600)がんの酸化治療(その1):酸化ストレスを高めればがん細胞は死滅する

図:放射線と抗がん剤治療は活性酸素の産生を高めて細胞を死滅させる(①)。ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進するジクロロ酢酸ナトリウム(②)、細胞内で活性酸素の産生を高めるアルテスネイト、高濃度ビタミンC点滴、メトホルミンも活性酸素の産生を増やす(③)。活性酸素の産生量が増えると、活性酸素を消去する抗酸化物質や抗酸化酵素による抗酸化力を高めて酸化還元バランスを維持しようとする。オーラノフィン、ジスルフィラム、2-デオキシ-D-グルコースは抗酸化システムを阻害する(④)。がん細胞内の活性酸素の産生量を増やし、同時に活性酸素消去能(抗酸化力)を阻害すると、酸化還元バランスが破綻して強い酸化ストレスを引き起こし、がん細胞を死滅できる(⑤)。

600)がんの酸化治療(その1):酸化ストレスを高めればがん細胞は死滅する

【放射線照射と抗がん剤の多くは細胞内の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させている】
がん細胞に対する放射線治療の効果は、主に細胞のDNA分子の傷が多く蓄積することによって現れます。DNA傷害に際しては、放射線が直接DNA鎖を傷害する直接作用と、 DNA近傍で発生する活性酸素(ヒドロキシルラジカル)を介してDNA鎖を傷害する間接作用の二つが関係していると考えられています。
さらに、タキサン系(パクリタキセル、ドセタキセルなど)、ビンカアルカロイド(ビンブラスチン、ビンクリスチン、ビンデシン、ビノレルビン)、白金製剤(シスプラチン、カルボプラチン)、アントラサイクリン系(ドキシルビシン、エピルビシン、アムルビシン、ブレオマイシン、マイトマイシンCなど)、イリノテカンなど多くの抗がん剤においても、細胞に傷害を与え、細胞死(アポトーシス)が実行される過程で活性酸素種が関与しています。(下図)

図:放射線がDNAを構成する分子の電子をはじき飛ばす(電離)ことによって、分子間の結合を切断して直接的にDNAを傷害する(①)。さらに、放射線は組織の水分子(H2O)を電離してヒドロキシルラジカル(OH・)を発生し、このヒドロキシルラジカルがDNA分子に間接的にダメージを与える(②)。抗がん剤の多くも、細胞死を誘導する過程で活性酸素の発生が関与している(③)。

例えば、シスプラチン(cisplatin : CDDP)は白金錯体に分類される抗がん剤で、多くの種類のがんの治療薬として使用されています。
シスプラチンは、DNAの構成塩基であるグアニンとアデニンに結合します。2つの塩素原子部位でDNAと結合するため、DNA鎖内には架橋(クロスリンク)が形成され、その結果、DNAの複製を阻害したり、mRNAの転写を阻害して、細胞にダメージを与え、死滅させます。がん細胞だけでなく、細胞分裂している正常細胞の分裂も阻害するため、副作用も非常に強い薬です。
シスプラチンの抗がん作用のメカニズムは、前述のようにDNAに付加体を結合させることによるDNAの複製や転写の阻害がメインだと考えられていました。

しかし、最近の研究では、シスプラチンの抗がん作用はDNAに結合することより、細胞内で酸化ストレスを高める機序の関与が大きいと考えられています。その理由は、シスプラチンの抗がん作用は抗酸化剤の投与で減弱すること、シスプラチン耐性細胞では抗酸化システムの増強が起こっていること、などが明らかになっているからです。
細胞内でDNA結合のシスプラチンはわずか(10%以下)であって、大半はDNAに結合せずに、活性酸素の産生を高めて、タンパク質やDNAの傷害を引き起こしていることが報告されています。このように、細胞質内のシスプラチンが活性酸素を産生して、酸化ストレスを高めていることが、最近の多くの研究で明らかになっています。
培養がん細胞にシスプラチンを添加すると細胞周期の停止や細胞死(アポトーシス)の誘導が起こりますが、抗酸化剤のN-アセチルシステインを加えるとシスプラチンの増殖抑制作用が阻止されることが示されています。

図:シスプラチンの2つの塩素(Cl)原子が、DNAの塩基の水酸基に結合し、DNA鎖内に架橋(クロスリンク)が形成され、DNAの複製やmRNAの転写を阻害して細胞にダメージを与え、細胞周期の停止(増殖抑制)と細胞死(アポトーシス)を誘導する。さらにシスプラチンは細胞内で活性酸素の産生を高め、酸化傷害によって細胞の増殖を抑制し細胞死を誘導する。最近の研究では、シスプラチンの殺細胞作用は、DNAのクロスリンクより活性酸素の産生を高めて細胞傷害を引き起こす作用の方が大きいと考えられている。

さらに、放射線治療や抗がん剤治療でDNAが切断されるとポリADPリボース合成酵素が活性化され、その結果NAD+が低下あるいは枯渇すると解糖系は阻害されます。NAD+を産生するためにNAD(P)H Oxidaseが活性化され、活性酸素種(スーパーオキシド、過酸化水素)の産生が増えるというメカニズムも報告されています。
ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)は,核DNAに生じた一本鎖切断端を認識してDNAに結合します。核DNAに結合したPARPは活性化され、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)を基質としてPARP自身やDNA修復関連タンパク質にADP-リボースを付加し、ポリ-ADP-リボシル化を引き起こします。通常、ポリ-ADP-リボシル化はDNA修復反応を活性化しますが、過度のPARPの活性化はNADとATPを枯渇します。
NAD+を産生するためにNAD(P)H Oxidaseが活性化され、活性酸素種(スーパーオキシド、過酸化水素)の産生が増えることになります。
つまり、DNAに損傷を与える放射線治療や抗がん剤治療は、PARPの活性化を介する機序で活性酸素の産生を高めます。(下図)

図:放射線治療や抗がん剤治療でDNAが切断されるとポリADPリボース合成酵素(Poly(ADP-ribose) plymerase:PARP)が活性化され、その結果NAD+が低下あるいは枯渇する。NAD+を産生するためにNAD(P)H Oxidaseが活性化される。NAD(P)H OxidaseはNADH(NADPH)とH+とO2から、NAD+(NADP+)とH2O2を生成する。過酸化水素が発生して酸化ストレスを高める。

【細胞内の抗酸化システムを利用してがん細胞は放射線照射や抗がん剤に抵抗性になる】

細胞には、活性酸素や有毒物質による害から細胞自身を守る手段や仕組みが備わっています。

例えば、細胞内で活性酸素の発生量が増えると、細胞は活性酸素を消去する酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオン・ペルオキシダーゼなど)の発現や活性を高めたり、フリーラジカルを消去するグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の合成を高めたりして、活性酸素の害(酸化ストレス)を軽減しようとします(下図)。



図:細胞内ではミトコンドリアで酸素を使ってATP産生を行うときに活性酸素が発生し、炎症があると炎症細胞から活性酸素が発生する(①)。このようにして産生された活性酸素は細胞に酸化傷害を引き起こすが、細胞内には活性酸素を消去する抗酸化物質や抗酸化酵素による抗酸化力が存在する(②)。活性酸素種の量(A)と抗酸化力(B)の差が酸化ストレスとなる(③)。細胞内には、酸化ストレスの増大に応じて、抗酸化酵素の発現や活性を亢進することによって抗酸化力を高めるメカニズムが存在し、酸化還元のバランスを維持することによって酸化傷害の発生を防いでいる(④)。しかし、細胞内の活性酸素の産生量が増えたり、活性酸素消去能(抗酸化力)が低下すると、酸化還元バランスが破綻して、酸化ストレスとなる(⑤)。

前述のように、放射線治療も抗がん剤治療も活性酸素の産生を高めます。しかし、がん細胞は細胞に備わった抗酸化システムを利用して酸化ストレスを軽減し、酸化還元バランスを維持し、細胞死から免れようとします。
また、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)などのフェースII(第2相) 解毒酵素と言われる代謝酵素は、様々な発がん物質や有害物質を無毒化する作用があります。


細胞が活性酸素や発がん物質や有害な成分(抗がん剤や放射線も含む)によって攻撃を受けると、これらの活性酸素消去酵素や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシン)やフェースII解毒酵素が細胞内に誘導され(遺伝子発現が増えたり産生量が増える)、細胞を守るシステムが働きます。


このような細胞内の防御システムの活性化に中心的な働きを行っているのがNrf2(Nuclear factor erythroid 2-related factor 2)という転写因子です。

転写因子というのは特定の遺伝子の発現(DNAの情報を蛋白質に変換すること)を調節している蛋白質です。
抗酸化酵素やグルタチオンの産生に関する酵素やフェース2解毒酵素の遺伝子の発現調節領域には、抗酸化反応エレメント(antioxidant response element:ARE)という領域があって、この部分にNrf2が結合するとこれらの遺伝子の転写が促進されるのです。



図:放射線や抗がん剤は、活性酸素の産生を高め(①)、細胞の酸化傷害を引き起こして、細胞増殖を抑制し、細胞死を誘導する(②)。酸化ストレスを軽減するために転写因子のNrf2の活性を亢進し(②)、スーパーオキシド・ディスムターゼ(SOD)やカタラーゼやグルタチオン・ペルオキシダーゼなどの活性酸素消去酵素やグルタチオンやチオレドキシンなどの抗酸化物質の産生を高めて、活性酸素による害(酸化ストレス)を軽減している(④)。この抗酸化システムの亢進によって、がん細胞は放射線や抗がん剤に抵抗性になる。

そこで、ミトコンドリアでの酸素呼吸(酸化的リン酸化)を亢進したり(ジクロロ酢酸ナトリウム)、細胞内で活性酸素の産生を高める薬剤(高濃度ビタミンC点滴、アルテスネイト、メトホルミン)を使って細胞内の活性酸素の産生量を高め、同時に、活性酸素を消去する細胞内の抗酸化システム(抗酸化力)抑制すると、細胞内の酸化ストレスが高度に亢進し、酸化傷害によってがん細胞を死滅できます。(トップの図)
これが「がんの酸化治療」になります。

【「酸化ストレスを高める方法はがん治療法として有望」by James Watson】
放射線治療も抗がん剤治療も、がん細胞に酸化ストレスを高める方向で作用します。したがって、放射線治療や抗がん剤治療を行っているときには抗酸化剤の併用は治療効果を妨げます。むしろ、酸化ストレスを高めることを併用すれば、治療効果を高めることができます。
この考えを主張しているのがジェームズ・ワトソン(James Watson)です。
ワトソンは「がん細胞の無制限の増殖の結果として必然的に生じるエネルギー代謝や酸化ストレスに対するがん細胞の脆弱性をターゲットにしたがん治療」の重要性を主張しています。

Oxidants, antioxidant and the current incurability of metastatic cancers.(酸化剤と抗酸化剤と転移がんの現在の不治性)Open Biol. 2013 Jan 8;3(1):120144 

ジェームズ・ワトソン(James Watson)は、1953年(25歳)にフランシス・クリックらとDNAの分子構造を解明し、1962年(34歳)にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
分子生物学研究のトップレベルの研究施設であるコールド・スプリング・ハーバー研究所に所長(1968年~1993年)や会長(1993年~2007年)として長く君臨し、NIH(国立衛生研究所)の国立ヒトゲノム研究センター初代所長を勤め、大統領自由勲章やアメリカ国家科学賞も受けています。
このような分子生物学やがん研究の領域で卓越した業績を残しているジェームズ・ワトソンが、この論文を「DNA二重螺旋の発見以来、私にとって最も重要な仕事」とインタビューで語っています。
この論文は24項目に分けて解説しています。その中から、上記の内容と関連した部分を日本語訳しておきます(重要な部分のみの抜粋です)。番号はこの論文でのサブタイトルの部分の番号(24項目の通し番号)です。

15. Leakage from drug-impaired mitochondrial electron transport chains raises reactive oxygen species levels(薬剤で障害されたミトコンドリアの電子伝達鎖からの漏れが活性酸素種の量を高める)

ミトコンドリアにおける電子伝達系においてATPと熱が産生されるとき、必然的に活性酸素種(ヒドロキシラジカル、過酸化水素、スーパーオキシドなど)が発生する。
正常な状態では、これらの活性酸素種によって核酸やタンパク質が非可逆的なダメージを受けるのを防ぐために、細胞内にはグルタチオンチオレドキシンといった強力な抗酸化性物質が存在する。
呼吸鎖へのNADHの供給を阻害するrotenoneのようなミトコンドリアに特異的に作用する薬や、アブラナ科植物に含まれるがん予防物質として古くから知られていて、ミトコンドリアのF1F10ATP合成複合体(the mitochondrial F1F0 ATP synthesis complex)を阻害する作用があるジインドリルメタン(3′-3′ diindolylmethane)によって酸化的リン酸化が阻害されると、ミトコンドリアからの活性酸素種の産生が増加する。このようにして産生された多量の活性酸素に対して、グルタチオンやチオレドキシンのような抗酸化物質が通常の量しかなければ十分に消去できない。
その結果、消去できなかった活性酸素種がミトコンドリア内の成分を酸化傷害でダメージを与え、アポトーシスによる細胞自滅を引き起こす。
活性酸素種そのものが細胞にアポトーシスを誘導することは、elesclomol (アポトーシス阻害薬の探索の過程でSynta Pharmaceuticals 社で発見された)が、活性酸素種の産生を高めることによってがん細胞を死滅させるという研究結果から確かめられた。
このような活性酸素種を産生させてがん細胞を死滅させるときに抗酸化剤のN-アセチルシステインを同時に投与すると、活性酸素によるがん細胞の死滅は起こらなくなる。
正常細胞に対してはelesclomolがアポトーシスを誘導できないのは、ミトコンドリアの電子伝達系が正常な場合は、活性酸素の産生が少ないためだと思われる。

16. Reactive oxygen species may directly induce most apoptosis(活性酸素種は直接的にほとんどのアポトーシスを引き起こす)

多くの抗がん剤治療によって引き起こされるプログラム細胞死(アポトーシス)は、全てではないにしてもそのほとんどは活性酸素種によって引き起こされる可能性が示唆される。
パクリタキセルのようなタキサン系の微小管結合性の抗がん剤や、トポテカンやドキソルビシンのようなDNAトポイソメラーゼを阻害する抗がん剤や、アクリフラビンのようにフレームシフト型の遺伝子変異を引き起こす抗がん剤は、作用機序が全く異なるにもかかわらず、酸素に非常に感受性がある低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)の活性を阻害することが知られており、このことは長い間の謎であった。
これらの一見無関係に思える全ての事実から導きだされる結論は、放射線照射が活性酸素種の産生によってアポトーシスを誘導するのと同じように、多くの抗がん剤やフレームシフト型遺伝子変異物質も活性酸素種を産生することによってアポトーシスを誘導していることが示唆される。
タキサン系抗がん剤のパクリタキセルがDNAに結合して活性酸素を生成しているということは、パクリタキセルに対するがん細胞の感受性がそのがん細胞の抗酸化能に逆相関するという実験結果から明らかになった。(抗酸化能の高いがん細胞ほどパクリタキセルが効きにくいということ)
多くの抗がん剤ががん細胞にアポトーシスを誘導する共通のメカニズムとして活性酸素を使っているということは、なぜ抗がん剤に抵抗性のがん細胞は放射線治療も同様に抵抗性になるかという理由を説明している。

17. Blockage of reactive-oxygen-species-driven apoptosis by antioxidants (抗酸化剤による活性酸素種で誘導されるアポトーシスの阻害)

活性酸素種はアポトーシスを誘導する作用などで生命の維持において有用な働きを担っていることはよく知られているが、同時に、活性酸素種はタンパク質や核酸に非可逆的なダメージを与えるという負の作用もある。
そこで、活性酸素種は必要がないときは、グルタチオンやスーパーオキシド・ディスムターゼやカタラーゼやチオレドキシンなどの抗酸化性物質によって絶えず消去されなければならない。
このような多くの抗酸化性物質の合成を調節しているのが転写因子のNrf2であり、この転写因子は生命に重要な働きを担っているので、生命の発生の初期に出現したと考えられている。
最も重要なことは。ケンブリッジ大学のDavid Tuvesonの研究室からの研究によって、細胞の増殖や細胞分裂を促進するRAS, RAF, MYCというがん遺伝子によってNrf2の合成が増加することが示されている。
このことは生物学的に合目的なことである。というのも、DNAがより働くときに抗酸化物質が多く存在する方が都合が良いからである。
がん遺伝子のRASやMYCの異常によって増殖が亢進しているがん細胞が治療に抵抗性を示すのは、このようながん細胞では活性酸素種を消去する抗酸化物質の量が極めて多いからである。進行したがんはしばしばRASやMYCの遺伝子コピーを多数もっている(遺伝子増幅)という事実があり、このことが抗酸化物質の量の増加が治療抵抗性と関連しているかもしれない。

18. Enhancing apoptotic killing using pre-existing drugs that lower antioxidant levels(抗酸化物質のレベルを低下させる既存の薬を使ったアポトーシスの促進)

造血性腫瘍を使った実験で、活性酸素種を生成する三酸化砒素(arsenic trioxide; As2O3) によるがん細胞の殺細胞能は、細胞内の主要な細胞内抗酸化物質であるグルタチオンの量に逆相関することが示されている。三酸化砒素はまた、細胞代謝のいくつかの重要なステップに必要なチオレドキシンの還元力を減弱させる作用がある。
三酸化砒素はチオレドキシンとグルタチオンの両方を阻害する能力を持つので、前骨髄球性白血病だけでなく、その他の多くのがんに対しても有効な治療効果を示す可能性がある。
三酸化砒素の抗がん作用を促進する効果があるのがビタミンC(アスコルビン酸)で、ビタミンCは細胞内の抗酸化作用の役割を担っているが、酸化されるとデハイドロアスコルビン酸(dehydroascorbic acid)になり、これは酸化剤となる。
残念なことに、臨床例において体内にあるがん細胞内のグルタチオンのレベルを低下させる有効な方法を我々はまだ持っていない。
グルタチオンの産生を阻害するbuthionine sulphazineを使ってグルタチオンの量を減らすと、転写因子のNrf2の量と活性が直ぐに上昇し、その結果、グルタチオンの合成が促進される。

【ジェームズ・ワトソンが言っているというインパクト】
上記の論文では、「多くの抗がん剤による細胞死は活性酸素が関与している」「抗酸化剤を使うと抗がん剤による細胞死が阻止される」「抗酸化システムを阻害すると抗がん剤の効き目を高めることができる」ということをジャームズ・ワトソンは主張しています。
もともと「がんと酸化ストレスと抗酸化剤」に関する議論は相反する2つの意見があります。
「抗がん剤治療中や放射線治療中に抗酸化剤を併用すると副作用が軽減し効果も高まる」という意見と「抗酸化剤は抗がん剤や放射線治療の効き目を阻害する」という、全く相反する意見で、それぞれ実験データなどでともに根拠があるので、議論は長い間平行線でした。
抗酸化剤ががん治療を妨げる可能性については、今までも多くの議論が行われているので、抗酸化性サプリメントががんを悪化させるという意見の記事や論文をみてもあまり驚くことはありません。
抗がん剤や放射線治療中に抗酸化剤を併用すると副作用の軽減と抗腫瘍効果を高めるというメリットを補完医療を専門に行っている医療関係者は主張しています。一方、標準治療の立場の多くの人は、抗酸化剤がこれらの治療効果を妨げる可能性を指摘しています。
この議論は長く続いていて、結論は出ていません。どちらが正しいのか、それぞれ根拠や実験データがあるので、50:50くらいの関係で、永久に結論がでない可能性もあります。
そこで、ジェームズ・ワトソンが「抗酸化剤は抗がん剤や放射線治療の効き目を阻害する」「がん細胞の抗酸化力を阻害する抗-抗酸化剤ががん治療薬として有望」と主張しているので、この関係が一気に20:80くらいに抗酸化剤有害説が優位にたったかもしれません。
つまり、ジェームス・ワトソンが言っているという点で、抗酸化剤有用説はかなりの打撃を受けたことになります。
ジェームズ・ワトソンは1953年にフランシス・クリックとDNAの二重螺旋構造を解明したとき、自分では実験は何一つ行っていません。それまでに報告されている多くの実験結果やDNAに関するデータの蓄積の中から、全てを満足させるDNAの構造を理論的に構築しただけです。
つまり、全ての実験データに矛盾しない理論的考察だけでノーベル賞を受賞したと言えます。そのワトソンが、最近の膨大ながん研究を総括して得た結論が「進行がんには抗酸化物質の投与は良くない」「がん細胞は酸化ストレスを高めて死滅するのが良い」「がん細胞の抗酸化システムががん治療のターゲットとして有用」ということなので、ひょっとしたらこれが正解かもしれないと思う気持ちが強くなります。
「がん組織の酸化ストレスを抗酸化剤で軽減することはがんの悪性進展抑制に有効」という従来の常識も見直しをする必要がでてきたわけです。
ワトソンの意見が正しいと決まったわけではないのですが、ワトソンほどの研究者が得た結論は、並の研究者の意見の10倍くらいのインパクトはあるかもしれません。
実際に、この数年のがん研究の傾向として、「がん細胞に酸化ストレスを高めるがん治療法」に関する研究論文が増えています。(下図)

図:放射線や多くの抗がん剤は活性酸素種を産生してがん細胞にダメージを与えて死滅させる(①)。したがって、このような治療を行っているときに抗酸化剤を併用すると細胞を死滅させる効果が減弱する(②)。がん細胞、特にがん幹細胞は、活性酸素種を消去するグルタチオンやチオレドキシンの細胞内レベルが高く、抗酸化酵素の発現を誘導する転写因子のNrf2の活性が高いので、活性酸素種によるダメージに抵抗性を示す(③)。したがって、がん細胞の抗酸化力を減弱させる抗-抗酸化剤(Anti-antioxidant)はがん治療薬として有望視されている(④)。ジェームズ・ワトソンは最近の講演や論文の中で、「がん治療における抗酸化剤の問題点」を指摘し、「末期のがんにおいては抗酸化剤はがんを促進する」「抗酸化性のサプリメントは、がんを予防するよりがんの発生を増やす可能性がある」という趣旨の発現を行っている。そして、「酸化ストレスを高める方法はがん治療法として有望」と言っている(⑤)。

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