がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
54) がん患者のTh1サイトカイン産生を高める漢方薬
図:液性免疫と細胞性免疫(Th1細胞とTh2細胞の役割):ヘルパーT前駆細胞(Th0)は1型ヘルパーT細胞(Th1)と2型ヘルパーT細胞(Th2)に分かれ、Th1細胞は細胞性免疫に関与し、Th2細胞は液性免疫に関与する。Th1とTh2は一方が高まれば他方が低下する相反する関係にある。がん細胞を攻撃するのはTh1細胞である。
54) がん患者のTh1サイトカイン産生を高める漢方薬
【Th1サイトカインとTh2サイトカイン】
リンパ球にはB細胞・T細胞・ナチュラルキラー(Natural killer, NK)細胞などがあります。B細胞は抗体という飛び道具を使って細菌やウイルスを攻撃するもので、これを「液性免疫」といいます。IgEという抗体の一種が関与するアレルギー性疾患はこの液性免疫が過剰に反応する結果発生します。
一方、ウイルス感染細胞やがん細胞など自分の細胞に隠れている異常を発見して、Tリンパ球やNK細胞などが直接攻撃する免疫の仕組みを「細胞性免疫」といいます。細胞性免疫はがんに対する生体防御に重要な役割を果たしますが、調節が狂って正常な自分の細胞を攻撃すると様々な自己免疫疾患の発病に関連します。
液性免疫と細胞性免疫とは、互いに相反関係にあることが知られていました。つまり、シーソーのように、一方の働きが強くなるともう一方は抑制される関係です。このメカニズムは、2種類のヘルパーT細胞 (Th) のバランスにより説明されています。ヘルパーT細胞は、B細胞やT細胞の増殖や働きを調節するタンパク質(サイトカイン)を分泌して、液性免疫と細胞性免疫のバランスを調節しており、そのサイトカインの産生パターンから、Th1(1型ヘルパーT) 細胞とTh2(2型ヘルパーT) 細胞に分類されます。
Th1細胞はインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)や インターロイキン-2(IL-2)を分泌して細胞性免疫に関与し、Th2細胞はIL-4, IL-5, IL-6, IL-10などを分泌して液性免疫に関与します。ヘルパーT前駆細胞(Th0)がTh1細胞になるためにはマクロファージから分泌されるIL-12が必要であり、一方、Th2細胞となるためにはT細胞から分泌されるIL-4が必要とされています。
Th1は細胞性免疫を促進し、Th2は液性免疫を促進します。Th1とTh2のバランスの異常が、アレルギー性疾患や自己免疫疾患やがんなどの病気の発生に密接に関連していることが明らかになっています。
【オウギとセンキュウはTh1細胞活性を高める】
がん患者ではTh2サイトカインが優位になっており、このTh2サイトカインの優位性が腫瘍の進展と関連していることが知られています。したがって、がん患者におけるTh2優位性の状態を逆転することは、がん治療において有用であると考えられています。
漢方薬に使用されるオウギ(黄耆)とセンキュウ(川きゅう)が、がん患者におけるTh2サイトカイン優位な免疫状態をTh1サイトカイン優位に逆転する効果を示す研究結果が報告されています。
Traditional Chinese medicine Astragalus reverses predominance of Th2 cytokines and their up-stream transcript factors in lung cancer patients.(肺がん患者の末梢リンパ球のサイトカイン分泌と遺伝子転写におけるTh2優位性を、伝統中国医学で使用される黄耆が逆転する)Oncol Rep. 10:1507-12, 2003 (要旨)肺がん患者37人と健常人19人を対象に、末梢血リンパ球におけるサイトカインの分泌と遺伝子転写の状態を検討。採取した末梢血リンパ球で、Th1サイトカイン(インターフェロン-γ、IL-2)とTh2サイトカイン(IL-4, IL-6, IL-10)のmRNAの陽性率や発現量を比較した。さらにTh1サイトカインとTh2サイトカインの遺伝子転写を誘導する転写因子の活性レベルを比較した。 その結果、健常人と比較して肺がん患者の末梢リンパ球では、Th1サイトカインの分泌や転写活性は低下し、Th2サイトカインの分泌と転写活性が上昇していた。 培養したリンパ球を用いた実験で、中国伝統医学で利用される黄耆は、肺がん患者における末梢血リンパ球のTh1サイトカインの分泌と転写活性を高め、Th2サイトカインの分泌と転写活性を低下させる効果があることが示された。 黄耆は、肺がん患者におけるTh2サイトカイン優位の免疫状態を逆転し、抗腫瘍免疫を高める効果が示唆された。 |
Type two cytokines predominance of human lung cancer and its reverse by traditional Chinese medicine TTMP.(中国伝統薬に含まれるテトラメチルピラジンは、肺がん患者におけるTh2優位のサイトカイン分泌を逆転する)Cell Mol Immunol. 1:63-70, 2004 テトラメチルピラジン(Tetra-Methylpyrazine)は、中国伝統薬に使用されるセンキュウなどに含まれる薬効成分。肺がん患者から採取した末梢血リンパ球を培養しテトラメチルピラジンを添加すると、リンパ球のTh1サイトカイン(インターフェロン-γ、IL-2)の産生を増やし、Th2サイトカイン(IL-4, IL-6, IL-10)の産生を低下させた。テトラメチルピラジンは、がん患者におけるTh2サイトカイン優位の免疫状態をTh1サイトカイン優位に逆転し、抗腫瘍免疫を高める効果が示唆された。 |
コメント:
テトラメチルピラジンはセンキュウ(川きゅう)に含まれ、血小板凝集抑制など血液循環改善作用が知られていいます。さらに、リンパ球のTh2サイトカイン産生を抑制しTh1サイトカイン産生を高める作用は、がん細胞に対する免疫力の増強や、アトピーなどのアレルギー性疾患に対する効果が示唆されます。
リンパ球のTh2サイトカイン優位の免疫状態をTh1サイトカイン優位の免疫状態に変えることは、がん細胞に対する免疫力を高めるので、がん治療において有効な治療手段となります。
オウギ(黄耆)やセンキュウ(川きゅう)を含む漢方薬は、がん患者の抗腫瘍免疫を高める効果が期待できます。オウギとセンキュウを含む漢方薬として十全大補湯などがあります。
栄養不全・加齢・ストレスや慢性消耗性疾患などでは、TH1が低下しTh2優位となります。このような状態では、がん細胞に対する免疫(腫瘍免疫)の働きは低下した状態になります。がん治療で用いられる免疫増強剤の多くは、T細胞をTh1タイプが優位になるように働いて細胞性免疫を高めます。しかし、栄養状態や体力の低下などTh1活性を低下させる要因が強いときには、これらを改善しないと、いくら免疫増強剤を投与しても十分な効果を発揮できません。(12話参照)
また、がん細胞が作り出す有害物質によって、がんを持った体の代謝機構や防御機構が乱され、栄養素の消化・吸収・利用が障害されて、食欲不振や体重減少が引き起こされます。さらに体が消耗状態に陥ると、老廃物が蓄積し、栄養物質の供給は障害されます。このようながん患者にみられる血液や体液が汚れた状態を悪液質といいます。悪液質の状態ではTh2が優位となってTh1の活性を阻害する方向に働いているため、どんな免疫療法を試みてもその効果が現われにくくなっています。そのような状況に対しては、組織の循環や新陳代謝を改善し、栄養状態を高めることによって悪液質を改善すれば、Th2優位の状態から脱することができます。例えば、薬用人参にはがん患者における食欲不振や体重減少を改善し、悪液質の改善にも効果があることが報告されています。
したがって、十全大補湯のような補剤や、血液循環や新陳代謝を良くする駆お血薬や、炎症やがん性悪液質を改善する清熱解毒薬などを組み合わせることによって、より有効にTh1優位の抗腫瘍免疫を増強できます。
(文責:福田一典)
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