364)低酸素誘導因子-1(HIF-1)をターゲットにしたがん治療

図:低酸素誘導因子(HIF-1)によって発現誘導や活性亢進される因子を図中の黄色地で赤字で示している。HIF-1はグルコース・トランスポーター(GLUT)の量を増やしてグルコースの取込みを増やす。ヘキソキナーゼ(HK)の量を増やして解糖系を亢進しグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)を増やしてペントース・リン酸経路を活性化する。乳酸脱水素酵素(LDH)の量を増やしてピルビン酸から乳酸への変換を促進し、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)を誘導してピルビン酸脱水素酵素を阻害して、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制する。乳酸を細胞外に排出するモノカルボン酸トランスポーター-4(MCT4)や血管新生を促進する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現を誘導する作用もある。これらの作用によって、がん細胞では解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制され、血管新生や免疫抑制や結合組織の分解などによって、増殖や浸潤や転移が促進される。
ラパマイシン、ジインドリルメタン、シリマリンがHIF-1の活性を阻害する作用が報告されている。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアでの代謝を活性化しHIF-1の活性を阻害する。2-デオキシグルコースはヘキソキナーゼを阻害して解糖系を抑制する。これらを組み合わせるとHIF-1の活性阻害と解糖系抑制とミトコンドリアの活性化による相乗効果による抗腫瘍効果が期待できる。

364)低酸素誘導因子-1(HIF-1)をターゲットにしたがん治療

【「抗がん剤治療を受けてはいけない」という意見は正しいのか?】
がんが進行すると標準治療では抗がん剤治療が主体になります。
しかし、固形がんや肉腫の多くに対しては現行の抗がん剤治療は効果が限定的なことと、正常細胞への毒性による副作用という欠点があるため、必ずしもメリットがあるわけではありません。
抗がん剤治療は受けてはいけない」という趣旨の書籍がベストセラーになっている背景には、このような抗がん剤治療の限界と欠点があります。
しかし、副作用があっても、抗がん剤治療に勝る治療法がなければ、抗がん剤治療に頼らざるを得ないというのが、がん治療の現状でありジレンマです。
免疫療法や漢方治療やサプリメントを使った治療など様々な代替医療が行われていますが、現行の抗がん剤治療に置き換われるほどの有効性は得られていません。
標準治療というのは、現時点で最も有効性が高いと考えられている治療法です。
免疫療法や漢方治療やサプリメントなどを使った代替医療と言われている治療法も現行の抗がん剤治療よりも有効性が高いというエビデンス(証拠)がでれば標準治療になり得ますが、まだそうなっていないのは、抗がん剤治療の方が総合的に勝っているからです。
そこで、進行した固形がんや肉腫のに対する治療は、副作用というデメリットはあっても、抗がん剤に頼るしかありません。
効く抗がん剤が無い場合や、抗がん剤治療を受ける体力や抵抗力が無い場合には、「抗がん剤治療を受けてはいけない」という意見は正しいのですが、副作用を耐えられる体力がありがんの縮小効果が期待できるときは「抗がん剤治療を受けてはいけない」という意見は間違っているかもしれません。
抗がん剤治療の問題は、がん細胞の攻撃だけが目標になっていることです。
漫然とがん細胞を抗がん剤で攻撃するだけでは限界が見えています。
抗がん剤の効き目を高める(がん細胞の抗がん剤感受性を高める)方法を併用すれば、がんを消滅する確率を高めることができます。そのような方法を積極的に利用すれば、進行がんでも根治できる可能性があります。
抗がん剤が効きにくいという理由の一つが、がん幹細胞の存在です。がん幹細胞は様々なメカニズムで抗がん剤や放射線治療に対して抵抗性を持っているので、これらの治療に生き残り、再発や転移の原因になっています。
したがって、抗がん剤や放射線に対するがん幹細胞の感受性を高める方法の開発が重視されています。がん幹細胞を死滅させることができれば、進行がんでも根治できます。(がん幹細胞については前回の363話を参照)

【「正常細胞で活性が低く、がん細胞で活性が高い因子」をターゲットにすればがん選択性の高いがん治療ができる】
がん細胞に選択性の高い治療法の開発は副作用の少ないがん治療につながります。
抗がん剤治療の最も重要な問題点の「副作用」が発生するのは、それらの抗がん剤のがん細胞への選択性が低いからです。
「がん細胞への選択性が高い薬」というのは、がん細胞だけに作用し、正常細胞には作用しない薬のことです。
がん細胞に対する選択性が低い理由は、それらの抗がん剤が「がん細胞だけでなく、正常細胞の増殖や生存にも必要な経路」をターゲットにしているからです。
細胞分裂の過程を阻害すれががん細胞を死滅できますが、増殖している正常細胞(例えば、造血細胞や腸粘膜上皮細胞)も死滅することになります。
造血細胞や腸粘膜上皮細胞にダメージが及べば、貧血や白血球減少や消化管症状(食欲低下、吐き気、下痢など)などの副作用が発生します。
そこで、「正常細胞の増殖や生存には必要なく、がん細胞(特にがん幹細胞)の増殖や生存に必要なもの」、つまり、増殖している正常細胞では発現量や活性が低く(=正常細胞の増殖と生存には必要ない)、増殖しているがん細胞では発現量や活性が高い(=がん細胞の増殖や生存には必要な)シグナル伝達経路やタンパク質をターゲットにすれば、がん細胞に対する選択性や特異性の高い抗がん剤になります。
そのような因子やタンパク質やシグナル伝達経路をターゲットにすれば、副作用が少なく、有効性の高い治療法になります。
そのようながん治療のターゲットの候補の一つに低酸素誘導因子-1(Hypoxia-inducible Factor-1:HIF-1)という転写因子があります。転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報を蛋白質に変換すること)を調節している蛋白質です。HIF-1のターゲット遺伝子は100種類以上知られており、エネルギー代謝、血管新生、細胞増殖、アポトーシスなど細胞の機能と深く関連している遺伝子の発現を制御しています。
HIF-1は細胞が低酸素状態におかれると活性化してきます。したがって、酸素が十分に利用できる状況で細胞分裂している正常細胞では必要がない転写因子です。
一方、多くのがん細胞では、低酸素状態であってもなくてもHIF-1の活性が亢進しています
がん組織では急速な増殖で一部のがん細胞が低酸素になるので、その適応としてHIF-1の活性が高くなるのですが、実際は、低酸素でなくてもがん細胞ではHIF-1の発現量や活性が亢進しています。
がん細胞では、遺伝子変異などによって増殖のシグナル伝達系が恒常的に亢進しており、その結果としてHIF-1の活性が恒常的に亢進しているからです。
がん細胞の代謝の特徴である「解糖系の亢進とミトコンドリアでの酸化的リン酸化の抑制」という、いわゆるワールブルグ効果(Warburg effect)を根本で制御しているのがHIF-1と言っても過言ではなく、ワールブルグ効果をターゲットにしたがん治療を行うときには、HIF-1の活性を阻害することは重要です。
たとえば、2-デオキシ-D-グルコースなどで解糖系を阻害し、ジクロロ酢酸ナトリウムでミトコンドリアでのTCA回路と酸化的リン酸化を亢進すればワールブルグ効果をある程度は阻止できますが、さらにHIF-1の活性を阻害すれば、さらに効果は高まるということです。

【HIF-1は低酸素になると活性化される】
生物は外界の酸素濃度を認識する巧みな仕組みを保持しています。
酸素濃度が低下すると、生物は低酸素シグナルを活性化し低酸素状態に適応します。
この低酸素応答の中心的分子が低酸素誘導因子-1(Hypoxia inducible factor-1: HIF-1) およびプロリル・ヒドロキシラーゼ(prolyl hydroxylase )と呼ばれるタンパク質です。
HIF-1は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。αとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現して細胞核にいますが、 HIF-1αは細胞質で酸素濃度依存的な分解を受けます。(HIFのαサブユニットにはHIF-1α, -2α and -3α、βサブユニットにはHIF-1β, -2β and -3βのそれぞれ3種類が知られていますが、低酸素誘導因子として中心になっているのはHIF-1αとHIF-1βであるため、HIF-1をHIFの同義語として使用)
すなわち、HIF-1αは、正常酸素濃度下では、HIF-1αタンパク質中の2カ所のプロリン残基がプロリルヒドロキシラーゼ(prolyl hydroxylase)により水酸化されることによりVHL(von Hippel-Lindau)タンパク質が結合します。VHLが結合するとHIF-1αのユビキチン化が促進されて26Sプロテアソームで分解されます。したがって、酸素が十分にある状況ではHIF-1は不活性の状態に維持されます。
プロリルヒドロキシラーゼ(prolyl hydroxylase)は酸素濃度感受性のタンパク質で、酸素濃度が低下するとプロリルヒドロキシラーゼの酵素活性が著しく低下します。すると、HIF-1αのプロリン残基の水酸化が起きないので、HIF-1αは分解を受けずに安定化します。
安定化したHIF-1αは核内に移行し、HIF-1βと二量体を形成して低酸素応答配列(Hypoxia Responsive Element)に結合して、低酸素応答に必要な様々な遺伝子の発現を活性化します。
すなわち、HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、 多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています(下図)。

図:酸素濃度が高い状態では、HIF-1αは酸素濃度感受性タンパク質のプロリル・ヒドロキシラーゼによって水酸化され、VHL(von Hippel-Lindau)タンパク質が結合して26Sプロテアソームで分解される。低酸素状態ではプロリル・ヒドロキシラーゼの活性が低下してHIF-1αの分解が阻止されるので、蓄積したHIF-1αは核内に移行してHIF-1βとヘテロダイマー(ヘテロ二量体)を形成して遺伝子の低酸素応答配列に結合し、低酸素状態の適応に必要な様々な遺伝子の発現を誘導する。
 
【がん細胞では低酸素でなくてもHIF-1が恒常的に活性化している】
がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分に利用できる状況でも、酸素を使わない解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生(酸化的リン酸化)が抑制されていることです。つまり、酸素があっても、あたかも低酸素のような代謝を行っているわけです。
このような代謝の特徴の根本的なメカニズムは、がん細胞では酸素濃度とは関係なく、恒常的にHIF-1が活性化しているためです。つまり、がん細胞では恒常的に低酸素シグナルがオンになっているということです。その理由は、がん細胞で活性化されているmTORC1STAT3がHIF-1の産生を促進するからです。
がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3キナーゼ/Akt/mTORC1シグナル伝達系においてmTORC1はHIF-1のタンパク質の産生(mRNAからタンパク質の翻訳)を促進します
また、増殖因子やサイトカインで活性化されるSTAT3という転写因子はHIF-1遺伝子の転写を亢進します。
mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)はリボソームの生合成を促進するS6Kをリン酸化して活性化する作用によって蛋白質合成を促進し、HIF-1タンパク質の産生を増やします。
一方、STAT(signal transducer and activator of transcription;シグナル伝達兼転写活性化因子)は、様々な増殖因子やサイトカインを中心とする細胞外からの刺激によって活性化されたJAKなどのチロシンキナーゼによってリン酸化を受けると2量体を形成し、核内に移行してさまざまな遺伝子の発現を誘導します。
STAT転写ファミリーには7種類が存在しますが、特にSTAT3はほとんどすべての固形がんで活性化されており、細胞のがん化に重要な働きをすることが分かっています
STAT3はHIF-1の遺伝子発現(転写)を促進することが知られています。つまり、がん細胞で活性が亢進しているmTORC1とSTAT3はHIF-1タンパク質の産生量を相乗的に高めることが報告されています(下図)。
HIF-1αタンパク質の発現量が増えても、HIF-1αの分解に関与するプロリルヒドロキシラーゼ(prolyl hydroxylase)やVHL(von Hippel-Lindau)タンパク質が正常に働けばHIF-1の活性亢進を抑制できますが、がん細胞ではプロリルヒドロキシラーゼやVHLの発現低下や遺伝子変異によってHIF-1αの分解過程に異常を起こしていることも多いことが報告されています。
 
 
図:増殖刺激や遺伝子変異などによってがん細胞で恒常的に活性が亢進しているSTAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子)はHIF-1遺伝子の転写(mRNAの産生)を促進し、mTORC1はリボソームの生合成を促進するS6Kを活性化してHIF-1タンパク質の合成を促進する。
 
【HIF-1活性が高いがん細胞は浸潤・転移しやすい】
急速に増大するがん組織の中で、がん細胞は常に低酸素、低栄養による細胞死の危険にさらされています。そこで、低酸素や低栄養による細胞死を起こさないようにするメカニズムとしてがん細胞はHIF-1活性を高めています。これは、HIF-1活性が亢進しているほど、がん細胞は低酸素や低栄養で生存できる(死ににくい)ということを意味しています。
HIF-1はピルビンン酸脱水素酵素キナーゼ(下図のPDK:ピルビン酸脱水素酵素を阻害する)の発現を促進してピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸からアセチルCoAへの変換)の活性を低下させ、さらにピルビン酸から乳酸への嫌気性解糖系に働く乳酸脱水素酵素(LDH)の発現を促進する作用があります。
つまり、HIF-1はピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してTCA回路と酸化的リン酸化での代謝を抑制し、嫌気性解糖系(ピルビン酸から乳酸の変換)を亢進します。
さらに、HIF-1は腫瘍特異的なピルビン酸キナーゼ-M2(266話参照)の発現を促進し、解糖系の途中におけるグルコース代謝産物から核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成を促進する作用(ペントースリン酸経路の亢進)もあります。
また、HIF-1はがん幹細胞の幹細胞として能力を維持させる作用、上皮-間葉移行(199話参照)や細胞接着因子の遺伝子発現を誘導する作用、VEGFを介する血管新生によりがん細胞の遠隔転移を促進する作用なども知られています。
つまり、HIF-1活性が亢進するとグルコースの取込みと解糖系とペントースリン酸経路が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化の活性が抑制され、さらに、血管新生が促進され、乳酸の産生が増えると免疫細胞が抑制され、結合組織の分解も促進されて転移や浸潤が起こりやすくなるので、HIF-1活性が高いがんほど予後が悪いと言えます。(下図)
 
図:低酸素誘導因子(HIF-1)によって発現誘導や活性亢進される因子を図中の黄色地で赤字で示している。HIF-1はグルコース・トランスポーター(GLUT)の量を増やしてグルコースの取込みを増やす。ヘキソキナーゼ(HK)の量を増やして解糖系を亢進しグルコース-6-リン酸脱水素酵素(G6PD)を増やしてペントース・リン酸経路を活性化する。乳酸脱水素酵素(LDH)の量を増やしてピルビン酸から乳酸への変換を促進し、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)を誘導してピルビン酸脱水素酵素を阻害して、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制する。乳酸を細胞外に排出するモノカルボン酸トランスポーター-4(MCT4)や血管新生を促進する血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現を誘導する作用もある。これらの作用によって、がん細胞では解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制され、血管新生や免疫抑制や結合組織の分解などによって、増殖や浸潤や転移が促進される。
 
【ジインドリルメタンはHIF-1活性を阻害する】
ジインドリルメタンはアブラナ科の植物に含まれるグルコブラシシンから体内で生成される成分で、様々な抗がん作用が報告されています(101話275話参照)。サプリメントとして販売されています。
ジインドリルメタンがSTAT3を阻害する作用が報告されています。以下のような論文があります。
 
Diindolylmethane suppresses ovarian cancer growth and potentiates the effect of cisplatin in tumor mouse model by targeting signal transducer and activator of transcription 3 (STAT3)(ジインドリルメタンはSTAT3を標的にすることによってマウスの移植腫瘍の実験モデルにおいて卵巣がんの増殖を抑制し、シスプラチンの抗腫瘍効果を増強する)BMC Med. 2012; 10: 9.
【要旨】
研究の背景:Signal transducer and activator of transcription 3 (STAT3:シグナル伝達兼転写活性化因子3)は卵巣がんの多くにおいて活性化されており、卵巣がんのシスプラチンに対する抵抗性獲得に関与している。
我々は、以前の研究において、ジインドリルメタンが卵巣がん細胞の増殖を阻害することを報告している。しかし、ジインドリルメタンの増殖抑制作用の作用機序については明らかにされていない。本研究では、ジインドリルメタンの作用機序を検討した。
実験方法:ヒト卵巣がん細胞株6種類を用いた培養細胞の実験系と、マウスに卵巣がん細胞を移植した動物実験モデルを用い、ジインドリルメタン単独の効果とシスプラチンとの併用効果について検討した。
結果:ジインドリルメタンは培養細胞の実験系で、6種類のヒト卵巣がん細胞全てに対してアポトーシス(細胞死)を誘導した。STAT3のTyr-705(チロシン705)とSer-727(セリン727)におけるリン酸化は、ジインドリルメタンによって用量依存的に抑制された。
さらに、ジインドリルメタンはSTAT3の核内への移行とDNA結合と転写活性を阻害した。インターロイキン-6によって誘導されるTyr-705におけるSTAT3のリン酸化もジインドリルメタンによって顕著に阻害された。
遺伝子導入によってSTAT3を過剰発現させると、ジインドリルメタンによって誘導されるアポトーシスは阻止された。さらに、卵巣がん細胞および卵巣がん組織におけるインターロイキン-6の発現量はジインドリルメタンによって減少した。
ジインドリルメタンは低酸素誘導性因子1α(HIF-1α)と血管内皮細胞増殖因子の発現を抑制してがん細胞の浸潤と血管新生を阻害した。
さらに重要なことは、ヒト卵巣がん細胞SKOV-3細胞におけるシスプラチンの作用をSTAT3を介する機序で増強した。
1日に3mgのジインドリルメタンの経口投与とシスプラチンの投与は移植腫瘍の増殖を著明に抑制した。腫瘍組織におけるアポトーシスの増加と、STAT3活性の抑制が認められた。
結論:以上の実験結果より、ジインドリルメタン単独あるいは抗がん剤との併用の有用性について卵巣がんの臨床例を対象に検討する価値がある。
 
前述のように、STAT3は、STAT (Signal Tranducer and Activator of Transcription:シグナル伝達兼転写活性化因子) ファミリーに属する蛋白質で、その名の通り、シグナル伝達と遺伝子転写活性化の両方において働きます。STAT3は非活性化状態においては細胞質に存在しますが、Janusキナーゼ(JAK)が活性化されることによってリン酸化を受け、核内へ移行して目的遺伝子を活性化する転写因子として機能します。
IL-6ファミリーのサイトカインあるいはEGF等の成長因子がそれらの受容体に結合することによりJanusキナーゼ(JAK)が活性化されると、活性化されたJAKがSTAT3のチロシン705をリン酸化します。
チロシン705がリン酸化されたSTAT3二分子のSH2ドメインがそれぞれ他方の分子のリン酸化チロシンと相互作用することにより二量体を形成して核内に移行し、核内に移行したSTAT3二量体は標的となるDNAに結合する事で転写を活性化します。これをJAK-STAT経路と言います。STAT3は種々の腫瘍に恒常的に発現しておりますが、STAT3の機能を阻害するとアポトーシスが誘導されることから、STAT3阻害剤は新たな抗がん剤のターゲットとして着目されています。
さて、この論文では、ジインドリルメタンは卵巣がんに対するシスプラチンの効果を増強し、その機序としてSTAT3の活性化を抑制する効果を示唆しています。STAT3活性を抑制することはHIF-1の活性抑制にも効果があります。
 
ジインドリルメタンがHIF-1の発現量を減少させるという実験結果も報告されています。以下のような論文があります。
 
3,3'-diindolylmethane reduces levels of HIF-1alpha and HIF-1 activity in hypoxic cultured human cancer cells.(ジインドリルメタンは低酸素で培養したヒトがん細胞におけるHIF-1αの量とHIF-1活性を減少させる)
Biochem Pharmacol 75(9):1858-67, 2008
この論文では、がん細胞が低酸素状態になったときに活性化される転写因子のHIF-1の発現をジインドリルメタンが阻害することを培養がん細胞を使った実験で報告しています。HIF-1は血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管新生に関与する蛋白質の発現を誘導します。したがって、ジインドリルメタンは、腫瘍の血管新生を阻害してがん細胞の増殖を抑制する効果が示唆されたという内容です。
 
ジインドリルメタンに関しては、Akt/NF-κBシグナル伝達系を阻害する作用によって、がん細胞の細胞死(アポトーシス)を誘導する作用や抗がん剤に対する感受性(抗がん剤が効きやすくなること)を高める効果が報告されています。
例えば、乳がん細胞に対するタキソールの効果、前立腺がん細胞の対するタキソテールの効果、膵臓がんに対する抗がん剤(シスプラチン、ジェムシタビン、オキサリプラチン)やタルセバ(erlotinib)の効果を高めることが報告されています。
さらに、NF-κBの活性を阻害することによって、NF-κBによって調節を受け、血管新生やがん細胞の浸潤や転移に関与しているVEGFやIL-8やMMP-9やuPAなどの遺伝子発現を抑え、がん細胞の増殖や転移を抑える効果も報告されています。
様々な機序によって抗がん剤感受性を高める効果が報告されていますので、ジインドリルメタンは抗がん剤治療と併用するサプリメントとして極めて有用だと言えます。
 
【ジクロロ酢酸ナトリウムはHIF-1の活性を抑制する】
ジクロロ酢酸ナトリウムはHIF-1で誘導されるピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害することによってピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸をアセチルCoAに変換)の活性を高め、ミトコンドリアでのエネルギー産生を亢進して酸化ストレスを高める作用でがん治療に使用されています。(355話参照)
ジクロロ酢酸ナトリウムでピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアを活性化するとがん細胞のHIF-1αシグナル系と血管新生が阻害されることが報告されています。以下のような論文があります。
 
Mitochondrial activation by inhibition of PDKII suppresses HIF1a signaling and angiogenesis in cancer.(ピルビン酸脱水素酵素キナーゼIIの阻害によるミトコンドリアの活性化はがんにおけるHIF1αシグナル系と血管新生を阻害する)Oncogene 32(13): 1638-50, 2013
【要旨】
多くの固形がんにおいて、グルコース代謝はミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制され、解糖系が亢進しているという特徴がある。ミトコンドリアの活性の低下はアポトーシス抵抗性とも関連している。
ミトコンドリアの活性抑制は低酸素誘導因子-1αと血管新生の活性化にも関与している。
培養がん細胞や移植腫瘍を使った実験で、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの阻害剤のジクロロ酢酸ナトリウムが、がん細胞のミトコンドリアでの酸化的リン酸化を活性化し、がん細胞にアポトーシスを誘導することを報告している。
がん細胞では低酸素状態でなくてもHIF-1αが活性化して血管新生を促進しており、この「偽の低酸素状態」のシグナルをジクロロ酢酸ナトリウムによって是正できるのではないかという仮説のもとに実験を行った。
HIF1αルシフェラーゼリポーターアッセイ法(HIF1α luciferase reporter assays)を含む幾つかの実験法を使って、がん細胞においてピルビン酸脱水素酵素キナーゼIIを阻害するとHIF1αが阻害されることを示した。
プロリル・ヒドロキシラーゼによるHIF1αの活性阻害(プロリル・ヒドロキシラーゼはHIF1αを水酸化して分解を促進する)を薬物や分子生物学的手法で抑制する実験系を用いて実験した結果、ジクロロ酢酸ナトリウムは、プロリル・ヒドロキシラーゼ依存性のメカニズム(ジクロロ酢酸ナトリウムによってTCA回路でのα-ケトグルタル酸の産生が関与)と、プロリル・ヒドロキシラーゼ非依存性のメカニズム(ミトコンドリア由来の過酸化水素H2O2を介したがん抑制遺伝子p53の活性化とGSK3βの活性化が関与)の両方によってジクロロ酢酸ナトリウムはHIF1αの活性を阻害することを明らかにした。
ジクロロ酢酸ナトリウムによるHIF1αの阻害は、HIF1αで誘導されるいくつかの遺伝子発現の抑制とマトリゲルアッセイ法によるin vitroでの血管新生阻害作用によって示された。
最も重要なことは、ラットに非小細胞性肺がんと乳がん細胞を移植した動物実験モデルにおいて、ジクロロ酢酸ナトリウムが腫瘍血管の新生と腫瘍内の血流を阻害することを、コントラスト増強超音波検査(contrast-enhanced ultrasonography)や画像診断や病理検査で示したことである。
この研究は、ピルビン酸脱水素酵素の活性を亢進してミトコンドリアの代謝を高める方法は、最近報告されているがん細胞のアポトーシス誘導と増殖抑制作用に加えて、固形がんにおける正常酸素濃度下でのHIF1αの活性化を誘導している偽の低酸素シグナルを是正することによって血管新生を抑制できることを示している。
 
この論文の著者らは、ジクロロ酢酸ナトリウムの抗がん作用を最初に報告したカナダのアルバータ大学のMichelakis博士のグループです。
Oncogeneという学術雑誌は比較的レベルの高い方(2012年のImpact Factor 7.357で、がん関連の雑誌では196誌中19位)で、論文の内容はかなり理解しにくいかもしれません。
簡単にまとめると以下のようになります。
 
1)低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)はプロリル・ヒドロキシラーゼによって水酸化され、分解が促進される。プロリル・ヒドロキシラーゼによるHIF-1αの水酸化には酸素(O2)とTCA回路で産生されるα-ケトグルタル酸が必要。したがって、ジクロロ酢酸ナトリウムでピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸からアセチルCoAへ変換)を活性化してミトコンドリアでのTCA回路を活性化することはプロリル・ヒドロキシラーゼの活性を高めてHIF-1αの分解を促進するので、その結果HIF-1の活性は低下する。
2)ジクロロ酢酸ナトリウムでミトコンドリアでの代謝が亢進すると活性酸素の産生が増え、がん抑制遺伝子のp53の活性化などによってHIF-1の活性が抑制される。
3)ジクロロ酢酸ナトリウムががん組織のHIF-1の活性を抑制し、血管新生や腫瘍の血流を低下させることががんを移植した動物実験で証明された。
4)つまり、ジクロロ酢酸ナトリウムでミトコンドリアにおけるグルコース代謝を活性化する治療法はHIF-1の活性抑制を介した抗腫瘍効果が期待できる
 
【HIF-1をターゲットにしたがんの代替医療】
今までの説明から、mTORC1(あるいは上流のPT3K/Aktシグナル伝達系)とSTAT2を同時に阻害し、さらにがん組織の低酸素状態を軽減すると、HIF-1の活性を低下させることができます。
ジインドリルメタンとジクロロ酢酸ナトリウムがHIF-1の活性を抑制することは説明しました。
mTORC1を直接阻害する方法としてラパマイシンおよびラパマイシン誘導体があります。
(ラパマイシンについては363話参照)
キク科のマリアアザミ(ミルクシスル)に含まれるシリマリンには、グルコ−スの取り込みの阻害作用、HIF活性 の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序でがん細胞のワールブルグ効果を阻害す る作用が報告されています。(270話参照)
がんの漢方治療に使われる白花蛇舌草がSTAT3シグナル伝達系を阻害する作用が報告されています。
 
Hedyotis diffusa Willd Inhibits Colorectal Cancer Growth in Vivo via Inhibition of STAT3 Signaling Pathway(白花蛇舌草はSTAT3シグナル伝達系を阻害することによって生体内での結腸直腸がん細胞の増殖を阻害する)Int J Mol Sci. 2012; 13(5): 6117–6128.
 
以上のような報告を組み合わせると、ラパマイシン+ジインドリルメタン+ジクロロ酢酸ナトリウム+シリマリン+白花蛇舌草を多く使った煎じ薬というのは低酸素誘導因子(HIF-1)の活性を抑えてがん細胞の増殖を抑制できる可能性があります。
さらに2-デオキシグルコースで解糖系をさらに阻害すると抗腫瘍効果が増強できると思います。
(トップの図参照)

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