867)活性酸素ががんを消す(その2):酸化的リン酸化と酸化ストレスの亢進

図:がん細胞では低酸素やPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系の活性化によって低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性が恒常的に亢進している(①)。HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導し(②)、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素をリン酸化してその活性を阻害する(③)。その結果、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が阻止されてミトコンドリアでの糖代謝(酸化的リン酸化)は抑制される。HIF-1は解糖系酵素や乳酸脱水素酵素(LDH)の発現を亢進し(④)、乳酸産生を増やす(⑤)。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する(⑥)。その結果、ピルビン酸脱水素酵素の活性が亢進し、ピルビン酸からアセチルCoAの産生が増え、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進する(⑦)。その結果、活性酸素産生が亢進し、乳酸産生が減少し(⑧)、アポトーシスやフェロトーシスによる細胞死が起こりやすくなり、抗がん剤感受性が亢進する(⑨)。2-デオキシ-D-グルコース(2DG)はヘキソキナーゼを阻害して解糖系を阻害する(⑩)。5-アミノレブリン酸(5-ALA)は乳酸脱水素酵素(LDH)の発現を阻害し(⑪)、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を促進する(⑫)。メトホルミン、アルテスネイト、ジスルフィラム、ドコサヘキサエン酸は活性酸素の産生を高め、フェロトーシスなどによる細胞死を促進する(⑬)。これらを組み合わせると、がん細胞に選択的に酸化ストレスを高め、死滅することができる。

867)活性酸素ががんを消す(その2):酸化的リン酸化と酸化ストレスの亢進

【低酸素になると解糖系が亢進し、ミトコンドリアの酸素呼吸が低下する】
細胞が低酸素状態に置かれると低酸素誘導因子-1(Hypoxia-inducible Factor-1:HIF-1)という転写因子の発現が誘導されます。転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報をタンパク質に変換すること)を調節しているタンパク質です。
HIF-1のターゲット遺伝子は100種類以上知られており、エネルギー代謝、血管新生、細胞増殖、アポトーシスなど細胞の機能と深く関連している遺伝子の発現を制御しています。細胞が低酸素状態で生存するために必要な遺伝子の発現を促進します。
低酸素の環境では酸素が使えないので、グルコース代謝は酸素が必要ない解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)が低下します。
すなわち、HIF-1はグルコースを取り込むGLUT-1の発現を亢進し、解糖系酵素の発現を亢進します。一方、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進してピルビン酸脱水素酵素の活性を阻害し、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を抑制します。(下図)

図:酸素分圧(pO2)が低下して低酸素になると(①)、低酸素誘導因子-1(HIF-1)の発現が亢進する(②)。HIF-1はグルコースを取り込むGLUT-1(③)と解糖系酵素(④)と乳酸を排出するMCT4(⑤)の発現を亢進する。HIF-1は血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生を増やして血管新生を亢進する(⑥)。ペントース・リン酸経路を亢進し(⑦)、NADPHと核酸の合成を促進する(⑧)。HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進し(⑨)、ピルビン酸脱水素酵素の活性を阻害し、アセチルCoAの産生を低下させ、ミトコンドリアでの代謝を抑制する(⑩)。つまり、HIF-1は解糖系を亢進し、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を抑制してワールブルグ効果を促進する。

【がん細胞では低酸素でなくてもHIF-1が恒常的に活性化している】
がん細胞の代謝の特徴は、酸素が十分に利用できる状況でも、酸素を使わない解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生(酸化的リン酸化)が抑制されていることです。つまり、酸素があっても、あたかも低酸素のような代謝を行っているわけです。
このような代謝の特徴の根本的なメカニズムは、がん細胞では酸素濃度とは関係なく、恒常的にHIF-1が活性化しているためです。つまり、がん細胞では恒常的に低酸素シグナルがオンになっているということです。その理由は、がん細胞で活性化されているmTORやSTAT3がHIF-1の産生を促進するからです。

がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3キナーゼ/Akt/mTORC1シグナル伝達系においてmTORC1はHIF-1のタンパク質の産生(mRNAからタンパク質の翻訳)を促進します。また、増殖因子やサイトカインで活性化されるSTAT3という転写因子はHIF-1遺伝子の転写を亢進します。
mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)はリボソームの生合成を促進するS6Kをリン酸化して活性化する作用によって蛋白質合成を促進し、HIF-1タンパク質の産生を増やします。
一方、STAT(signal transducer and activator of transcription;シグナル伝達兼転写活性化因子)は、様々な増殖因子やサイトカインを中心とする細胞外からの刺激によって活性化されたJAKなどのチロシンキナーゼによってリン酸化を受けると2量体を形成し、核内に移行してさまざまな遺伝子の発現を誘導します。
STAT転写ファミリーには7種類が存在しますが、特にSTAT3はほとんどすべての固形がんで活性化されており、細胞のがん化に重要な働きをすることが分かっています。
STAT3はHIF-1の遺伝子発現(転写)を促進することが知られています。
つまり、がん細胞で活性が亢進しているmTORC1とSTAT3はHIF-1タンパク質の産生量を相乗的に高めることが報告されています(下図)。

図:増殖刺激や遺伝子変異などによってがん細胞で恒常的に活性が亢進しているSTAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子)はHIF-1遺伝子の転写(mRNAの産生)を促進し、mTORC1はリボソームの生合成を促進するS6Kを活性化してHIF-1タンパク質の合成を促進する。 

【低酸素誘導因子-1(HIF-1)がワールブルグ効果を根本で制御している】
急速に増大するがん組織の中で、がん細胞は常に低酸素と低栄養による細胞死の危険にさらされています。そこで、低酸素や低栄養による細胞死を起こさないようにするメカニズムとしてがん細胞はHIF-1活性を高めています。これは、HIF-1活性が亢進しているほど、がん細胞は低酸素や低栄養で生存できる(死ににくい)ということを意味しています
がん細胞でもミトコンドリアでの酸化的リン酸化は正常細胞と同じレベルくらいには起こっています。しかし、がん細胞に取り込まれたグルコースの多くは解糖系で代謝され、物質合成に必要な中間代謝産物を多く作り出しています。
ミトコンドリアの呼吸鎖での酸素を使ったATP産生は必然的に活性酸素の産生を増やします。酸化ストレスは、増殖や転移を抑制するので、がん細胞は増殖や転移を促進するために、ミトコンドリアでの呼吸を抑えていると考えられています。

正常細胞ではHIF-1は細胞が低酸素状態におかれた場合しか活性化されません。
一方、多くのがん細胞では、低酸素状態でなくてもHIF-1の活性が亢進しています。がん細胞では、がん遺伝子のc-Mycの活性や増殖のシグナル伝達系のPI3K/Akt/mTORC1が恒常的に亢進しており、その結果としてHIF-1の活性が恒常的に亢進しているからです。
がん細胞の代謝の特徴である「解糖系の亢進とミトコンドリアでの酸化的リン酸化の抑制」というワールブルグ効果(Warburg effect)を根本で制御しているのがHIF-1と言っても過言ではありません。

HIF-1は乳酸脱水素酵素(LDH)などの解糖系酵素の発現を亢進し、一方、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)の発現を亢進して、ミトコンドリアでの酸素呼吸を抑制します。
解糖系で産生されたピルビン酸がミトコンドリアで代謝されるとき、その第一ステップとしてピルビン酸脱水素酵素(PDH)によってピルビン酸がアセチルCoAに変換されます。
このピルビン酸脱水素酵素(PDH)をリン酸化して不活性化するのがピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)です。このピルビン酸脱水素酵素キナーゼはHIF-1によって発現が亢進します。
つまり、がん細胞では、HIF-1によってピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)の発現が亢進し、PDKがピルビン酸脱水素酵素(PDH)の活性を阻害し、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が阻害されるので、ミトコンドリアでの酸素を使った代謝が抑制されることになります。(下図)

図:正常細胞では、グルコースは解糖系でピルビン酸に変換され、ピルビン酸脱水素酵素(①)でアセチルCoAに変換され(②)、TCA回路(③)と呼吸鎖における酸化的リン酸化によってATPが産生される(④)。がん細胞では低酸素やPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系の活性化によって低酸素誘導因子-1(HIF-1)の活性が恒常的に亢進している(⑤)。HIF-1は解糖系酵素や乳酸脱水素酵素(LDH)の発現を亢進し(⑥)、乳酸産生を増やす(⑦)。HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導し(⑧)、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素をリン酸化してその活性を阻害する(⑨)。その結果、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が阻止されてミトコンドリアでの糖代謝(酸化的リン酸化)は抑制される。

【ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害する】
ジクロロ酢酸ナトリウム(sodium dichloroacetate)は酢酸(CH3COOH)のメチル基(CH3)の2つの水素原子が塩素原子(Cl)に置き換わったジクロロ酢酸(CHCl2COOH)のナトリウム塩です。構造式はCHCl2COONaになります。
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高める作用があります。

がん細胞ではHIF-1の活性亢進によってピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性が亢進し、ピルビン酸脱水素酵素の活性が低下し、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換が阻止されているため、ミトコンドリアでのエネルギー産生が低下しています。
そこで、ジクロロ酢酸ナトリウムでがん細胞のピルビン酸脱水素酵素を活性化して、ピルビン酸からアセチルCoAへの変換を促進してTCA回路を回せば、乳酸の産生が抑えられます。さらに、酸化的リン酸化の過程で活性酸素の産生が増え、酸化ストレスの増大によってがん細胞を死滅できるという作用機序が報告されています。(図)。

図:低酸素誘導因子-1(HIF-1)はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を誘導して(①)、ピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸をアセチルCoAに変換する)の働きを阻害するので(②)、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化によるATP産生が抑制されている。ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害することによってピルビン酸脱水素酵素の活性を高め(③)、R体αリポ酸とビタミンB1はピルビン酸脱水素酵素の補因子として働き(④)、ピルビン酸脱水素酵素の活性を高めてピルビン酸からアセチルCoAの変換を促進し、TCA回路での代謝と酸化的リン酸化を亢進する(⑤)。ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が亢進すると、活性酸素の産生が増え、乳酸産生が減少し、アポトーシスが起こりやすくなって、抗がん剤感受性が亢進する(⑥)。

【ジクロロ酢酸ナトリウムはペントースリン酸経路を阻害する】
ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してミトコンドリアを活性化するジクロロ酢酸ナトリウムがペントースリン酸経路を阻害することが報告されています。以下のような論文があります。

Inhibition of the pentose phosphate pathway by dichloroacetate unravels a missing link between aerobic glycolysis and cancer cell proliferation(ジクロロ酢酸によるペントースリン酸経路の阻害は、好気性解糖とがん細胞増殖との間の失われた関連を明らかにする)Oncotarget.2016 Jan 19; 7(3): 2910–2920.

【要旨の抜粋】
がん細胞は酸素の存在下でも解糖によるグルコースの発酵を行っており、これはワールブルグ効果と呼ばれている。このワールブルグ効果は、がんの治療法の開発において魅力的なターゲットになっているがん細胞に共通の特徴である。
本研究は、6つのがん細胞株において、DNA合成量によって評価した細胞増殖能は、解糖の効率と相関することを見出した。
解糖と増殖の関係をさらに調べるために、ペントースリン酸経路の薬理学的阻害を使用した。
我々は、ペントースリン酸経路の活性の低下ががん細胞の増殖を減少させ、その作用はワールブルグ効果の代謝が強いがん細胞ほど大きな影響を及ぼすことを実証した。
ペントースリン酸経路の最初の律速酵素であるグルコース-6-リン酸脱水素酵素に対するsiRNAを用いて阻害する実験で、がん細胞の増殖を維持する上でのペントースリン酸経路の重要な役割が確認された。
さらに、ジクロロ酢酸が、がん細胞の解糖系優位の代謝からミトコンドリアでの酸化的リン酸化を亢進するように代謝を変換させ、それに応じて増殖能が減少することを見出した
ジクロロ酢酸がペントースリン酸経路の活性を低下させたことを実証することにより、ジクロロ酢酸ががん細胞の増殖を制御する新しいメカニズムを提供する。

正常細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動して働き、ATPを産生しています。
がん細胞では解糖と酸化的リン酸化が連動していません。解糖の最終産物のピルビン酸は乳酸に変換され、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されています。
増殖する細胞にとっては、エネルギー産生と物質合成を両立させるためにはグルコースの取込みを亢進し、解糖系とペントースリン酸経路を亢進する必要があります。
ジクロロ酢酸はミトコンドリアの酸化的リン酸化を促進し、その結果、解糖系とペントースリン酸経路を抑制する結果になります。(下図)

図:がん細胞では低酸素誘導因子-(HIF-1)の活性が亢進し、グルコースの取り込みと解糖系が亢進し(①)、乳酸産生が亢進している(②)。さらにペントース・リン酸経路が亢進し、核酸やアミノ酸や脂肪酸やNADPHの合成が亢進している(③)。HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進する(④)。ピルビン酸脱水素酵素キナーゼはピルビン酸脱水素酵素の活性を阻害し(⑤)、その結果、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。ジクロロ酢酸ナトリウムは、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害する(⑥)。その結果、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進してミトコンドリアでの代謝を亢進する。その結果、乳酸産生とペントースリン酸経路が抑制され、ワールブルグ効果が是正される。

【ジクロロ酢酸ナトリウムはタモキシフェンの効果を高める】
ジクロロ酢酸ナトリウムはピルビン酸脱水素キナーゼ1(PDK1)を阻害して、ピルビン酸脱水素(PDH)を活性化し、ミトコンドリアでの酸素呼吸を亢進します。がん細胞ではミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)が抑制されていますが、がん細胞のミトコンドリアを活性化すると、様々なメカニズムでがん細胞の増殖を抑制します。
以下のような論文があります、

Dichloroacetate potentiates tamoxifen-induced cell death in breast cancer cells via downregulation of the epidermal growth factor receptor(ジクロロ酢酸は上皮成長因子受容体の発現抑制によって乳がん細胞におけるタモキシフェン誘導性細胞死を増強する)Oncotarget. 2016 Sep 13; 7(37): 59809–59819.

【要旨】
がん細胞における代謝の再プログラム化は細胞のがん化の必須の特徴と認識されている。がん細胞における代謝の特徴をターゲットとした様々な薬物が、前臨床試験で有望な効果が得られている。
最近の複数の研究で、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの選択的阻害剤であるジクロロ酢酸が、多くの種類の腫瘍細胞に対して抗腫瘍効果を発揮することが示されている。
しかしながら、ジクロロ酢酸を臨床で使用する場合に重要な、正確な作用機序は十分に解明されていない。
今回の研究において、MCF7乳がん細胞においてジクロロ酢酸は上皮成長因子受容体(EGFR)の発現を減少させ、タモキシフェンによる細胞死を増強することを明らかにした。
EGFRの発現抑制はEGFRタンパク質の分解によって引き起こされていた。さらに、p38マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(p38-MAPキナーゼ)が、ジクロロ酢酸によるタモキシフェン誘導性EGFR発現抑制に重要な役割を担っていた。
最後に、 タモキシフェン存在下で長期に培養して得たタモキシフェン耐性のMCF7細胞に対しても、ジクロロ酢酸はタモキシフェン誘導性細胞死を亢進した。
以上の結果から、ジクロロ酢酸は、乳がん細胞においてEGFR発現を抑制する機序で、タミキシフェン誘導性細胞死の感受性を高め、さらにタモキシフェン抵抗性を阻止する抗がん剤としての可能性を持っていることが示唆された

がん細胞ではHIF-1の発現と活性が亢進しています。
HIF-1はグルコースの取込みと解糖を亢進し、さらに、ピルビン酸脱水素酵素の発現を亢進します。
ピルビン酸脱水素酵素キナーゼ(PDK)を阻害してピルビン酸脱水素酵素(PDH)を活性化してミトコンドリアを活性化すると、乳酸とプロトン(水素イオン)の産生を低下させてがん組織の酸性化を軽減します。
ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害するジクロロ酢酸は、がん細胞のミトコンドリアでの酸素呼吸を活性化し、酸化ストレスを高めてがん細胞の転移を抑制し、細胞死を誘導させる効果が期待できます。がん細胞のミトコンドリアを活性化すると、がん細胞は死に易くなります。

【ジクロロ酢酸ナトリウムとメトホルミンは相乗効果】
ジクロロ酢酸ナトリウムとメトホルミンを併用すると抗腫瘍効果を相乗的に高めることが報告されています。以下のような論文があります。

Sensitization of metformin-cytotoxicity by dichloroacetate via reprogramming glucose metabolism in cancer cells.(がん細胞におけるグルコース代謝の再プログラム化を介するジクロロ酢酸によるメトホルミンの細胞毒性の増強)Cancer Lett. 346(2): 300-308, 2014

【要旨】
がん細胞に対するメトホルミンの細胞毒性を高める目的で、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼの阻害剤であるジクロロ酢酸の作用を検討した。
メトホルミンの細胞毒性は主にグルコース利用性と、ペントース・リン酸経路で産生される還元力(NADPH)に依存していた。
一方、ジクロロ酢酸は、ピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害しミトコンドリアでの呼吸(酸化的リン酸化)を亢進してグルコース代謝を再プログラム化(=正常化)することによってメトホルミンの細胞毒性を増強した。
グルコースとグルタチオンの濃度が高い条件下でも、ジクロロ酢酸とメトホルミンの併用投与は、がん細胞を死滅させた
ジクロロ酢酸はがん細胞のグルコース代謝を好気的解糖主体の代謝からミトコンドリアでの酸化的リン酸化主体の代謝に再プログラム化することによって、メトホルミンの細胞毒性の感受性を高めることが明らかになった。

グルコース代謝の再プログラミング(reprogramming)というのは、がん細胞の特徴であるワールブルグ効果(酸素があっても解糖系でのグルコース代謝が亢進し、ミトコンドリアでの代謝が低下している)を正常化(初期化)するということです。
ジクロロ酢酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼを阻害してピルビン酸脱水素酵素の活性を高めることによってミトコンドリアでの呼吸(酸素を使ったATP産生)が活性化され、解糖系でのATP産生は抑制されることになります。

一方、メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体1の働きを阻害するので、ATP産生は阻害され、活性酸素の発生が増加します。
がん細胞ではもともとミトコンドリアでの酸素を使った代謝が低下しているので、メトホルミン単独では細胞を死滅させる作用が弱いのですが、ジクロロ酢酸でミトコンドリアにおける酸素利用を高めれば、がん細胞は酸化傷害によって死滅するというストーリーです。
以下のような報告もあります。

Dichloroacetate enhances apoptotic cell death via oxidative damage and attenuates lactate production in metformin-treated breast cancer cells.(メトホルミンを投与した乳がん細胞において、ジクロロ酢酸は酸化傷害によるアポトーシスを亢進し、乳酸の産生を抑制する)Breast Cancer Res Treat. 147(3):539-50. 2014年

【要旨】
乳がん細胞における代謝の特徴を明らかにすることは、乳がんの治療法の開発に役立つ。
メトホルミンは乳がんの治療に有用な薬剤であることが明らかになっている。メトホルミンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体Iの働きを阻害して活性酸素の産生を増やし、酸化傷害によって細胞死を誘導する
呼吸酵素複合体Iの阻害は乳酸産生を増やすことになるが、がん細胞においては解糖系の亢進によって乳酸産生がもともと亢進した状態にあり、乳酸産生が高いほど予後が悪いことが知られている。
メトホルミンはがん治療に効果が期待できるが、乳酸産生を抑制する方法を組み合わせると、メトホルミンの抗がん作用を効率的に高めることができる。
ジクロロ酢酸はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの活性を阻害することによってミトコンドリアでの代謝を促進する作用によって、乳酸アシドーシスの治療薬として使用されている。
この研究の目的は、メトホルミンとジクロロ酢酸を併用すると、乳がん細胞を死滅させる効果が相乗的に高まるかどうかと、そのメカニズムを検討することである。
乳がん細胞株を用い、メトホルミンとジクロロ酢酸を投与し、細胞死の程度や代謝の変化を解析した。
細胞死と活性酸素産生はフローサイトメトリーやウェスタンブロット法や細胞数測定法などの方法で解析した。細胞の形態学的変化は位相差顕微鏡や共焦点顕微鏡で解析した。
細胞の代謝の変化は、Seahorse XF24アナライザー、乳酸測定、pH測定で検討した。
実験の結果、ジクロロ酢酸とメトホルミンを同時に添加すると、乳がん細胞のアポトーシスは相乗的に増加することが明らかになった。
メトホルミンによって誘導される酸化傷害はジクロロ酢酸によって促進され、ジクロロ酢酸によるピルビン酸脱水素酵素キナーゼ活性の阻害はメトホルミンによって引き起こされる乳酸産生亢進を抑制した。
以上のことから、ジクロロ酢酸とメトホルミンを同時投与すると、酸化傷害を介するカスパーゼ依存性のアポトーシスの誘導を相乗的に亢進し、さらにメトホルミンによる乳酸産生を抑制することが明らかになった。
メトホルミンとジクロロ酢酸の併用は、乳がんの治療効果を高めることが期待できる革新的な治療法となる可能性がある

ジクロロ酢酸はミトコンドリアの異常による代謝性疾患、乳酸アシドーシス、心臓や脳の虚血性疾患の治療などに、医薬品として古くから使用されています。
メトホルミンはその副作用に「乳酸アシドーシス」があります。高齢者や腎機能障害者や心血管・肺機能障害、手術前後、肝機能障害などの患者、脱水、過度のアルコール摂取などで起こることがあります。
ジクロロ酢酸は乳酸アシドーシスの治療にも使われているので、メトホルミンとジクロロ酢酸の併用は副作用予防の観点からもメリットがあります。

【メトホルミンと解糖系阻害剤の相乗効果】
メトホルミンは呼吸酵素複合体Iを阻害してATPの産生を阻害します。その結果、メトホルミンは酸化的リン酸化から解糖系に代謝をシフトします。
細胞外の酸性化の程度(乳酸産生)と酸素消費量を測定すると、メトホルミン投与はがん細胞の酸素消費量を低下し乳酸産生を増やします。つまり、メトホルミンはグルコースの取込みを増やし乳酸産生を増やします。
がん細胞はもともと解糖系が亢進し、乳酸産生が増えていますが、メトホルミンはミトコンドリアの呼吸鎖でのATP産生を阻害するので、解糖系でのグルコース利用を増やすことになります。
したがって、メトホルミンを投与しているときに解糖系を阻害すると、がん細胞はダメージを受けやすくなります。
解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースとメトホルミンの併用が相乗的に抗腫瘍効果を示すことが報告されています。
AMPKの発現のない細胞でも、メトホルミンは酸化的リン酸化を抑制し乳酸産生を増やすことが報告されています。
AMPKの発現のない細胞でも、メトホルミンはがん細胞の増殖を抑制します。
AMPKを活性化するLKB1を欠損した細胞でも、メトホルミンは細胞増殖を抑制します。
つまり、LKB1やAMPKに変異や欠損があっても、メトホルミンの抗腫瘍効果は発揮できます。メトホルミンはmTORC1活性も阻害します。
いろいろとメカニズムは複雑ですが、結論は、メトホルミンはLKB1やAMPKやmTORC1シグナル伝達系とは関係なく、がん細胞の増殖を抑制する作用があります。

ジクロロ酢酸とメトホルミンとHIF-1α活性の阻害剤が相乗効果を示すことが報告されています。以下のような論文があります。 

Targeting HIF-1α is a prerequisite for cell sensitivity to dichloroacetate (DCA) and metformin.(ジクロロ酢酸とメトホルミンに対する感受性を高めるためにはHIF-1αをターゲットにすることが必要条件である)Biochem Biophys Res Commun.2016 Jan 8;469(2):164-70.

【要旨】
がん細胞における代謝異常をターゲットにした治療法ががんの治療法として近年注目されている。
本研究では、ジクロロ酢酸とメトホルミンの併用は、それぞれを個々に投与した場合と比べて顕著に細胞死を誘導した
さらに、ヘキソキナーゼ-2(HK2)と乳酸脱水素酵素A(LDHA)とエノラーゼ-1(ENO1)を含む解糖系酵素の発現レベルは、この2つの薬の投与によって減少した。
興味深いことに、HIF-1αの活性化は、ジクロロ酢酸とメトホルミンによって誘導される細胞死を顕著に抑制し、この2つの薬剤によって減少した解糖系酵素の発現を回復させた。
以上の結果から、がん細胞の代謝をターゲットにした治療法の開発には、HIF-1α活性を阻害することが必要であることが示された。

低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害する方法としてラパマイシン、ジインドリルメタン、シリマリン(364話)やメラトニン(487話)があります。

以上のことから、がん細胞の解糖系とミトコンドリアでのエネルギー産生と物質合成を阻害し、ミトコンドリアでの活性酸素種の産生と高めてがん細胞を死滅させる方法として、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース、ジクロロ酢酸の組合せは有効です。HIF-1を阻害するメラトニンなども有効です。

さらに乳酸脱水素酵素Aを阻害し、ミトコンドリアを活性化して活性酸素の産生を増やす5-アミノレブリン酸の併用も有効です。(866話参照)

図:がん細胞はグルコースの取り込み(①)と解糖系(②)が亢進している。乳酸脱水素酵素A(LDHA)の発現が亢進し、乳酸産生が増えている(③)。さらにペントース・リン酸経路が亢進し、核酸やアミノ酸や脂肪酸やNADPHの合成が亢進している(④)。NADPHはグルタチオンやチオレドキシンの還元力を維持し、活性酸素を消去している(⑤)。ジクロロ酢酸ナトリウムは、ピルビン酸脱水素酵素(PDH)を活性化してピルビン酸からアセチルCoAの変換を亢進してミトコンドリアでの代謝を亢進する(⑥)。メトホルミンは呼吸鎖の呼吸酵素複合体Iを阻害して、ATP産生を低下し、活性酸素の産生を高める(⑦)。2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)はヘキソキナーゼ(HK)によって2-DG-6リン酸(2-DG-6-PO4)に変換され(⑧)、2-DG-6リン酸はヘキソキナーゼ(HK)とホスホグルコースイソメラーゼ(PGI)を阻害する(⑨)。その結果、解糖系とペントースリン酸経路を阻害する。5-アミノレブリン酸(5-ALA)は乳酸脱水素酵素A(LDHA)を阻害して乳酸産生を抑制する(⑩)。これらの組合せは、がん細胞のワールブルグ効果を是正することによって、がん細胞に選択的に、ATP産生と物質合成を抑制し、酸化ストレスを高めて、増殖を抑制し、細胞死を誘導する。

さらに、がん細胞内の活性酸素の産生を高めるアルテスネイト、鉄剤、ジスルフィラム、ドコサヘキサエン酸を併用すると、フェロトーシスによるがん細胞の死滅を誘導できます。

図:鉄はトランスフェリン(TF)に結合して全身を循環している。1分子のトランスフェリンは3価の鉄イオン(Fe3+)を2個運搬できる(①)。がん細胞はトランスフェリン受容体(TFR)を多く発現している。細胞膜に存在するトランスフェリン受容体に3価鉄イオンを結合したトランスフェリンが結合すると、この複合体はエンドサイトーシス (Endocytosis)によって細胞内に取り込まれる(②)。エンドソーム(endosome)内の酸性の環境では、鉄イオンはトランスフェリンから離れ、3価の鉄イオン(Fe3+)は2価の鉄イオン(Fe2+)に還元される(③)。2価の鉄イオンはエンドソームを出て細胞質に移行し、細胞内の様々な目的で使用される(④)。アルテスネイト(⑤)はがん細胞内の2価の鉄イオン(Fe2+)と反応して活性酸素を発生し(⑥)、酸化作用の強いヒドロキシルラジカルや脂質ラジカルを発生させ、過酸化脂質の蓄積を引き起こし(⑦)、フェロトーシスによる細胞死を誘導する(⑧)。がん細胞はグルタチオンやグルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)の活性を高めて活性酸素を消去する(⑨)。スルファサラジンとメトホルミンはシスチン/グルタミン酸アンチポーター(xCT)の働きを阻害し、グルタチオンの合成を阻害し、(⑩)。2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)とメトホルミンはATPとNADPHの産生を減らしてグルタチンペルオキシダーゼ4(GPX4)の活性を低下する(⑪)。ジスルフィラムとジクロロ酢酸ナトリウムは活性酸素の産生を増やす(⑫)。鉄剤の投与はがん細胞内の鉄を増やしてフェロトーシスを促進する(⑬)。ドコサヘキサエン酸は細胞膜に取り込まれ、細胞膜の脂質過酸化を促進する(⑭)。したがって、アルテスネイト+スルファサラジン+メトホルミン+ジスルフィラム+ジクロロ酢酸ナトリウム+鉄剤+ドコサヘキサエン酸はがん細胞のフェロトーシス誘導において相乗効果を発揮する。

以上から、ジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース、5-アミノレブリン酸、アルテスネイト、ジスルフィラム、ドコサヘキサエン酸を組み合わせると、がん細胞に選択的に酸化ストレスを高め、死滅することができます。正常細胞にはほとんど影響しないので、副作用は軽微です。ケトン食を併用するとさらに抗腫瘍効果を増強できます。治療法がなくなったがんの代替療法として試してみる価値はあります。(トップの図)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 866)活性酸素... 868)抗がん剤... »