296)糖と脂肪とがん(その3):がんとケトン体

図:中性脂肪(トリグリセリド)は脂肪分解酵素(リパーゼ)の働きでグリセロールと脂肪酸に分解され、脂肪酸は細胞のミトコンドリア内でβ酸化を受けてアセチルCoAが産生され、このアセチルCoAがTCA回路(クエン酸回路)で代謝されてエネルギー(ATP)を産生する。飢餓状態などグルコースが枯渇した状態では、脂肪酸の分解が亢進し、肝細胞のミトコンドリアでは、過剰に産生されたアセチルCoAの一部はアセトアセチルCoAを経てアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンに変換される。この3つをケトン体という。アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸は肝細胞から血液に入って他の臓器・組織の細胞に運ばれ、再びアセチルCoAに変換されてTCA回路でATP産生に使われる。ケトン体はグルコースが枯渇したときの代替エネルギー源として、絶食時などで日常的に産生されている。正常細胞(肝細胞と赤血球以外)はエネルギー源としてケトン体を利用できるが、がん細胞はケトン体をエネルギーに変える酵素が欠損しているので、グルコースを減少させ、ケトン体を増やすと、がん細胞だけを兵糧攻めにできる。

296)糖と脂肪とがん(その3):がんとケトン体

【絶食すると脂肪が燃焼する】
血液中には血糖として約100mg/dlの濃度でグルコースが存在します。人間の血液の量は体重の13分の1程度なので60kgの人で約4.6リットル(=46dl)となり、血中に含まれるグルコースの量は5グラム程度です。体内では糖質はグリコーゲンとして貯蔵されており、必要に応じてグリコーゲンが分解してグルコースを血中に放出することによって血糖を維持しています。グリコーゲンはグルコース(ブドウ糖)が多数結合したものです。
グリコーゲンは肝臓や筋肉に貯蔵されていますが、体全体で貯蔵されているグリコーゲンの量は100~300グラム程度です。糖質1グラムは4キロカロリーのエネルギーを産生するので、体内に存在する糖質の総エネルギー量は400~1200キロカロリー程度です。これは、食事をしないと数時間~半日で体内のグルコースは枯渇することを意味します。
一方、体重60kgで体脂肪が20%の人では12kgの脂肪を貯蔵しています。脂肪は1グラムで9キロカロリーのエネルギーを産生するので、約10万キロカロリーのエネルギー量を体脂肪に貯蔵していることになります。これは2ヶ月分くらいのエネルギー量に相当します。
グリコーゲンは、動物の体内でエネルギーを一時的に保存しておくための物質で、脂肪に比べると利用しやすいかわりに、すぐに枯渇する欠点を持っています。一方、脂肪は体積当たりのエネルギー量が糖質より大きく、長期的なエネルギーの保存に適した物質と言えます。
絶食すると体内に蓄積されたグリコーゲンは数時間で無くなってしまいますが、血糖を維持する必要があるので、グルカゴンというホルモンの働きで、ピルビン酸や乳酸や一部のアミノ酸など糖質以外の物質からグルコースを産生します。これを糖新生と言い、肝臓で行われます。
さらに、体に蓄えられている脂肪を分解してエネルギー(ATP)を産生するようになります。脂肪は
グリセロール(グリセリン)1分子と3分子の脂肪酸が結合した構造をしています。糖質の貯蔵が枯渇すると体内の脂肪細胞に貯蔵された脂肪が脂肪分解酵素(リパーゼ)の働きでグルセロールと遊離脂肪酸に分解され、血液に入って他の組織に運ばれます。
グリセロールは肝臓で代謝され、糖新生によってグルコースに変換されます。一方、脂肪酸は筋肉や肝臓や心臓など他の臓器・組織の細胞に運ばれ、そのミトコンドリアで分解(酸化)されてエネルギーを産生します。通常は、細胞が必要なエネルギー(ATP)は、グルコースが解糖系からピルビン酸とアセチルCoAを経てTCA回路(クエン酸回路)へと代謝され、さらに酸化的リン酸化によって産生されます。一方、脂肪酸からエネルギーを産生する場合は、脂肪酸が分解(β酸化)されてアセチルCoAになり、このアセチルCoAがミトコンドリアのTCA回路で代謝されてATPを作り出します。

【脂肪が燃焼するとケトン体が産生される】 
脂肪酸の酸化で作られるアセチルCoAの多くはTCA回路(クエン酸回路)に入りますが、絶食時などグルコースが少ない状況ではアセチルCoAをTCA回路で処理する時に必要なオキサロ酢酸ができないため、TCA回路が十分に回りません。そのためTCA回路で処理できなかった過剰のアセチルCoAは肝臓でケトン体の合成に回されます。すなわち、肝細胞では、脂肪酸が分解されてできたアセチルCoAの一部はアセトアセチルCoAになり、3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル-CoA(HMG-CoA)を経てアセト酢酸が生成され、これは脱炭酸によってアセトンへ、還元されてβヒドロキシ酪酸へと変換されます。このアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンの3つをケトン体と言います。(上図参照) 
脂肪酸と違ってケトン体は水溶性であるため、特別な運搬蛋白質の助けがなくても肝臓からその他の臓器(心臓や筋肉や腎臓や脳など)に効率よく運ばれ、細胞内でケトン体は再びアセチル-CoAに戻され、TCA回路で代謝されてエネルギー源となります。この際、エネルギー産生に使われるのはアセト酢酸のみで、βヒドロキシ酪酸はアセト酢酸に変換されて初めてエネルギー代謝に使用され、アセトンはエネルギー源にはなりません(呼気から排出)。肝臓はケトン体を作り出しますが、ケトン体をエネルギー源として利用できません。肝臓はケトン体を他の臓器・組織のエネルギー源として供給するための工場で、作ったケトン体を自分で消費しないように酵素が欠損しているためです。
飢餓(あるいは絶食)時やインスリン欠乏による糖尿病などでグルコースが利用できない場合、ケトン体が重要なエネルギー源となります。脂肪酸は血液脳関門を通過できませんが、ケトン体は通過できるので、グルコースが利用できない場合の脳の唯一の代替エネルギーとなっています。

【インスリンの作用が正常ならケトン体は無害】
ケトーシス(ケトン症:ketosis)は血中のケトン体が増加した状態です。ケトン体のアセト酢酸とβヒドロキシ酪酸は酸性が強いので、ケトン体が血中に多くなると血液や体液のpHが酸性になります。このようにケトン体が増えて血液や体液が酸性になった状態をケトアシドーシス(ketoacidosis)と言います。
糖尿病性ケトアシドーシスは主に1型糖尿病患者に起こり、インスリンが不足した状態で脂肪の代謝が亢進し、血中にケトン体が蓄積してアシドーシス(酸性血症)を来たし、ひどくなると意識障害を来たし、治療しなければ死に至ります。このように糖尿病の人では血液中のケトン体濃度の上昇は糖尿病の悪化を示すサインとして知られていますので、ケトン体は体に悪い物質と思われる方が多いと思います。しかし実際は、インスリンの働きが正常である限りケトン体は極めて安全なエネルギー源です。肝細胞と赤血球(ミトコンドリアが無い)を除く全ての細胞で利用でき、日常的に産生されているからです。
糖質を普通に摂っている人での血中ケトン体(アセト酢酸とβヒドロキシ酪酸の合計)の基準値は26~122μmol/lです。絶食すると数日で血中ケトン体は基準値の30~40倍もの高値になりますが、インスリンの作用が保たれている限り安全です。一時的に酸性血症(アシドーシス)になることもありますが、血液の緩衝作用によって正常な状態に戻ります。
つまり、ケトン体の上昇が怖いのは、インスリンの作用不足がある糖尿病の場合で、糖尿病性ケトアシソーシスはインスリン作用の欠乏を前提とした病態です断食や糖質制限に伴うケトン体産生の亢進の場合は生理的であり、インスリン作用が正常であれば何の問題もないと言えます。

【ケトン体はがん細胞の増殖を抑える】
食事の糖質を制限して血糖とインスリンの追加分泌を低下させれば、がん細胞の増殖を抑えることができます。ケトン体を増やせば、さらに抗がん作用が強化される可能性があります。がん細胞はケトン体をエネルギー源として利用できないためと、ケトン体自体に抗がん作用があるからです。
がん細胞ではケトン体をエネルギーとして使うための酵素の活性が低下している特徴があります。したがって、糖質を極端に制限しケトン体が増えるような食事をすれば、グルコースが枯渇してがん細胞は弱り、正常細胞はケトン体を利用して活動を続けることができます
また、ケトン体のβヒドロキシ酪酸にはそれ自体に抗がん作用があることが報告されています。培養がん細胞を使った実験で、培養液にβヒドロキシ酪酸を添加すると用量依存的にがん細胞の増殖が抑制されることが報告されています。ケトン体ががん細胞のグルコースの取り込みと代謝を阻害するためだと考えられています。
がん細胞はグルコースの取込みと消費が亢進し、エネルギー産生のほとんどをグルコースに依存しています。一方、がん細胞はケトン体はエネルギー源として利用できず、さらにケトン体自体にがん細胞の増殖を阻害する作用があります。したがって、
血中のグルコースを減らし、ケトン体を増やすことはがん細胞だけを兵糧攻めにできることになります。(下図)

前述のように、グルコースが十分に供給されていると、脂肪酸の分解でアセチルCoAが増えてもTCA回路で代謝されるので、ケトン体は増えませんケトン体を増やすには絶食か小児のてんかんの治療に使われているケトン食を行う必要があります。絶食では、体力低下や栄養障害を起こして、がん治療の目的には限界があります。一方、ケトン食は、極端な糖質制限と高脂肪食で、ケトン体の産生を増やす食事です。絶食をしないで絶食と同じ効果を発揮する食事療法として知られています。小児のてんかんの治療に使われる古典的なケトン食は蛋白質を体重1kg当たり1g、脂肪:糖質+蛋白質の比率を3:1~4:1、つまり食事の75~80%を脂肪にするという極端な高脂肪食です。
肝臓ですぐに分解される中鎖脂肪酸を利用すると、脂肪の割合を60%程度に減らし、糖質を1日40~60g程度摂取しても、ケトン体を大量に産生することができます。
脂肪酸として中鎖脂肪酸の他に、がん予防効果があるω3不飽和脂肪酸(DHAやEPA)を多く使い、タンパク源としてはがんを促進する赤身の肉(牛肉など)は控え、大豆製食品(豆腐や納豆)や魚や卵や鶏肉などを利用すれば、抗腫瘍効果が高まることが報告されています。また、食物繊維やビタミン・ミネラルが豊富で糖質の少ないキノコやモズクやおからを食材に使用することも有用です。脂肪をグリセロールと脂肪酸に分解する消化酵素のリパーゼの製剤を脂肪の多い食事の後に服用すると、さらに脂肪酸の代謝を促進します。中鎖脂肪酸はカルニチンがなくても肝細胞のミトコンドリアに取り込まれますが、長鎖脂肪酸はカルニチンが必要です。サプリメントでカルニチンを摂取することも有用です。
さらに、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してカロリー制限と同じ効果を発揮するメトホルミンは、肝臓での糖新生を阻害する効果もあるので、ケトン食療法にネトホルミンを併用すると抗腫瘍効果を高めることができます。次のような論文があります。

The complete control of glucose level utilizing the composition of ketogenic diet with the gluconeogenesis inhibitor, the anti-diabetic drug metformin, as a potential anti-cancer therapy.(ケトン食と糖新生阻害作用のある抗糖尿病薬のメトホルミンの併用による血糖値の完全なコントロールはがんの治療法として可能性がある)Med Hypotheses. 2011 Aug;77(2):171-3.
【要旨】糖質をカロリーを制限したケトン食はがんの増殖を15~30%低下させる。肝臓や腎臓では糖新生によってグルコースができている。この糖新生を阻害すれば、ケトン体食の抗腫瘍効果を高めることができる。糖新生を阻害する薬として有効なのが糖尿病の治療に使われるメトホルミンで、ケトン食とメトホルミンを併用すると抗腫瘍効果を高めることができる。

この論文の著者にメールで問い合わせると、動物実験では、ケトン食とメトホルミンの併用でう移植腫瘍の増殖を60%阻害したということでした。
人間のがんでケトン食の有効性が報告されているのは、現時点ではグリオブラストマなどの脳腫瘍だけです。しかし動物実験では、前立腺がんや胃がんなど脳腫瘍以外の腫瘍にも有効性が報告されています。
上記のケトン食+メトホルミンについては私自身で実験しています。1ヶ月以上前から、主食(ご飯、パン、麺類)を一切食べず、精製した中鎖脂肪(キッセイ薬品のマクトンオイル)を1日20~40g程度、中鎖脂肪を多く含むココナッツオイルを1日20~40g、調理にはオリーブオイルを多めに使い、ドレッシングにはグレープシードオイル亜麻仁油紫蘇油を多く使い、タンパク源は大豆製品(豆腐、納豆)で1日60~120g程度を摂取するという食事を実践しています。主食を一切省いても、大豆や野菜や魚や肉などにも糖質はある程度含まれています。食品の栄養表示をみながら、糖質の摂取を極力減らし、1日の糖質の摂取量を60グラム以下を目標にしています。カロリーは制限せず、アルコールも糖質の少ないウイスキーや糖質フリーの発泡酒などを制限なく飲んでいます。食物繊維が豊富で糖質をほとんど含まないキノコもずくは多めに食べています。サプリメントとしては、ω3不飽和脂肪酸のDHA/EPAを1日2グラム程度摂取。脂肪の多い食事のあとは、膵消化酵素補充剤のリパクレオンを服用して、脂肪の消化を助けて、脂肪酸の利用を亢進するようにしています。
メトホルミンは数年前から1日500mgを服用しています。糖尿病ではありませんが、AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化して抗老化作用が報告されているため服用しています。
上記のケトン食とメトホルミンで、尿中のケトン体を毎日1~3回ケトスティックで測定し、尿中ケトン体を2+程度に維持するようにしています。
以上のような体内のケトン体産生をわざと増やすような食事療法を行うと、最初の1週間くらいは、脂肪が多いと食後に腹痛がきたり、便秘になったり、倦怠感が出てきます。しかし、食物繊維を多く摂取し消化酵素を利用すると、そのような不快な症状はほとんど経験しなくなります。また、カロリー制限はしていませんが、体重は2kg程度減少し、体調も良い状態を維持しています。
自分の体で実験して、中鎖脂肪を利用したケトン食とメトホルミンの併用は安全で、抗腫瘍効果が期待できる可能性が高いように思います。カロリー制限を行わなくても、絶食と同じような効果が期待でき、ケトン体も産生されます。カロリー制限を行えば、さらにケトン体を増やせますが、がん患者さんの場合、あまり体重を減らすことはデメリットも多いと思います。カロリー制限をせず、糖質制限と中鎖脂肪を利用したケトン食とメトホルミンの併用、さらにがん細胞のグルコース取り込みやワールブルグ効果のシグナル伝達を阻害する作用があるシリマリン267話)、ペントース・リン酸経路を阻害してがん細胞の核酸や脂肪酸の合成を阻害する発酵小麦胚芽エキスのAvemar281話)、嫌気性解糖系を阻害する半枝蓮176話)を使った漢方薬を併用すると、がん細胞の兵糧攻めがさらに増強できると思います。現在存在するがん細胞を消滅させる食事療法として試してみる価値はあると思います。 

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