283)がん治療に役立つ食材(16):ザクロジュース


図:ザクロジュースにはがプニカラギン(Punicalagin)を主体とするエラジタンニン(Ellagitannin)が豊富で、エラジタンニンは加水分解されてエラグ酸(Ellagic acid)になる。ザクロジュースを飲用すると、プニカラギンが消化管内で加水分解されてエラグ酸(Ellagic acid)になり、エラグ酸は腸内細菌によってウロリチンA(Urolithin A)やウロリチンB(Urolithin B)になる。これらのエラグ酸やウロリチンが消化管から吸収されて体内に入り、様々な薬効を示す。ザクロジュースにはエラジタンニンの他にもデルフィニジン(Delphinidin)などのアントシアニジン(anthocyanidin) も豊富に含まれる。これらのポリフェノール類によるザクロジュースの抗酸化作用やがん予防効果や抗動脈硬化作用が注目されている。

283)がん治療に役立つ食材(16):ザクロジュース

【ザクロジュースはポリフェノールの宝庫】
ザクロは、小アジア地方(アジア大陸最西部、アナトリア半島)を原産とするザクロ科ザクロ(Punica granatum)の果実で、現在では地中海地方、南西アジア、米国(カリフォルニアやアリゾナ州)など世界中で栽培されています。
ザクロには種子が多いので、古代ヨーロッパでは豊穣のシンボルとして、中国では子孫繁栄の象徴として考えられていました。
薬用植物としての利用も古くから行われており、自然の力を凝集した果物(nature’s power fruit)とも呼ばれています。
中国には漢代に伝わり、ザクロは
石榴(セキリュウ)と呼ばれ、その果皮は石榴果皮(セキリュウヒ)と呼ばれて漢方薬にも使われています。果皮にはタンニンが多く、漢方では駆虫や止瀉の効能が利用され、細菌性やアメーバ性腸炎の下痢や条虫などの寄生虫の治療に使われています。(ザクロの根皮や樹皮も同様の薬効で使用されています)
口内炎や扁桃炎、歯痛などに果皮の煎じ液でうがいをする民間療法が行われています。
現在では、循環器疾患や感染症やがんなどでの薬効が注目されて、多くの研究が行われ、サプリメントや健康食品としても多くの製品が販売されています。このような薬効の多くは、ザクロの皮に多く含まれる
エラジタンニン(Ellagitannin)アントシアニン(Anthocyanin)アントシアニジン(Anthocyanidin)などのポリフェノールによるものと考えられています。

【エラジタンニンとエラグ酸とウリチロン】
ザクロジュースには1リットルあたり2g以上のエラジタンニンが含まれています。タンニン(tannin)というのは、植物界に広く存在し、多数のフェノール性水酸基をもつ複雑な化合物で、タンパク質やアルカロイドや金属イオンなどと反応して結合して難溶性の塩を形成する物質の総称です。タンニンの名称は、「革を鞣す(なめす)」という意味の「tan」に由来し、本来は、毛皮を鞣す性質をもった収斂性の植物成分を指し、有史以来、革を鞣すために利用されてきました。
多数の水酸基(OH基)を持つことから抗酸化作用があり、様々な健康作用も利用されるようになりました。
タンニンにはフラバノール骨格を持つ化合物が重合した「
縮合型タンニン」と、没食子酸(gallic acid)やエラグ酸(ellagic acid)などの芳香族化合物とグルコースなどの糖がエステル結合を形成した「加水分解性タンニン」の二つに分類されます。加水分解性タンニンは酸、アルカリ、酵素で多価フェノール酸と多価アルコール(糖など)に加水分解されるもので、多価フェノールには主に没食子酸(gallic acid)とエラグ酸(Ellagic acid)の二つのタイプがあり、それぞれをガロタンニン(gallotannin)、エラジタンニン(ellagitannin)と総称します。
ザクロジュースはこの後者のエラジタンニンが豊富で、小腸でエラグ酸に加水分解されて体内に吸収されます。エラグ酸はザクロの他、クランベリーやラズベリーやイチゴなどにも多く含まれ、抗酸化作用や動脈硬化抑制効果や抗がん作用が注目され、これらの食品の健康成分として認められています。
植物はエラグ酸を生成し、エラジタンニンに変換して植物中に存在します。人間がこれらの植物を食べると、消化管内でエラグ酸に分解されて、このエラグ酸が健康作用を発揮するということです。
ザクロジュースに含まれるエラジタンニンの主なものが
Punicalaginです。ザクロジュースの抗酸化作用の50%はこの物質によると考えられています。
ザクロジュースやその粉末のサプリメントを飲むと、Punicalaginなどのエラジタンニンは小腸で加水分解されエラグ酸になって吸収されます。ザクロジュ-スを飲用して1時間くらいすると血中にエラグ酸が検出されるようになります。エラグ酸の一部は腸内細菌によって徐々に代謝されて
ウロリチン(Urolithin AおよびUrolithin B)に変換されて吸収されます。エラグ酸やウロリチンは肝臓の解毒酵素で代謝されて尿中に排泄されます。エラジタンニン自体は高分子であるため消化管からほとんど吸収されませんが、加水分解されて消化管内で生成するエラグ酸や、エラグ酸が腸内細菌で代謝されて生成されるウロリチンは体内に吸収され、血中で10マイクロM以上の濃度で検出されることが報告されています。組織分布研究では,ウロリチンがマウスの前立腺や結腸組織に豊富に存在することが報告されています。体内に存在するエラグ酸やウロリチンが抗炎症作用や抗がん作用などの薬効を示します。
ザクロは果物としては種子が多く果肉が少ないので食べにくいので、そのまま食べる果物としては人気がありません。しかも、
エラジタンニンは果皮に多いので、果実を丸ごとジュースにした「ザクロジュース」がザクロの健康作用を利用するには最も適しています。一般に市販されているザクロジュースの抗酸化力は赤ワインや緑茶の数倍と言われています。つまり、ザクロをがん予防に利用するときには、果物そのものを食べるよりも、果皮を一緒にしぼったジュースにして摂取する方が最も有効です。

【ザクロジュースの抗がん作用】
培養細胞を使った実験では、乳がん、前立腺がん、大腸がん、肺がんの細胞の増殖を阻害する作用が報告されています。
動物実験では、ザクロエキスを経口投与して、肺がん、皮膚がん、大腸がん、前立腺がんの増殖を抑制する効果が報告されています。前立腺がんに関しては、ザクロジュースを飲用するとウロリチンが前立腺組織に集まり、前立腺がんの増殖を抑えることが動物実験で示されています。
さらに、臨床試験では、ザクロジュースが前立腺がんの進行を抑制する(PSAの倍加時間を延長する)結果が報告されています。前立腺がんの多くは進行が非常に遅く、長く症状が現れない場合も少なくないため、特に高齢者の前立腺がんの場合は、治療をせずに経過を見るだけの場合も多くありますが、そのような場合、ザクロジュースの飲用は役立つと思われます。
また、ウロリチンはエストロゲンを産生するアロマターゼの活性を阻害する作用があり、乳がんの発生や再発の予防に有効という報告もあります。その他、血管新生阻害作用や細胞周期に作用する効果、がん性悪液質を改善する効果などの様々な抗がん作用が報告されています。以下にいくつかの論文を紹介します。









Phase II study of pomegranate juice for men with rising prostate-specific antigen following surgery or radiation for prostate cancer.(手術あるいは放射線治療後にPSAが上昇している前立腺癌患者に対するザクロジュースの効果に関するフェース2臨床試験)Clin Cancer Res. 12: 4018-4026. 2006
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)デービッド・ゲッフェン医学部泌尿器科のグループからの報告です。
ザクロジュースが前立腺がんに対して、発生を予防したり、増殖を抑える効果があることは多くの研究で報告されています。この研究では、前立腺がんの治療として手術や放射線治療を受けたあと、前立腺がんの腫瘍マーカーである前立腺特異抗原(PSA)が上昇している患者における、ザクロジュース飲用の効果をフェース2臨床試験として検討しています。手術あるいは放射線治療を受けた前立腺がん患者で、治療後PSAが上昇傾向にあり、その値が0.2~5 ng/mlで、Gleasonスコアーが7以下の比較的おとなしい前立腺がんの患者で検討されています。
被験者はがんが進行するまで(効果が出なくなるまで)ザクロジュースを1日8オンス(約240ml)を毎日服用しました。この量は総ポリフェノール量がgallic acid換算で570mgに相当します。
問題になるような副作用は認められませんでした。
PSAが倍に上昇する期間は、治療前は15ヶ月でしたが、ザクロジュース服用後は54ヶ月に延長しました。
患者血清を培養した前立腺がん細胞に添加した場合、ザクロジュース服用前と比べて、服用後の血清を添加すると、がん細胞の増殖は12%減少し、細胞死(アポトーシス)は17%増えました。
また、血清中の抗酸化力はジュースを服用することによって強化されていました。
以上の結果から、ザクロジュースを飲用すると、前立腺がん細胞の増殖を抑え、細胞死が起こりやすくなり、血液の抗酸化力が上がることが明らかになり、臨床試験で有効性を検討する価値があることが示唆されました。
現時点では、人間の前立腺がんに対する臨床効果が十分に証明されたわけではありませんが、ザクロジュースあるいはザクロエキスのサプリメントは前立腺がん患者が試してみる価値はあるようです。
乳がんに関しては臨床試験の結果はまだ出ていませんが、多くの基礎研究では、アロマターゼ阻害作用や血管新生阻害作用や増殖抑制作用などが報告され、乳がんにも効果が十分に期待できそうです。以下のような論文があります。













Pomegranate sensitizes Tamoxifen action in ER-αpositive breast cancer cells.(ザクロはエストロゲン受容体-α陽性乳がん細胞に対するタモキシフェンの効果を増強する)J Cell Commun Signal. 5(4): 317-24, 2011
乳がんの約70%はエストロゲン受容体-α(ER-α)が陽性で、エストロゲン受容体阻害剤のタモキシフェンに反応する。しかし、ER-α陽性でもタモキシフェンの効果が弱かったり、ほとんど効果が出なかったりすることも多い。この論文では、ER陽性のMCF-7乳がん細胞を用いて、タモキシフェン治療に対するザクロエキスの作用について検討した。実験の結果、ザクロエキスは、タモキシフェンに感受性の乳がんも抵抗性の乳がん細胞に対しても、タモキシフェンに対する感受性を高め、抗腫瘍効果を増強した。タモキシフェンを使った乳がんのホルモン療法にザクロのサプリメントを併用することは有用であることが示唆された。
Delphinidin Inhibits HER2 and Erk1/2 Signaling and Suppresses Growth of HER2-Overexpressing and Triple Negative Breast Cancer Cell Lines.(DelphinidinはHer2とErk1/2シグナル伝達系を阻害し、Her2過剰発現している乳がん細胞とトリプルネガティブの乳がん細胞の増殖を抑制する) Breast Cancer (Auckl). 5: 143-54, 2011
米国ジョージア州アトランタのエモリー大学の薬学部等の研究グループからの報告。
デルフィニジン(Delphinidin)はアントシアニジン(anthocyanidin) の一種で、サクロやクランベリーやぶどうなどに含まれ、アルカリ性溶液では青色、酸性溶液中では赤色を呈する植物色素。中央のリングにプラスの荷電を持つのが特徴。抗酸化作用や抗炎症作用や血管新生阻害作用などの抗腫瘍効果が報告され、がんの化学予防剤の候補として研究されている。上皮増殖因子受容体(EGFR)や血管内皮増殖因子受容体(VEGFR)のチロシンキナーゼ活性の阻害作用、MAPKシグナル伝達の阻害作用、転写因子のNF-κBやAP-1活性の阻害作用などの作用機序が報告されている。
がん患者向けのサプリメントとして販売されているザクロエキスの抗がん成分としても注目されている。
この論文では、様々な性質の乳がん細胞(エストロゲン依存性乳がん細胞、Her2を過剰発現している乳がん細胞、トリプルネガティブの乳がん細胞)の培養細胞を用いて、デルフィニジンの抗腫瘍活性を検討。
デルフィニジンはこれらいずれの乳がん細胞に対しても、増殖を抑制し、アポトーシスを誘導した。一方、正常の乳腺上皮細胞に対しては毒性を示さなかった。しかし、HER-2阻害剤(ハーセプチン)と併用するとデルフィニジンはHER-2阻害剤に対して拮抗作用を示し、HER-2阻害剤の抗腫瘍効果を妨げる可能性が示された。
デルフィニジンは単独では乳がんの治療に有効であるが、HER-2阻害剤で治療している場合は、効果を妨げる可能性があるので、デルフィニジンを多く含むサプリメント(ザクロやクランベリーなど)の併用は注意が必要。

つまり、乳がんの場合は、ホルモン療法を受けている場合は、ザクロジュースの飲用は効果が期待できますが、ハーセプチンの治療を受けているときは、現時点では避ける方が良いようです。
ポリフェノールの豊富な野菜や果物を多く摂取すると、がんによる死亡率が低下することが、疫学的研究で示されています。ザクロジュースも抗酸化物質を多く含むものとして販売されており、基礎研究もがん(特に前立腺がんや乳がん)を予防する効果や動脈硬化の進行を抑える効果に焦点を合わせて行なわれています。多くのがんの発生や再発の予防の観点からザクロジュースは有効性が高いと言えます。
また、漢方薬に使う生薬の中でエラジタンニンが多いものとして、訶子(カシ:シクンシ科ミロバランの果実)や山茱萸(サンシュユ:ミズキ科サンシュユの果実)、ゲンノショウコ(フウロソウ科ゲンノショウコの全草)などがあります。このような生薬の抗がん作用のメカニズムの一つとしてエラジタンニン→エラグ酸→ウロリチンという代謝とエラグ酸やウロリチンの抗がん作用が関連していると言えます。訶子はWTTCというがんの民間薬に用いられています。(WTTCについては235話で解説しています。)

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