がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
534)ラパマイシンとグレープフルーツとがんの酸化療法
図:栄養摂取やインスリン、成長ホルモン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると(①)、PI3Kが活性化され、その下流に位置するAktの活性化、mTORC1の活性化と増殖シグナルが伝達される(②)。mTORC1は栄養素の取込みやエネルギー産生、細胞分裂・増殖、細胞生存、抗がん剤抵抗性、血管新生を亢進し、オートファジー(自食作用)を抑制するので、mTORC1の活性化はがん細胞の発生や増殖や転移を促進する方向で働く(③)。ラパマイシンはmTORC1の働きを直接阻害することによって抗がん作用を発揮する(④)。さらに、ラパマイシンは細胞内の活性酸素種の産生を高め(⑤)、酸化ストレスを高めて酸化傷害を引き起こし、細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する(⑥)。活性酸素産生に対して、がん細胞はチオレドキシンやグルタチオンなどの抗酸化システムを亢進して酸化ストレスを軽減する(⑦)。2-デオキシグルコース(2-DG)やケトン食やオーラノフィンはこの抗酸化システムを阻害することによってラマパイシンの抗腫瘍作用を増強する。ラパマイシンはがんの酸化治療の抗腫瘍効果を高める。
534)ラパマイシンとグレープフルーツとがんの酸化療法
【ラパマイシンは免疫抑制と寿命延長と抗がん作用がある】
ラパマイシン(Rapamycin)という薬があります。シロリムス(Sirolimus)という別名で呼ばれることもあります。
ラパマイシンは1970年代にイースター島(モアイ像で有名な南太平洋の島)の土壌から発見されたStreptomyces hygroscopicsという放線菌の一種が産生する有機化合物です。イースター島はポリネシア語で「ラパ・ヌイ(Rapa Nui)」と言い、この「ラパ」と「菌類が合成する抗生物質」を意味する接尾語の「マイシン」とを組み合わせて「ラパマイシン」と名付けられています。
ラパマイシンは臓器移植の際の拒絶反応を防ぐために使用される薬ですが、ラパマイシンには寿命延長効果と抗がん作用が明らかになっっています。ラパマイシンの生体内のターゲット分子が哺乳類ラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin)、略してmTOR(エムトール)という蛋白質です。
寿命を延ばす方法として現時点で最も確実なのがカロリー制限です。カロリー制限とは、栄養障害(ビタミンやミネラルやタンパク質の不足)を起こさずに食事からの摂取カロリーを30%程度減らす食事を行うことです。このカロリー制限には老化を遅延して寿命を延ばし、がんを含めて老化関連疾患の発症を抑制する効果が認められています。
カロリー制限による老化過程の遅延と寿命延長とがん抑制に最も重要な因子がmTORです。mTORの働きを抑制すると老化を抑制し寿命を延ばし、がんを予防することができます。
ラパマイシンの多彩な薬効は、細胞の増殖やエネルギー産生に重要な役割を担っているmTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)に作用することによって発揮されるのです。
【mTORはセリン・スレオニンキナーゼ】
mTORはラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)です。細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。
初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログ(相同体)が見出されてmTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)と命名されました。
mTORにはmTOR複合体1((mammalian target of rapamycin complex 1:mTORC1)とmTOR複合体2(mammalian target of rapamycin complex 2:mTOR2)の2種類があります。
mTORに幾つかの他のタンパク質が結合して複合体を形成しますが、結合しているタンパク質の違いで2種類の複合体ができ、異なる機能を担っています。(下図)
図:mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)は2種類の複合体(mTORC1とmTORC2)として存在する。mTORC1とmTORC2はそれぞれ異なる蛋白質と複合体を形成し、それぞれ異なる機能をもつ。ここに記載されているエフェクタータンパク質は一部であり、もっと多くのタンパク質が関与している。まだ十分に解明されていない部分も多い。 mTORC1はタンパク質翻訳を抑制する4E-BPをリン酸化してその機能を抑制する。また、リボソームの生合成を促進するS6Kをリン酸化して活性化する。これらの作用によってmTORC1は蛋白質合成を促進する。その他、多くの標的タンパク質をリン酸化することによって細胞内のタンパク質合成を促進することによって細胞の増殖や物質代謝を制御する。また、細胞内小器官の消化・再利用に重要なオートファジーを抑制する作用や、低酸素誘導因子-1(HIF-1)を活性化して解糖系を亢進する作用、脂質合成を亢進する作用などもある。このように、mTORC1は栄養素の供給状況や増殖刺激や細胞内のエネルギーの状況などに対するセンサーとして作用し、細胞内の物質代謝やエネルギー産生を調節する中心的な役割を担っている。一方、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御などに関与している。mTORC2はS6K1とAKTの活性化を介して、細胞の寿命を延長するFOXO3aを抑制する作用がある。ラパマイシンはFKBP12と結合し、mTORとraptorの相互作用を阻害することによってmTORC1の活性を阻害する。
【PI3K/Akt/mTORC1経路は細胞の増殖を促進する】
mTORC1は成長因子や、糖やアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御をしています。
インスリンやインスリン様成長因子やロイシンによって活性化されるのはmTORC1の方です。ラパマイシンで阻害されるのもmTORC1の方です。
mTORC1は、糖やアミノ酸などの栄養素の状況、エネルギー状態、成長因子(増殖因子)などによる情報を統合し、エネルギー産生や細胞分裂や生存などを調節しています。
細胞の増殖を促進するシグナル伝達系は複数存在しますが、がん治療において重要なターゲットになっているのがPI3K/Akt/mTORC1経路です。
細胞の増殖というのは、栄養とエネルギーが利用できる状態にあるときに、新たな細胞構成成分(タンパク質、核酸、脂質など)を合成して、細胞の数を増やす生化学的プロセスのことです。
したがって、増殖するためには、細胞を新たに作る材料(栄養素)とエネルギー(糖質や脂質を分解して得られるATP)が必要です。
増殖因子や成長因子やホルモンなどによって細胞増殖の指令(シグナル)が来たときに、栄養素とエネルギーの供給が十分にあることを判断し、タンパク質や脂質の合成を促進して細胞増殖を実行するスイッチを入れるのがmTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1:哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)です。
栄養摂取やインスリン、成長ホルモン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体などを介してPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAkt(別名:Protein Kinase B)というセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。
活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1というわけです。
Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORC1は細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します。ラパマイシンはmTORC1の働きを直接阻害することによって抗がん作用を示します。(下図)。
図:栄養摂取やインスリン、成長ホルモン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると、PI3Kが活性化され、その下流に位置するAktの活性化、mTORC1の活性化と増殖シグナルが伝達される。mTORC1は栄養素の取込みやエネルギー産生、細胞分裂・増殖、細胞生存、抗がん剤抵抗性、血管新生を亢進し、オートファジー(自食作用)を抑制するので、mTORC1の活性化はがん細胞の発生や増殖や転移を促進する方向で働く。ラパマイシンはmTORC1の働きを直接阻害することによって抗がん作用を発揮する。
この経路をPI3K/Akt/mTORC1経路と言い、がん細胞や肉腫細胞の増殖を促進するメカニズムとして極めて重要であることが知られています。
PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されています。
PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害は、抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果や、血管新生を阻害することによってがん細胞の増殖を抑制する効果も報告されています。
低酸素誘導因子-1(HIF-1)はmTORC1によって活性化されるため、mTORC1活性の阻害はHIF-1の活性を阻害することによってがん細胞の代謝異常(解糖系亢進)を正常化する作用があります。
がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORC1が活性化されているため、mTORC1活性を阻害する薬は抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTORC1阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
【ラパマイシンの抗がん作用について】
mTORC1阻害剤でがん治療に使われているものとしてEvelorimus(商品名:アフィニトール)やTemsirolimus(商品名トーリセル)などがありますが、これはラパマイシン誘導体(Rapalogs)です。
ラパマイシンは元々は臓器移植の拒絶反応を予防する免疫抑制剤です。通常、免疫抑制剤はがんの発生率を高めるのですが、ラパマイシンは逆にがんの発生率を顕著に減少させる作用があることが明らかになりました。つまり、腎臓移植や肝臓移植を受けた患者さんを追跡調査するとラパマイシンを服用している患者さんはがんの発生率が極めて低いことが多くの研究で明らかになっています。
ラパマイシンの抗がん作用の研究は数多くあります。例えば、頭頚部扁平上皮がんや皮膚扁平上皮がんの治療や治療後の再発予防にラパマイシンが有効であることを示す報告が多数あります。
頭頚部の扁平上皮がんは日本では、肺がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、膵臓がん、乳がんなどに続いて6から7位くらいに多いがんです。
日本の頭頸部がんの罹患率および死亡率は近年増加しています。頭頸部がんに関しては日本では年間約2万人が発症し、年間約9500人が死亡していると言われています。5年生存率は50%前後でこの30年間ほとんど改善はないということです。
このように治療成績が悪い理由の一つは、頭頚部は体の中でも特にリンパ管やリンパ節が多く存在し、リンパ節転移が起こりやすいためです。診断時に明らかなリンパ節転移の所見がなくても、10~50%の頻度で潜在的なリンパ節転移が存在すると考えられています。
そこで、頭頚部扁平上皮がんの生存率を良くするためには、リンパ節転移を抑制することが重要になります。
頭頚部扁平上皮がんの80%以上で、Akt/mTORシグナル伝達系の活性が亢進していると報告されています。
mTORは上皮細胞成長因子受容体(EGFR)の発現量と活性を高めます。mTORC1はリンパ脈管新生を促進し、リンパ節転移を増やす作用があります。したがって、ラパマイシンは扁平上皮がんの増殖や転移を抑制する効果が期待できます。
がん細胞ではがん抑制遺伝子のp53の変異が高頻度で起こっており、p53の変異があるがん細胞は治療に抵抗性を示します。ラパマイシンはp53の変異をもつがん細胞にも有効であることが報告されています。
多くの研究結果から、頭頚部の扁平上皮がんや皮膚がんの治療や、再発リスクの高い場合の再発予防にmTORC1阻害剤のラパマイシンを積極的に使用するメリットはありそうです。その他の多くの種類のがんについても、ラパマイシンが抗腫瘍効果を示すことが報告されています。
【他のがん治療との併用における安全性】
その作用機序から、ラパマイシンは抗がん剤治療や放射線治療の効き目を高める可能性が高いと言えます。その理由は、mTORC1を阻害すると、がん細胞は同化(物質合成)が阻害されるので、ダメージを回復できないからです。
そこで問題は、抗がん剤や放射線治療と併用した場合の安全性です。前述のように副作用が軽減する可能性が指摘されていますが、今まで行われている臨床試験の結果を調べておくことが必要です。
Phase I study of vinblastine and sirolimus in pediatric patients with recurrent or refractory solid tumors.(再発あるいは治療抵抗性の固形がんの小児患者におけるビンブラスチンとシロリムスの併用療法の第1相試験)Pediatr Blood Cancer. 61(1): 128-33, 2014年
シロリムス(Sirolimus)というのはラパマイシンの別名で同じ物質です。この臨床試験では再発性あるいは治療抵抗性の固形がん(脳腫瘍を含む)の患者14人(平均年齢8.7歳: 2.3歳から19歳)を対象にして、シロリムス(ラパマイシン)は血中濃度が10~15ng/mlになるように調整しながら経口投与で行い、ビンブラスチンとの併用を実施しています。
毒性はビンブラスチンの最高用量でグレード3の口腔粘膜炎が1例に認められました。骨髄抑制が最も頻度の高い副作用でした。
1mgのラパマイシンの服用当たり血中濃度は約2ng/ml上昇しています。28日目には血中の可溶性血管内皮増殖因子受容体(sVEGFR2)が顕著に低下し、血管新生の阻害作用が認められています。
治療効果が検討できた11例のうち部分奏功が1例、3ヶ月以上の病状安定が3例に認められました。
この論文の結論は「mTOR阻害剤とビンクリスチンの併用療法は長期間の投与でも安全であり、血中を循環している血管新生を促進する因子(VEGFR2)を減らし、奏功率を高めた。」と言っています。
A phase I study of decitabine and rapamycin in relapsed/refractory AML.(再発/治療抵抗性の急性骨髄性白血病に対するデシタビンとラパマイシンの併用療法の第1相試験)Leuk Res. 37(12): 1622-7, 2013年
この臨床試験では再発して治療抵抗性になった成人の急性骨髄性白血病患者12名を対象、メチル化阻害剤のデシタビンという抗がん剤を5日間投与(20mg/体表面積1平方メートル)し、その後20日間(day 6 to day 25)ラパマイシンを1日2mg,4mg, 6mgで投与しています。4例にグレード3の口腔粘膜炎を認めた以外には目立った副作用は認めなかったという結果が報告されています。
Clinical activity of mTOR inhibition in combination with cyclophosphamide in the treatment of recurrent unresectable chondrosarcomas.(再発した切除不能の軟骨肉腫の治療におけるmTOR阻害剤とシクロフォスファミドの併用療法の臨床的有効性)Cancer Chemother Pharmacol. 70(6):855-60. 2012年
軟骨肉腫は稀な腫瘍で、外科切除で腫瘍を取り除くことが最も基本的な治療です。再発したり大きくなって切除ができない場合は、抗がん剤や放射線治療が行われますが、軟骨肉腫は抗がん剤や放射線に感受性が低いので、外科切除の対象にならない場合は、極めて予後不良となります。
この論文では、このような再発性の切除不能の進行した軟骨肉腫の患者10例を対象にして、ラパマイシン(シロリムス)とシクロフォスファミドを併用した抗がん剤治療の効果を検討しています。
その結果、1例では腫瘍の縮小がみられ、6例では6ヶ月以上の進行停止がみられ、3例が病状進行という結果でした。無増悪生存期間の中央値は13.4ヶ月(3から30.3ヶ月)でした。大きな副作用は認めなかったということです。
切除不能の軟骨肉腫の抗がん剤治療としてラパマイシンとシクロフォスファミドは有望な組合せであると、この論文の結論で述べています。
【ラパマイシンはがんの酸化療法の効果を高める】
ラパマイシンはmTORC1の働きを直接阻害するので、顕著な抗腫瘍効果が期待できそうに思います。
しかし、細胞には、一つのシグナル伝達系が阻害されると、フィードバック機構によって他のシグナル伝達系が亢進して、その阻害作用をキャンセルするメカニズムが作動します。例えば、mTORC2によるAkt活性の亢進などが起こります。
すなわち、副作用が耐えられる用量のラパマイシンあるいはラパマイシン類縁体でmTORC1を阻害しても、強力なフィードバック機構によって、増殖促進系の他の複数のシグナル伝達系が活性化されて、mTORC1阻害による抗腫瘍効果をキャンセルしてしまうのです。
そこで、ラパマイシンの抗腫瘍効果を高める治療法と併用することが重要になります。
がんの代替医療では、がん細胞に酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させる「酸化療法」が注目されています。(526話、532話参照)
ラパマイシンががん細胞の活性酸素の産生を増やす作用が報告されています。以下のような報告があります。
Synergistic antitumor activity of rapamycin and EF24 via increasing ROS for the treatment of gastric cancer. (胃がんの治療においてラパマイシンとEF24は活性酸素種の産生を増やすことによって相乗的な抗腫瘍活性を示す)Redox Biol. 2016 Dec;10:78-89.
この研究で使われているEF24はクルクミン誘導体でチオレドキシン還元酵素阻害作用があり、がん細胞内で活性酸素種の産生を高める作用があります。
チオレドキシンとは、分子内に酸化還元活性を有するSH基を持つ抗酸化酵素で、活性酸素から細胞を保護する作用を示すほか、細胞内シグナル伝達にも関与する多機能たんぱく質です。細胞内における主要な抗酸化機構の一つであり、細菌からヒトに至るまで普遍的に存在しています。チオレドキシン・システムは、チオレドキシン、チオレドキシン還元酵素、NADPHより構成されます。
還元型チオレドキシンは、酸化された標的タンパク質に結合し、標的タンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基は酸化されます。酸化型チオレドキシンは、NADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、 再び還元型に戻ります。NADPHはペントースリン酸回路で産生されます。
図:チオレドキシン(Trx)は活性部位の2つのシステイン基の間でジスルフィド(S-S)結合を作る酸化型とジチオール(-SH-SH)を作る還元型が存在する。還元型チオレドキシンは酸化された標的タンパク質に結合してタンパク質のジスルフィド結合(S-S)をチオール基(-SH)に還元し、チオレドキシン自身のチオール基(-SH)は酸化されてジスルフィド(S-S)になる。酸化型チオレドキシンはNADPHの存在下でチオレドキシン還元酵素の作用により還元され、再び還元型に戻る。NADPHはペントースリン酸回路で産生される。
チオレドキシン還元酵素を阻害する作用は、細胞の抗酸化力を弱め、細胞内の酸化ストレスを高める作用があります。
この論文では、ラパマイシンと活性酸素種発生剤を併用すると抗がん作用を高めることができるという実験結果を報告しています。
ラパマイシンが胃がん細胞において活性酸素種の産生を高める作用があり、チオレドキシン還元酵素阻害剤のEF24を併用すると、活性酸素の発生量が増えて、がん細胞のアポトーシスが増えるというメカニズムです。
この実験系に抗酸化剤(N-アセチルシステイン、カタラーゼ)を添加すると、アポトーシスが起こらないことから酸化ストレスの亢進による細胞死であることを証明しています。
がん細胞の活性酸素の産生を高めることが治療法として有効であることを強調しています。
リュウマチ治療薬のオーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害する作用があります(424話、509話参照)。2-デオキシグルコースやケトン食はペントース・リン酸回路でのNADPHの産生を阻害します(510話参照)。
図:オーラノフィンはチオレドキシン還元酵素を阻害し、2-デオキシグルコースとケトン食はNADPHの産生を阻害して、抗酸化力を低下させる。
また、2−デオキシグルコース、ビタミンD3、フェノフィブラートはチオレドキシン相互作用タンパク質の発現を亢進します。このチオレドキシン相互作用タンパク質は、チオレドキシンに結合してチオレドキシンの活性を阻害する内因性たんぱく質です。(515話参照)
したがって、オーラノフィン、2−デオキシグルコース、ビタミンD3、フェノフィブラート、ケトン食は、がん細胞のチオレドキシンの抗酸化活性を低下させることによって、酸化ストレスを高めます。
がん細胞に酸化ストレスを高める治療(ケトン食、ジクロロ酢酸、メトホルミン、2-デオキシグルコース、オーラノフィン、ジスルフィラム、など)とラパマイシンの併用の可能性が示唆されています。(がんの酸化治療についてはこちらへ。)
がん細胞の解糖系とmTORC1をターゲットにしたがん治療としてメトホルミンとラパマイシンと2-デオキシ-D-グルコースとジクロロ酢酸ナトリウムの組合せに糖質制限あるいはケトン食の併用は理論的には抗腫瘍効果を期待できます(下図)。実際に進行がんで複数の有効例を経験しています。
図:がん細胞のエネルギー産生系(解糖系と酸化的リン酸化)とmTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)をターゲットにすると、がん細胞の増殖を抑制できると同時に正常細胞の老化を抑制し寿命を延ばす可能性が老化研究から示唆されている。老化研究で寿命を延ばす作用が検討されてるラパマイシン、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)、カロリー制限(あるいは糖質制限やケトン食)、ジクロロ酢酸の組合せは、がんと共存しながら寿命を延ばす治療法といえる。
【ラパマイシンの副作用に基づいた投与量の決定法】
ラパマイシンは最初に発見されたmTOR阻害剤です。
ラパマイシンは臓器移植の拒絶反応を抑える薬として欧米で使用されていますが、がんの治療薬としては使用されていません。しかし、動物実験では抗腫瘍効果が認められています。
ラパマイシンのあとに開発されたラパマイシン誘導体(EvelorimusやTemsirolimus)はがん治療薬として使用されています。
代替医療でラパマイシンをがん治療に使用するメリットは、ラパマイシンはすでに特許が切れているために、ジェネリック医薬品が比較的安価に入手できることです。
新薬のラパマイシン誘導体はまだ特許があるので、ジェネリック医薬品が使えないので自費で使用すると極めて高価になります。
そこで、ラパマイシンをがんの酸化治療や抗がん剤治療と併用するという代替療法が考えられます。
ラパマイシンは消化管からの吸収率が比較的低く、個人差も大きいので、投与量の調整が難しいという問題があります。ラパマイシンは小腸粘膜上皮細胞や肝臓でCYP3A4酵素によって代謝されます。
抗がん作用を強めるためには服用量を増やす必要がありますが、服用量を増やすと副作用が出やすくなります。そこで、副作用を指標にして服用量を調節するという方法が推奨されています。以下のような報告があります。
Pharmacodynamic-Guided Modified Continuous Reassessment Method–Based, Dose-Finding Study of Rapamycin in Adult Patients With Solid Tumors(固形がんを有する成人患者における、薬物動態を指標にした継続的再評価改良法によるラパマイシンの服用量を見いだす研究)J Clin Oncol. 2008 Sep 1; 26(25): 4172–4179.
副作用を指標に服用量を調整するという方法論を述べています。
固形がんに対するラパマイシンの経口投与の場合の用量の基準は6mg/日です。
用量を増やせば、抗腫瘍効果は高まりますが、副作用も強くなります。したがって、副作用が強く出ないレベルに服用量を調節すると、ラパマイシン治療の効果を最大にできるという考えです。
投与量の判定に参考になる副作用は、高血糖、高脂血症(中性脂肪・コレステロールの上昇)、トランスアミナーゼ上昇(GOT/GPT)、貧血、白血球減少(好中球減少)、血小板減少、口腔粘膜炎、下痢です。
つまり、ラパマイシン服用中は血液検査を時々行って、「赤血球、白血球、血小板、トランスアミナーゼ(GOT/GPT)、血糖、中性脂肪、コレステロール値に軽度の異常がでたら服用量を減らす」、「重度の異常の場合は、しばらく中止」という判断基準で使用すれば、比較的安全に有効量を投与できるということです。
本来であれば、血中濃度を測定して服用量を調整するのが良いのですが、日本ではラパマイシンの血中濃度を測定できるところは少ない(ほとんど無い)ので、がん治療においては、副作用を基準にして服用量を調節する方法が現実的です。
【グレープフルーツジュースを飲むとラパマイシンの服用量を節約できる】
副作用を指標に投与量を調整する方法を採用すれば、ラパマイシンの薬物酵素を阻害する方法を併用すると、ラパマイシンの服用量を節約できます。
ラパマイシンは薬物代謝酵素のシトクロムP450のCYP3Aで分解されます。したがって、CYP3Aを阻害するグレープフルーツジュースやシメチジンやケトコナゾールを併用すると、ラパマイシンの血中濃度を高めることができます。
週1回のラパマイシン投与の研究では、通常の投与量が90mg/週がケトコナゾールとの併用で16mg、グレープフルーツジュースとの併用で35mgに減らせるという報告があります。
ケトコナゾールやシメチジンのようにイミダゾール環やヒドラジン基を持つ窒素原子含有化合物は、シトクロムP450の活性中心であるヘム鉄へ配位することにより、酵素阻害作用を示します。この阻害は可逆的で、シトクロムP450の分子種に非特異的です。
イミダゾール環を持つ薬には、H2受容体拮抗薬のシメチジン(商品名:タガメット)や、アゾール系抗真菌剤のケトコナゾール(商品名:ニゾラール)、ミコナゾール硝酸塩(商品名:フロリード)、イトラコナゾール(商品名:イトリゾール)、フルコナゾール(商品名:ジフルカン)があります。
抗真菌剤のケトコナゾール、ミコナゾール、イトラコナゾール、フルコナゾールは多くのP450分子種を阻害しますが、特にCYP3A4に対する阻害作用が強いので、CYP3A4によって代謝される薬との併用に注意しなければなりません。
シメチジンはどのP450分子種も非特異的に阻害します。
グレープフルーツジュースもCYP3A4を阻害するので、グレープフルーツジュースの摂取を控えるように注意される医薬品は多数あります。
安全域の狭い薬であるカルバマゼピン(商品名:テグレトール)、フェニトイン(商品名:アレビアチン)、テオフィリン(商品名:テオドール)、リドカイン塩酸塩(商品名:キシロカイン)、ワルファリン(商品名:ワーファリン)の血中濃度を上昇させ薬効を強める危険が高いので、グレープフルーツジュースやシメチジンやケトコナゾールなどの併用は避けるように注意されています。
しかし、このような安全域が狭く、CYP3A4で分解される医薬品を服用していなければ、ラパマイシン服用中にグレープフルーツジュースやシメチジンやケトコナゾールなどを併用すれば、薬の効き目を高めたり、服用量を減らして費用を節約することもできます。
ラパマイシンの生体利用率は低いので、分解を阻害する方法で血中濃度を高め、副作用を注意深く観察して、副作用を指標に服用量を調節する方法は現実的です。
グレープフルーツジュースを飲むと、小腸粘膜のCYP3A4のたんぱく質レベルは数時間以内に減少し始めます。
ラパマイシンと同時に服用したり、ラパマイシンを服用する4時間前くらいにグレーフルーツジュースを飲むと、効果を最大限にできます。
その効果(グレープフルーツジュースによる小腸粘膜のCYP3A4の阻害効果)の半減期は12時間程度と報告されています。
グレープフルーツジュースを使うメリットは毒性が無いことです。
グレープフルーツジュースを摂取するとラパマイシンの生体利用率(バイオアベイラビリティ)は350%くらいに上昇できるという報告もあります。
ラパマイシンは半減期が長いので、週1回の投与でも効果が期待できます。
繰り返しになりますが、この方法を使うときには、他の薬を服用しているときにはその薬の効果が高くなって、副作用が強くなる場合もあるので、十分な注意が必要です。
グレープフルーツジュースとの併用で注意が必要な医薬品は多数あります。したがって、他の医薬品を服用中は添付文書などで「グレープフルーツを飲まないこと」という記述がないことを確認しておく必要があります。
(がんの代替医療では、医薬品の血中濃度を高める目的でグレープフルーツジュースや胃薬のシメチジンを故意に使用することがあります。他の医薬品を服用しているときは、個々の医薬品の代謝酵素を調べることが必要です。)
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