がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
624)がんを縮小させる漢方治療とは:複数の抗がん生薬を組み合せる根拠
図:抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンやビンブラスチンなどのビンカアルカロイド系、イチイ科植物由来のパクリタキセルやドセタキセルのタキサン系、メギ科ポドフィルム由来のエトポシドやテニポシドなどのポドフィロトキシン系などがある。イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体から開発された。ビンカアルカロイドは細胞分裂に重要な微小管の重合を阻害して細胞分裂を停止させる。タキサン系は微小管の脱重合を阻害して細胞分裂を阻害する。エトポシドやイリノテカンはトポイソメラーゼ(DNAの切断と再結合をする酵素)の働きを阻害して細胞分裂を阻害する。植物には抗がん作用を示す物質が多く存在し、細胞毒性が特に強いものが抗がん剤として利用されている。単独では抗がん活性が低くても複数を組み合せると抗がん作用を強化できる。抗がん作用のある薬草を複数組み合せると、がんを縮小できる。
624)がんを縮小させる漢方治療とは:複数の抗がん生薬を組み合せる根拠
【がん治療における漢方治療の目的とは】
がん治療における様々な状況で漢方治療は有用です。その目的によって処方内容は変わります。
(1)標準治療の副作用や合併症を予防し回復を促進する
体力や免疫力を高める漢方薬は感染症全般に対する抵抗力を高める効果があります。体全体の治癒力を高めることはがん治療に耐える体を作り、回復を促進することになります。その結果、標準治療の副作用や合併症を軽減します。
このような目的では、組織の血液循環や新陳代謝を促進し、消化管の消化吸収機能を高める生薬を多く使います。
(2)がん化学療法や放射線療法の効果増強作用
栄養状態や免疫力が高いと抗がん剤はよく効き目を現します。血液循環を良くする漢方薬は腫瘍組織における血行改善による治療効果の増強が期待できます。
(3)進行がんや末期がんにおける症状の改善
漢方治療は、がん病態における生体側の異常を是正することにより全身状態の改善やQOL(生活の質)を高めることができます。末期がんの状況においても、痛みや食欲不振や倦怠感など様々な症状の改善に有用です。栄養状態や症状の改善は延命につながります。
(4)がんの再発を防ぐ
生薬は免疫増強作用や抗酸化作用をもった成分の宝庫です。さらに、血液循環や胃腸の状態を良くして体の治癒力や解毒力を高める効果を発揮します。炎症やがん細胞自体を直接抑える生薬も知られています。これらの効果を組み合わせると、がんの再発や進展を予防することができます。実際に、高麗人参や十全大補湯などの生薬・漢方薬による発がん抑制効果が、動物実験や疫学調査で明らかになっています。
(5)新たながんの発生を防ぐ
体の免疫力や抗酸化力や解毒力など自然治癒力や生体防御力が低下してくるとがんが発生しやすくなります。組織の血液循環や新陳代謝が低下した状態は組織の治癒力が低下して、がんになりやすい状態にします。漢方薬によって消化管の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良好にし、さらに免疫力や抗酸化力を増強するような天然の生薬の相乗作用によってがん体質を改善することができます。
(6)がんの進行を抑えたり、縮小させる
ある種の生薬(抗がん生薬)にはがん細胞に対する増殖抑制作用や、アポトーシスや細胞分化の誘導作用なども認められています。標準治療が効かなくなった段階でも、漢方薬でがんが縮小する場合もあります。
一般に、がん治療における漢方治療の主な目的は、「標準治療の副作用軽減と抗腫瘍効果の増強(上記の1、2)」や「症状や生活の質(QOL)の改善(上記の3)」や「がんの発生や再発の予防(上記の4、5)」にあります。
一方、がんを直接縮小させる効果は弱い、あるいはほとんど無い、というのが多くの意見だと思います。がんを縮小させる効果(上記の6)に関しては西洋医学の標準治療に比べて弱いのは確かですが、抗がん剤が効かなくなったがん患者さんが漢方治療だけで腫瘍が縮小したり、増大しない状態が何年も続く「がんと共存した状態」を経験することは、それほど珍しくはありません。
漢方薬ががんに効く理由は、滋養強壮作用や免疫力増強作用のある成分、血行改善や解毒作用のある成分、抗炎症作用や抗がん作用のある成分の宝庫だからです。これらを組み合せると、がんの増大を抑えたり、縮小させることができます。
【植物が産生する二次代謝産物は薬の宝庫】
植物は様々な物質を合成して蓄積しています。このような植物が合成する物質は一次代謝産物と二次代謝産物に大別されます。
一次代謝は生命体にとって必須な細胞の増殖や恒常性維持に関与する代謝で、二次代謝はそれ以外のものを指します。したがって、二次代謝がなくても、生命体は生存することができます。
二次代謝産物の例としては、微生物における抗生物質の産生や植物における色素産生や感染防御物質などが挙げられます。
二次代謝産物には植物の感染防御や生体防御に関連するものが多くあります。このような成分は毒性に加えて、様々な薬理学的特徴を発揮し、医薬品開発に利用されています。
例えば、野菜や果物に含まれるポリフェノールやカロテノイドやビタミンCやEなどの抗酸化物質は、植物が日光の紫外線の害から身を守るために作っているのですが、人間はそれらを摂取することによって活性酸素やフリーラジカルを消去して、老化やがんの予防に役立てています。
また、昆虫や鳥や動物から食い荒らされないように、これらの生物に対して毒になるものを作っており、それらが人間の病気の治療にも使われています。毒は適量を使えば薬になるということです。「毒にも薬にもならない」という言葉がありますが、基本的に毒にならないような物質は薬にもならないということで、薬になるような物質は大量に摂取すれば毒になるようなものです。
植物体に病原菌や寄生菌が侵入すると、植物細胞は抗菌性物質(生体防御物質)を生成する場合があります。このような生体防御物質をフィトアレキシン(phytoalexin)といいます。例えば、赤ブドウの皮などに含まれ寿命延長作用やがん予防効果が話題になっているレスベラトロール(Resveratrol)もフィトアレキシンの一つです。 レスベラトロールはスチルベン合成酵素(stilbene synthase)によって合成されるスチルベノイド(スチルベン誘導体)ポリフェノールの一種で、気候変動やオゾン、日光、重金属、病原菌による感染などによる環境ストレスに反応して合成されます。
また、アブラナ科植物のホソバタイセイに含まれる抗菌成分のグルコブラシシンも病原菌の感染から身を守るために作られます。ホソバタイセイの葉に病原性ウイルスを感染させたり機械的に傷をつけるとグルコブラシシンが多く作られてくることから、グルコブラシシンはホソバタイセイの生体防御の役割をしていると考えられています。このグルコブラシシンを人間が摂取すると、体内でインドール-3-カルビノールやジインドリルメタンのようながん予防成分に変換します。
このように、植物は病原菌からの感染や、虫や動物から食べられるのを防ぐために、生体防御物質や毒になるものを持っています。このような物質は、人間でも抗菌作用や抗ウイルス作用が期待できます。
また、抗菌・抗ウイルス作用をもった成分の中には抗がん作用を示すものもあります。 熱帯地域やジャングルなど過酷な環境で生育する植物には、そのような抗菌作用や抗炎症作用や抗がん作用の強い成分が多く含まれているので、病気の治療に役立つ成分が多く含まれている可能性も指摘されています。
図:多くの植物は、カビや細菌や昆虫などの外敵から自分を守るため、あるいは動物から食べられないようにするために毒を持っている(①)。これらの植物毒は食中毒の原因になったり、毒薬にもなる(②)。しかし、これらの植物毒を上手に利用すれば医薬品にもなる(③)。がん細胞の増殖を阻害するために利用できるものもあり、現在使用されている抗がん剤の中にも、植物から見つかったものが多数ある(④)。西洋医学では、分離した成分を医薬品として利用する(⑤)が、漢方治療では毒をもった植物そのものを利用する(⑥)。漢方治療は体力や抵抗力を高める方法だけでなく、西洋医学のがん治療と同じように、「毒をもって毒を攻撃する(以毒攻毒)」という考え方も重視している。
【植物には様々な機序で抗がん作用を示す成分が多数見つかっている】
野菜や薬草や生薬などの植物から、がん細胞の増殖を抑制したり、アポトーシスや細胞分化を誘導するような成分も見つかっています。現在使用されている抗がん剤のなかにも、植物由来成分から開発されたものが多くあります。
例えば、抗がん剤の分類の中に「植物アルカロイド」と言われるものがあります。アルカロイド(alkaloid)という言葉は「アルカリ様」という意味ですが、窒素原子を含み強い塩基性(アルカリ性)を示す有機化合物の総称です。
植物内でアミノ酸を原料に作られ、植物毒として存在しますが、強い生物活性を持つものが多く、医薬品の原料としても利用されている成分です。モルヒネ、キニーネ、エフェドリン、アトロピンなど、医薬品として現在も利用されている植物アルカロイドは多数あります。
抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンやビンブラスチンなどのビンカアルカロイド系、イチイ科植物由来のパクリタキセルやドセタキセルのタキサン系、メギ科ポドフィルム由来のエトポシドやテニポシドなどのポドフィロトキシン系などがあります。イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体から開発されました。(トップの図)
ビンカアルカロイドは細胞分裂に重要な微小管の重合を阻害し、細胞分裂を停止させます。タキサン系は微小管の脱重合を阻害して細胞分裂を阻害します。エトポシドやイリノテカンはトポイソメラーゼの働きを阻害して細胞分裂を阻害します。
抗がん剤開発の過程では、生薬を始め多くの薬草の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし生薬の抗がん作用のスクリーニングの過程では培養したがん細胞を直接死滅させる効果や、ネズミに移植したがんを縮小させる効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な植物成分の多くが見逃されてきました。
植物に含まれる抗がん作用をもつ成分の多くは、腫瘍縮小率から評価すると、化学薬品の抗がん剤の効果に及ばないのですが、副作用が少なくしかも腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは腫瘍の退縮につながります。腫瘍縮小率が0であっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては極めて有用と考えられます。
【多成分系の薬は効果があっても医薬品として認可されない】
西洋医学も、つい100年程前までは主として天然物を薬として用いていました。
しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。すなわち、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきました。
一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療の基本は、症状に合わせて複数の薬草(生薬)を選び、それを煎じた(熱水で抽出した)エキス(煎じ薬)を服用することによって病気を治します。
西洋薬のほとんどは単一成分ですが、漢方薬は多くの薬効成分が含まれているのが特徴です。西洋薬のような特効的な効き目は無いのですが、体に優しく作用して、西洋薬にない特徴を持っています。
抗がん剤として国から承認を受けるには、単一の成分で、その作用メカニズムが明確であることが条件になっています。
抗がん作用がある薬草が見つかると、その薬効成分を精製して単一にし、作用メカニズムを解明し、製剤化することによって医薬品として開発されます。
しかし、抗がん成分を含む薬草自体を医薬品とすることは日本や米国では認められていません。薬草の抗がん作用は単一の成分では説明できないことが多く、複数の成分の総合作用や相乗効果であることがほとんどです。
例えば、抗がん生薬として最も使用頻度が高い白花蛇舌草の抗がん作用は動物実験や臨床経験から認められています。
図:白花蛇舌草(学名はOldenlandia diffusaあるいはHedyotis diffusa)は本州から沖縄、朝鮮半島、中国、熱帯アジアに分布するアカネ科の1年草のフタバムグラの根を含む全草を乾燥したもの。フタバムグラは田畑のあぜなどに生える雑草で、二枚の葉が対になっている。白花蛇舌草の抗がん成分としてウルソール酸とオレアノール酸に関する研究が多く報告されている。ウルソール酸とオレアノール酸は多くの植物に含まれる五環系トリテルペノイドで、がん細胞にアポトーシスを誘導する作用、血管新生阻害作用、毒物による肝障害から肝臓を保護する作用などが報告されている。
白花蛇舌草は抗菌・抗炎症作用があり、漢方では清熱解毒薬として肺炎や虫垂炎や尿路感染症など炎症性疾患に使用されます。さらに最近では、多くのがんに対する抗腫瘍効果が注目され、多くの研究が報告されています。
抗腫瘍効果の作用機序は使用したがん細胞の種類の違いなどによって結果が異なりますが、様々な機序でがん細胞にアポトーシスを誘導する効果が認められています。
白花蛇舌草の抗がん作用の活性成分として、ウルソール酸やオレアノール酸などの五環系トリテルメノイドの関与が多く報告されています。
トリテルペノイドとは、5個の炭素からなるイソプレン単位が6個結合して30個の炭素原子からなる脂質性の化合物群を指しています。多くは4環あるいは5環の環状構造をつくっており、ステロイドやサポニンなど植物成分として存在しています。
五環系トリテルペンには、抗エイズウイルス作用や抗腫瘍効果があることで注目されています。
五環系トリペルペノイドの中で、特に抗腫瘍効果が注目されているのが、ウルソール酸(Ursolic acid)、オレアノール酸(Oleanolic acid)、マスリン酸(maslinic acid)、ベツリン酸(betulinic acid)などです。これらは、様々ながん細胞を使った実験で、がん細胞のアポトーシス誘導、血管新生阻害作用、毒物による障害から肝細胞を保護する作用などが報告されています。
ウルソール酸とオレアノール酸は白花蛇舌草に多く含まれています。マスリン酸はオリーブの果肉や葉に含まれます。
白花蛇舌草の五環系トリテルペノイド以外の成分にも、様々なメカニズムによる抗がん作用が報告されています。解毒力や免疫力を高める成分も含まれています。白花蛇舌草の抗がん作用はこれらの複数の総合作用とかんがえるのが妥当です。
がんの漢方治療では、このような複数の成分による抗がん作用を示す薬草を、さらに複数組み合せて、抗がん作用を強化します。
例えば、白花蛇舌草に半枝蓮や竜葵や七叶一枝花/雲南重楼や莪朮や丹参や黄芩などを組み合せます。
半枝蓮 (はんしれん)は学名をScutellaria barbataと言う中国各地や台湾、韓国などに分布するシソ科の植物です(下写真)。
半枝蓮はアルカロイドやフラボノイドなどを含み、抗炎症・抗菌・止血・解熱などの効果があり、中国の民間療法として外傷・化膿性疾患・各種感染症やがんなどの治療に使用されています。
さらに、がん細胞の増殖抑制作用、アポトーシス(プログラム細胞死)誘導作用、抗炎症作用などが報告されています。 最近は、人間での臨床試験も実施されるようになり、臨床での有効性が報告されています。
雲南重楼(学名:Paris Polypylla Yunnanensis)はユリ科の多年草です。 中国・雲南省の1500m以上の高台で栽培され、中国では古来より重用されてきました。 食品としても利用されています。また、重楼エキス粉末を含有した健康食品も販売されています。
近年では、独自の成分である重楼サポニンの抗炎症、がん細胞のアポトーシス誘導効果、肝臓の解毒作用が注目されています。 主成分のステロイド様サポニンのポリフィリンD(Polyphyllin D)には、様々ながん細胞に対してアポトーシスを誘導する効果が報告されており、肺がん、乳がん、消化器系のがん、肝臓がん、膵臓がん、膀胱がん、脳腫瘍、白血病など多くの悪性腫瘍に対して効果が報告されています。
抗がん効果があるとされる生薬のなかでも特に腫瘍抑制率が高いと言われています。 また、抗炎症作用があり、アトピー、乾癬など、広く炎症を抑える目的で古くから利用されてきました。
図:雲南重楼(学名:Paris Polypylla Yunnanensis)はユリ科の多年草で、主成分のステロイド様サポニンのポリフィリンD(Polyphyllin D)には、様々ながん細胞に対して増殖抑制やアポトーシスを誘導する効果が報告されている。
つまり、複数の抗がん生薬を組み合せると、異なる成分と多様な作用メカニズムの相乗効果で、抗がん作用を高めることができます。
がんの漢方治療において、白花蛇舌草と半枝蓮と雲南重楼などの抗がん作用を有する生薬の組合せは試してみる価値はあると思います。
【天然成分の相乗効果を目指した漢方薬の抗がん作用】
抗がん剤の有効性の判断は、何よりも腫瘍サイズの縮小(奏功率)であり、それも50%以下にならないと有効と判定されません。
QOL(生活の質)がいかに改善され、何か月にもわたって腫瘍サイズが不変のような薬剤があったとしても、現行の基準では無効と評価され、治療薬になる可能性はゼロです。
抗がん剤開発の過程では、生薬や薬草を始め多くの天然物の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし天然物質の抗がん作用のスクリーニングの過程ではがん縮小効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な生薬や天然物質の多くが見逃されてきました。
抗がん生薬の多くは、腫瘍縮小率から評価すると、化学薬品の抗がん剤の効果に及ばないのですが、副作用が少なくしかも腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは腫瘍の退縮につながります。腫瘍縮小率が0であっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては極めて有用と考えられます。
生薬には、毒性を示すアルカロイドだけでなく、抗がん作用や免疫増強作用を有するフラボノイドやテルペノイドやサポニンや多糖類など抗腫瘍効果を有する成分が多く含まれています。
このような生薬を複数組み合せることによって、がん細胞の増殖を抑制し休眠状態に誘導することも、縮小させることも不可能ではありません。
がん細胞を死滅させる作用のある「抗がん生薬」の多くは感染症や炎症の治療にも用いられており、「清熱解毒薬」と言われることもあります。
「清熱解毒(せいねつげどく)」という薬効を西洋医学的に解釈すると、抗炎症作用(清熱作用)と体に害になるものを除去する作用(解毒作用)に相当します。
体に害になるものとして、活性酸素やフリーラジカル、細菌やウイルスなどの病原体、環境中の発がん物質などが考えられますが、「清熱解毒薬」には、抗炎症作用、抗酸化作用、フリーラジカル消去作用、抗菌・抗ウイルス作用、解毒酵素活性化作用、抗がん作用などがあり、がんの予防や治療に有用であることが理解できます。
AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する作用は、がん細胞の発生予防や増殖抑制に効果があります。植物成分にはAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する成分が存在する合目的な理由があることは309話で解説しています。
植物は捕食者(動物や虫など)から食い尽くされて絶滅しないように、いろんな防御機構をもっており、捕食者のミトコンドリアでの酸化的リン酸化やATP合成酵素を阻害することは捕食者に対する攻撃になるのですが、この作用(ATP産生減少)がAMPKの活性化につながります。
また、ヒストンのアセチル化やDNAのメチル化などのエピジェネティックな遺伝子発現調節に作用して、植物成分が抗腫瘍効果を示す可能性も指摘されています。(249話、250話)
生薬成分や漢方薬には抗がん剤のように強い殺細胞作用は無いのですが、がん細胞のシグナル伝達や遺伝子発現に作用することによって抗がん作用を示すことは十分に可能性があります。
エピガロカテキンガレートやレスベラトロールは食品成分としてポピュラーなので、多くの研究がなされていますが、まだあまり研究されていない生薬成分にエピガロカテキンガレートやレスベラトロールよりも強い抗がん活性をもったものが存在する可能性は高いと思います。
私が行っている漢方がん治療は、先人の経験から学んだものがスタートですが、シグナル伝達や遺伝子発現に作用する生薬成分を積極的に使用するようになってから、がんに対する効き目が高くなったように思います。
さらに、がん細胞の増殖シグナル伝達(MEK/ERKやPI3K/Akt/mTORC1など)の抑制や、AMPKやFOXOを活性化する食事療法(ケトン食)や医薬品(メトホルミン、イソトレチノイン)やサプリメント(L-カルニチン、ジインドリルメタン、シリマリンなど)を組み合わせると、漢方薬の抗がん作用がさらに強くなるように感じています(323話)
【台湾の医療ビッグデータは漢方薬によるがん患者の延命効果を明らかにしている】
台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)のデータベース化が進んでいます。「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」や「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」を解析することによって、がん患者に使用される生薬や漢方方剤(複数の生薬を調合した薬剤)や生薬の種類や、延命効果のある生薬や漢方方剤の種類も明らかになっています。
台湾では、抗がん剤治療の副作用軽減の目的で漢方薬や鍼治療が積極的に利用されています。
台湾の医療ビッグデータを解析した疫学研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より生存率が高いことが明らかになっています。膵臓がんや肺がんや乳がんや白血病など多くのがんで漢方薬(中医薬)の延命効果が報告されています。以下のような報告があります。
Complementary Chinese Herbal Medicine Therapy Improves Survival of Patients With Pancreatic Cancer in Taiwan: A Nationwide Population-Based Cohort Study.(台湾において補完的な漢方治療は膵臓がん患者の生存率を高める:全国集団ベースのコホート研究)Integr Cancer Ther. 2018 Jun; 17(2): 411–422.
この研究では、1997年から2010年に台湾難治性疾患患者登録データベース(Taiwanese Registry for Catastrophic Illness Patients Database)に登録された全ての膵臓がん患者を対象とし、種々の条件(年齢、性、診断時期など)を一致させた1:1マッチング法を用いて、漢方治療を併用した386人と、漢方治療を併用しない386人を比較解析しています。
その結果、漢方治療を90〜180日間受けた群では、死亡率の調整後ハザード比 は0.56(95%信頼区間 = 0.42〜0.75)で、180日間以上漢方治療を受けた群の死亡率のハザード比は 0.33(95%信頼区間 = 0.24〜0.45)でした。
図:(右)漢方治療は体力・免疫力を増強する効果と直接的な抗腫瘍作用(がん細胞の増殖抑制やアポトーシス誘導など)によって、QOL(生活の質)の改善と延命効果がある。
(左)台湾の医療ビッグデータを使用した疫学研究で、膵臓がん患者で漢方薬(中医薬)を使用した患者は、漢方薬を使用しなかった患者よりも生存率が高いことが報告されている。漢方治療の期間が長いほど生存率が高いという用量依存性も示されている。
ハザード比(Hazard ratio)というのは追跡期間を考慮したリスクの比です。この論文のリスクは死亡率です。
この報告において、漢方薬非使用群に対する漢方薬使用群の膵臓がん患者の死亡率のハザード比が0.33というのは、追跡期間中に漢方薬を服用した膵臓がん患者は漢方薬を服用しなかった膵臓がん患者に比べて死亡率が67%減少したという意味になります。
95%信頼区間とは,仮に同様な試験を100回した場合に95回はこの値の幅の中に入るという意味です。95%信頼区間 = 0.24-0.45というのは、同様な試験を100回行なえば、95回はハザード比が0.24-0.45の間に入ることを意味します。つまり、膵臓がん患者が漢方治療を併用すると、死亡のリスクが4分の1から半分以下になるという結果です。
この論文で、単一の生薬で最も使用頻度が高かったのは白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)でした。
台湾医療ビッグデータは乳がんでも漢方治療が死亡率を低下させることを明らかにしています。
Adjunctive traditional Chinese medicine therapy improves survival in patients with advanced breast cancer: a population-based study.(中国伝統医学による補助的治療は、進行した乳がん患者の生存率を向上させる:集団ベースの研究)Cancer. 2014 May 1;120(9):1338-44
全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)を使用して、2001年から2010年までの進行乳がん患者を対象に、タキサンを投与された進行乳がん患者729人を解析した後ろ向きコホート研究です。
729人のうち、115人(15.8%)の患者は漢方薬(中医薬)の使用者であり、614人の患者は漢方薬の非使用者でした。
非使用者と比較して、漢方薬の使用は全死因死亡率の有意な低下と関連していることが示されました。中医薬の使用が30〜180日間のがん患者では、全死因死亡率の調整ハザード比は0.55 (95%信頼区間:0.33-0.90)であり、180日以上の使用者の全死因死亡率の調整ハザード比は0.46(95%信頼区間:0.27-0.78)でした。
使用頻度の高い生薬の中で、死亡率を減少させるのに最も効果的であることが判明したのは、白花蛇舌草(びゃっかじゃぜつそう)、半枝蓮(はんしれん)、黄耆(おうぎ)でした。
白花蛇舌草と半枝蓮は抗がん作用のある清熱解毒薬です。黄耆は体力と免疫力を高める補気薬です。つまり、体力や免疫力を高める滋養強壮薬と抗がん作用のある生薬を組み合せた漢方治療はがん患者の延命に役立つ可能性を示唆しています。
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