がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
17)がんとの共存や自然退縮を目指す漢方治療
図:がん組織が大きくなると生命力の低下によって死亡する。攻撃的治療でがんが消滅すれば治癒するが、多くの場合、がんの勢いが強いと再燃する。攻撃的治療の副作用で死ぬことも多い。一方、がんの勢いに対して、体の免疫力や体力などの抗がん力が勝れば、延命や共存やがんの自然退縮も期待できる。
17)がんとの共存や自然退縮を目指す漢方治療
【「がん組織を小さくする」ことは、延命の絶対的条件ではない】
抗がん剤の効果を評価するのに、主として奏功率(がんの消失・縮小の度合い)が使われていました。ところが多くの臨床経験から、「腫瘍縮小率の大きさと延命効果は、結びつかない」ことが認識されるようになり、「奏功率の高い抗がん剤が良い」という考えには、多くの疑問が出されています。
腫瘍を早く小さくする「切れ味の良い」化学療法は、患者も医者も治療効果が目に見えるため、安心感と期待を持ってしまいます。一方、長期予後からマイナス要因となる免疫力の低下や抵抗力の低下は、目に見えないため、あまり重視されません。たとえその低下がわかっていても、その結果として起こる「腫瘍再燃の促進」や「日和見感染の発症」という最悪の結果が見えてくるまで、それに対する不安を実感することはありません。
進行がんでも化学療法を使用する医者の言い分として、がんを少しでも縮小させることは延命につながり、痛みなどの症状を抑えることができると述べています。確かに、進行した胃がんや大腸がんでは、抗がん剤を使った方が、使わない場合より平均で数カ月から1年程度生存が延びるという報告もあります。しかし、免疫力や抵抗力といった目にみえない機能の低下によって患者の生活の質(Quality of life,QOL)を悪化させたり、死を速めることも少なくありません。
患者の体力が衰えている場合には、抗がん剤の効果も出にくいことが知られています。免疫力や体力が落ちていると転移や再発が起こりやすくなります。「がん組織を小さくする」ということは延命の絶対的条件ではなく、免疫力や抵抗力など生体防御能も生存期間を決める重要な要因なのです。
【がんを小さくしなくても、延命することはできる】
進行がんに対する治療成績の限界は、現代西洋医学におけるがん治療の考え方に原因があるように私は感じています。それは、「がんは攻撃しないと治らない」という大前提が西洋医学にあって、がんと診断されれば、手術や抗がん剤や放射線治療のように、がん細胞を殺すしか方法がないと考えている点です。
手術や化学療法や放射線療法は、がん細胞そのものを取り除くことのみを目的とすることによって、生体側の体力や免疫力を低下させたり、がんを悪化させる欠点も持っています。再発や転移を促進することもあります。がん細胞を強力に取り除く治療が、必ずしも延命につながらないというジレンマがあるのは、体の抵抗力や治癒力を犠牲にする治療だからです。
このように確実な治療法がない状況の中で、がん治療の1つの考え方として、がんの「休眠療法」という概念が、最近討論されるようになってきました。これは、がん細胞の増殖を停止させて、腫瘍を休眠状態にもって行こうという治療法で、「がんとの共存」を目指す手段といえます。がんの縮小効果の高い抗がん剤治療が、必ずしも延命に結びついていないことから、がんを「小さく」できなくても「大きくしない」あるいは「進行を遅らせる」方法も、がん治療として価値があることが認識されてきたのです。
がんとの共存や休眠療法を実践するためのポイントは、体の抗がん力を犠牲にしないでがん細胞の増殖を抑えることです。この目的においても漢方薬は有用な作用を持っています。
【抗がん生薬は腫瘍縮小率は低いが、縮小率だけにこだわるのは考えもの】
抗がん剤の有効性の判断は、何よりも腫瘍サイズの縮小(奏功率)であり、それも50%以下にならないと有効と判定されません。QOLがいかに改善され、何か月にもわたって腫瘍サイズが不変のような薬剤があったとしても、現行の基準では無効と評価され、治療薬になる可能性はゼロです。
現在使用されている抗がん剤の多くは、もとは植物など天然物から抽出ないし加工されたものなので、生薬の中に抗がん活性を含むものがあっても、不思議ではありません。抗がん剤開発の過程では、多くの薬草の抗がん活性がスクリーニングされてきました。例えば、喜樹という生薬から、きわめて奏功率の高い抗がん物質カンプトテシンがみつかり、現在臨床で使われています。
卵巣がんに有効な抗がん剤として欧米で広く使われているタキソール(一般名パクリタキセル)は、北米原産のセイヨウイチイの樹皮の抽出物から、1960年代に米国で発見された抗がん剤です。
しかし、生薬の抗がん作用のスクリーニングの過程では、がん縮小効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても、延命効果という面から有用な生薬の多くが、見逃されてきました。
抗がん生薬の多くは、腫瘍縮小率から評価すると、化学薬品の抗がん剤の効果にはおよびませんが、腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは、腫瘍の退縮につながります。さらに、腫瘍縮小率がゼロであっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば、延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては、きわめて有用と考えられます。
植物には、カビや細菌を始め外敵から自分を守るための成分を多く含んでいます。そのような殺菌物質には、がん細胞の増殖を抑制する作用を認めることがあります。中国では、抗がん作用を持つ生薬の確認とその臨床的試用が発表されています。従来の伝統的な中薬学の分類綱目のほかに、新たに「抗がん薬」という綱目が付加され、抗がん薬草を解悦する本も出版されています。
【進行がんの自然退縮は数万人に一人?】
大きながんの病巣があっても、いつのまにか自然に消えてしまうことが稀にあります。これを「がんの自然退縮」と呼んでいます。つまり、治療を受けずにがんが自然に消えて無くなることです。非常に小さな早期がんでは、それほど珍しくないという意見もありますが、進行がんの場合は、数万例に1例くらいと考えられています。
この自然退縮を引き起こす状況を、体のなかに再現できれば、がんを治すことができます。そこで、その状況はどのようなものかと、多くの研究者が研究してきました。具体的な方法はまだ見つかっていないのですが、免疫力など体の治癒システムの活性化がカギであることに、多くの研究者は気付いています。
つまり、体の治癒力を十分に高めることができれば、がんとの共存や自然退縮を実現することも可能であり、その手段として漢方治療は極めて有効だと言えます。
(文責:福田一典)
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