284) 健康食品と論文捏造

図:レスベラトロールやクルクミンなどの食品成分の健康作用に関する学術論文に不正が見つかって論文撤回になっている例がある。「Journal of Agricultural and Food Chemistry(農業・食品化学ジャーナル)」では、コネチカット大学のディパク・ダス教授のブロッコリーやニンニクや赤ワインに関する3つの論文に不正が見つかり、これらの論文がコネチカット大学によって撤回されている。「Antioxidant & Redox Signaling(抗酸化剤とレドックス・シグナル伝達)」という学術雑誌もダス教授の2つの論文を撤回している。クルクミンの研究で有名なMDアンダーソン研究所のバラット・アガワル教授も、論文不正で「Cancer Letters」の論文が撤回になり、さらに他の多数の論文も不正が疑われて調査が行われている。これらは氷山の一角で、健康食品関連の領域では、論文の捏造や不正はかなり存在する。

284) 健康食品と論文捏造

【論文の捏造が問題になっている】 
健康食品の広告の中に、「○○学会で発表」とか「○○雑誌に報告」とかいう表現で宣伝されることがあります。大学教授や有名な研究者が学会や学術雑誌にその効果を報告していると、多くの一般市民はそのサプリメントや健康食品の効果が証明され、すばらしいものであると信じてしまいます。 
学会に発表する場合、その実験の方法や結果の正しさは事前に問題にはなりません。その学会の会員になれば、どんなにデタラメな研究であっても発表の機会は与えられます。学会発表したときに、実験内容の不備や問題点を指摘されて、その研究そのものがボロクソに非難されたとしても、その議論は記録には残らず、学会発表したという事実だけが残って、宣伝に利用されているものも数多くあります。 
日本の論文雑誌では、お金さえ払えばほとんど無審査に近い状態で掲載される学術雑誌も数多くあります。かなり無理した解釈でも、大した結果でなくても、体裁さえ整っていればほとんど掲載されます。 
レベルの高いジャーナルであれば、ちゃんとした研究方法をとっているか、統計処理は正しいか、結果の解釈が間違っていないか、内容が新規か、などという点が審査されます。しかし、超一流の学術雑誌でも、ねつ造した研究が発表されることもありますし、外見的に体裁が整ってつじつまが合えば、多くは審査を通り掲載されます。都合の良い点だけを強調して新しい知見であると主張すれば、審査員も認めざるをえません。データを捏造していても、見破ることは通常は不可能です。 
ほとんどの研究者には良心があるから、論文を捏造するということは考えられないと思われるかもしれません。しかし、論文を発表することによって何らかの利益を得ることができれば、論文の捏造や不正の誘惑に負ける研究者も出てきます。多くの論文を発表すれば、より高いポストに着く事ができます。国からの研究費も得やすくなります。健康食品やサプリメントの場合は、その製品のスポンサーから金銭的なサポートが得られます。健康食品の宣伝に有利な研究結果を捏造して発表して多額の謝礼を得ている研究者もいます。 
近年、医学や科学の研究分野で「
論文捏造」や「論文不正」の事件が新聞報道などで頻繁にみるようになりました。例えば、インターネットで「論文捏造」で検索すると多数の「論文捏造事件」が出てきます。今年になってからの例では、「東京大学分子細胞生物学研究所の研究室の不正論文疑惑で教授が辞任」「東京医科歯科大の助教が論文捏造で処分」「名古屋市立大学医学部展開医科学講座の論文捏造で准教授が懲戒解雇、教授が停職」などという記事が出てきます。健康食品とは関係なく純粋に医学的な研究で論文不正が行われていた事件も多いのですが、健康食品やサプリメント絡みのものも多数明らかになっています。

【レスベラトロール研究の論文捏造事件】 
今年の1月13日の報道に以下のような記事がありました。(出典元:http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2850466/8291778)


【1月13日 AFP】米コネチカット大学は12日、同大所属の教授について、科学専門誌11誌に発表した赤ワインの健康効果を主張する論文に100を超えるデータの改ざん・捏造があったことが明らかになったとして、懲戒解雇したと発表した。同大が「145か所のデータの改ざん・捏造が明らかになった」と糾弾したのは、同大医療センター外科部門に所属していたディパク・ダス(Dipak Das)教授で、同センター循環器病研究所のトップでもあった。
同大では、ダス教授の論文に不正が疑われるという匿名の通告を受け、2008年から3年をかけて同教授の論文を調査してきた。これまでに同大は、ダス教授の論文が発表された科学専門誌11誌に書簡を送り、また同教授への連邦政府の研究費助成費89万ドル(約6800万円)の受け取りを辞退した。
1984年から同大に所属していたダス教授は、赤ワインに含まれる抗酸化物質レスベラトロールや潰したニンニクが、心臓の健康に良いとする論文を発表してきた。レスベラトロールには消炎作用や、神経変性疾患や糖尿病に対する予防作用、心臓の健康を促進する効果などがあるとされている。
ダス教授の論文は既に数百の論文に引用されているが、ダス教授自身が投稿したことがあるのは学界でも知名度の低い学術誌ばかりで、レスベラトロール分野全体で読まれているわけではないと、米アルバート・アインシュタイン医科大学のニール・バルジライ(Nir Barzilai)氏は指摘。科学論文撤回をめぐる動きをモニターしている「リトラクション・ウオッチ(Retraction Watch)」に対し、次のように語った。「レスベラトロールに取り組んでいる研究者は多いが、だからといって全てが解明されているわけではない。とはいえ、ダス教授の研究を元にしては『ローマは成らない』」 (c)AFP



赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種のレスベラトロールには、優れた抗酸化作用や長寿遺伝子の活性化などの健康作用があり、心臓病や糖尿病やがんや神経変性疾患など多くの病気の予防や治療に効果が指摘されています。日本でも、NHKスペシャル「あなたの寿命は延ばせる –発見!長寿遺伝子」(2011年6月12日放映)やフジテレビ「発掘!あるある大事典」など多くのテレビ番組で紹介され、品切れになるほど売れているサプリメントです。レスベラトロールの研究はダス教授以外にも国際的に広く行われているので、ダス教授の捏造でレスベラトロールの健康作用が否定されたというわけではありません。しかし、「赤ワイン健康説」で有名なディパク・ダス教授の論文の多くが捏造であるという事実は、他の同じような研究結果の解釈にも注意が必要です。
例えば、名古屋市立大学医学部の展開医科学講座のグループが、マウスを使った実験で「赤ワインに認知症予防効果がある」という論文を発表して、新聞やテレビでも紹介されて話題になりましたが、この論文も全くの捏造であったことが判り、撤回されています。(後述)
つまり、赤ワインやレスベラトロールの健康作用は誇大に評価・宣伝されている可能性があります。ネット上では、このような論文が不正によって撤回されたことは知られずに、間違いが訂正されないで過去の記事や情報がそのままになっている、ということがあるので、注意が必要です。

【クルクミン研究の論文捏造】
クルクミン(Curcumin)はウコンに含まれる成分の一つです。鮮やかな黄色を持つことから天然の食用色素として利用されています。最近はその健康作用が注目され、ドリンク剤や健康食品としても利用されています。クルクミンは、強い抗酸化作用と同時に、NF-κBという転写因子の活性化を阻害することにより、炎症や発がんを促進する誘導性一酸化窒素合成酵素(iNOS)やシクロオキシゲナーゼー2(COX-2)の合成を抑えてがんの発生を予防したり、がん細胞を死にやすくするなどの効果が明らかにされ、がんの予防や治療における利用が注目を集めています。クルクミンのがん予防効果や、がん患者における抗腫瘍効果を検討する多数の臨床試験が米国などで実施されています。このクルクミンの研究で最も著明な研究者が、米国テキサス州のMDアンダーソンがんセンターのバラット・アガワル(Bharat Aggarwal)博士です。
バラット・アガワル博士は600以上の学術論文を発表し、クルクミンやレスベラトロールなど植物成分の抗がん作用に関する総説や本の著作も多く、文献の引用頻度も極めて多い研究者です。がん研究では世界のトップレベルにあるMDアンダーソンがん研究センターでも、最も著明な研究者と言われており、医学領域で数々の賞を受賞しています。
そのアガワル博士の研究室から発表された論文の多くに、不正が見つかり、今年の3月頃から研究所が調査を開始しています。その結果が出るには時間がかかるかもしれません。前述のダス教授の場合は、3年間の調査と6万ページにおよぶ報告書にまとめられて、その不正が確定されています。したがって、アガワル博士の場合は、まだ疑いの段階ですので、何とも言えませんが、指摘された内容を見ると、不正がかなり行われた可能性が高いようです。現時点で65の論文で不正が指摘されています。(次の記事およびブログを参照)
アガワル博士は、レスベラトロールに関しても研究をおこなっており、論文を発表していますが、この論文も不正の可能性があるようです。
アガワル博士が総説で解説しているクルクミンやレスベラトロールも作用機序も、本当かどうかかなり怪しくなっています。
数年前に、アガワル教授に文献請求したことがあり、その後、その研究室から新しい原著論文や総説が発表されるたびにメール添付で送られてくるようになりました。このような地道な努力によって、文献引用回数も高くなり、この領域の第一人者になったのかもしれません。
バラット・アガワル博士は、クルクミンやレスベラトロールなどの食品成分のがん予防効果などに関して、多くの総説を発表しており、私自身それらの論文を参考にし、このブログでも紹介しています。アガワル博士の総説は内容が判りやすいのですが、この判りやすい総説(内容の整合性が高い)というのも、
自分の仮説に合うような論文を多数捏造して発表しているからかもしれません。少なくとも現時点では、アガワル博士が関与した研究は信頼が置けないと判断するしかないようです。

【国内での健康食品関連の論文捏造】
国内でも論文捏造の事件は多数起こっています。その中で健康食品関連で多数の論文捏造を行っていたということで最近報道されたものとして名古屋市立大学の事件があります。
今年3月20日の中日新聞で以下のような記事がありました。他の全国紙や熊本の地方紙にも同様の記事が出ています。(個人名は報道では実名ですが、このブログではあえて一部の字を伏せています) 他の記事は()内のブログ参照(http://blog.goo.ne.jp/nagoya-cu



名古屋市立大大学院医学研究科の教授らによる論文捏造(ねつぞう)問題で、名市大は19日、不正を主導した原●直●准教授(44)を同日付で懲戒解雇とする処分を発表した。共同研究者の岡●研●教授(58)は直接不正を指示した証拠がないことから停職6カ月とした。関係者によると、岡●教授は3月末で任期が終了。再任用の申請が出ておらず、名市大を退職する。 
大学の調査委員会は、岡●教授が責任著者となっている1997~2011年の論文19本に画像の捏造や流用があったと認定した。このうち8本で原●准教授が不正を主導したと判断した。原●准教授は「過失だった」などと弁明しているが、大学は「とうてい信用できない」と指摘。岡●教授は「知らない」と答えているが、「すべての論文に関与しており、不正に気付いてなかったとは考えにくい」と結論づけた。
岡●教授は05年4月に、原田准教授は同じ年の10月に、いずれも熊本大から移ってきた。2人とも基礎医学の実用化を目指す展開医学の研究室に所属している。大学は今後、大学院生を含む研究者全員に、実験データの保存や管理、論文作成の手順、責任著者の責務などを徹底することを研究科長や学部長に義務づける。戸苅創学長(66)は「研究機関としてあるまじきこと。再発防止に向け誠心誠意努力する」とコメントを出した。



この教授と准教授は、前任地の熊本大学時代から論文の捏造を行い、その業績で名古屋市立大学の教授や准教授になり、健康食品の研究でさらに捏造を繰り返していたということです。この二人が発表した研究には次のようなものがあります。
「唐辛子と大豆は育毛を促進し、美肌効果もある」
「わさびは育毛を促進する」
「赤ワインを飲むと頭が良くなる(記憶力、学習能力が向上)」
「八丁味噌で頭が良くなる」
「海洋深層水を飲むと、認知症やうつ症状の改善に効果がある」
「青い光を当てると脊髄損傷とボケが治る」
「磁場の中を流れた水『磁化水』で頭が良くなる」
これらはネタとしては面白いので、テレビや新聞(特に中日新聞)で頻繁に取り上げられていました。(岡●教授自身が記者会見を開いたりして、積極的に売り込んでいたようです。)しかし、これらの研究において、実験はほとんど行われず、他の実験で使った組織写真などを使って、データを捏造していたことが今回明らかになったのです。昨年の3月に匿名の指摘があり、約1年かけて調査が行われ、上記のような処分になったのです。
この件に関する名古屋市立大学からの調査報告書は以下参照
http://www.nagoya-cu.ac.jp/secure/7120/report_web.pdf
この2人が所属していた「展開医科学(Translational Medical Science Research)教室」の展開医学あるいは展開医療(Translational Medicine)というのは、「基礎研究をより直接的に患者の治療に結びつけようと試みる医学研究の分野」で、「bench to bedside(実験台から臨床へ)」を合い言葉に、基礎研究(basic research)を臨床試験(clinical trials)などに直結させ、実用化を目標とする研究分野です。健康食品を人間の病気の予防や治療に利用するという目的で行う基礎研究が捏造されていては、全くその基礎研究は人間の為に役立ちません。実験を捏造することによって、製造メーカーに有利になるデータを出し、その見返りとして、金銭的な利益を得ていたようです。製造メーカーの顧問に就任したり、リベートをもらったり、講演会などでかなり稼いでいたという話です。
名古屋市立大学の事件だけでなく、国内でも健康食品関連の論文の捏造は数多く明らかになっています。フコイダンに抗ウイルス作用があると発表している琉球大学の某教授はかなりひどい論文捏造が明らかになっています(詳しくはこちら)。還元水関係で論文を発表している教授にも捏造が指摘されています。
論文ではなく、体験談が全てライターの作り話であったというアガリクスの宣伝本の事件、健康食品を組み合わせた「新免疫療法」というがん治療で奏功率を過大に宣伝していた近畿大学の元教授の事件など、健康食品の宣伝には、かなりの捏造や不正があるのは常識になっています。それは売上げを上げるという目標のためには、誇大な宣伝が必要だからです。
ダス教授やアガワル博士や名古屋市立大学の論文捏造では、写真のデータを使い回ししたり、写真を反転したり一部を切り取ったりという加工をしていたため、証拠が残ったために不正が明らかになっています。数値が全く捏造であることも指摘されています。しかし、全く別の実験の図であっても、あるいは、自分の仮説に合うように作った図表でも、それが1回しか使われなければ、捏造の証拠は見つかりません。つまり、ダス教授やアガワル博士や名古屋市立大学の論文捏造は多くの証拠を残したため発覚したのですが、
データを捏造してもそれを使い回さなければ不正を見破ることは困難です。実際に、そのような証拠を残さない論文捏造は数多くあると予想されます。つまり、今回紹介した健康商品関連の論文捏造は氷山の一角だと考えておいた方が良いと思います。
テレビや新聞などで、健康食品の効果が紹介されていても、鵜呑みにしないことが大切です。とくに、マスコミが面白おかしく取り上げている記事の多くは信頼性の低いものの方が多いようです。健康食品やサプリメントや民間薬や漢方薬など全てにおいて、大学教授や医師や科学者がそれらの薬効を示すデータを論文や学会で発表していても、それが真実とは限りません。私自身も開業する前まで20年以上にわたって基礎研究を行ってきたので、その論文の内容や研究者の背景をみれば、その論文や研究がどの程度の信頼性があるかは、ほぼ判ります。しかし、一般の人には、その判断はまず無理です。

【漢方薬と論文捏造】
漢方薬の研究に関しては、論文捏造に関してはまだ話題にはなっていませんが、捏造が存在するのは確かです。
漢方薬の臨床試験は中国で多く行われ、それらを集めてメタ解析した論文も多く報告されています。そのような論文では、「中国の臨床試験は質が低い」「中国ではネガティブデータ(効果がなかったという試験結果)は報告されないという出版バイアスがある」という記述がみられます。ランダム化試験といっていても厳密な意味でのランダム化とは言いがたいという指摘も多くみられます。
つまり、漢方薬の研究では、捏造以前に、研究の質が低いという点が問題かもしれません。漢方薬関係では、それほど大した論文は無いし、基礎研究もあまり行われていないということかもしれません。あるいは、健康食品やサプリメントと異なり、伝統医療で広く普及している漢方薬の研究で捏造しても、研究者が金銭的な利益を得られることは無いので、捏造する動機が少ないのかもしれません。(研究費を得るために、捏造を行っている例はあります)
数千年の臨床経験の中から残ってきた処方やノウハウは論文の不正や捏造とは全然関係無い世界の医療であることも確かです。長い臨床経験の中で、効くものが残り、効かないものは消えていくという経験の積み重ねで成り立っている漢方治療においては、論文を捏造する必然性は無いかもしれません。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 283)がん治療... 285)がん細胞... »