に、ヒストンが高度にアセチル化されている領域の遺伝子は転写が活発に行われていることを示しています。すなわち、ヒストンのアセチル化は遺伝子発現を促進(正に制御)し、 反対に、ヒストンが脱アセチル化(低アセチル化)されることにより遺伝子発現は抑制(負に制御)されると考えられています。
ヒストンのアセチル化と脱アセチル化の反応は「ヒストンアセチル基転移酵素(=ヒストン・アセチルトランスフェラーゼ)」と「ヒストン脱アセチル化酵素(=ヒストン・デアセチラーゼ)」によってダイナミックに制御されており、遺伝子発現のON/OFFのメインスイッチになっていると考えられています。アセチル基はグルコースや脂肪酸の分解によって産生されるアセチルCoAが使われます(下図)。
図:ヒストンアセチル基転移酵素はヒストンをアセチル化することによってクロマチン構造を緩めて遺伝子転写を活性化する。一方、ヒストン脱アセチル化酵素はヒストンのアセチル化を減らすことによってクロマチン(DNAとヒストンの複合体)を凝集して遺伝子転写を抑制する。アセチル基はグルコースや脂肪酸が分解して産生されるアセチルCoAから供給される。
【BETファミリータンパク質ががん治療のターゲットとして注目されている】
BETファミリータンパク質は高アセチル化ヒストンへの結合を介して、がん遺伝子や抗アポトーシスタンパク質の発現を促進する作用があります。高アセチル化ヒストンの領域は、遺伝子発現が亢進している領域です。
ブロモドメインはヒストンのアセチル化リシンを認識し,制御タンパク質を集めてクロマチン構造や遺伝子発現を制御する機能が知られているタンパク質ドメインです。
ブロモドメイン繰り返し配列および特異的末端配列を持つBET(bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質としてBRD2,BRD3,BRD4,BRDTが知られています。
ヒストンのアセチル化による遺伝子発現の制御には、アセチル化を促進するヒストンアセチル基転移酵素、ヒストンからアセチル基を除去するヒストン脱アセチル化酵素、ヒストンのアセチル化した部分を認識するBETファミリータンパク質の3つが必要ということです。
ヒストンアセチル基転移酵素の「書き屋(Writer)」とヒストン脱アセチル化酵素の「消し屋(Eraser)」と、BETファミリータンパク質の「読み屋(Reader)」の3つの役割を担うタンパク質が、ヒストンアセチル化の制御を行ってます。
図:「書き屋(Writer)」のヒストンアセチル基転移酵素によってヒストンにアセチル基が結合し、「消し屋(Eraser)」のヒストン脱アセチル化酵素によってアセチル基が除去される。ヒストンアセチル化の少ない部分では遺伝子転写は抑制される。「読み屋(Reader)」のBETファミリータンパク質はヒストンのアセチル化リシンと結合して、転写を制御するタンパク質をリクルートして遺伝子転写を促進する。
BETファミリータンパク質は、c-Mycなどのがん遺伝子やBcl-2などの抗アポトーシスタンパク質の転写を亢進します。
したがって、ヒストンのアセチル化リシンとBETファミリータンパク質のブロモドメインの結合を阻害する薬剤をがん細胞に投与すると、遺伝子発現パターンが正常細胞に近づくことが知られています。
ヒストンとBETファミリータンパク質の結合を阻害する低分子化合物(BET阻害剤)が、がんや炎症性疾患の治療薬として注目されています。臨床試験が行われているBET阻害剤が幾つかあります。
このようなBET阻害剤は、ある種のがん細胞に投与すると腫瘍促進遺伝子の発現を選択的に抑制することから、がん治療薬としての可能性が期待されています。
【ニトロキソリンはBETタンパク質を阻害する】
ニトロキソリンがBETタンパク質を阻害することが報告されています。以下のような論文があります。
Discovery of novel BET inhibitors by drug repurposing of nitroxoline and its analogues.(ニトロキソリンとその類似体の薬物再利用による新規BET阻害剤の発見)Org Biomol Chem. 2017 Nov 15;15(44):9352-9361.
【要旨】
ブロモドメイン含有タンパク質(bromodomain-containing proteins)のBETファミリーは、がん、炎症および心血管疾患を含む多くの疾患の治療に有望な薬物標的であると考えられている。それ故、BET阻害作用のある新規な化合物の開発が注目されている。
安全性および薬物動態が既知の化合物から阻害剤を見出すという薬物再利用戦略は大きな利点を有しており、それ故近年の医薬品開発者の関心を高めている。
この薬物再利用戦略を使って、薬物ライブラリーからBRD4特異的阻害作用を有する化合物を探索し、続いてALPHAスクリーニングアッセイ試験を実施した。
FDA承認抗生物質であるニトロキソリンは、BRD4(ブロモドメイン含有タンパク質4)の第一ブロモドメインとアセチル化ヒストン4ペプチドとの間の相互作用を50%阻害濃度(IC50)が0.98μMで阻害することを明らかにした。
ニトロキソリンは、非BETブロモドメイン含有タンパク質に対して阻害作用を示さず、良好な選択性で全てのBETファミリーメンバーを阻害した。従ってニトロキソリンは選択的BET阻害剤と呼べる。
ニトロキソリン-BRD4_BD1複合体の結晶構造に基づいて、ニトロキソリンの作用機構およびBET特異性を決定した。
BET関連疾患の1つであるMLL白血病に対するニトロキソリンの抗がん活性はこれまで研究されていなかったので、我々はニトロキソリンがMLL白血病の治療薬として有効かどうかを試験した。
ニトロキソリンは細胞周期停止とアポトーシスを誘導することによりMLL白血病細胞の増殖を効果的に抑制した。ニトロキソリンの有効性は、少なくとも部分的には、BETの阻害および標的遺伝子転写の抑制によるものである。 BET阻害剤としてのニトロキソリンの発見は、BETファミリー関連疾患の治療のためのニトロキソリンおよびその誘導体の潜在的用途を示唆している。
真核細胞生物では、DNAはヒストンと結合して複合体を形成し、通常は不活性化状態になっています。一般的に、ヒストンの高アセチル化領域では遺伝子の転写が活性化され、低アセチル化領域では転写が不活性であることが知られています。ヒストンのアセチル化は、ヒストンアセチル化転移酵素とヒストン脱アセチル化酵素によって制御されています。これが「書き屋」と「消し屋」です。
BET (bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質は、ブロモドメインにおいてヒストンのアセチル化されたリシンを認識することにより、転写活性化因子として機能します。BRD4はBETファミリータンパク質の1つで、多くの遺伝子の発現の制御に関与しています。
図:ニトロキソリンはアセチル化リシンとブロモドメインの結合を阻害しする。その結果、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する。
【ニトロキソリンはBETタンパク質阻害を介してPD-L1の発現を抑制する】
岡山大学の泌尿器科のグループから以下のような論文が最近報告されています。
The Novel Combination of Nitroxoline and PD-1 Blockade, Exerts a Potent Antitumor Effect in a Mouse Model of Prostate Cancer.(ニトロキソリンとPD-1遮断薬の新規併用は前立腺がんのマウスモデルにおいて強力な抗腫瘍効果を発揮する)Int J Biol Sci. 2019 Mar 9;15(5):919-928.
【要旨】
プログラム細胞死タンパク質1(Programmed cell death protein 1:PD-1)遮断は前立腺がんに対する有望な治療戦略である。ニトロキソリンは、いくつかの種類のがんにおいて有効な抗がん作用を有することが知られている。前立腺がんのマウスの実験モデルにおけるニトロキソリンとPD 1遮断の併用療法の有効性を検討した。
インビトロの実験系において、ニトロキソリンはマウス前立腺がん細胞株RM9-Luc-PSAの生存と増殖を阻害することを見出した。
さらに、ニトロキソリンは、リン酸化PI3キナーゼ、リン酸化Akt(Thr308)、リン酸化Akt(Ser473)、リン酸化GSK-3β、Bcl-2、およびBcl-xLの発現を抑制した。
さらに、ニトロキソリンは培養した前立腺がん細胞および腫瘍組織におけるプログラム細胞死リガンド-1(PD-L1)の発現レベルを抑制した。
マウス前立腺がん同所性移植モデルにおいて、ニトロキソリン+ PD-1遮断は、ニトロキソリンまたはPD-1遮断をそれぞれ単独で使用した場合と比較して、腫瘍増殖を相乗的に抑制し、腫瘍重量、生物発光腫瘍シグナル、および血清中の前立腺特異抗原(PSA)レベルの減少をもたらした。
さらに、ニトロキソリンと PD-1遮断の併用は末梢血中のCD44+CD62L+CD8+ メモリーT細胞の細胞数の増加および骨髄由来抑制細胞の数を減少して、抗腫瘍免疫を有意に増強することを示した。
結論として、我々の実験結果はニトロキソリンとPD-1遮断薬の併用が、前立腺がん患者における有望な治療戦略になる可能性を示唆している。
このPD-L1の発現抑制作用がBETタンパク質の阻害作用による可能性を示唆する研究が米国から報告されています。以下のような報告があります。
BET Bromodomain Inhibition Promotes Anti-Tumor Immunity by Suppressing PD-L1 expression.(BETブロモドメイン阻害はPD-L1発現を抑制することにより抗腫瘍免疫を促進する)Cell Rep. 2016 Sep 13; 16(11): 2829–2837.
【要旨】
抗体を用いてPD-L1シグナル伝達を遮断することによる抗腫瘍免疫の回復はがん治療に有益であることが証明されている。
この研究では、BETブロモドメイン阻害がPD-L1発現を抑制し、卵巣がんにおける腫瘍進行を抑制することを示す。
PD-L1をコードする遺伝子CD274は、BRD4媒介遺伝子転写の直接の標的である。
マウスの実験モデルにおいて、BET阻害剤のJQ1による治療は、腫瘍細胞ならびに腫瘍関連樹状細胞およびマクロファージにおけるPD-L1発現を有意に減少させ、これは抗腫瘍細胞傷害性T細胞の活性の増加と相関していた。 BET阻害剤は細胞傷害性T細胞依存的に腫瘍の進行を抑制した。
以上の結果は、PD-L1シグナル伝達を遮断するための化合物の有効性を実証している。 臨床試験でBET阻害剤は毒性が低く安全性が高いことが証明されているので、薬理学的BET阻害剤はPD-L1発現を標的とする治療戦略となり得ることを示している。
この論文で使用されているBETファミリータンパク質BRD4の阻害剤のJQ1は医薬品として開発中の化合物です。このJQ1がPD-L1の発現を抑制することを報告しています。
PD-L1をコードする遺伝子CD274は、BRD4媒介遺伝子転写の直接の標的だからです。
この研究ではマウスの実験ではニトロキソリンを1日に体重1kg当たり15mgを経口投与しています。
この量は人間に換算すると2〜3mg/kg/日程度になります。一般にマウスの体重当たりのエネルギー消費量や薬物の代謝速度は人間の約7倍と言われています。したがって、15mg/kgの7分の1の用量が一つの目安となります(詳しくは293話参照)
ニトロキソリンの尿路感染症の治療に使う量は1日に500から750mgです。したがって、尿路感染症に使用する服用量で十分な抗腫瘍効果が期待できそうです。
図:ヒストンのアセチル化されたリシンを認識するブロモドメインの繰り返し配列と特異的末端配列を持つBET(bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質の一つのBRD4は、ヒストンのアセチル化リシンに結合し、転写因子やRNAポリメラーゼなどをリクルートして(①)、PD-L1をコードするCD274遺伝子の転写を促進する(②)。ニトロキソリンはBRD4の第一ブロモドメインとアセチル化ヒストンの結合を阻害する(③)。その結果、転写因子やRNAポリメラーゼのリクルートが阻害され(④)、CD274遺伝子の転写を抑制し、PD-L1の発現を抑制する(⑤)。
【ニトロキソリンはPT3K/Akt経路を阻害する】
増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体などを介してPI3キナーゼ(PI3K)というリン酸化酵素が活性化されます。
PI3Kは,細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化し,産生したPI3,4,5-三リン酸(PIP3)がAktをリン酸化します。
PI3K/Akt経路の活性化は、がん細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシス(細胞死)に抵抗性の性質を持つようになります。
ニトロキソリンはPI3K/Akt経路の活性化を阻害し、がん細胞の増殖や生存を阻害します。
図:ニトロキソリンはPI3K/Akt経路の活性化を阻害し、がん細胞の増殖や生存を阻害する。
以下は、ニトロキソリンの抗がん作用のまとめです。
- ニトロキソリン(Nitroxolin)は尿路感染症治療薬としてヨーロッパなどで1950年代から使用されています。
- メチオニン・アミノペプチダーゼ-2(MetAP2)を阻害し、血管新生とがん細胞の増殖を阻害します。
- BETファミリータンパク質を阻害して、がん遺伝子のc-Myc や抗アポトーシスタンパク質のBcl-2の遺伝子発現を阻害します。
- BETファミリータンパク質の阻害は、PD-L1の発現を阻害して抗腫瘍免疫を増強し、免疫チェックポイント阻害剤の効果を高めます。
- 細胞の増殖と生存を亢進するPI3K/Aktシグナル伝達系を阻害します。
- 以上のように、ニトロキソリンは強力な抗腫瘍活性を持つことで注目されています。
以下のYouTubeのサイトにもまとめています。
https://www.youtube.com/watch?v=sN5My8xwbvs&t=10s
https://www.youtube.com/watch?v=sN5My8xwbvs&t=10s
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