(4)天然薬の複合効果で効き目を高める漢方

図:漢方薬は、症状や治療の状況に合わせて処方した複数の生薬を混ぜ合わせて、成分を煮出したスープ状のもの(煎じ薬)を服用する。煎じ薬に含まれる多くの成分の相乗作用によって、体の抗がん力を増強し、生体機能を調節して症状を改善する。

(4)天然薬の複合効果で効き目を高める漢方

【漢方薬と西洋薬の考え方の違い】
 近代西洋医学では病気の原因に直接働きかけて、それを取り除くことによって病気を治療することが基本になっています。したがって「確実で即効的な作用を持つ薬が良い薬」という価値観で薬が開発されてきました。ところが漢方では、このような作用の強力な薬は「下品(下薬)」、すなわち「最も格が低い薬」と位置付けられています。作用の強い化学薬品は短期間の使用なら一定の目に見える効果を現しますが、中長期的に見た場合、かならずしも有効とはいえない場合があります。がん治療における抗がん剤がその例であり、がんの縮小効果の強さと延命効果は比例しないことが明らかになっています。
 漢方では、体の治癒系や抵抗力に働きかけて間接的に病気を治していこうと考えています。西洋薬のような特効的な効果はなくても、副作用がなく病める体に好ましく作用する薬、長期の服用が可能で徐々に治癒力や体力を回復させる薬を、最も格が高い「上品(上薬)」としています。漢方薬の上品は、健康食品のようなもので、西洋医学の見方では薬として認められないようなものです。実際に上品といわれる生薬は作用が弱くて、効果が現れるまでに時間がかかり、短期間の動物実験などでは薬効がはっきり確かめられないものも少なくありません。しかし、長期的に見ると難病や慢性疾患において症状の改善や延命効果など、確実な効果が経験されます。このように、作用の弱い薬により重要性を見い出してきた点が漢方の特徴であり、体にやさしいがん治療を行う上で漢方治療が有用な理由でもあります。

【ドクダミ茶やアガリクスは漢方薬ではない】
 「漢方薬を飲んでいます」という人の中には、それがハトムギ茶であったり、ドクダミ茶であることがよくあります。キノコやハーブを使った健康食品を漢方薬と思っている人もいます。しかし、これらは「民間薬」あるいは「健康食品」であり、漢方薬ではありません。
 民間薬は、下痢止めにゲンノショウコ、便秘にアロエやセンナというように、症状に合わせて飲んだり、健康増進や病気予防の目的で、お茶がわりに飲むのがほとんどです。民間薬は、薬草1種類のみで用い、服用量なども適当で、山野や道ばたに生えているものを採取しても構いません。
 最近ブームになっているハーブも、ヨーロッパなどの生活に古くから根づいている民間薬で、料理や健康増進のために利用されています。朝鮮人参やウコンのような漢方で使用する薬草を製品化した健康食品も、厳密な意味では漢方薬とは言えません。
 漢方薬は、病気の種類や症状や体質に合わせて、それに合うように複数の薬草を組み合わせて使うというところに、民間薬や健康食品との大きな違いがあります。つまり、オーダーメイドの薬の処方を行うという点が、漢方薬の特徴なのです。
 漢方薬に使われる薬草は生薬(しょうやく)と呼ばれ、民間薬と異なり、採取の場所や時期、乾燥の仕方や刻み方、品質の基準などが厳しく決められています。生薬1種類からなる単味の漢方薬もありますが、ほとんどは数種類から多いときには20種類以上の生薬を調合して作られています。

生薬は天然の薬物】
 人類は数百万年という長い歴史の中で、身の周りの植物・動物・鉱物などの天然産物から、病気を治してくれる数多くの「薬」を見つけ、その知識を伝承し蓄積してきました。このような自然界から採取された「薬」になるものを、利用しやすく保存や運搬にも便利な形に加工したものを生薬(しょうやく)と言います。高度に加工・精製されたものや、その成分だけを抽出したようなものは、生薬とは言いません。
 生薬の多くは植物性で、食品として使われているものもあります。例えば、ショウガの根は食品としてもポピュラーですが、漢方ではとくに生姜(しょうきょう)と呼び、胃腸機能を整え、体を温める目的で使用します。ニッケイ類の樹皮の桂皮(けいひ)は、体を温めたり血行を良くする生薬ですが、甘味をひきたてる香りがあるので、お菓子に使われたり、紅茶やコーヒーに入れられたりするシナモンと同じものです。
 動物や鉱物由来の漢方薬もあります。牛やろばの皮から作ったニカワは、ゼラチンが主成分ですが、漢方では阿膠(あきょう)といい、止血や造血の目的として使用します。貝のカキの貝殻は牡蠣(ぼれい)、大形の動物の骨の化石を竜骨(りゅうこつ)といいます。この2つはカルシウムが主成分で、鎮静効果のあることで知られています。石膏は熱を発散させて解熱させる作用があります。
 加工の基本は乾燥であり、乾燥によりカビや虫害や腐敗を防ぐことができます。刻み・粉砕などによって、煎じるときに成分が抽出しやすくするような加工も行われます。蒸したり加熱する調製法は、成分の変化を起こして、薬効を変化させたり副作用を軽減する効果もあります。
 それぞれの生薬には、臨床経験に基づいた効果(薬能)がまとめられています。例えば、桂皮は血液循環を良くして体を温め、寒気を取る効能があります。高麗人参には、消化吸収機能を高めて気力や体力を増す効能が、昔から知られていました。これらの薬能は、人に使った経験からまとめられたものですが、現代における科学的研究によって活性成分や薬理作用も解明されつつあります。

【漢方薬の効果の秘密は生薬の複合効果にある】
 西洋医学も、つい100年程前までは、主として天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。経験的に薬効が知られていた薬用植物から、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行ない、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきたのです。
 一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。漢方治療では、一種類の生薬だけを使用することは稀で、多くは病気の状態に合わせて複数の生薬が組み合わせて処方されます。これによって複雑な病態や症状に対処でき、また効果をより高め、かつ副作用をより少なくすることができるのです。このように、治療のために複数の生薬を配合したものを漢方薬あるいは漢方方剤といいます。

図:西洋医学も、つい100年程前までは、主として天然物を薬として用いていた。再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきた。漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきた。漢方薬では多数の成分の相乗効果で病気を治療する。

 単一の成分は、作用が偏っていて副作用などが現われやすい傾向がみられます。生薬には多くの成分が含まれていて、相互に助長し合い、あるいは抑制し合うというように、常に調和を保つような傾向がみられます。しかし、単味の生薬には、なおその薬能に限界があり、薬効の偏向を脱しきれないものがあります。そこで、単味の生薬をいくつか組み合わせた薬方がつくられることになります。すなわち、漢方薬は、単味の薬物のこのような弊害と不備とを補い、さらに特殊な薬能を必要に応じて重点的に抽出して効果的に利用することを目的としてつくられたものと解することができます。
 例えば、つわりや胃腸炎で起こる吐き気に良く効く漢方薬に小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)というがあります。この漢方薬は吐き気止めの作用のある半夏(はんげ)と生姜(しょうきょう)と茯苓(ぶくりょう)という3つの生薬を組み合わせて作られています。半夏はサトイモ科のカラスビシャクの塊茎で、吐き気を止め胃部のつかえを軽減する効果がありますが、えぐみが強く、刺激性があって単独では使いにくい欠点があります。生姜はショウガの根茎で、制吐作用があり、半夏のエグミを軽減する効果があります。茯苓はサルノコシカケ科のマツホドの菌核で、胃腸機能を改善し胃内の水分の停滞を改善する作用があります。したがって、これらの3種類の生薬を組み合わせることによって、吐き気を止める作用を相乗的に高めると同時に副作用の軽減が達成できます。
 もう一つの判りやすい例として補剤の代表である四君子湯(しくんしとう)を説明します。四君子湯は人参・白朮・茯苓・甘草・大棗・生姜の6つの生薬からなります。人参・白朮・茯苓・甘草の4つの生薬には消化吸収機能を高め気の産生を増す(健脾養胃・補中益気)作用があります。免疫力を増す作用も知られています。甘草は甘味料として食品にも使われており、味を整えたり複数の生薬全体を調和させる作用もあります。大棗・生姜も消化器系の働きを調整する効果を持っています。
 人参・甘草は「生津」という効能を持ち、津液(体液)を産生し、また抗利尿的に働いて体内の水分を保持する傾向があります。一方、白朮・茯苓は「利水」の効能を持ち、体内の水分を排出する傾向を持します。生姜は体を乾燥させる傾向(燥性)を持ち、大棗は逆に潤いを持たせます(潤性)。
 人参を使い過ぎると体がむくんだり血圧が上昇したりしますが、四君子湯のように「利水」の作用を持つ生薬と組み合わせて用いることにより、人参の副作用を回避することができます。
 すなわち、体力や免疫力や消化管機能を高める目的で薬用人参や茯苓などを使うときには、それぞれ単独で用いるより組み合わせて用いるほうが、副作用もなく十分効果を発揮できるようになるのです。

図:四君子湯(人参・白朮・茯苓・甘草・大棗・生姜)は気力の低下と胃腸のアトニー症状(緊張低下)を改善する効果がある。副作用を抑えながら、その効果を最大に高めるために6つの生薬の組み合わせが長い歴史の中で見い出された。

 漢方治療の長い歴史の中で優秀な処方が伝えられ、独自の名前(葛根湯、小柴胡湯など)が付けられて現在も使用されています。この伝統的な方剤構成をそのまま使用したり、あるいは病気の状態に合わせて別の生薬を加えたり減らしたり(加減)して薬を作ります。独自に生薬を選び、組み合わせて治療に使用することもあります。しかし、単に症状に合わせて生薬を混ぜ合わせたのでは、効果が相殺したり副作用を強める可能性もでてきます。生薬の作用をうまく引き出して、薬の副作用を軽減させるために、生薬の知識と理論が必要になるのです。
 漢方薬において何種類もの薬物を用いて調合するのは、複合的な作用をねらってのことですが、重要なことは、病気を治す強い生薬(下薬)を主としながらも、必ず体の抵抗力や治癒力を助ける上・中薬も加えておくことが原則となっていることです。このように、作用の弱い薬により重要性を見い出し、治療に利用してきた点は漢方薬の特徴といえます。西洋医学の治療では、同時に何種類もの西洋薬が処方されることが多くあります。この場合、何種類を同時に飲んでも各々が理論通りの薬効を現わすという前提で使用されているのに対して、漢方薬では最初から薬の複合効果を前提に作られており、この複合効果を体験的に蓄積してきたのが漢方薬なのです

【キザミ漢方薬の煎じ方】
 漢方薬を煎じる場合には、陶器製やガラス製の容器(土瓶、ほうろう鍋、耐熱性ガラスなど)を使用します。鉄や銅で作られたものは、生薬成分と化学反応を起こして成分が変化してしまうので避けます。
 キザミ生薬の一日分に、生薬の量に応じて600mlから1000mlの水を加えて火にかけます。煮え立ちそうになったら火を弱くしてコトコトと煮ます。時間は30~45分で、量がはじめの半分になるのが目安です。水からじっくり煮出すようにすることがポイントです。
 薬を煎じ終えたら熱いうちにガーゼか茶漉しでカスをこして煎じ薬を別の容器に移します。カスを残しておくと、せっかくの成分がカスに再び吸収されてしまうからです。飲める温度になったところで数回に分けて飲みます。通常は一日分を朝夕とか、昼夜のように2回に分けて飲みます。
 がんの漢方治療では生薬の量が多くなることがあり、その時は水の量を増やします。通常は生薬の重さの10~20倍量が目安です。日本で処方される漢方薬の1日量は概ね20~30グラムですから水400~600 mlが標準で、これが半分になるまで煮詰めると1日に飲む量が200~300 mlとなって飲みやすい量となります。がんの漢方治療では1日に80グラム以上になることもあります。生薬の量に対して水の量が少なすぎると有効成分を十分に煮出すことができませんが、煎じ液の量が多いと飲むのに大変です。生薬の量に応じて飲める範囲で水の量を増やしたり、1日3回以上に分けて飲むとかの工夫が必要になる場合もあります。耐熱ガラスポットとタイマーのついた温熱器がセットになった自動煎じ器も売られており、漢方専門の薬局で手に入ります。

図:自動煎じ器による漢方薬の煎じ方。生薬の重さの10〜20倍の量の水に生薬を入れて(①)、40〜60分ほど熱水で煎じて成分を抽出する(②)。カスを濾して抽出エキスをコップに取り(③)、1日2〜3回に分けて服用する(④)。

【煎じ薬とエキス剤】
 煎じ薬をインスタントコーヒーをつくる方法で粉末化し、カプセルに入れたり、乳糖などの賦形剤を加えて粗顆粒状にしたエキス製剤が大量生産されるようになりました。エキス製剤は品質が安定しており、保管や携帯が手軽にできて使いやすいという利点があります。しかし、煎じ薬を粉末にする過程で精油成分など蒸発しやすい成分が飛んでしまう欠点があります。処方に含まれる複数の生薬のうち、ある生薬だけを増やしたり減らしたりする、いわゆる「匙加減」ができないという欠点もエキス製剤にはあります。
 煎じ薬は手間がかかることや、生薬の品質が不均一であるという短所がありますが、エキス製剤にない漢方薬を調合できることや、さじ加減が容易に行えるなどの利点があります。品質の確実な生薬を用いれば、煎じ薬の方がエキス剤より効果が高いのが一般的です。

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