がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
574)C反応性蛋白(CRP)/アルブミン比とがん患者の生命予後
図:抗がん剤による正常組織のダメージ、栄養不良、がん細胞による組織破壊や炎症、感染症は相互に作用して、体力や抵抗力や治癒力を低下させ、生命予後を悪くする。体重減少や、血液検査での低アルブミン、リンパ球数減少、CRP上昇、好中球数上昇は予後不良の指標となる。CRP/アルブミン比や好中球/リンパ球比など炎症性指標と栄養性指標を組み合せた指数は患者の予後と良く相関するので予後指数として利用されている。
574)C反応性蛋白(CRP)/アルブミン比とがん患者の生命予後
【がん患者の生命予後を決める血清アルブミン値とリンパ球数と炎症反応(CRP)と体重】
抗がん剤治療中の患者さんや、進行がんや末期がんの状態の患者さんの全身状態を評価するときに、幾つかの指標を使います。
例えば、パフォーマンス・ステータス(Performance Status:PS)では、患者さんの日常生活の制限の程度で、全身状態の指標にします。以下の表は、米国の腫瘍学の団体の1つのEastern Cooperative Oncology Group(ECOG)のPerformance Statusの日本語訳です。
患者さんの栄養状態を総合的に評価する最も簡単な方法は体重です。
体重減少は栄養不良を意味し、ほとんど全てのがんにおいて、体重の減少は生命予後(生存期間)を悪くする重要な要因となっています。
例えば、栄養不良に陥った非小細胞肺がん患者では、体重減少度に比例して、生存期間が短くなることが報告されています。
抗がん剤治療を行う前の6ヶ月間に体重の減少があったか無かったかの2つのグループに分けて治療後の生存期間を比較すると、体重減少があったグループは、体重減少が無かったグループより生存期間が短いことが報告されています。
一般的に、診断前に 5% 以上の体重減少があれば、治療に対する反応が不良で、生存期間を短くすることを予測させます。
抗がん剤が始まって、体重が10%以上減少するときは、抗がん剤治療を中止する方が延命します。回復力が低下した状況で抗がん剤治療を継続すれば、副作用による体力や抵抗力や免疫力の低下で死を早めます。
がんとの戦いにおいて最も重要で基本的なことは、体の栄養状態を良くすることです。栄養状態が悪いとダメージを受けた正常組織の回復が遅れ、がん治療による副作用に耐えることができなくなり、さらに感染症を起こしやすくなります。
体には病原菌やがん細胞に対する抵抗力や免疫力が備わっており、これを「生体防御力」と言います。
手術や抗がん剤投与、精神的ストレス、栄養不全などが重なると生体防御力は低下していきます。
生体防御力がある一定のレベルを超えて低下すると、もはやがんの進展を抑えることも、感染症を防ぐことも、生命を維持することもできなくなります。がん患者の死因の40%以上は、がんそのものによるものではなく、栄養不良による抵抗力の低下によるものだと言われています。
患者さんの生命予後を推定するとき、血液検査で重要なのは、炎症反応のCRP(C反応性蛋白)とアルブミンとリンパ球数です。
【アルブミンとリンパ球数を使用する小野寺の予後栄養指数】
手術前の栄養状態を評価することは、手術の危険度を予測する上で極めて重要です。栄養状態が悪いと、術後合併症の発生率や手術後に死亡するリスクを高めることになります。
そのような観点から、外科領域の患者において予後と関係が深い指標(血清アルブミン値、総リンパ球数、血清トランスフェリン、血清亜鉛、上腕三頭筋部皮厚、体重減少など)を使って、リスクを評価する予後栄養指数のようなものが様々提唱されています。
その中で最も簡単なものが、小野寺時男博士が考案した予後栄養指数(Prognostic Nutritional Index: 略してPNI)です。
PNI は10×Alb+0.005×TLCの式で計算されます。Albは血清アルブミン(g/dl)、TLCは総リンパ球数(Total Lymphocyte Count/μL)です。
アルブミンの正常値(健常人の基準値)は3.8~5.3g/dlです。がん治療中の場合は、体力や免疫力を維持するためには4.0g/dl以上が理想です。
総リンパ球数は、白血球数にリンパ球の割合を掛けて計算します。白血球の正常値が3300~9000/μLで、リンパ球の割合は20~50%程度です。
総リンパ球数は多いほど免疫力が高いと言え、1500/μL以上あるのが理想です。1200未満は軽度低下、1200~800が中等度低下、800 未満は高度の低下と言えます。抗がん剤治療などがん治療の副作用で、500以下になることもありますが、リンパ球数が少ないと、抗がん剤治療の副作用が出やすく、効果が出にくくなります。
この小野寺の予後栄養指数(PNI)では、40以下の場合は、消化管の手術(切除や縫合手術)は禁忌ということになっています。例えば、アルブミンが3.2g/dlで、総リンパ球数が1000/μLの場合は、この計算式でPNI=10 x 3.2 + 0.005 x 1000 = 37となり、消化管の切除や縫合を行うと合併症を起こすリスクが高いので、手術はしない方が良いという評価になります。
低アルブミンは栄養状態が悪いことを意味し、リンパ球数が少ないことは免疫力が低下していることを意味します。このような状況で胃や腸を切除したり縫合するような手術を行うと、縫合不全や術後感染症を発症するリスクが高くなるということです。
このPNIはステージ4の消化器がんの予後の推定にも使用されています。この式でPNIが40以下は予後不良、35以下は60日以内に死亡する可能性がある、と考えられています。
50以上あれば栄養状態は心配無いと言えます。40以下の場合は、栄養状態を良くする必要があり、35以下の場合は、より積極的に栄養状態を改善しないと、栄養障害で亡くなる可能性があります。
たとえば、アルブミン値が2.8で、総リンパ球数が800だと、PNIは32で、極めて予後が悪い状況と判断できます。この状態が改善できないと、余命は1~2ヶ月くらいということです。
進行がんや末期がんの栄養管理においては、PNIを40以上に高めることが大きな目標になります。そのためには、食事の工夫やサプリメントによる補充で栄養状態を良くすると同時に、滋養強壮作用や肝臓でのアルブミン合成を高める作用などをもった漢方薬が役に立ちます。炎症があるときには炎症を抑えることが重要です。
【がん組織では炎症が起こっている】
がん組織の増殖活性が周囲組織からの炎症性シグナルによって維持・増強されることは多くのエビデンスがあります。この「がんを促進する炎症性シグナル」の中心になっているのがIL-6/JAK/STAT3経路です。IL-6(インターロイキン-6)とJAK(ヤーヌス・キナーゼ)とSTAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子-3)については427話や428話で解説しています。
がん組織ではがん細胞の周囲にマクロファージや好中球やリンパ球などの炎症や免疫に関与する細胞が多数集まっています。
これはがん細胞が周囲の正常組織を破壊して、炎症を引き起こすからです。また、免疫細胞ががん細胞を敵と認知して攻撃している場合もあります。
つまり、この炎症反応はがん細胞による組織破壊を修復したり、組織を破壊するがん細胞を排除するための正常組織の防御機構による応答です。しかし、この炎症反応ががん細胞を刺激して、増殖や転移を亢進しているという結果になっています。
がんは「治ることのない創傷」(Tumors are “wounds that do not heal.”)という考えがあります。がん細胞は正常組織を浸潤してダメージを与え、組織修復と炎症反応が持続し、いつまでたっても収束しない状況です。慢性炎症と同様に、炎症が収束せず、永遠に創傷治癒過程(=炎症反応)が続いている状態と同じということです。
がん組織における慢性炎症状態を正常化すると、がん細胞の増殖や生存を阻害できる可能性があります。つまりこれが、自己免疫疾患のような慢性炎症に使われる治療法ががん治療にも利用されている理由になります。
図:がん組織にはがん細胞のみでなく、リンパ球や顆粒球(好中球)やマクロファージなどの炎症や免疫に関与する細胞が多数集まっている。これらの細胞は、がん細胞による組織破壊に対する修復やがん細胞の排除の目的で集まっているが、炎症性サイトカインや増殖因子の産生と分泌が亢進しており、これらががん細胞に対する増殖シグナルとなって、がん細胞の増殖や転移やアポトーシス抵抗性を引き起こしている。
【炎症はがん細胞を悪化させる】
前述のように、がん組織はすでに慢性炎症状態にあり、その炎症状態が増悪すると、がん細胞自体の悪化が促進されることが理解できます。
例えば、乳がんの針生検が乳がん細胞の悪化を促進することが知られています。以下のような報告があります。
Human breast cancer biopsies induce eosinophil recruitment and enhance adjacent cancer cell proliferation.(ヒト乳がんの針生検は好酸球の動員を引き起こし、周囲のがん細胞の増殖を促進する)Breast Cancer Res Treat. 2016 Jun; 157(3): 461–474.
【要旨】
研究の背景:慢性炎症は、がんの進行および転移を促進することが知られている。標準的な侵襲的処置の結果として引き起こされる腫瘍微小環境内の急性炎症の影響については、それほど知られていない。
マウスを使った最近の研究では、乳がんにおける針生検によって誘発される急性炎症反応ががん細胞の転移の頻度を増加させることを示している。 がん組織の針生検は、乳がんの診断における標準的な検査の一部であるが、それによって引き起こされる炎症反応の影響に関する研究報告はない。
この研究の目的は、1)乳がん患者に対する針生検が炎症反応を引き起こすかどうかを決定すること、2)引き起こされる炎症反応の種類を特徴付けること、および3)がん細胞に対する急性炎症反応の潜在的影響を評価することである。
方法:針生検による創傷部位は、乳がん患者の原発腫瘍切除組織試料において同定された。 組織検査および免疫組織化学分析によって、針生検で採取されたがん組織に隣接する部位および生検部位から離れた部位の炎症反応を調べた。 がん細胞の増殖活性も測定した。
結果:針生検が生検部位での炎症細胞の選択的動員を誘発し、それらの炎症細胞の動員が長時間持続することが明らかになった。 マクロファージの集積は炎症応答の一部であったが、生検による創傷の辺縁に好酸球が集積していたことは予期せぬ結果であった。 重要なことは、針生検による創傷に隣接する部位に存在するがん細胞の増殖活性が増加していたことである。
結論:乳がんの診断のための針生検は、腫瘍微小環境内で特徴的な急性炎症応答を誘導し、周囲の腫瘍細胞に影響を及ぼす。したがって、針生検によって誘発される炎症は、乳がん組織のがん細胞の進行や転移に影響を及ぼす可能性がある。 これらの知見は、乳がんの臨床管理に考慮する必要がある。
マンモグラフィーや超音波検査などで乳がんの疑いがあれば、最終的な確定診断を行うために経皮的針生検法(core needle biopsy)によって組織を採取して病理検査が行われます。
この経皮的針生検法の欠点の一つは,針の進入路にがん細胞が播種する危険性です。そのため、針の通過した経路を切除範囲に含めるか,残存乳房に対する放射線照射が施行されます。
さらに、針生検によって、がん組織に創傷が起こって急性炎症応答を引き起こして、それが残ったがん細胞の悪化を引き起こす可能性をこの研究は明らかにしています。
正常組織における創傷治癒過程と同じように、がん組織でも創傷を受ければ急性炎症反応によって創傷治癒反応を引き起こされます。この時に炎症細胞から産生される炎症性サイトカインや増殖因子が、創傷を受けた部位のがん組織に存在するがん細胞の増殖や転移を促進するということです(下図)。
図:針生検でがん組織を採取すると、傷を受けた部分の周囲のがん組織に好酸球などの炎症細胞が浸潤し、炎症細胞が浸潤している領域のがん細胞の増殖活性や浸潤能が亢進している。創傷治癒過程における炎症性サイトカインや増殖因子の産生増加が関与していると考えられている。
外科手術ががん細胞の悪性進展や再発を促進することが以前から指摘されており、その理由としてIL-6/STAT3経路などの炎症過程の関与が推測されています。以下のような論文があります。
Surgery-induced wound response promotes stem-like and tumor-initiating features of breast cancer cells, via STAT3 signaling.(手術によって誘導される創傷応答はSTAT3シグナル系を介して、乳がん細胞のがん幹細胞様の性質を促進する) Oncotarget. 2014;5(15):6267-6279.
【要旨】
臨床的に炎症はがんとの関連が強いが、そのメカニズムに関してはまだ十分に解明されていない。
手術はある種の炎症反応を引き起こすので、手術ががんの局所再発や転移形成の過程に関与している可能性が示唆されている。
乳がん患者から得た手術後の創傷部の浸出液にはサイトカインや増殖因子が多く含まれており、乳がん培養細胞を使った実験で、この創傷部浸出液は乳がん細胞の増殖を促進し、STATの転写活性を強力に活性化する作用を示した。そこで、この手術後炎症過程による乳がん細胞の増殖促進にSTATシグナル系が関与しているかどうかを検討した。
創傷部浸出液は、乳がん細胞のSTAT3活性を高め、がん幹細胞の性質をもった乳がん細胞の数を増やした。培養細胞を用いた実験で、創傷部浸出液は乳がん細胞の腫瘍様塊形成と自己複製能を高度に活性化した。
動物実験(in vivo)での検討では、移植した乳がん細胞の腫瘍形成と、外科切除後の局所再発の過程においてSTAT3シグナル系の活性化が必須であった。
以上の結果から、手術によって引き起こされる炎症が、乳がん細胞のがん幹細胞様の性質の獲得を促進することが示された。この過程(手術後の炎症によって乳がんの幹細胞化が促進されること)は、手術の前後にSTAT3シグナル伝達系を阻害することによって阻止することができる。
乳がん幹細胞と周囲組織の環境の間の相互作用を理解することは、乳がんの発生や再発を防ぐ重要な手段を提供することになる。
手術後の創傷治癒過程では、炎症反応、血管新生、細胞外マトリックスの産生、細胞の増殖と組織の再生、組織幹細胞の増殖と自己複製などが起こっており、これらの過程には様々な炎症性サイトカインや増殖因子や化学伝達物質が関与しています。そして、このような因子ががん細胞の増殖や転移を促進する可能性が以前から指摘されています。
この論文は、「手術を行うと、創傷治癒の過程で起こる炎症反応が乳がん細胞のがん幹細胞様の性質の獲得を促進する」「そのメカニズムは、STAT3の活性化を介している」という実験結果を報告しています。
つまり、手術によって引き起こされる炎症ががん細胞の再発や転移を促進する可能性があるということです(下図)。
図:手術でがん細胞の取り残しがあると、手術行為が原因となってがん細胞の転移や再発を促進され、抗がん剤抵抗性などの性質を獲得する可能性が指摘されている。その理由として、手術後の創傷部位では炎症反応や血管新生が起こり、炎症細胞などから様々な炎症性サイトカインや増殖因子や成長因子や化学伝達物質などが産生され、がん細胞のIL-6/STAT3シグナル系が活性化される。STAT3の活性化はがん細胞をがん幹細胞様の性質に変え、その結果、がん細胞の増殖や転移が促進され、がん細胞は抗がん剤などの治療に抵抗性を獲得する。
手術後にIL-6/STAT3経路を阻害する薬の服用は再発予防に効果が期待できると言えます。IL-6/STAT3経路を阻害する方法としてはオーラノフィン、ジインドリルメタン、セレコキシブがあります。(427話、428話参照)
【血中のCRPが高いと予後不良】
炎症性サイトカイン(IL-6, IL-1, TNF-α)や炎症マーカーのCRPが高い状態は、体内に慢性炎症があることを示唆します。
炎症とがんとの関係は、古代ギリシャ時代の医師のガレノス(Galenus)がすでに指摘しています。
細胞病理学のパイオニアのウィルヒョウ(Rudolph Virchow)は1863年に、がん組織の中に炎症細胞の存在を認め、腫瘍が慢性炎症の部位に発生することを指摘しています。
近年では、分子生物学的研究によって、がんの細胞生物学が明らかになり、がんの微小環境における炎症細胞やサイトカインの重要性が明らかにされています。
メカニズムは非常に多様で複雑ですが、簡単にまとめると「慢性炎症ががんの発生や進展を促進する」ということです。
体内のがん組織における慢性炎症状態を総合的に評価する指標の一つがCRP(C-reactive protein:C-反応性蛋白)です。
体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合、血液中に蛋白質の一種であるC-反応性蛋白(C-reactive protein=CRP)が現われます。
このCRPは、もともと肺炎球菌という肺炎を起こす菌によって炎症がおこったり組織が破壊されたりすると、この菌のC‐多糖体に反応する蛋白が血液中に出現することからC‐反応性蛋白(CRP)と呼ばれていました。
しかし、肺炎以外の炎症や組織の破壊でも血液中に増加することがわかり、現在では炎症や組織障害の存在と程度の指標として測定されます。
CRPは炎症に対する生体反応として肝臓から産生されます。炎症性サイトカインのIL-6によって合成が亢進されます。CRPは急性期反応タンパク質の一つです。
サイトカインはリンパ球やマクロファージなど炎症や免疫に関わる細胞から分泌されるタンパク質で、細胞の増殖や分化や細胞死などの情報を伝達し、免疫や炎症や創傷治癒など様々な生理機能の調節に重要な役割を担っています。
サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体に結合することによって、受容体に特有の細胞内シグナル伝達の引き金となり、極めて低濃度で生理活性を示します。
白血球が分泌し免疫系の調節を行なうインターロイキン、ウイルス増殖阻止や細胞増殖抑制の働きをもつインターフェロン、様々な種類の細胞増殖因子など数百種類のサイトカインが知られています。炎症反応に関与するものを炎症性サイトカインと呼んでいます。
マクロファージは刺激を受けるとインターロイキン-1(IL-1)やインターロイキン-6(IL-6)や腫瘍壊死因子アルファ(TNF-α)といったサイトカインを分泌します。これらは炎症性サイトカインと呼ばれ、炎症の部位に他の免疫細胞や炎症細胞を集め、炎症反応や免疫応答を開始する役割をもっています。
このような反応を急性期反応(acute phase response)と言います。急性期反応(acute phase response)は、感染、悪性新生物、外傷、外科的侵襲などのストレスに対する生体の生理的な防御機構で、免疫担当細胞や炎症細胞が産生するサイトカインがメディエーターとなって惹起されます。
急性期反応では、炎症の起こっている局所だけでなく、体全体に様々な症状が発現します。
IL-6は肝臓に作用してC-反応性蛋白(CRP)などの急性期反応タンパク質の合成を亢進し、アルブミンの合成は抑制されます。
細菌感染症や自己免疫疾患(膠原病)、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などにおいて、炎症や組織破壊の程度が大きいほど高値になり、炎症や破壊がおさまってくるとすみやかに減少します。
そのため病気の活動度や重症度、あるいは病気の予後を知る指標として使われています。がん患者においてCRP高値は、生命予後の不良を示唆します。
全身状態の悪化した進行がんの患者さんの治療を行うとき、CRPとアルブミンの値は特に注意します。
手術後のがん患者や手術不能のがん患者などを対象に、CRPの血中濃度と予後との関連を検討した報告は多数あり、CRPの血中濃度とがんの進行度やがん患者の予後不良とは正の相関があることが示されています。
すなわち、CRPが高いほど生命予後が悪い(生存期間が短い)ことが多くの研究であきらかになっています。CRP値が高いのは、がんの重量が大きく、がん細胞によって組織の破壊が進行していることを示しているからです。
例えば、肺がんにおいて、手術前の血液検査で、CRPの数値が高いほど、腫瘍が大きく、血管やリンパ管への浸潤が強いことが示されています。つまり、この研究では、手術前にすでにCRPが高いと手術後の予後が悪いことを示しています。(Lung cancer 63:106-110, 2009)
CRPとがん患者の予後に関する系統的レビューが報告されています。以下のような報告があります。
C-Reactive Protein Is an Important Biomarker for Prognosis Tumor Recurrence and Treatment Response in Adult Solid Tumors: A Systematic Review(C反応性蛋白は、成人固形腫瘍における予後と腫瘍再発と治療応答のための重要なバイオマーカーである:系統的レビュー)PLoS One. 2015; 10(12): e0143080.
【要旨】
目的:固形腫瘍患者のCRP上昇と予後との関係を決定するために、体系的な文献レビューが行われた。 C反応性蛋白(CRP)は、血清中の急性期反応物質であり、確立された炎症マーカーである。 我々はまた、治療反応性および腫瘍再発を予測するCRPの役割を調べた。
方法:MeSH(Medical Subject Heading)用語を用いて複数の電子データベース(PubMed、EMBASE、Web of Science、SCOPUS、EBM-Cochrane)を検索した。 2人の独立した査読者が研究論文を選択した。 品質アセスメント(quality Assessment)スコアも含め、品質アセスメントスコアが50%未満のレポートは除外された。 メタ解析と系統的レビューの方法論で解析した。
結果:271件の論文が最終審査のために特定された。 前向き研究は45%、後ろ向きは52%であった。 264は中程度の品質アセスメントスコア(50%以上80%未満)であった。 7件の論文は十分に適切な品質アセスメントスコアであった(80%〜100%)。
90%の試験(245/271)においてCRPの高値は予後不良を示した。 論文の多く(52%)は胃腸の悪性腫瘍または腎臓悪性腫瘍に関するものであり、これらの腫瘍に関する報告の90%(141のうち127)においてCRP高値は予後不良を示した。 CRPはまた、他の種類の固形腫瘍のほとんどの報告において予後予測因子であった。
結論:固形がんの患者を対象にした研究の90%において、CRP高値は高い死亡率と関連していた。 これは特に消化器系がんおよび腎臓がんにおいて顕著であった。 他の固形腫瘍(肺、膵臓、肝細胞癌および膀胱)でも、CRPの高値は予後不良と関連していた。 さらに、治療応答を決定し、腫瘍の再発を予測するのにCRPの測定が役立つことを示すエビデンスが認められた。 CRP値と予後との関連をより包括的に検討するために、より良く設計された大規模な研究が実施されるべきである。
手術後のがん患者や手術不能のがん患者などを対象に、CRPの血中濃度と予後との関連を検討した報告は多数あり、CRPの血中濃度とがんの進行度やがん患者の予後不良とは正の相関があることが示されています。すなわち、CRPが高いほど、予後が悪い(生存期間が短い)ことが多くの研究で明らかになっています。
図:がん組織が増大し周囲に浸潤したり他の臓器に転移を起こして、組織の破壊や炎症反応が起こると、生体反応として肝臓からC-反応性蛋白(CRP)が産生される。血中のCRP値が高いほど、組織破壊や炎症が高いことを示唆している。したがって、血清中のCRP値が高いほど、がん患者の予後が悪いことが報告されている。
【がん患者の低アルブミンは栄養不良と炎症が関与】
手術不能の胃・食道がんを対象とした研究では、血中のCRP値が高く、アルブミン値が低いほど、生存期間が短いことが報告されています。アルブミン値が低いのは、栄養状態の悪化を意味し、体力や抵抗力の低下を示唆しており、さらに炎症や組織破壊によって体が消耗すると、ますます生存期間を短くする原因となります。(Brit J Cancer 94:637-641, 2006)
CRP高値で低アルブミンは予後不良を強く示唆します。
血清(血液から赤血球や白血球など細胞成分を除いた液体成分)中には多くの種類の蛋白質が存在しますが、アルブミンは血清蛋白の50~60%を占める分子量が約66000の蛋白質です。
血液の浸透圧の維持や、血液中の物質(ホルモンや薬剤など)の運搬、各組織へのアミノ酸の供給などの役割を担っています。肝臓で生合成されるため、肝機能の指標にもなります。肝硬変のように肝機能が低下するとアルブミンが低下します。
血清アルブミン値が低下する状態を低アルブミン血症と言い、腎臓疾患(ネフローゼ症候群など)で尿中にアルブミンが漏れる場合、肝硬変などの肝機能低下をきたす肝臓疾患によってアルブミンの合成が低下する場合、慢性的な栄養失調などによって起こります。血液の浸透圧を維持できないので、むくみ(浮腫)が起こります。
進行がんや末期がんで低アルブミン血症の起こす原因としては、栄養失調と炎症が重要です。
がんの進行に伴い、正常組織の破壊などによって炎症が起こり、炎症性サイトカイン(IL-1, TNF-α, IL-6など)が多く産生されます。この炎症性サイトカインは肝臓に働きかけてアルブミンの合成を抑制します。炎症性サイトカインは骨髄における造血機能を低下させるため貧血の原因にもなります。
つまり、炎症性サイトカインが多量に産生されている状況では、栄養状態を改善するだけでは低アルブミンや貧血の改善は困難です。
がん患者における炎症反応の程度を示す指標としてCRP(C反応性蛋白)があります。前述のようにCRP高値も予後不良の指標になります。
CRPは炎症に対する生体反応として肝臓から産生されます。細菌感染症や自己免疫疾患(膠原病)、心筋梗塞、肝硬変、悪性腫瘍などにおいて、炎症や組織破壊の程度が大きいほど高値になり、炎症や破壊がおさまってくるとすみやかに減少します。そのため病気の活動度や重症度、あるいは病気の予後を知る指標として使われています。
CRPそのものは炎症の程度の指標ですが、CRPが高いということは炎症性サイトカインの産生が高い状態で、これはがん性悪液質の原因となり、その結果として低アルブミンや貧血の原因になります。低アルブミンや貧血の改善には、CRPが高い場合は炎症を抑えることが必要となります。
例えば、CRPが正常でアルブミン値が低い場合は、低栄養や肝機能の低下が考えられます。CRPが高値でアルブミンが低値の場合は、炎症による低アルブミンであることを意味し、がん性悪液質の状態が推測されます(下図)。
図:CRPが低く、アルブミン値が高い場合は正常。CRPが低くてアルブミン値が低い場合は低栄養が考えられる。CRPとアルブミンがともに高い場合は悪液質予備軍の状態で、CRPが高くアルブミンが低い場合は悪液質状態と言える。
【CRP高値と低アルブミンは予後不良を示唆する】
グラスゴー予後スコア(Glasgow prognostic score)は英国のグラスゴー大学医学部(School of Medicine, University of Glasgow)の外科医のDonald C.McMillan氏が提唱したCRPとアルブミンの値による炎症をベースにした栄養状態の指標で、独立した予後因子であることが示されています。
グラスゴー予後スコアでは、CRPを10mg/L、アルブミンを35g/Lで各2群に分類し、CRP≦10mg/Lかつアルブミン≧35g/Lを0点(正常)、CRP≦10mg/Lかつアルブミン<35g/Lを1点(低栄養)、CRP>10mg/Lかつアルブミン≧35g/Lを1点(がん性悪液質予備軍)、CRP>10mg/Lかつアルブミン<35g/Lを2点(がん性悪液質)とします。
GPSが高くなるほど予後の悪化につながります。
修正GPSでは3つに分けて簡略化しています(下表)。
CRPのカットオフ値を0.3mg/dlにする高感度GPS修正版もあります。
【CRP/アルブミン比が高いほど予後不良】
CRPが高いほど、アルブミン値が低いほど、予後が悪いことが示唆されます。
そこで、CRPとアルブミンの比を指標にする方法も検討されています。
以下のような報告があります。
The C-reactive Protein to Albumin Ratio Predicts Long-Term Outcomes in Patients with Pancreatic Cancer After Pancreatic Resection.(C反応性蛋白対アルブミン比は、膵臓切除後の膵臓癌患者の長期予後を予測する)World J Surg. 2016 Sep;40(9):2254-60.
膵がんで膵臓切除を受けた113人の患者を対象として、膵臓がん患者における膵臓切除後の予後(無病生存期間および全生存期間)とCRP / Alb比の関連を検討しています。その結果、CRP / Alb比の高値は膵臓がん手術後の予後不良と相関するという結果です。
以下のような報告もあります。
Prognostic Value of the CRP/Alb Ratio, a Novel Inflammation-Based Score in Pancreatic Cancer.(膵臓がんにおける炎症をベースにした新規な予後予測スコアのCRP / Alb比の価値)Ann Surg Oncol. 2017 Feb;24(2):561-568.
【要旨】
研究の背景:C反応性蛋白/アルブミン(CRP / Alb)比は、敗血症患者の転帰と関連している。 しかし、炎症に基づくスコアとして、がんの予後との関連はほとんど検討されていない。
方法:2010年2月から2015年1月までに、膵管腺がん患者386例を登録した。グループ間の単変量および多変量生存分析を評価した。CRP / Alb比、好中球リンパ球比(NLR)、血小板リンパ球比(PLR)、および修正グラスゴー予後スコア(mGPS)を含む炎症をベースにした予後スコアシステムの識別能を評価するために、受信者操作特性(Receiver Operating Characteristic:ROC)曲線を作成しROC曲線下面積(AUC: area under the curve)を比較した。
結果:CRP / Alb比の最適カットオフレベルは0.180と確定された。単変量解析でCRP / Alb比が0.180以上の患者の予後は、CRP / Alb比が0.180以下の患者より有意に悪かった(p <0.001)。 多変量解析では、CRP / Alb比は依然として全生存期間と関連していた(p <0.001)。 さらに、CRP / Alb比は、血小板リンパ球比(PLR)や修正グラスゴー予後スコア(mGPS)より識別能が高く、好中球リンパ球比と同様のAUC値を示した。
結論:この研究は、CRP / Alb比が、膵臓がんにおける有意で有望な炎症予後スコアとして役立つ可能性があることを実証した。 CRP / Alb比の上昇は予後不良の独立因子であり、カットオフ値は0.180である。
炎症が膵臓がん患者の生存期間に強い影響を及ぼすという結果で、CRP/アルブミン比率が予後を予測する指標として有用であるという結論です。
CRP/アルブミン比率が0.18より高い(つまり炎症が強い)膵臓がん患者では、0.18より低い(炎症の程度が弱い)患者に比べ、生存期間が有意に短い(予後が不良)結果でした。
前述のように、CRPもアルブミンも肝臓で合成されるタンパク質です。炎症が強くなるとCRPの産生が増え、アルブミンの産生が低下します。
したがって、炎症が強くなるとCRPが上昇してアルブミンは低下するため、CRP/アルブミン比率は高くなります。
また、すでに予後との関係が報告されている他の炎症関連のマーカーとして、好中球/リンパ球比率、血小板/リンパ球比率、および修正グラスゴー予後スコアについても調べていますが、CRP/アルブミン比は他の炎症関連マーカーよりも高く、予後を予測する最もすぐれた因子であると報告しています。
【リンパ球が少ないと予後不良】
白血球のうち、炎症があると好中球が増えて、リンパ球は減ってきます。したがって、好中球とリンパ球の比もがん患者の予後を推定する指標として使用されています。以下のような報告があります。
Prognostic role of pretreatment blood neutrophil-to-lymphocyte ratio in advanced cancer survivors: A systematic review and meta-analysis of 66 cohort studies.(進行がん患者における治療前の血液中の好中球対リンパ球比の予後的役割:66のコホート研究の系統的レビューおよびメタアナリシス。)Cancer Treat Rev. 2017 Jul;58:1-13
【要旨】
研究の背景:好中球対リンパ球比は、様々な腫瘍の発生率および死亡率にとって決定的に重要である。 しかしながら、進行した腫瘍における好中球対リンパ球比と予後との関連についてはほとんど知られていない。この研究では、進行腫瘍における治療前の血液中の好中球対リンパ球比と予後との関連性を解析するためにメタ分析を行った。
方法:進行がんの患者における治療前血中の好中球対リンパ球比と全生存期間(OS)または無進行生存期間(PFS)の間の関連性を評価するために、2016年4月までの体系的な文献検索を実施した。 ハザード比(HR)および95%信頼区間(CI)を報告した研究からデータを抽出し、Mantel-Haenszelランダム効果モデルを用いてプールした。
結果:合計24536人を含む66の研究がメタアナリシスに含まれていた。プールされた分析は、進行した腫瘍において、好中球対リンパ球比の上昇は全生存期間(HR 1.70, 95% CI 1.57-1.84, P<0.001)と無増悪生存期間(HR 1.61, 95% CI 1.42-1.82, P<0.001)の悪化と相関していた。
がんの種類別のサブグループ分析では、治療前好中球対リンパ球比が高い患者は、膵臓がん患者では全生存期間(HR 1.70, 95% CI 1.57-1.84, P<0.001))が最も悪く、結腸直腸癌では無増悪生存期間(HR 1.74, 95% CI 1.04-2.90, P<0.001)が最も悪かった。治療前好中球対リンパ球比のカットオフ値で層別化した場合、カットオフ値が5にした場合が、最悪の無増悪生存期間(HR 2.23,95%CI 1.54-3.23、P = 0.019)を示した。
結論:全体的に、治療前の血液中の好中球対リンパ球比は、進行した腫瘍の予後不良の指標となり得る。 特定のがん種におけるその生存転帰を調べる大規模な前向き研究が強く望まれる。
以上、多くの研究報告がありますが、進行がんの患者さんでは、CRP(C反応性蛋白)高値、アルブミン低値、リンパ球数低値はがん性悪液質の亢進を意味します。このような状況にある場合は、食事からの栄養摂取を増やすと同時に、IL-6/JAK/STAT3経路を阻害することが重要です。
漢方治療では抗炎症作用のある清熱解毒薬を多く使います(571話参照)。
NF-κBや炎症性サイトカインの活性を阻害するサリドマイド、COX-2阻害剤のcelecoxib、オーラノフィン、ジインドリルメタンなどが有効です(563話参照)。
ステロイド(副腎皮質ホルモン)も抗炎症の目的で使用されますが、副腎皮質ホルモンはリンパ球にアポトーシスを起こして数を減らし、好中球は増やす作用があります。つまり、副腎皮質ホルモンは好中球/リンパ球比を高めることになるので、生命予後を改善する効果は期待できないと言えます(むしろ予後を悪くする)。
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