765)アスピリンやセレコキシブはがんサバイバーの寿命を延ばす

図:抗がん剤は老化細胞の組織蓄積とシクロオキシゲナーゼ-2(COX2)発現の上昇を引き起こして寿命を短縮する作用がある。非ステロイド性抗炎症剤のアスピリンとセレコキシブはCOX-2活性を阻害する作用によって、細胞老化の抑制を通じて化学療法の晩期障害(寿命短縮)を抑制できる。

765)アスピリンやセレコキシブはがんサバイバーの寿命を延ばす

【アスピリンはがんを予防する】
アスピリン(アセチルサリチル酸)はヤナギの樹皮から抽出された鎮痛成分のサリチル酸を元に合成された薬です。
ヤナギの樹皮に鎮痛効果があることは紀元前からよく知られており、古代ギリシャのヒポクラテスは発熱や出産時の痛みに対してヤナギの樹皮で治療したと伝えられています。
19世紀にヤナギの鎮痛作用の薬効成分としてサリチル酸が分離され、副作用を軽減するためにアセチル化されたアセチルサリチル酸がアスピリンという商品名で使用されるようになりました。

アスピリン(アセチルサリチル酸)は、炎症や痛みを引き起こすプロスタグランジンの合成酵素であるシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase : COX)の活性を阻害することによって、解熱・鎮痛・抗炎症効果を発揮し、様々な痛み(筋肉痛・歯痛・関節痛・頭痛・月経痛など)や炎症性疾患(急性上気道炎・リウマチ熱・変形性関節症など)の治療に使用されています。
1990年代の初めころ、鎮痛剤として日常的にアスピリンを服用している人には、大腸がんの発生頻度が低いことが、幾つかの疫学研究の結果明らかになりました。
米国ジョージア州アトランタのアメリカがん協会(American Cancer Society)の疫学部門のヒース博士らは、約66万人の成人を1982年から1988年まで追跡調査し、アスピリンの服用と大腸がんによる死亡の関係を検討しました。その結果、1ヶ月に16回以上のアスピリン服用を1年以上続けている人たちは、アスピリンを服用していない人に比べて大腸がんによる死亡リスクは約60%に減少することを明らかにしました

図:1ヶ月間に16回以上のアスピリン服用を1年以上続けている人たちは、大腸がんによる死亡リスクは約60%に減少する

この報告がきっかけとなって、その後多くの疫学的研究が行われ、アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症剤(NSAID)のがん予防効果が報告されています。
動脈硬化性疾患の予防におけるアスピリン服用群とコントロール群を比較した8件のランダム化比較試験(計25,570例,がん死674例)のメタ解析では、アスピリンを5年以上服用している人は、アスピリンを服用していない人に比べて、全がんによる死亡リスクが0.66、消化器がんの死亡リスクが0.46という結果が得られています。(Lancet 377: 31-41, 2011)

英国で行われた3件の大規模ランダム化比較試験(計12,659例,がん死1,634例)の解析でも、がんによる20年間の死亡リスクはアスピリン群が有意に低く、がん死亡のリスクは固形がん全体で0.80,消化器がんで0.65でした。
がん予防効果とアスピリンの服用量は1日75mg以上では差がありませんが、アスピリンの服用期間が長いほどがん予防効果が大きいことが報告されています。この論文の研究結果から、1日75~100mg程度の低用量のアスピリンでも毎日長期間服用すると、がんによる死亡を6~7割くらい(消化器系がんは半分程度)に減らすことができるようです。

大腸がんの治療後にアスピリンを服用すると、死亡率が低下することが米国から報告されています。この研究では、大腸がんと診断された後でアスピリンを定期的に服用すると、服用していない場合に比べ、大腸がんによる死亡率が29%も有意に低下しました。大腸がんと診断される前にアスピリンを服用していなかった患者については、診断後にアスピリンを服用しなかったグループに比べ、診断後にアスピリンを服用し始めたグループでは大腸がんによる死亡率が47%低下(95%CI:0.33-0.86)とほぼ半減したことが報告されています

1日100mgのアスピリン服用は、血栓の予防効果によって、心筋梗塞や脳梗塞の予防に効果があることが示されています。この用量はがん予防にも有効のようですので、1日100mgのアスピリンは動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳梗塞)の予防のみならず、がん予防にも効果が期待できそうです。費用は1日10円以下(バイアスピリン100mg で薬価は5.8円)で、1日100mgの低用量であれば副作用も軽微なので、日頃から服用してメリットは高いと思われます。(ただし、稀にアレルギー性のショックや消化管出血など副作用はあるので、医師の診察を受けながら服用することが大切です)

【COX-2選択的阻害剤のcelecoxibのがん予防効果】
アスピリンやインドメタシンやスリンダクのような非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal antiinflammatory drug, NSAID)はシクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase; COX)活性を阻害することにより炎症惹起性プロスタグランジンの産生を抑えて抗炎症作用を発揮します。
プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)の働きにより合成される生理活性物質で、炎症の代表的なメディエーターです。
COXにはCOX-1COX-2の2種類のアイソザイムが知られています。この2つのCOXは約60%のアミノ酸配列の相同性をもっていますが、それぞれ生体内での役割が異なることが明らかになっています。
COX-1は胃や腸などの消化管、腎臓、卵巣、精嚢、血小板などに存在し、胃液分泌、利尿、血小板凝集などの生理的な役割を担います。
一方、COX-2はサイトカインや発がんプロモーター、ホルモンなどの刺激により、マクロファージ、線維芽細胞、血管内皮細胞、がん細胞などで誘導され、炎症反応、血管新生、アポトーシス、発がんなどに関与しています。(下図)

図:ホスホリパーゼA2(PLA2)の働きで、細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が生成される。シクロオキシゲナーゼ(COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを合成するときに最初に働く酵素で、COX-1とCOX-2の2種類がある。COX-1から合成されるプロスタグランジンは生体の生理機能に必要なものであるが、炎症性の刺激でCOX-2から合成される大量のプロスタグランジンは炎症やがん細胞の増殖を促進する。

多くの消炎鎮痛剤にはシクロオキシゲナーゼ阻害作用がありますが、炎症やがんや肉腫で増加するCOX-2だけでなく、消化管や腎臓や血小板などで生理的な作用をしているCOX-1も阻害するため、がんの治療には使いにくい欠点があります。しかし、COX-2の選択的阻害剤であれば、副作用が少なく抗腫瘍作用が期待できます。
セレコキシブ(Celecoxib)はCOX-2に選択的な阻害剤です。つまり、COX-1は阻害せず、炎症やがんで誘導されるCOX-2を選択的に阻害します。
1999年に米国でcelebrexという商品名で販売され、日本ではセレコックスという商品名で2007年6月に発売されています。
関節リウマチや変形性関節症、腰痛症、肩関節周囲炎、頸肩腕症候群、腱・腱鞘炎、手術後や外傷後や抜歯後などの消炎・鎮痛の目的で保険適用されています。

図:炎症性刺激によってホスホリパーゼA2が活性化され(①)、細胞膜のりん脂質からアラキドン酸が生成される(②)。アラキドン酸は炎症刺激によって誘導されるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)によってプロスタグランジンH2に変換され(③)、さらにプロスタグランジンE2が大量に産生される(④)。プロスタグランジンE2は疼痛や発熱などの炎症症状を引き起こす(⑤)。セレコキシブはCOX-2を阻害することによって、炎症反応を阻止する。

アスピリンなどの通常のNSAIDはCOX-1もCOX-2も両方とも阻害するため、生理的な作用をするために必要なプロスタグランジンの産生も抑制し、消化管粘膜の障害や腎臓障害などの副作用が問題となっていました。一方、炎症や発がん過程において誘導されてくるCOX-2のみを選択的に阻害する薬(celecoxibなど)は副作用が少ないので長期服用が可能なので、がんの化学予防剤として注目されています。
Celecoxib(商品名:セレブレックス、セレコックス)のがんの予防や治療における抗腫瘍効果は動物実験や臨床試験などで確認されています。ただし、COX-2選択的阻害剤は、COX-1阻害による血小板凝集抑制効果は無く、逆に心疾患に対する悪影響の可能性も指摘されています。したがって、動脈硬化性疾患がある人はCelecoxibよりも低用量のアスピリンの方がメリットがあるようです。
また、抗がん剤治療を受けたがんサバイバーは、静脈血栓症が起こりやすいことが指摘されていますので、心臓血管系の副作用の予防の目的ではアスピリンの方が有用かもしれません。
がんサバイバーは静脈血栓症の発症率が高いことは757話で解説しています。

【慢性炎症はがんの発生と老化を促進し、寿命を短縮する】
慢性炎症ががんの発生を促進し、さらに老化を促進し、寿命を短縮することは多くの研究で明らかになっています。体内の炎症の指標として血液中の白血球数があります。白血球は炎症反応で動員され、血液中に増えます。
血液中の白血球数とがん死亡リスクが正の相関を示すことが複数の疫学研究で報告されています。以下のような報告があります。

WBC count and the risk of cancer mortality in a national sample of U.S. adults: results from the Second National Health and Nutrition Examination Survey mortality study.(米国成人の全国サンプルにおける白血球数とがん死亡リスク:第2回国民健康栄養調査死亡率調査の結果)Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2004 Jun;13(6):1052-6.

【要旨の抜粋】
炎症は、いくつかの慢性疾患の危険因子であることが示されているが、炎症のマーカーとがんとの関係を調べた疫学研究はほとんどない。この研究には、1976年から1980年までの30〜74歳の7,674人の第2回国民健康栄養調査(NHANES II)の参加者が含まれている。1992年12月31日までの死亡率の追跡調査が行われた。
年齢、性別、人種を調整した後、白血球数の上昇と総がん死亡率のリスクの上昇との間に段階的な関連性が観察された。白血球数が上位4分の1の群と下位4分の1の群のがん死亡の相対リスクは2.23(95%信頼区間:1.53-3.23)であった。
喫煙、身体活動、肥満度指数、アルコール摂取量、教育、ヘマトクリット値、および糖尿病を調整した後でも、白血球数と総がん死亡率との関連は有意のままであった。上位4分の1の群と下位4分の1の群との相対比は1.66(95%信頼区間:1.08-2.56)であった。
層別分析では、白血球数の増加は非肺がんのリスクの上昇と関連していたが(P傾向= 0.04)、肺がんとは関連していなかった(P傾向= 0.18)。
喫煙経験のない人の間では、白血球数の1 SDの増加(2.2 x 109細胞/ L)は、全がん(相対リスク 1.32; 95%信頼区間1.05-1.67)および非肺がん(相対リスク 1.30; 95%信頼区間1.03-1.63)のリスクの上昇と関連していた。
これらの発見は、炎症ががんによる死亡の独立した危険因子であるという仮説を支持している。

これは米国の疫学研究ですが、以下の論文はオーストラリアからの報告です。

Association between circulating white blood cell count and cancer mortality: a population-based cohort study.(循環白血球数とがん死亡率との関連:人口ベースのコホート研究)Arch Intern Med. 2006 Jan 23;166(2):188-94.

【要旨】
背景: 炎症過程はがんの発生と進行に関係している。しかし、炎症の全身マーカーががんの発症を予測するかどうかは明らかではない。循環白血球数とがん死亡率の間の関係を調べた。

方法: オーストラリアのシドニーの西にあるブルーマウンテン地域での登録時(1992年1月1日から1994年12月31日)でがんのない49歳から84歳の3189人の人口ベースのコホート研究。主要評価項目は、2001年12月31日時点での全ての癌による死亡率であった。

結果: 循環白血球数が高いほど、すべてのがんによる死亡率が高いことが示された。年齢、性別、教育、BMI、ヘマトクリットレベル、アルコール消費量、身体的不活動、喫煙、毎週のアスピリン使用、糖尿病または空腹時高血糖状態、および空腹時血糖値を調整した比例ハザードモデルでは、すべてのがんの死亡率の多変量相対リスクは、循環白血球数が上位4分の1の群(白血球数が7400細胞/ microL以上)と下位4分の1の群(白血球数が5300細胞/ microL以下)を比較した死亡率のハザード比は1.73(95%信頼区間:1.18-2.55)であった。サブグループ分析では、循環白血球数の上位4分の1の群と下位4分の1の群を比較したがん死亡の相対リスクは、糖尿病または空腹時高血糖の患者(3.03 [95%CI、1.01-9.15])の方が正常血糖の患者(1.68 [95%CI:1.12-2.52])よりも高かった。

結論: これらのデータは、広く利用可能な炎症のマーカーである循環白血球数と、その後の癌死亡率との関連の新しい疫学的証拠を提供する。

つまり、循環白血球数が高いほど、その後のがん死亡率が高いということです。循環白血球数は体内での炎症反応のレベルの指標と考えられるので、炎症ががん死亡率を高めることを意味しています。

【シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性亢進は老化を促進する】
慢性炎症は老化を促進します。シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の活性亢進が老化を促進することが報告されています。以下のような報告があります。

Transgenic expression of cyclooxygenase-2 (COX2) causes premature aging phenotypes in mice(シクロオキシゲナーゼ-2(COX2)のトランスジェニック発現は、マウスの早期老化表現型を引き起こす)Aging (Albany NY). 2016 Oct 7;8(10):2392-2406.

【要旨】
シクロオキシゲナーゼ(COX)は、さまざまな生理学的プロセスを調節する脂質シグナル伝達分子であるプロスタノイドの生合成における重要な酵素である。COXのアイソフォームの1つであるCOX2は、さまざまな細胞性および環境性のストレスに応答して発現が誘導される。
COX2発現の増加は、多くの加齢性疾患の病因に関与していると考えられている。
COX2の発現は、老化したヒトやマウスの組織でも増加することが報告されており、これは、COX2が老化プロセスに関与していることを示唆している。しかし、COX2発現の増加が老化の原因なのか、それとも老化の結果なのかは明らかではない。
誘導性COX2トランスジェニックマウスモデルを作成することにより、この問題を検討した。
ここでは、COX2の出生後の発現が加齢に関連する表現型を誘導することを示す。
p16、p53、リン酸化-H2AXの発現はCOX2トランスジェニックマウスの組織で増加した。さらに、COX2トランスジェニックマウスの成体マウス肺線維芽細胞は、老化関連β-ガラクトシダーゼの発現増加を示した。私たちの研究は、COX2発現の増加が老化プロセスに影響を与えることを明らかにし、COX2とその下流のシグナル伝達の調節が加齢性疾患の治療のためのアプローチである可能性があることを示唆している。

慢性炎症は活性酸素の産生を増やして細胞や組織の酸化傷害を引き起こすことが、細胞の老化やがん化を促進する理由の一つです。

【アスピリンは抗がん剤による細胞老化を抑制する】
抗がん剤治療が老化を促進し、寿命を短縮することは761話で解説しました。
抗がん剤はDNAにダメージを与え、染色体のテロメアが短縮し、遺伝子発現を制御するエピジェネティクスの制御異常を引き起こし、ミトコンドリアの物質代謝やエネルギー産生などの機能を障害します。その結果、細胞の老化を促進し、組織の幹細胞が枯渇し、再生能力が低下し、慢性炎症が起こり、寿命を短縮するということになります。

 

図:抗がん剤はDNAにダメージを与え、染色体のテロメアが短縮し、遺伝子発現を制御するエピジェネティクスの制御異常を引き起こし、ミトコンドリアの物質代謝やエネルギー産生などの機能を障害する。その結果、細胞の老化を促進し、組織の幹細胞が枯渇し、再生能力が低下し、慢性炎症が起こり、寿命を短縮する。

アスピリンが抗がん剤による細胞老化を抑制する効果が報告されています。以下のような報告があります。

Aspirin ameliorates the long-term adverse effects of doxorubicin through suppression of cellular senescence(アスピリンは細胞老化の抑制を通じてドキソルビシンの長期的な副作用を改善する)FASEB Bioadv. 2019 Sep 9;1(9):579-590.

【要旨】
多くの小児がん生存者は、がん治療の晩期障害として、遅発性の副作用を発症する。小児がんの生存者の数が増え続けるにつれて、この遅発性副作用は小児がんサバイバーの健康関連の問題として重要になっている。
本研究では、ドキソルビシンを投与した幼若マウスの実験モデルを用いて、化学療法の晩期障害に対するアスピリンの効果を調べた。この新しいマウスモデルは、さまざまな長期的な悪影響をもたらし、そのいくつかは早期老化の表現型に似ている。
ドキシルビシンは、老化細胞の組織蓄積とシクロオキシゲナーゼ-2(COX2)発現の上昇をもたらした。しかし、ドキソルビシンを投与した若年マウスへのアスピリンによる治療は、体重増加を改善し、長期的な副作用を改善し、老化マーカーのレベルを低下した。
さらに、アスピリンは、ドキシルビシンで処理されたヒトおよびマウスの線維芽細胞におけるp53およびp21の蓄積を減少させた。
しかし、ドキソルビシン誘発p53蓄積に対するアスピリンの抑制効果はCOX2ノックアウトマウスの胚性線維芽細胞で有意に減少した。さらに、老化した線維芽細胞をアスピリンあるいはCOX2特異的阻害剤のセレコキシブで処理すると、細胞の生存率が低下し、Bcl-xLタンパク質のレベルが低下した。まとめると、これらの研究は、アスピリンが細胞老化の抑制を通じて化学療法の晩期障害を軽減できる可能性があることを示唆している。

以上のような研究から、抗がん剤治療後は、低用量のアスピリン(100mg/日)かセレコキシブ(1日100mgから200mg程度)の非ステロイド性抗炎症剤の服用は、長期的な後遺症(心臓血管疾患や2次がんの発症)や寿命短縮を抑制できる可能性があります。アントラサイクリン系抗がん剤(ドキソルビシンなど)やアルキル化剤(シクロホスファミド)など静脈血栓症の発生リスクの高い場合は血小板凝集抑制作用のあるアスピリンの方が良いと言えます。

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