がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
344)糖質制限だけでもがん抑制効果がある:動物実験の結果から
図:マウスにがんを移植する実験系では、エサの糖質のカロリー比を8%に減らし、減ったカロリー分をタンパク質で増やす低糖質・高タンパク食で飼育すると、通常のエサ(糖質のカロリー比が55.2%)で飼育した場合に比べて、腫瘍の増大速度は半分以下に遅くなった。糖質を10%や15%に減らした低糖質食でも同様の腫瘍抑制効果が認められ、糖質摂取量が少ないほど腫瘍抑制効果が高かった。がんを自然発症するように遺伝子改変マウスを使った実験系では、糖質のカロリー比を減らすと、がんの発生率が低下した。(詳細は本文参照)(出典:Cancer Res 71:4484-4493, 2011年)
344)糖質制限だけでもがん抑制効果がある:動物実験の結果から
【糖質制限 vs ケトン食】
糖質の多い(グリセミック負荷が高い)食事が、がんの発生率を高め、がん細胞の増殖や転移や再発を促進することを示す動物実験や臨床試験の結果は数多く報告されています。
糖質摂取を減らすとがん細胞の発生や増殖を抑制できることは、多くのエビデンス(証拠)があります。
糖質制限に加えて、脂肪の摂取を増やしてケトン体を産生させるケトン食の方が糖質制限のみより抗腫瘍効果が高いと考えられています。
糖質制限食とケトン食は、両方とも糖質摂取を減らしますが、ケトン食は脂肪酸の摂取を増やしてケトン体の産生を増やす食事です。ケトン体自体に様々な抗腫瘍効果があるため、単なる糖質制限だけよりケトン食の方が抗腫瘍効果が高いと考えられています。
しかし、糖質制限でもケトン食でもがん細胞の発生や増殖を抑制できなかったというネガティブな実験や臨床試験の結果も報告されています。がんの種類や食餌(食事)の内容や実験デザインなどで得られる結果が異なるようです。
糖質制限だけでは抗腫瘍効果に限界があります。糖質を全く摂取しなくても、血糖値はゼロにはならないからです。それは、肝臓でアミノ酸や乳酸やグリセロールなどから糖を作るからで、これを糖新生と言います。肝臓で糖新生を行うため、糖質を全く摂取しなくても、血糖値は正常に保たれます。
がん細胞はグルコース(ブドウ糖)を取り込むグルコーストランスポーター(GLUT1)を過剰発現しているため、糖質制限の条件でも、糖新生で作られたグルコースをどん欲に取り込むからです。
糖質を摂取すれば血糖値があがり、インスリンの分泌が増えると、グルコースとインスリンはがん細胞の増殖を刺激します。したがって、糖質摂取を減らせば、がん細胞に供給されるグルコースも分泌されるインスリンの量も減るので、その分、がん細胞の増殖はスローダウンするのは確かです。
つまり、糖質制限だけでも、がん細胞の発生を予防し、がん細胞の増殖や転移や再発を抑制する効果は得られます。しかし、人間での臨床試験などを総合的に評価すると、今存在するがん組織を縮小させるだけの効果は無いと言わざるを得ません。
がんを縮小させるためには、糖質制限に加えて、ケトン体の産生を高める方法(中鎖脂肪を多く摂取)、肝臓での糖新生を阻害する方法(メトホルミンなど)、解糖系を阻害する方法(2-デオキシグルコースなど)、脂肪酸合成を阻害する方法(343話参照)などの併用が必要です。
糖質制限食やケトン食が、抗がん剤や放射線治療の抗腫瘍効果を高めるという報告も数多くあります。抗がん剤や放射線治療でがん細胞を攻撃しても、がん細胞がグルコースを十分に利用できる状況であれば、ダメージを回復して増殖に転じることができます。しかし、グルコースの供給を減らすことができれば、エネルギー産生や細胞分裂のための細胞成分を合成できないため、縮小効果を高めることができるわけです。
がんの治療においては、「糖質を過剰に摂取することは治療効果を低下させる」と言っても過言ではないと言えます。抗がん剤治療中は糖質摂取を減らすだけでも有効です。
【糖質摂取を減らすとがん細胞の発生や増殖が抑制される】
進行がんの場合は、ケトン食を実行すれば、それなりの効果が期待できます。しかし、ケトン食を実行できない人が多いのも事実です。その最大の理由は高脂肪食に対する認容性が低い人が多いためです。
糖質を減らした分のカロリーを脂肪から摂取しようとすると、1日100グラム以上の脂肪を摂取することになりますが、多量の脂肪摂取で下痢や軟便や腹痛によって十分に脂肪を摂取できない、したがって、ケトン体の血中濃度が十分に上げられない人は結構います。
脂肪に対する認容性が高い人でも、ケトン食を長期にわたって継続する場合の安全性はまだ未知数です。
そこで、再発予防の段階では、ケトン食まで行わなくても、「糖質制限だけでも十分ではないか」「糖質制限くらいが現実的」という意見もあります。進行がんでも、糖質制限だけでもある程度の効果が期待できるという意見も多くあります(がん細胞の増殖速度が低下して、抗がん剤が効きやすくなるのは確かです)。
そのような理由で、ケトン食でなく、糖質制限によるがん発生の予防や、がん細胞の増殖抑制効果を検討した実験が行われています。糖質制限だけでケトン食と同等のがん予防効果や抗腫瘍効果が得られたという報告もあります。
以下のような報告があります。トップの図はこの論文の内容をまとめたものです。
A low carbohydrate, high protein diet slows tumor growth and prevents cancer initiation.(低糖質・高タンパク質の食餌はがん細胞の増殖を遅くし、がん細胞の発生を予防する)Cancer Res. 71(13): 4484-93, 2011年
この論文では、カロリー摂取量は変えずに、糖質の摂取量を減らし、減ったカロリー分はタンパク質を増やして補うような食餌のパターンで、糖質制限による抗腫瘍効果を検討しています。
各食餌のカロリー比の構成を下に示しています。
通常食のカロリー比は糖質が55.2%、タンパク質が23.2%、脂質が21.6%です。
糖質のカロリー比を15%、10%、8%にしたエサを使っています。これら低糖質食のエサでは、減ったカロリー分をタンパク質で補っています。すなわち、脂肪の摂取量は通常食とほぼ同じで、タンパク質のカロリー比が60~70%程度に高くなっています。つまり、低糖質+高タンパク質の食餌の抗腫瘍効果ということになります。
マウスにがん細胞を移植する実験系では、マウスの扁平上皮がんVII (SCCVII) とヒト大腸がん細胞(HCT-116)が使われ、マウスに移植して週に2~3回腫瘍組織の大きさを測定して体積を計算で求めています。
別の実験系では、がん遺伝子のHER2/Neuを過剰発現させるように遺伝子改変したマウスが使われています。この遺伝子改変マウスは通常のエサで飼育すると全寿命の期間に70%程度の割合でがんを自然発症します。このがんの発症率(がん組織が触れるようになった時点で発症と認定)が糖質制限で抑制されるかどうかを検討しています。
その結果、トップの図に示すように、糖質8%の食餌で飼育したマウスに移植したがんは通常食のがんの増殖に比べて、その増殖速度が半分以下になりました。たとえば、がんを移植して16日後の腫瘍の体積は、通常食では364.3 ± 85.01 mm3であったのに対して、8% 糖質群では130.9 ± 21.76 mm3と半分以下でした。
ただし、8%糖質の場合には、体重の減少が認められたので、カロリー制限の影響があるかもしれないということで、10%糖質と15%糖質での検討が行われています。
糖質のカロリー比が10%と15%の場合は通常食(糖質のカロリー比が55.2%)と比べて体重の差は認めませんでしたが、8%糖質の場合と同様にがん組織の増大速度は低下していました。
例えば、SCCVII細胞を移植して16日後の腫瘍の体積は、通常食群では542.9 ± 78.80 mm3であったのに対して15%糖質群では 321.0 ± 79.79 mm3 でした。
つまり、糖質が少ないほどがん組織の増大速度は低下しますが、10%でも15%でも、体重の変化を起こさずに、有意にがんの増殖を抑えることが確認されています。
また、がんを自然発症する遺伝子改変マウスを使った実験では、通常食(糖質のカロリー比が55.2%)では1年後のがん発生率は50%、全寿命の期間では70%のマウスにがんが発生しましたが、糖質を15%に制限した食餌では、1年後の発症率は0%、全寿命期間でも30%でした。糖質摂取の割合を減らすほど、がんの発生率が低下していました。
さらに、がんの治療薬との併用でも、糖質を制限することによって、その治療効果が増強することが示されています。例えば、シクロオキシゲナーゼ-2阻害剤のcelecoxibのがん細胞の転移抑制効果は糖質制限によって増強されました。
以上のような結果から、「糖質制限はがんの発生や増殖を抑制する効果がある」という結論になっています。
【実験系によっては、糖質制限はケトン食と同じレベルの抗腫瘍効果が得られている】
以下のような論文があります。その要旨を日本語に訳しています。
Low-Carbohydrate Diets and Prostate Cancer: How Low Is ''Low Enough''?(低糖質食と前立腺がん:どこまで減らせば十分なのか?)Cancer Prev Res 3:1124-1131, 2010年
【要旨】
糖質摂取が前立腺がんの増殖に影響することは多くの研究で示されている。例えば、前立腺がん細胞をマウスに移植した動物実験で、通常の西欧食(western diet)を与えられたマウスに比べて、糖質摂取をゼロにしたケトン食(no-carbohydrate ketogenic diet: NCKD)で飼育されたマウスでは、移植された腫瘍の増殖が著明に抑制され、生存期間が延長することが報告されている。
人間でこの糖質ゼロのケトン食(NCKD)を長期間実践するのは非常に困難なので、糖質摂取をカロリー比で10%や20%に減らすような低糖質食が、NCKDと同様の抗腫瘍効果を示すかどうかを検討した。
免疫不全のオスのマウス150匹を使い、通常の西欧食(western diet)を自由摂取させ、ヒト前立腺がん細胞 (LAPC-4)を移植し、2週後にランダムに3群に分け、糖質ゼロのケトン食(NCKD)、糖質のカロリー比が10%の食餌(10%糖質食)、糖質のカロリー比が20%の食餌(20%糖質食)のいずれかで飼育した。
腫瘍を移植していないマウス10匹は低脂肪食(脂肪のカロリー比が12%)の自由摂取で飼育し、コントロールとした。
がん組織の体積が1,000 mm3になった段階でした。
摂取カロリー量は十分であったにもかかわらず、低糖質摂取のマウスは、コントロールの低脂肪食のマウスより体重が軽かった。低糖質摂取のマウスの中でも、10%糖質群と20%糖質群に比べて、NCKD摂取のマウスは有意に体重が少なかった。
がん組織の体積は10%糖質群において52日と59日において統計的有意に大きかったが、その他のポイントにおいては差を認めなかった。
低糖質の3群(NCKD、10%糖質、20%糖質)の間で生存期間に差は認めなかった。
インスリン様成長因子-1とインスリン様成長因子結合タンパク質-3の血中濃度は、これら3群の間で差を認めなかった。インスリン濃度は20%糖質群で有意に低下を認めた。
ヒト前立腺がん細胞LAPC-4をマウスに移植した実験モデルにおいて、糖質のカロリー比が10~20%の低糖質食は糖質摂取がゼロのケトン食(NCKD)と同等の生存期間を示した。
この研究グループは以前の実験で、糖質ゼロのケトン食(84% fat–0% carbohydrate–16% protein kcal)が、通常の西欧食(western diet)に比べて、移植した前立腺がんの増殖を著明に低下させるという結果を報告しています。
糖質ゼロで脂肪84%。タンパク質16%というケトン食を人間で長期間実施することが困難なので、今回の実験を行っています。(中鎖脂肪酸を多く利用すれば、脂肪摂取は50~60%に減らすことができ、長期の継続も問題ありませんが、この論文では中鎖脂肪酸を使うケトン食については検討していません。)
この実験を開始するときの著者らの仮説は「10~20%の低糖質の食餌は、糖質ゼロのケトン食よりも抗腫瘍効果は弱いだろう」というものでしたが、実験の結果は、予想に反して、糖質0%と10~20%の糖質摂取の間にこの実験系では差が無かったということでした。
高タンパク質食は腎臓に負担がかかる懸念があります。この論文の中では、腎臓障害のある場合は問題になるが、正常であれば、カロリー比で60%程度のタンパク質を長期間摂取しても問題ないと考察しています。
一般的には、ケトン食に比べて、糖質制限だけでは抗腫瘍効果は弱いと考えられています。しかし、脂肪の摂取を増やすことが困難な場合も多く、糖質制限だけの抗腫瘍効果に期待されています。
摂取カロリーが同じでも糖質摂取量を極端に減らすと体重が減るのは、インスリンの分泌が減少するからかもしれません。インスリンは糖質摂取によって血糖が上がると分泌されます。インスリンは脂肪を増やす作用があるので、肥満のホルモンと言われています。インスリンの分泌が低下すると減量効果があり低インスリンダイエットの根拠にもなっています。
極端な糖質制限や高脂肪食によるケトン食の実施が困難なときは、糖質の摂取量を摂取カロリーの10~20%程度に減らすだけでも効果が期待できます。このとき、中鎖脂肪酸中性脂肪を多めに摂取するとケトン体もある程度はでてきます。厳密なケトン食が実施できないときは、この程度の軽めのケトン食でも抗腫瘍効果は期待できそうです。
進行がんの場合は、10~20%程度の糖質制限か、軽いケトン食を行いながら、がん細胞の解糖系を阻害する2-デオキシグルコースやAMPKを活性化するメトホルミンなどを併用すると、それほど苦痛や困難を感じずに、効果的ながんの治療が行えます。
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