158)膵臓がんと代替医療

図:膵臓の解剖学的特徴から、膵臓がんは早期に見つかりにくく、周囲組織への浸潤や転移を起こしやすい。治療成績は極めて悪く、膵臓がん患者の90%以上は数年以内に亡くなっていることが、年間の罹患数と死亡数のデータ(罹患数と死亡数がほぼ同じ)から判る

158)膵臓がんと代替医療

【治りやすいがんと治りにくいがん(難治性がん)】
一口に「がん」と言っても、がん細胞の性質や進行状態や治療効果は患者さん毎に千差万別です。
早期に見つかって治癒するがんもあれば、見つかって数ヶ月で亡くなるような進行の早いがんもあります。
最近のデータによると、がん全体で年間の疾病発生件数(罹患数)は約62万人(2004年)で死亡者数は約34万人(2008年)となっています。
がんと診断されて、治療がうまく行かなければ数年で亡くなります。したがって、この数字からは、大雑把に言って、
がんと診断された人の50%強が数年以内に亡くなっている(治らなかった)ということになります。しかし裏を返せば、50%程度は治癒していることになります。
がん医療に携わる医師の立場では、がんの半分は治る時代になったと、その成果を強調していますが、がん患者の立場からは、がんと診断されれば2人に一人は数年以内に死に至るという恐ろしい病気に違いありません。
現在、がんの治療成績では、乳がんや胃がんや大腸がんなど早期発見によりほとんど治癒できるものもあります。しかし他方で、膵臓がんや胆のう・胆管がん、食道がん、肺がんなどのように治療成績が極めて悪いがんもあります。このように治療成績の悪いがんを「
難治性がん」と言っています。
乳がんの場合、乳がん全体の罹患数50549人(2004年)に対して死亡数は11797人(2008年)であるため、8割近くの乳がん患者は治っている計算になります。実際、最近のデータでは、治療後の5年生存率は90%を超え、10年生存率は80%を超えています。
がんが小さい段階で治療を受けた場合、例えばステージ1(しこりが2cm以下でリンパ節転移が無い)で手術を受けた場合の5年生存率は98%という報告があります。
しかし一方で、増殖が早く転移しやすい性質をもった「たちの悪い」がん細胞の場合は、治療を受けても再発や転移で亡くなることが多くなります。
最近の罹患数と死亡数の比から治癒率を概算すると、乳がんと前立腺がんは75~80%、胃がんや大腸がん(結腸・直腸がん)は50~60%、卵巣がんや悪性リンパ腫は45~50%、食道がんは35%、肝臓がんは20%、肺がんや白血病は15~20%、胆のう・胆管がんは10~15%、膵臓がんは5%以下という数字が出てきます。
この数字は、がん種別に全てのステージ(進行度)のものを一緒にしたものです。当然のことながら、早期に発見されて治療された場合には、治癒率は高くなります。
胃がんや大腸がんは早期がんであれば、95%以上が治癒します。一方、進行して発見された場合には、上記の平均値よりももっと数字は低くなります。
最も治療成績が悪いのは膵臓がんで、その次が胆のう・胆管がんです。これらは難治性がんの代表であり、その治療成績を高めるための方策が求められています。

【膵臓がんは「難治性がん中の難治がん」】
現在日本で膵臓がんで亡くなる人の数は年間25000人を超えています。男性では肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がんについで5番目に死亡数の多いがんです。
膵臓がんの罹患者数も死亡者数も年々増加していますが、その罹患者数と死亡者数がほとんど同じであることは、膵臓がんと診断された人のほとんどが数年以内に死亡していることを意味しています。(上図の右)
実際に、膵臓がんの生存期間中央値は局所進行癌では 8―12 ヵ月、転移癌では 3―6 ヵ月といわれており、他のがんに比較して非常に治療成績の悪いがんです。
15~20% の膵臓がん患者が根治可能ということで手術がなされていますが、残りの大半は局所で進行しているかあるいは転移している症例です。
切除できない場合は抗がん剤治療が行なわれますが、多くは2年以内に亡くなり、切除できても5年生存率は約10%と極めて低く、予後は極めて不良の「難治性がんの中の難治がん」と言われています。
ステージI(がんが2cm以内で膵臓内にとどまり、リンパ節転移の無いもの)にように早期の段階で見つかって手術を受けた場合は、50%前後の5年生存率が報告されていますが、このような早期の症例は膵臓がん全体の1割以下です。膵臓がんの多くは、がんが近くの重要な血管や他臓器にも浸潤し、遠くのリンパ節や肝臓や腹膜に転移を認める進行した段階で見つかっており、このような場合は、5年生存率は5%以下と極めて悪い成績が報告されています。
乳がんの治癒率が高いのは、乳房の解剖学的特性から、自分で気づくことも多く、マンモグラフィーなど早期診断のために有効な検査法があるからです。さらに、切除手術は比較的簡単で、ホルモン療法や分子標的薬や、奏功率の高い抗がん剤、放射線治療など、有効な治療法が多く用意されていることも、治癒率を高める要因になっています。
膵臓がんは全くその逆です。すなわち、
解剖学的特徴によって早期診断と手術が極めて困難です。膵臓は胃の裏側にあって背骨に巻き付くように横たわり(上図の左)、小腸や大腸に近接して隠れているために、検診などで早期に見つけようとしても、超音波やCT検査などの画像検査による早期発見が困難です。
膵頭部癌では黄疸で発症するため腫瘍が比較的小さい段階で見つかる場合もありますが、膵体部や尾部では、かなり大きくなるまで症状がでないため発見が遅れます。
症状として腰痛や腹痛が自覚されるときには、かなり進行した段階であり、症状が出て見つかった場合は、余命1年以内というのがほとんどです。
さらに、大きな血管や神経や胆管と接しているため、切除するためには、複雑で高度な手術技術が要求されます。
がん細胞の性質としては、浸潤傾向が高いがんで、神経に沿って浸潤性に広がります。
胃腸管の場合は、粘膜層、固有筋層、奨膜と行った組織が、がん細胞が他の臓器や腹膜へ直接浸潤する際のバリアになっていますが、膵臓にはこのような臓器壁のバリアがないため、発生した膵臓がんはすみやかに連続性に膵臓内および周囲組織に進展・浸潤しています。
したがって、根治手術を行なったつもりでも、術後に、高率に局所・肝・腹膜などに再発転移を起こします。
膵臓がんは抗がん剤や放射線の感受性が低い(効果が弱い)ので、根治手術ができなければ、予後は極めて厳しくなります。

【難治性がんの場合の治療の選択】
がんの治療は標準治療を主体にするのが原則です。
漢方治療を含めて補完・代替医療というのは、標準治療を補う目的で行なうべきです。
しかし、膵臓がんや胆道系のがんのような難治性がんで、手術が行なうことができず、他に有効な標準治療が無く、平均生存期間が数ヶ月から1年以内という状況の場合は、副作用の強い抗がん剤治療よりも漢方治療や代替医療の方が生存期間を延ばす可能性が高いように感じています。
膵臓がんで行なわれるジェムザールTS-1による抗がん剤治療は奏功率は極めて低いのですが、QOL改善効果があるという理由で実施される場合が多いようです。しかし、実情は抗がん剤の副作用も強く、QOLを良くして延命効果があるのかは疑問です。分子標的薬のタルセバやアバスチンなどの併用により、数ヶ月の延命効果が期待できますが、苦しい副作用を我慢して、数ヶ月の延命効果では満足できる治療とは言えません。
むしろ、抗がん作用を強化した漢方治療や、副作用が少なくて抗腫瘍効果の期待できる代替医療(ジクロロ酢酸ナトリウム、アルテスネイト、サリドマイド、セレコックス、ノスカピン、低用量ナルトレキソン、2-デオキシグルコース、メトホルミンなど)を主体にした治療の方がQOLの良い状態で延命する目的では勝っているように感じています。
あるいは、抗がん剤治療に漢方治療や抗がん剤感受性を高める治療法を併用する統合的な治療も有効です。
標準治療と併用して相乗効果があるかどうかのエビデンスが乏しいという意見で、漢方治療や代替医療は排除されがちですが、有効な治療法が無い難治性がんの場合は、厳密なエビデンスが出るのを待つ時間的余裕は無いはずです。
進行した難治性がんの場合は、可能性のある治療を試すしか無いのかもしれません。

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