145)血中循環がん細胞(CTC)をターゲットにした漢方治療

図:がん細胞は接着因子の異常あるいは消失により原発巣から離れ、結合織の分解して血管内へ侵入して他の組織や臓器に運ばれる。さらに血管外にはい出して、新たに接着因子を合成して離れた組織に定着して転移巣をつくる。血中を循環するがん細胞(血中循環がん細胞)を検出する検査技術が進歩し、再発予測や治療効果の評価に利用されている。血中循環がん細胞を検出しても、再発予防に有効な漢方治療を積極的に行なえば、再発率を低下させることができる。

145)血中循環がん細胞(CTC)をターゲットにした漢方治療


【がんは血液やリンパの流れに乗って全身に転移する】
良性腫瘍悪性腫瘍(癌と肉腫)の根本的な違いは転移をするかどうかです。
良性腫瘍は増殖が遅く局所的に細胞の塊を作るだけですが、悪性腫瘍は周囲の正常な細胞や組織をも破壊してしまう性質を持ち、さらに血液やリンパ液に乗って離れた臓器に飛んで行き、そこで新たな腫瘍を形成します。
がんができた元の場所を
原発巣(げんぱつそう)といいます。がん細胞が原発巣だけに留まっているのであれば、たとえ大きな腫瘍であっても外科手術で完全に切り取ればがんを治すことができます。しかし、がん細胞は原発巣から離れた所へ飛んでいって、別の場所にもがん細胞の塊を形成しながら全身に広がる性質を持っています。これをがんの「転移(てんい)」といいます。全ての組織には、栄養物や老廃物を運搬するためにリンパ液と血液が流れており、がん細胞はこのリンパ液や血液の流れに乗って、リンパ節や肝臓や肺など全身に運ばれ、新たながん組織(転移巣という)を形成するのです。
転移は行き当たりばったりでなく、背後には巧妙な仕組みがあります。同じ細胞が集まって組織を作るために、それぞれの細胞の表面にはお互いをつなぎ止めるための
接着因子があります。がんになるとこの接着因子が異常を起こして機能しなくなったり消失したりしてバラバラになりやすくなるのです。さらに蛋白質分解酵素を分泌して周囲の結合組織や血管壁を破壊しながら血管内に入ります。血中を循環しているがん細胞の多くはアポトーシスで死滅していますが、一部のがん細胞は生き残って、別の臓器や組織に定着して増殖を開始します(図)。
従って、がん細胞が転移するためには、がん細胞同士が離れやすくなること、まわりの結合組織を分解しながら活発に運動すること、死ににくくなることなどの条件が必要で、細胞の増殖や接着や死(アポトーシス)に関連する遺伝子(がん遺伝子やがん抑制遺伝子)の異常が多数蓄積して、悪性化がより進んだがん細胞ほど転移しやすい傾向にあります。
良性腫瘍はその部分を切り取れば完全に治ります。がんも転移する前に完全に腫瘍を切り取れば治るのですが、がんは診断された時点、つまり
目にみえるほど大きくなった時点ではすでに他の場所に転移していることが多いため、再発する宿命を持っているのです。

【血中循環がん細胞(CTC)とは】
血管内(血液中)を循環しているがん細胞を
Circulating tumor cell (略してCTC) と言います。日本語に訳すと「血中循環がん細胞」「循環血中腫瘍細胞」という意味になります。
転移が見つかるような進行したがんであれば、理論的には、血中にがん細胞が見つかるはずです。しかし、血中循環がん細胞が存在しても、その数は血液10ml当たり数個から数十個くらいのレベルです。血液10ml中には400億~500億個の赤血球、3000万~9000万個の白血球、および血小板など多くの血球成分が存在します。
赤血球は細胞核がないのでがん細胞とは簡単に分けることができますが、白血球は細胞核を持ち、がん細胞とは形だけでは簡単には区別できません。白血球の数十万から数千万に一個の割合でしか存在しないようながん細胞を検出することは、極めて難しいと言えます。
しかし最近は、
CTCの測定技術の進歩により、検出感度や測定精度が向上してきました
例えば、上皮細胞やがん細胞に特異的に存在する抗原マーカーを使ってCTCを回収し、顕微鏡でがん細胞の同定と数の測定を自動的に行なう検査機器が開発され、10万個から1億個の単核細胞中にわずか数個存在するがん細胞を特異的に検出することが可能になっています。そして、乳がん、大腸がん、前立腺がんなどの転移性がんにおける予後予測や治療効果判定といった臨床情報が得られる検査として認められるようになってきました。米国FDA(食品医薬品局)は乳がん、大腸がん、前立腺がんについてCTCの臨床的有用性を認め体外診断薬として認可されています。
転移性乳がんを対象とした臨床試験では、
治療前のCTCの数が多いほど、生存期間が短いことが報告されています。
また、
抗がん剤治療の効果判定に有効であることが報告されています。抗がん剤の1クール治療終了時点でCTCが陰性化しない場合は、治療効果が期待できないことが示されています。
現在、抗がん剤治療の効果判定は主に画像診断により行なわれていますが、CTC検査を用いれば、画像診断に比べて非常に早期に治療効果判定が可能になり、化学療法開始後の早い時点で治療法の変更を考慮することができます。
がんが転移していても、目にみえる大きさにならなければ、画像検査(CTやMRIやPET検査など)では転移の診断はできません。CTC検査は現状の画像検査では発見できない転移の診断に役立ちます。
手術後などに、抗がん剤治療を受けた方が良いか、受けずに経過を見ても良いか迷うときは、CTCの結果は判断材料として有用です。
CTCは採血のみで検査できるので体に対する負担は少なく、治療経過を追って頻回に検査できることは大きなメリットといえます。

【がんの再発リスクに応じた再発予防法】
がんの診断と治療法は大きく進歩していますが、がんの転移ががん死のもっとも大きな要因になっています。がんの転移や再発のリスクをより精度よく把握することががん治療に求められています。
再発のリスクが低いことが判れば、術後抗がん剤治療などの無用な治療を避けることができます。再発のリスクが高いことが判れば、より積極的に治療を受ける心構えができます。
がん治療後の再発予防は、再発リスクの程度によって手段を考慮します。
早期のがんで再発リスクが低いときには、食事や生活習慣の改善や、がん体質を変える漢方治療で十分です。がん細胞の性状やがんの進行状態から再発するリスクが高いと考えられるときは、術後補助療法として抗がん剤治療が行なわれますが、それ以外にも、代替医療として、血管新生阻害剤やシクロオキシゲナーゼ-2阻害剤や、抗がん作用のある漢方薬やサプリメントなどの利用も有効です。
このような
再発予防の手段を考慮する場合にCTC検査は役立ちます
漢方治療で再発予防を行なうときも、CTC検査の結果は、処方を考える上で役立ちます。
血中循環がん細胞(CTC)が認められるときは、がん細胞増殖抑制作用や血管新生作用や抗炎症作用など抗がん作用を強化した処方を使用することによって再発率を低下させることが可能です
CTCの半減時間は1~2.4時間と推定され、その多くはアポトーシスで死んでいることが報告されています。CTCが見つかっても半分くらいの患者さんでは5年以上も転移が見つからないという報告もあります。これには、血中を循環しているがん細胞がほとんど死んで転移として増殖しない場合と、転移が確立しても長い期間、休眠状態で増殖しない場合があるからです。
CTCが見つかっても、免疫力や治癒力を高める効果や、血管新生阻害作用や抗がん作用のある漢方薬を積極的に服用すれば、転移や再発をかなり防ぐことができます
血中循環がん細胞をターゲットにした漢方治療は再発予防に有効です。
(CTC検査についてはこちらへ
(文責:福田一典)

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