がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
809) 漢方治療は上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤の効果を高める
図:上皮成長因子受容体(EGFR)の変異を有する非小細胞肺がん患者の治療において、無増悪生存期間の中央値は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤単独投与群(n=61)では8.8ヶ月、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に漢方治療を併用した群(n=90)では13ヶ月であった。漢方薬の併用はEGFRチロシンキナーゼ阻害剤の無増悪生存期間を有意に延長した。(ハザード比 = 0.59、95%信頼区間 = 0.33–0.75、p = 0.001)(出典:Med Sci Monit. 2019 Nov 9;25:8430-8437.)
809) 漢方治療は上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤の効果を高める
【上皮成長因子受容体の遺伝子変異は細胞をがん化する】
受容体(レセプター)は脂質二重層の細胞膜を貫通するように存在し、細胞外の刺激や情報を細胞膜で囲まれた細胞内部に使える役割を担っています。
受容体の細胞外側には、特定のシグナル分子(ホルモンや増殖因子や医薬品など)が結合できる「鍵穴」のような構造が存在し、その鍵穴にシグナル分子が結合すると、それが引き金になって様々な化学反応を細胞内で引き起こす働きを持っています。
この連鎖的な反応を通じて情報が細胞内に伝達され、最終的に特定の機能をもったタンパク質の遺伝子発現を促進したりして、細胞の生理機能の変化を引き起こします。このような一連の経路をシグナル伝達経路と呼びます(図)。
図:細胞は脂質二重層から成る細胞膜によって細胞外と細胞内が分けられている。細胞膜を貫通するように存在する受容体に特有に結合するシグナル分子(リガンド)が結合する(①)と、その受容体は活性化し(②)、連鎖的な化学反応を引き起こす(③)。このようなシグナル伝達によって細胞外の情報が細胞内に伝達され、最終的に特定の機能を持った遺伝子の発現や酵素の活性化などによって、細胞機能に変化が生じる。
上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor; EGFR)は、細胞膜を貫通して存在する分子量170キロダルトンの糖タンパク質で、チロシンキナーゼ型受容体の一種です。細胞外(血液や体液中)にある成長因子(EGFやTGF-αなど)のシグナルを細胞内に伝える働きをします。
EGFRは621個のアミノ酸から構成される細胞外領域(リガンド結合ドメイン)、23アミノ酸の膜貫通領域、542アミノ酸の細胞内領域(チロシンキナーゼ・ドメイン)を持ちます。
細胞外領域に上皮成長因子(EGF)やTGF-αなどのリガンドが結合すると、受容体は細胞膜上を移動して、EGFR同士、あるいは他のErbBファミリー受容体と二量体を形成します。
二量体を形成すると、細胞内領域にあるチロシンキナーゼ部位はATP(アデノシン三リン酸)を利用して受容体の細胞内領域にあるチロシン残基を自己リン酸化します。チロシンのリン酸化が起こると、さらに細胞内のシグナル伝達系のタンパク質が次々に活性化され、増殖シグナルが核まで伝わり、増殖に関連する遺伝子の発現が起こります。その結果、細胞増殖、アポトーシス抑制、血管新生、浸潤・転移などが起こります。
細胞内で機能している多数のシグナル伝達経路の中で、がん細胞の増殖と生存で最も重要なのが、PI3K-Akt経路(生存シグナル経路)とERK-MAPK経路(増殖シグナル経路)です。
細胞膜の増殖因子受容体にリガンド(増殖因子)が結合し2量体化すると、PI3Kのリン酸化活性からAktのリン酸化を通して、アポトーシス(細胞死)の誘導を阻害します。(PI3K-Akt経路)
増殖因子による刺激は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路(MAPKカスケード)によりシグナルが伝達されます。活性化したERKは最終的に核へ移行し、転写因子が活性化され、細胞増殖関連の遺伝子が発現します。(ERK-MAPK 経路)
図:チロシンリン酸化型受容体の上皮成長因子受容体(EGFR)にリガンド(EGFやTGF-α)が結合し2量体化すると(①)、受容体が自己リン酸化されて活性化する(②)。受容体が活性化されるとPI3Kのリン酸化活性からAktがリン酸化されて活性化する(PI3K/Akt経路 ③)。一方、受容体の活性化は、低分子量G蛋白質Rasを経由して、Raf→MEK→ERKとリン酸化反応するMAPK経路によりシグナルが伝達される(④)。PI3K/Akt経路とMAPK経路の活性化は、最終的に核の転写因子の活性化を介して、がん細胞の増殖や転移を亢進し、アポトーシスに抵抗性(死ににくくなる)の性質を持つようになる(⑤)。
EGFRは正常組織において細胞の分化や増殖の調節に重要な役割を演じていますが、このEGFRに遺伝子異常(増幅や変異や構造変化)や過剰発現が起きると、PI3K/Akt経路とMAPK経路が恒常的に活性化し、細胞のがん化や、増殖、浸潤、転移などに関与するようになります。実際に多くのがんでEGFRの遺伝子異常や過剰発現が認められています。
【EGFRに変異があるがん細胞はEGFRチロシンキナーゼ阻害剤で増殖が抑制される】
EGFR(上皮成長因子受容体)は細胞膜上から細胞内まで貫通して存在している受容体であり、本来細胞膜上で成長因子である上皮成長因子(EGF)などと結合すると、細胞が正常に増殖するシグナル伝達を活性化します。しかし、細胞内のEGFRの遺伝子に変異をきたすと成長因子と結合しなくても、細胞を増殖させるシグナルが常にスイッチがオンの状態となり、細胞分裂が止まらなくなり、がん細胞が無制限に増殖してしまいます。この細胞内のEGFR遺伝子変異は特に肺がんで認められます。
肺がん組織を採取して病理検査を行うとき、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子に変異があるかどうかも調べられます。この遺伝子変異を持つ非小細胞肺がんは、EGFRのチロシンキナーゼ活性を阻害する薬は有効な治療薬となります。
現在使用されているEGFRチロシンキナーゼ阻害薬として、ゲフィチニブ(Gefitini:商品名イレッサ)、エルロチニブ(erlotinib:商品名タルセバ)、アファチニブ(Afatinib:商品名ジオトリフ)とオシメルチニブ(Osimertinib:商品名タグリッソ)があります。
EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異は進行非小細胞肺がんの3~4割に見つかりEGFR阻害薬が非常に高い効果を示しますが、1年程度で耐性を生じて再増悪してしまいます。この耐性のおよそ半数を占めるのがT790M変異ですが、その耐性変異にも有効なEGFR阻害薬がオシメルチニブです。
第1世代(イレッサ、タルセバ)、第2世代(ジオトリフ)の薬を使用すると、治療効果は必ずと言っていいほど現れます。しかし、問題は数カ月から1年後には薬が効かなくなってしまうことです。治療が効かなくなる原因としてT790Mという遺伝子変異をがん細胞が獲得してしまうことが知られています。タグリッソはこのT790Mにも効く薬として開発されました。
EGFR変異陽性の未治療進行非小細胞肺がん患者をオシメルチニブ(タグリッソ)で治療した時の全生存期間の中央値が38.6ヶ月という報告があります。(FLAURA試験)
【漢方治療は肺がんのEGFR阻害剤治療の効果を高める】
日本では肺がん死亡数は2020年で75,585人です。2020年の全がん死亡数は378,385なので、肺がん死亡は全がんの約20%です。
台湾でも肺がんの増加が問題になっています。台湾では最近10年間で肺がんががん死亡原因の第一位で、2016年の肺がん死亡者数は全がん死亡者の25.4%でした。台湾の肺がん死亡者数は30年間で5.7倍に増えています。したがって、肺がん治療の成績を高めることが重要な課題になっています。
肺がんのEGFR阻害剤治療に漢方治療を併用すると、生存率が高くなることが報告されています。以下のような論文があります。
Conventional treatment integrated with Chinese herbal medicine improves the survival rate of patients with advanced non-small cell lung cancer.(標準的治療と漢方治療の併用による統合医療は進行した非小細胞肺がん患者の生存率を改善する)Complement Ther Med. 2018 Oct;40:29-36.
【要旨】
目的:本研究の主な目的は、進行した非小細胞肺がん患者において、漢方治療と組み合わせた上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)による治療が、EGFR-TKI単独で治療した患者と比較して5年生存率を改善できるかどうかを評価することである。
方法:この研究は、2000年から2010年までの国民健康保険研究データベース(National Health Insurance Research Database)の情報に基づいており、その期間に非小細胞肺がんと診断された合計14,244人の患者を対象にした。除外基準およびマッチングプロセスによる選択の後、2,616人の非小細胞肺がん患者を解析の対象とした。漢方治療を併用した群と併用しなかった群の生存率を比較した。
結果:補助療法として漢方治療を使用している進行非小細胞肺がん患者は、漢方治療を併用しなかった群と比較して、生存率の有意な改善を示した。[ハザード比= 0.8; 95%信頼区間:0.73-0.87、p値<0.001]。
Kaplan-Meier法による生存分析に基づくと、漢方治療利用者の5年生存率は4.9%高く、最も顕著な違いは2年生存率の12.75%の上昇であった。生存率分析に加えて、我々は進行非小細胞肺がん患者に処方された10種類の最も使用されている単一ハーブとハーブ処方を提供する。
結論:この全国的な後向きコホート研究は、漢方治療が分子標的薬の副作用を軽減し、進行非小細胞肺がん患者の5年生存率を延長するための効果的な補助療法であることを支持する証拠を提供している。
この研究は、いわゆる台湾医療ビッグデータを解析したものです。
台湾の医療制度は、「全民健康保険(National Health Insurance)」という台湾政府が管理するシステムで、国民全員を加入対象とした完全な社会保険制度です。台湾では国民全体の医療情報(年齢、性別、病名、治療内容など)がデータベース化されています。この「全民健康保険研究データベース(National health insurance research database; NHIRD)」を使った疫学研究が台湾から数多く発表されています。
がんの場合はNHIRDの中に「難治性疾患患者登録データベース(Registry for Catastrophic Illness Patients Database)」というデータベースもあります。
台湾の全民健康保険(National Health Insurance)では、がん患者は西洋医学の標準治療だけでなく、中医学治療(漢方治療)も保険給付され、それらの保険請求の情報がデータベース化されています。したがって、漢方治療を受けたがん患者と漢方治療を受けなかったがん患者で、生存率や生存期間の比較も可能になっています。使用された漢方薬の内容も解析できます。
台湾におけるがん治療における中医薬治療の実態に関して多くの報告があります。これらの研究で、漢方治療を受けたがん患者は漢方治療を受けなかったがん患者より副作用が少なく、生存率が高いことが報告されています。
肺がん患者に使用された漢方処方のうち頻度が多かったのは、白花蛇舌草、半枝蓮、貝母、黄耆、半夏、丹参、黄芩、十薬(ドクダミ)、茯苓、鶏血藤でした。
方剤では香砂六君子湯、百合固金湯 、清燥救肺湯、補中益気湯、散腫潰堅湯、帰脾湯、生脈散、麦門冬湯、甘露飲、六君子湯でした。
つまり、滋養強壮作用を主体とする補剤(六君子湯や補中益気湯など)や生薬(黄耆、茯苓など)をベースにして、症状に応じた生薬(貝母、半夏、鶏血藤など)と、清熱解毒剤と言われる抗炎症と抗がん作用のある生薬(白花蛇舌草、半枝蓮、丹参、黄芩、など)を組み合わせた処方が多く使われているようです。
【漢方治療は症状や体質に合わせて処方を変える】
漢方治療の場合、効果がない場合は、それは薬(漢方薬)が効かなかったのではなく、効く処方を投与しなかったからと考えます。つまり、症状や病状に合わせて適する処方を投与すればそれなりに効くはずというのが漢方治療の考え方です。
したがって、肺がんの抗がん剤治療に漢方薬を併用する場合でも、同じ内容を処方するわけではありません。患者の病状や体調や体質に合わせた処方を投与しています。このように個々の患者で処方内容が違っても、漢方薬併用群で一まとめにすれば、漢方薬を併用した群の生存率が高いという結果が多数臨床試験で報告されています。
以下の論文は、中国の杭州師範大学(Hangzhou Normal University)の医学部、ホリスティック統合薬局研究所および腫瘍内科(Holistic Integrative Pharmacy Institutes and Department of Medical Oncology)からの研究報告です。
Combination of traditional Chinese medicine and epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitors in the treatment of non-small cell lung cancer.(非小細胞肺がんの治療における伝統的中医薬と上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤の組み合わせ)Medicine (Baltimore). 2020 Aug 7; 99(32): e20683.
【要旨の抜粋】
背景:中国では、伝統的な中医薬(漢方薬)が非小細胞肺癌の治療においてますます重要になっている。これには、がんの治療と症状の改善が含まれる。上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)は、進行したEGFR変異陽性非小細胞肺がんの治療のための第一選択薬となっている。
中国では、EGFR-TKIを漢方薬と組み合わせて使用し、副作用を軽減したり、効果を高めたりしている。それにもかかわらず、漢方薬とEGFR-TKIの関係は不明なままである。この総説では、非小細胞肺がんの治療においてEGFR-TKIと組み合わせた漢方薬の臨床的証拠を調査することを目的としている。
方法:関連する研究をデータベースで検索した。この研究には57件のランダム化比較試験が含まれ、これらはすべてStataソフトウェア(バージョン12.0)によって処理された。
結果:漢方薬と上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)の併用群の方が、EGFR-TKI単独のグループよりも客観的奏効率が高いことを示した(リスク比1.39、95%信頼区間:1.29〜1.50)。生存率向上への寄与が高い生薬として黄耆、白朮、茯苓、甘草、麦門冬、白花蛇舌草、沙參、党参、人参が同定された。
結論:漢方治療は非小細胞肺がんの治療における上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤の有効性を改善する可能性がある。
天然物ベースの伝統的な漢方薬は中国で広く使用されており、標準治療と漢方薬を組み合わせた肺がんの治療は、中国で認められている最も重要な手段の1つになっています。この治療法は、副作用の軽減、細胞毒性効果の増強、抗がん剤に対する耐性の予防または克服、および/または患者の生活の質の向上に役立つ可能性があります。
通常、医薬品の臨床試験では、試験薬とプラセボ(偽薬)を二重盲検法で試験します。試験薬は単一成分の医薬品になります。
しかし、漢方薬の場合は、前述のように、患者さんの病状や症状や体質に応じて処方が異なります。つまり、漢方薬の専門家が、漢方医学(中医学)の診断法や処方理論に応じて、その患者に最も合った漢方薬を処方します。
そして、それぞれの患者の状況に合った漢方薬を処方された群が「漢方薬併用群」になります。つまり、漢方薬併用群は、個々に異なる漢方処方を投与されています。
試験薬の内容が異なるのに、試験薬とプラセボ(偽薬)を二重盲検法で比較することに、標準治療の医師は受け入れにくいと思います。
しかし、中国や台湾や韓国では、「漢方薬は患者の症状や病状や体質に合わせた処方を投与しないと効果がない」という考えは、自然に受け入れています。
この論文の研究でも、がん患者は症状や病状に応じて異なる処方を処方されています。
体力が低下していれば元気を高める補気薬を使い、炎症や熱がある場合は清熱解毒薬を使い、血液循環が悪い場合は駆瘀血薬を使い、水分代謝が悪く浮腫みがあれば利水薬を使うという具合です、
患者の病状や体質に合った処方を投与すれば、患者に最も有益になるというのが、漢方治療の原則です。
もし、漢方薬併用群の効果がなければ、それはその漢方薬を処方した医師が間違った処方を投与したからだと考えます。
私は、がんの漢方治療の研究と臨床を30年以上行い、5千人以上のがん患者の漢方治療の経験がありますが、この治療を始めた頃の成績に比べれば、経験が蓄積した最近の治療成績の方が格段に良くなっているというのが、漢方治療なのです。
以下は中国の重慶の大学からの報告です。
Traditional Chinese Medicine Prolongs Progression-Free Survival and Enhances Therapeutic Effects in Epidermal Growth Factor Receptor Tyrosine Kinase Inhibitor (EGFR-TKI)Treated Non-Small-Cell Lung Cancer (NSCLC) Patients Harboring EGFR Mutations.(上皮成長因子受容体の変異を有する非小細胞肺がん患者に対する上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤による治療において、伝統的中国医学は無増悪生存期間を延長し、治療効果を高める)Med Sci Monit. 2019 Nov 9;25:8430-8437.
【要旨の抜粋】
背景:この研究は、上皮成長因子受容体(EGFR)の変異を有する非小細胞肺がん患者に対する上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)による治療において、漢方治療を併用した場合の有効性と安全性を検討することを目的とした。
材料と方法:この研究には、EGFR変異を有する153人の進行非小細胞肺がん患者が参加した。患者は、対照群(EGFR-TKIのみ、n = 61)と併用群(EGFR-TKI+漢方薬、n = 92)に分けられた。
無増悪生存期間は、エクソン19欠失および/または21欠失患者について評価された。治療効果は病勢コントロール率(完全奏功+部分奏功+病状安定)で評価した。
結果:病勢コントロール率は、上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)単独群が83.33%に対して、EGFR-TKI+漢方薬併用群が90.11%で統計的有意差は認めなかった(p> 0.05)。
無増悪生存期間は、EGFR-TKI単独群が8.8ヶ月に対して、EGFR-TKI+漢方薬併用群が13ヶ月で統計的有意な延長を認めた(p=0.001)。
エクソン19欠失変異をもつ非小細胞性肺がん患者の場合、無増悪生存期間は、EGFR-TKI単独群が8.5ヶ月に対して、EGFR-TKI+漢方薬併用群が11ヶ月で統計的有意な延長を認めた(p=0.007)。
L858変異をもつ非小細胞性肺がん患者の場合、無増悪生存期間は、EGFR-TKI単独群が9.5ヶ月に対して、EGFR-TKI+漢方薬併用群が14ヶ月で統計的有意な延長を認めた(p=0.015)。
エクソン21欠失を持つ非小細胞性肺がん患者においても、EGFR-TKI+漢方薬併用群の方が無増悪生存期間が延長する傾向が認められた。
EGFR-TKI単独群とEGFR-TKI+漢方薬併用群の間に副作用の程度に差は認めなかった(p=0.956)。
結論:漢方治療の併用により、上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)治療を受けているEGFR変異を有する非小細胞肺がん患者の無増悪生存期間が延長され、治療効果が向上した。一方、漢方治療はEGFR-TKI治療の副作用を増悪させることは無かった。
この論文の結果の一部はトップの図に示しています。
EGFR変異陽性非小細胞肺がん患者に上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)を使用すると多くは効果が出るので、病勢コントロール率(完全奏功+部分奏功+病状安定)はEGFR-TKI単独が83.33%、EGFR-TKIと漢方治療併用群が90.11%とともに高く、併用群の方が病勢コントロール率は高い傾向にありますが、統計的な有意差は出ていません。
しかし、無増悪生存期間を延長しています。これは、がん細胞がEGFR-TKIに対する耐性(抵抗性)を獲得することを阻止している可能性を示唆しています。
この研究でも、患者の状態に応じて処方内容が異なります。
例えば水分代謝が悪く痰が多いような患者の場合は、二陳湯+三仁湯のような処方で、例えばある一つの処方は半夏(15g)、 陳皮(10g)、茯苓(20g)、甘草(10g)、藿香(15g)、桃仁 (10g)、滑石(15g)、縮砂 (10g)、竹葉(5g)、薏苡仁(20g)、 厚朴(15g)という処方でした。()内は1日の分量です。これを煎じて1日2〜3回に分けて服用します。
元気がなく、呼吸機能も低下している場合には六君子湯のような処方が基本になり、ある処方内容は、人参(20 g)、白朮 (15 g)、茯苓(20 g)、甘草(10 g)、 黄耆(60 g)、半夏(15 g)、陳皮 (10 g)、桔梗(10 g)、杏仁(10 g)という漢方処方がありました。
この論文では他にも具体的な処方内容が記述されていますが、漢方薬の知識が無ければ、チンプンカンプンだと思います。しかし、漢方薬が専門の医師や薬剤師であれば、十分に納得できる処方内容です。
無増悪生存率を高めるだけでなく、全生存率を高める結果も出ています。
以下の論文は中国の別のグループ(成都伝統中国医学大学病院と天津漢方大学大学院漢方医学科)からの報告です。
Chinese Medicine Combined With EGFR-TKIs Prolongs Progression-Free Survival and Overall Survival of Non-small Cell Lung Cancer (NSCLC) Patients Harboring EGFR Mutations, Compared With the Use of TKIs Alone.(EGFR-TKIと組み合わせた中国医学は、TKI単独の使用と比較して、EGFR変異を有する非小細胞肺がん患者の無増悪生存期間と全生存期間を延長する)Front Public Health. 2021 Jun 18;9:677862.
【要旨】
目的:進行した非小細胞肺がんに対する上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)単独と、EGFR-TKIと中医薬(漢方薬)を組み合わせた治療の有効性を比較する。
方法: EGFR変異を有する合計91人の非小細胞肺がん患者を実験群と対照群(2:1の比率)に分けて、EGFR-TKI+漢方薬併用群(61例)またはEGFR-TKI単独(30例)で治療した。2つのグループの無増悪生存期間)、全生存期間、病勢コントロール率、および治療に関連する有害事象を分析した。
結果:無増悪生存期間の中央値は、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)単独群が8.9ヶ月で、EGFR-TKI+漢方薬併用群は12.3ヶ月で統計的有意に延長した(P = 0.02)。全生存期間の中央値は、EGFR-TKI単独群が24.2ヶ月で、EGFR-TKI+漢方薬併用群は28.2ヶ月で統計的有意に延長した(P = 0.02)。
サブグループ分析では、エクソン19欠失変異(19DEL)の患者の場合、併用群と単独群の間の無増悪生存期間の中央値はそれぞれ12.7か月と10.1か月であった(P = 0.12)。
エクソン21欠失変異(L858R)の場合、2つのグループの無増悪生存期間の中央値はそれぞれ10.8か月対8.2か月であった(P = 0.03)。
全生存期間中央値は、エクソン19欠失変異を有する患者の場合、併用群と単独群はそれぞれ30.3か月と28.7か月であった(P= 0.19)。エクソン21欠失変異の場合、2つのグループの全生存期間中央値はそれぞれ25.5か月対21.3か月であった(P = 0.01)。
病勢コントロール率はEGFR-TKI単独群が80.1%、EGFR-TKI+漢方薬併用群が93.3%であった(P = 0.77)。
グレード3〜4の治療に関連する有害事象は、EGFR-TKI単独群(26.67%)よりもEGFR-TKI+漢方薬併用群(11.48%)の方が少なかった。
結論: EGFR変異を有する非小細胞肺がん患者の場合、特にエクソン21欠失変異(L858R)の患者では、EGFR-TKIを単独で使用した場合と比較して、漢方治療と組み合わせた場合の方が、無増悪生存期間も全生存期間も統計的有意な延長を認めた。この結論は、EGFR-TKI耐性後の非小細胞肺がん患者の生存率を改善する上で重要な効果がある。それはさらなる研究に値する。
変異の種類によって、漢方治療の効果に差が出るのは、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性の阻止に漢方治療が関与している可能性を示唆します。
【漢方薬は上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤に対するがん細胞の耐性を阻止する】
以下のような論文もあります。
Traditional Chinese Medicine reverses resistance to epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitors in advanced non-small cell lung cancer: a narrative review.(伝統的な漢方薬は、進行した非小細胞肺癌における上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性を逆転させる:主観的レビュー)J Tradit Chin Med. 2021 Aug;41(4):650-656.
【要旨】
目的: 非小細胞肺がんの治療における上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)に対する耐性のメカニズムと、伝統的な中国の漢方薬によるこの耐性の逆転をレビューすること。
方法: 中国国立知識インフラストラクチャデータベース、Wanfangデータベース、China Science and Technology Journalデータベース、PubMedおよびEmbaseで関連する研究を検索
結果:T790M変異、MET増幅、C797S変異、PTEN遺伝子発現の不活性化および上皮間葉移行が、 EGFR-TKIに対する耐性の主なメカニズムである。漢方薬は、MET活性化を阻害し、PI3K / AKT経路を阻害し、アポトーシスとP糖タンパク質を調節することにより、耐性を逆転させる可能性がある。
結論: 非小細胞肺がんの治療におけるEGFR-TKIの多くの耐性メカニズムはまだ調査する必要がある。漢方薬は、EGFR-TKIに対する耐性を逆転させるという大きな可能性を秘めている。
narrative reviewというのは、メタ解析のような客観的な統計解析ではなく、専門家の主観的な意見も含めた現状の知見に関する概説のような意味合いです。
この総説の著者は、中国の北京の中国医科学アカデミー(Chinese Academy of Medical Sciences)および北京ユニオン医科大学(Peking Union Medical College)、国立がんセンター/国立がん臨床研究センター/がん病院(National Cancer Center/National Clinical Research Center for Cancer/Cancer Hospita)の中国伝統医学部門(Department of Traditional Chinese Medicine)の研究者です。中国におけるがんの漢方治療の専門家の意見ということです。
この専門家は、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)に漢方治療を併用すると生存期間が延長するメカニズムとしてがん細胞の耐性獲得を阻止することが重要という考えです。
【進行非小細胞性肺がんの補助療法としての中医薬治療の有効性】
上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)ではなく、通常の抗がん剤治療においても、漢方治療の併用は、副作用軽減と、抗腫瘍効果の増強に有効であることが報告されています。
ステージIIIからIVの進行した非小細胞性肺がん患者の抗がん剤治療に中医薬(漢方薬)治療を併用した場合の有効性を検討した24の臨床試験のデータをメタ解析した結果が報告されています。以下のような報告があります。
The efficacy of Chinese herbal medicine as an adjunctive therapy for advanced non-small cell lung cancer: a systematic review and meta-analysis.(進行非小細胞性肺がんの補助療法としての中医薬治療の有効性:系統的レビューとメタ解析)PLoS One. 2013;8(2):e57604.
【要旨】
進行した非小細胞性肺がんの治療において、標準治療と補完・代替医療との併用、特に中医薬治療(Chinese herbal medicine)の併用に関して多くの研究が行われている。しかし、その有効性に関しては十分に検討されていない。
この研究の目的は、進行した非小細胞性肺がんの治療において、標準的な抗がん剤治療に中医薬治療を併用した場合の有効性を評価することにある。
11のデータベースを検索し、条件に合う24の臨床試験を選び出した。これらの臨床試験に含まれる2109人の患者のデータを解析した。2109人のうち、1064人は抗がん剤治療と中医薬の併用による治療を受け、1039人は抗がん剤治療のみを受けた。(6人の患者は脱落した)
抗がん剤治療単独群に比べて、抗がん剤と中医薬を併用した群は1年生存率が有意に向上した。(相対比 = 1.36, 95% 信頼区間 = 1.15-1.60, p = 0.0003)。
その他に、併用群では奏功率(相対比 = 1.36, 95% 信頼区間 = 1.19-1.56, p<0.00001) や、カルノフスキー・パフォーマンス・スコア(Karnofsky performance score)で評価した全身状態の改善の率(相対比 = 2.90, 95% 信頼区間 = 1.62-5.18, p = 0.0003)も向上した。
一方、副作用に関しては、併用群で著明な軽減が認められた。例えば、グレード3~4の吐き気や嘔吐の頻度は併用群で顕著に低減した(相対比 = 0.24, 95%信頼区間 = 0.12-0.50, p = 0.0001) 。ヘモグロビンや血小板の減少の頻度も併用群では低下した。
さらに、この研究では、非小細胞性肺がんに高頻度に使用される生薬が同定された。この系統的レヴューでは、進行した非小細胞性肺がんの治療において、中医薬治療は抗がん剤治療の補助療法として有用で、抗がん剤の副作用を軽減し、生存率を向上し、抗がん剤による腫瘍の縮小効果(奏功率)を高め、全身状態を良くする効果があることが示された。
しかしながら、今回検討したランダム化比較臨床試験の多くは小規模なものばかりで、大規模なランダム化試験は含まれていないので、今後はさらに大規模な臨床試験の実施が必要である。
このメタ解析の結果は下の表にまとめています。
表:ステージIIIとIVの進行肺がん患者の抗がん剤治療において、中医薬を併用した場合の効果を検討した24のランダム化臨床試験のデータをメタ解析した報告がある。抗がん剤治療に中医薬治療を併用すると、(1)毒性(副作用)を軽減し、(2)生存率を向上し、(3)奏功率を高め、(4)全身状態(KPS)を改善することが示されている。
1年生存率は抗がん剤単独群が40.5%に対して抗がん剤+中医薬併用群が55.7%で生存率は36%の向上です。
短期的な抗腫瘍効果の指標である奏功率(完全奏功と部分奏功)は、抗がん剤単独群が28.3%に対して抗がん剤+中医薬併用群が38.3%で、これも36%の向上を認めています。
患者の全身状態はカルノフスキーのパフォーマンスステータス(Karnofsky Performance Status:KPS)で評価していますが、このKPSが治療後に改善した割合は、抗がん剤単独群が10.9%に対して抗がん剤+中医薬併用群が35.2%で、全身状態の改善した割合は3.25倍に向上しています。
副作用については、吐き気や骨髄抑制(白血球・ヘモグロビン・血小板の減少)について比較されていますが、全ての検討項目において、中医薬を併用することによって副作用が軽減することが示されています。特に、グレードIII~IVの重度の副作用の発生率が低下することが示されています。
以上の結果から、この論文の結論は、「進行非小細胞性肺がんの抗がん剤治療に中医薬治療を併用すると、毒性(副作用)を軽減し、生存率を向上し、奏功率を高め、全身状態(KPS)を改善することが示された」となっています。「ただし、個々の臨床試験の規模が小さいので、大規模な臨床試験での確認が必要である」という条件もついています。
このメタ解析では、ステージIIIとIVに絞っています。早期の肺がんで行った臨床試験を含めると結果にばらつきが大きくなるのと、進行しているほど治療効果の差が出やすいので、進行がんに絞ったと記述されています。
また、ランダム化臨床試験の質を評価する指標としてJadad score(ハダッドスコア)があります。5点満点で3点以上あれば比較的質の高いランダム化試験となります。このメタ解析では、Jadad scoreが3点以上のもののみを集めて解析しています。したがって、この論文の結果の信頼性は高いと言えます。
一般的に、メタ解析で有効性が示されれば、かなりエビデンスが高いという評価になります。しかし、大規模なランダム化試験で有意な結果がでなければ確定的とは言えません。このメタ解析の元になった臨床試験は全て中国で実施されたもので、24の臨床試験で2100人程度のデータを集めているので、一つの臨床試験の規模は平均で100人弱なので、小規模と言わざるを得ません。信頼のおける大規模なランダム化臨床試験が必要だというコメントです。
しかし、抗がん剤治療に漢方薬や中医薬を併用しても、悪い結果になる可能性は低く、むしろ良い効果が得られると言えます。
この中医薬(漢方薬)は基本的には煎じ薬です。患者毎に、その症状や治療の状況に応じて適した漢方薬が処方されるのですが、患者毎に薬が違うので、西洋薬のような単一の薬剤によるランダム化二重盲検臨床試験の実施は極めて困難なのが実情です。
また、この論文では、非小細胞性肺がんに高頻度に使用される生薬としては、黄蓍(オウギ)、南沙参(ナンシャジン)、麦門冬(バクモンドウ)、甘草(カンゾウ)、茯苓(ブクリョウ)、白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)、天門冬(テンモンドウ)、桃仁(トウニン)、田七人参(デンシチニンジン)が挙げられています。これらの生薬については以下にまとめていますが、その薬効から肺がん患者に使用される頻度が高いことが理解できます。
この他にも、肺がんの治療に役立つ生薬は多くありますが、肺がんの抗がん剤治療の漢方治療にこれらの生薬を中心にした処方を併用することは有効性が高いと思います。
肺がんだけでなく、多くのがんの治療に、症状やQOL(生活の質)の改善と延命において適切な漢方治療の併用は有効です。
ただ、この事実は西洋医学の標準治療を行っている多くの医師からは無視され、正しく評価されていません。従って、日本ではがん治療における漢方治療へのアクセスは標準治療を実施する医療機関の段階で閉ざされており、がんの統合医療はあまり発展していないのが現状です。
【なぜ日本のがん専門医は抗がん剤と漢方薬の併用を禁止するのか?】
中国や台湾ではがん治療に漢方治療を併用することは日常的に実践されています。漢方薬を併用する方が、抗がん剤などのがん治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めることができることを経験的かつ臨床試験で確かめているからです。
日本では、がん治療においては漢方治療を否定します。「何が入っているかわからない」「漢方薬は効かない」「漢方薬は肝臓を悪くする」など、ほとんど根拠のない先入観だけで否定します。
知らないならコメントしなければいいのですが、知らないのに一方的に否定するのは科学ではありません。実際、がん専門医でも、漢方薬を勉強した人は、まず漢方治療を否定しません。何も知らないで否定し非難するのはフェアではありません。
私は、「がん専門医が増えて、がん治療における漢方薬やサプリメントの使用を拒絶することが多くなった」という印象を持っています。
私が「がんの漢方治療」と「がんの補完・代替医療」を専門にしたクリニックを開業したのは2002年でした。その頃は、抗がん剤治療に漢方薬やサプリメントを併用することに、標準治療を行う側から今ほどの拒絶は受けませんでした。抗がん剤治療の専門家がほとんどいなかったからです。手術をした外科医が、薬の説明書を読みながら抗がん剤治療を行なっていた時代です。
この頃、がん治療の地域間格差や病院間格差によって最新の標準治療を受けられない、いわゆる「がん難民」の問題がピークになりました。
がん難民問題を解決するため、厚生労働省は2004年に「がん医療水準均てん化推進に関する検討会」を設置して、がん医療水準の均てん化(全国どこでもがんの標準的な専門医療を受けられるよう、医療技術の格差の是正を図ること)を達成するために、がん専門医の育成や地域がん診療拠点病院の整備などについての提言をまとめました。
さらに、2006年6月には、がん医療水準均てん化推進のための施策を盛り込んだ「がん対策基本法」が成立し、2007年4月から施行されました。がん対策基本法に基づいて2007年6月に「がん対策推進基本計画」が策定され、具体的にがん治療のレベルを高める政策が実行されています。
抗がん剤治療の専門医は、日本臨床腫瘍学会が2002年4 月に発足し、一定の実績のあるがん専門医と施設を暫定的に認定し、専門医を育成する体制を整え、がん専門医(日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医)の育成が始まりました。2006 年4 月に最初の専門医 47 名が認定され,毎年認定者数が増え、2021年7月の段階でのがん薬物療法専門医の数は、全国で1530人です。
最近の日本では、1年間に約100万人ががんと新たに診断され、40万人近くががんで亡くなっています。がん治療中の患者さんの総数は300万人を超えています。
がん患者の数に比較して、がん薬物療法専門医がまだかなり少ないので、専門医でない医者が抗がん剤治療を行なっている病院もまだ多くあります。
腫瘍内科医と呼ばれる抗がん剤治療専門の医者がいるところほど、漢方薬やサプリメントの併用を拒否する傾向があります。
その理由の一つは、治療ガイドラインに入っていない治療法は認めないためです。基本的に、がんの薬物療法のガイドラインの中に漢方治療やサプリメントは入っていません。
標準治療で使用される薬は日本では基本的に保険適用薬に限られます。「保険医は、厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し、叉は処方してはいけない」という規則が定められています。(保険医療機関及び保険医療養担当規則の第19条)
治験用に用いる場合に限って例外は認められていますが、基本的には保険医療機関や保険医が保険適用薬以外を患者に使用することは禁じられているのです。
したがって、サプリメントや保険適用外の生薬を使った漢方治療は、たとえ十分なエビデンスがあっても保険診療機関では使えないのです。
保険治療(標準治療)の医師は「臨床試験で有効性が証明されていれば標準治療で使われるはずだから、補完・代替医療で使用されている薬やサプリメントは有効性が証明されていないものだ」という意見で、補完・代替医療を否定し、標準治療以外は認めない理由として患者さんを説明しています。
しかし、これは全くの間違いです。標準治療で使用されていない医薬品やサプリメントの中に、がん治療に有効性が証明されたものは多数あります。十分なエビデンスがあっても標準治療で使われないのは特許の問題が関連しています。
保険適用されるためには、製薬会社が臨床試験を実施し、有効性や安全性を証明して、厚生労働大臣に製造販売の承認を受けなければなりません。この場合、その物質の特許を取得できれば、その薬を独占して販売できるため利益を得ることができます。
しかし、特許が取れない場合は、莫大な費用(何十億円とは何百億円)を出して臨床試験を実施するメリットがありません。特許がなければ後発薬(ジェネリック薬)がすぐ出て来て利益が得られないためです。その結果、どの製薬会社も薬として申請しません。誰かが申請しなければ保険薬あるいは承認薬として認可されることはないので、標準治療の中で使用されることは永久にないことになります。
例えば、ジクロロ酢酸ナトリウムや2-デオキシグルコースやメラトニンなど世界中でがんの代替医療で使用され、臨床試験で有効性が示されている物質も、何十年も前から知られている物質で物質特許が取れないので、製薬会社は費用を負担して臨床試験を実施することも、医薬品として開発することもありません。研究者が公的なグラントを使って小規模な臨床試験を行っている程度です。
また、サプリメントとして流通しているビタミンD3やドコサヘキサエン酸(DHA)などがん治療における有効性が臨床試験で証明された物質も、保険適用薬にはなり得ないので標準治療を行っている保険医が使うことはありません。治療ガイドラインに入ってこないからです。このような薬やサプリメントは患者さんが自分の意思と自己責任で利用するしかないということになります。
がん専門医ほど、データの信頼性が低下するという理由で、漢方薬やサプリメントの併用を嫌います。
がん治療中に患者さんが自分の意思で他の治療を併用していたら、抗がん剤が効いたのか、併用したサプリメントが効いたのか分かりません。したがって、一律に抗がん剤治療中の漢方薬やサプリメントの併用は禁止します。併用すると生存率が高くなるという臨床試験の結果があっても、ガイドラインに載っていないものは使用しないのが原則です。
患者さんの希望より、学会発表用のデータの信頼性を優先する傾向は、専門医ほど強いと言えます。
なお、糖尿病治療薬のメトホルミンも、進行肺腺がん患者におけるEGFR-チロシンキナーゼ阻害剤治療の無増悪生存期間を有意に改善することが報告されています。以下のような論文が報告されています。
Effect of Metformin Plus Tyrosine Kinase Inhibitors Compared With Tyrosine Kinase Inhibitors Alone in Patients With Epidermal Growth Factor Receptor-Mutated Lung Adenocarcinoma: A Phase 2 Randomized Clinical Trial.(上皮成長因子受容体変異肺腺癌患者におけるチロシンキナーゼ阻害剤単独と比較したメトホルミンとチロシンキナーゼ阻害剤の効果:第2相無作為化臨床試験。)JAMA Oncol. 2019 Nov 1;5(11):e192553.
この報告はメキシコの国立がん研究所(Instituto Nacional de Cancerologia)で実施された非盲検無作為化第II相臨床試験です。進行肺腺がん患者をEGFR-チロシンキナーゼ阻害剤単独療法とメトホルミン+EGFR-チロシンキナーゼ阻害剤の併用療法を比較しています。
対象は、18歳以上のEGFR変異陽性Stage IIIB/IV肺腺がん患者で、メトホルミン(500mg 1日2回)+EGFRチロシンキナーゼ阻害剤(標準用量のエルロチニブ、アファチニブまたはゲフィチニブ)群またはEGFRチロシンキナーゼ阻害剤単独群に無作為に割り付け、忍容できない毒性発現または同意撤回まで投与しました。
2016年3月31日~2017年12月31日に、計139例(平均年齢59.4歳、女性65.5%)が、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤群(n=70)またはメトホルミン+EGFRチロシンキナーゼ阻害剤群(n=69)に無作為に割り付けられました。
無増悪生存期間の中央値は、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤単独群が9.9ヵ月(95% 信頼区間:7.5-12.2ヶ月)に対し、メトホルミン+EGFRチロシンキナーゼ阻害剤併用群が13.1ヵ月(95%信頼区間:9.8〜16.3 ヶ月)とメトホルミン+EGFRチロシンキナーゼ阻害剤群で有意に延長しました(HR:0.60、95%CI:0.40~0.94、p=0.03)。
全生存期間中央値も、併用群で有意に延長しました(31.7ヵ月vs.17.5ヵ月、p=0.02)。
上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤の効果が何年も長期間続くのであれば、これだけで十分ですが、上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤治療の無増悪生存期間の中央値は10ヶ月から12ヶ月程度です。つまり、半数は1年以内に効かなくなります。
効果を高めることは重要です。その目的でメトホルミンや適切な漢方治療の併用は有効だと思います。
第一世代の上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤(EGFR-TKI)のイレッサは2002年7月5日に世界に先駆けて日本で承認されました。私ががんの漢方治療を専門にしたクリニックを開設したのが2002年5月5日ですので、20年くらい前からEGFR-TKIと漢方治療を併用した治療を実践しています。100人以上に併用しています。
通常、1年くらいで耐性を獲得するのですが、漢方薬を併用した患者さんは無増悪生存期間が2年以上が多い印象を以前から持っていました。5年以上の患者さんも数人います。適切な漢方治療の併用は上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤の耐性獲得を遅らせることは確かだと思います。
大規模な二重盲検試験の結果が出ないと確定的な最終評価はできないことは確かです。しかし、大規模な二重盲検の臨床試験が行われる可能性は低いと思います。製薬メーカーに利益がないので、スポンサーがいないためです。
1年後に効かなくなることを受け入れて、上皮成長因子受容体チロキシンキナーゼ阻害剤単独での治療に満足するのか、生き延びるために自分の判断(自己責任)で漢方薬やメトホルミンの併用を試すのか、それを決めるのは患者さん自身です。
医師で肺がんになって上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤を使うとき、漢方治療やメトホルミンについての相談が最近増えました。生き延びる可能性があれば、それを試したいというのは、医学知識があれば簡単に受け入れられます。知識がある人が長生きできるというのががん治療です。
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