287)がん治療における乳香・没薬の利用

図:イエス・キリストの生誕の時、東方の3博士が黄金と乳香と没薬の三種の宝物を捧げたと新約聖書に記されている。乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)はカンラン科の樹木から採られる樹脂を固めたもので、宗教儀式に使われる焚香料や防腐剤や薬品として古代エジプトの時代から利用されている。中国伝統医学やアーユルヴェーダでも、鎮痛・清熱(抗炎症)・駆瘀血・抗菌などの効能で用いられている。乳香に含まれるBoswellic acid とその誘導体の抗がん作用が報告されている。

287)がん治療における乳香・没薬の利用

【キリスト生誕と東方の三博士と乳香と没薬】
イエス・キリストがユダヤのベツレヘムで生まれたとき、東方(ペルシャ辺りと言われている)で星をみてイエスの誕生を知った3人の占星術の学者たちが星の導きによってイエスと聖母マリアの居る場所にたどり着き、幼児のイエスを拝み、黄金乳香(にゅうこう)と没薬(もつやく)を贈り物として献上したことが新約聖書に書かれています。この3人の学者たちは「東方の三博士あるいは三賢人」と呼ばれています。黄金は王権の象徴、乳香は神権の象徴、没薬は死の象徴と言われています。
乳香と没薬はアラビア半島などに自生するカンラン科の樹木から採られる樹脂を固めたものです。樹脂とは樹皮より分泌されている樹液に含まれる不揮発性の固形~半固形の物質で、樹皮に切り込みを入れて樹液を分泌させることにより採取されています。乳香と没薬は宗教儀式での焚香料や医薬品として紀元前2500年前の古代エジプトの頃から使用されています。
乳香は乳香樹(Boswellia carterii)から採取される樹脂で、芳香のある乳白色の樹脂が浸出するため乳香の名があります。
没薬(もつやく)はミルラノキ(Commiphora abysinica)から採取される赤褐色の樹脂です。
乳香と没薬は神秘的な芳香や抗菌・防腐作用が古くから利用されています。
乳香樹はアラビア半島南部に位置するイエメンやオマーン,東アフリカのエチオピアやソマリア、インドなどに生育します。樹木に小刀で傷をつけると、傷口から粘着性が強い樹液が染み出てきます。この樹液は空気に触れると白濁し、固まり始めます。
乳香は古代エジプトやローマにおいて神殿での祈りなどの宗教儀式に欠かせない焚香料で、お清め、医薬品、軟膏、香料などとしても利用されました。当時は金と同じ価値があったと伝えられ、乳香の特産地であったアラビア半島南部に富と繁栄をもたらし、その繁栄を今に伝える遺跡(オマーンのドファール州にあるオアシス都市遺跡、港湾遺跡、交易路跡、乳香群生地など)は「乳香の土地(The Land of Frankincense)」という名称で世界遺産に登録されています。
一方、没薬(もつやく)を分泌するミラルノキは、カンラン科コンミフェラ属の樹木で、インドから南アラビア、東アフリカ、マダガスカルに分布し、樹液は空気に触れると赤褐色の涙滴状に固まります。古代エジプトでは、遺体を防腐処理してミイラ化するのに使われています。「ミイラ」の語源は没薬の原語の「ミルラ(Myrrha)」と言われています。
乳香と没薬はアラビア半島や古代ローマやエジプトでは、単なる香料や薬としてだけでなく、宗教儀式とも関連した特殊な意味をもっていたのです。

【乳香と没薬の薬効】
乳香も没薬も中国の生薬名で、原語は乳香を「オリバナム」、没薬を「ミルラ」と言います。シルクロードを通じて古くから西方と交易のあった中国では、乳香も没薬も古くから薬物として導入されています。
中国医学では、乳香、没薬とも外科・整形外科や婦人科領域の常用鎮痛薬で、よく両者を併用して使用します。(日本漢方ではほとんど使用されていません)
乳香には抗炎症・鎮痛・活血化瘀・抗菌といった効能があり、中国医学では鎮痛,消炎薬として,瘀血による疼痛,打ち身、生理痛、化膿性疾患などに応用されます。インド伝統医学のアーユルベーダでも重要なハーブです。
鎮痛,消炎薬として,瘀血による疼痛,打ち身、生理痛、化膿性疾患などに応用されます。血液循環を良くするので、狭心症にも有効です。
没薬の効能も基本的には乳香と同じで、抗炎症・活血止痛・駆瘀血作用などを持ちます。
乳香と没薬の併用は紀元前1500年も前から使用されていますが、抗炎症作用や鎮痛作用は乳香と没薬を併用することによって相乗効果が得られることは近代の研究でも明らかになっています。
このような乳香と没薬の抗炎症・鎮痛・活血化瘀・抗菌といった効能はがん治療にも有効ですさらに、乳香に含まれるBoswellic acidなどの抗がん作用が注目されています。

【乳香の抗がん作用】
乳香の薬効成分の代表がBoswellic acidとその誘導体です。Boswellic acidは五環性トリテルペン(pentacyclic triterpen)という構造をした物質で、いくつもの誘導体があります。(上図参照)
その含有量は乳香の樹脂の30%に及びます。欧米ではBoswellic acidのサプリメントが極めて安価に販売されていますが、乳香に大量に含まれるので、製造原価が安くてすむからだと思います。
Boswellic acidには、転写因子のNF-κBの活性や炎症性サイトカインの産生を阻害する作用、5-リポギシゲナーゼ阻害作用などがあり、非ステロイド性抗炎症剤に勝る強い抗炎症作用があります
クローン病、潰瘍性大腸炎、慢性関節リュウマチ、アレルギー、喘息、などの炎症性疾患や自己免疫疾患やアレルギー性疾患に対する有効性が報告されています。
特に、Acetyl-11-keto-β-boswellic acidは強い抗炎症作用を持っていて、気管支喘息や気管支収縮を引き起こすロイコトリエンB4や、慢性気管支炎や肺気腫の原因となる白血球エラスターゼの分泌を阻害する作用が報告されています。
さらに、Boswellic acidとその誘導体には、がん細胞の増殖抑制、アポトーシス誘導、抗がん剤感受性の増強、血管新生阻害、トポイソメラーゼ阻害、小胞体ストレスの誘導、免疫増強作用など、様々な抗腫瘍効果も報告されています
β-boswellic acid, keto-β-boswellic acid, acetyl-keto-β-boswellic acid (AKBA) が、脳腫瘍や白血病や大腸がん細胞のアポトーシスを誘導する事が報告されています。脳腫瘍の放射線治療で脳浮腫を軽減する効果が報告されています。
ヌードマウスにヒト大腸がん細胞を移植した実験系で、acetyl-11-keto-beta-boswellic acid (AKBA)の経口投与(50-200 mg/kg)により、腫瘍の縮小と転移の抑制効果が認められています。(Int J Cancer. 130(9):2176-84. 2012)
また、マウスの移植腫瘍の実験で、acetyl-11-keto-beta-boswellic acid (AKBA)の経口投与(10mg/kg)によって前立腺がんの増殖が抑えられ、その作用機序としてVEGF受容体阻害作用による血管新生阻害作用が報告されています。(Cancer Res. 69(14):5893-900. 2009)
acetyl-11-keto-β-boswellic acid がヌードマウスに移植したヒト膵臓がん細胞の増殖や転移を抑制する効果も報告されています。ジェムザールによる抗がん剤治療の効果を増強する効果も指摘されています。抗がん剤感受性を高める機序として、NF-κB活性の阻害作用やシクロオキシゲンーゼ-2阻害作用が言及されています。(PLoS One. 6(10):e26943. 2011)
このように、boswellic acidの中で抗炎症作用と抗がん作用で最も活性が高いのはacetyl-11-keto-β-boswellic acidのようです。米国にはacetyl-11-keto-β-boswellic acidを主体にしたサプリメントも販売されています。
ただし、acetyl-11-keto-β-boswellic acidの抗腫瘍効果に関する動物実験の報告は、論文捏造問題で疑惑の目が向けられているBharat Aggarwal博士のラボからの報告なので、素直に信用できない問題はあります。ただし、Aggarwalラボの件はまだ黒と決まった訳では無いので、経過を見守るしかありません(論文捏造問題については284話参照)
ボランティアによるBoswellic acid のバイオアベイラビリティの検討が行われており、活性成分が十分に吸収されています。例えば、1.2gの乳香を経口摂取すると2~3時間後には、10 ~32 マイクロモルの11-keto-beta-boswellic acid 、 18 ~20マイクロモルのacetyl-11-keto-beta-boswellic acid.が検出されています。この血中濃度は生体内で抗がん作用を達成しうるレベルです。
したがって、がんの漢方治療において乳香や没薬は上手に利用すると有用性が高いと言えます。特に抗がん生薬として、中国医学で良く使用される白花蛇舌草半枝蓮竜葵に加えて、アーユルヴェーダで使用されるアシュワガンダ葉286話参照)や乳香を加えると抗腫瘍効果を高めることができそうです。


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