459) マラリアとアルテミシニンとノーベル賞

図:中国の女性科学者の屠呦呦(Tu Youyou)博士は、2011年のラスカー賞受賞に続いて、2015年度のノーベル医学生理学賞を受賞した。屠博士は、古くからマラリアの治療に利用されてきた青蒿(Artemisia annua)という薬草から活性成分としてアルテミシニン(Artemisinin)を発見した。アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)は、現在マラリアの治療薬として世界中で使用されている。さらに、抗がん作用があることから、がんの代替医療にも使用されている。

459) マラリアとアルテミシニンとノーベル賞

【アルテミシニンとトゥーユーユー(Tu Youyou)博士とノーベル賞】
今年のノーベル医学・生理学賞は、感染症治療薬の開発に功績のあった、大村智博士ウィリアム・キャンベル博士屠呦呦(Tu Youyou)博士の3人に授与されました。
屠呦呦(Tu Youyou)博士は、マラリアの治療薬として世界中で使用されているアルテミシニンを発見した中国の女性科学者です。
屠博士は、古くからマラリアの治療に利用されてきた青蒿(Artemisia annua)という薬草から、抗マラリアの活性成分としてアルテミシニン(Artemisinin)を発見しています。この功績がノーベル賞受賞の理由です。
伝統医学や民間療法で使用されている薬草から活性成分を見つけ、それを医薬品として開発する研究は世界中で行われており、多くの医薬品が開発されています。
その薬が何億人も救うようなものだと、ノーベル賞を受賞する功績になるというわけです。
ベトコンを援助するために中国軍がベトナム戦争に従軍しましたが、密林でマラリアに感染して病死する兵士が多く、そこで毛沢東の命令でマラリヤの治療薬の開発が国家プロジェクトとして1967年に開始されました。その指揮を取ったのが、当時37歳の屠博士でした。
屠博士は、中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていた青蒿という薬草に着目し、1970年代にその薬効成分のアルテミシニン(Artemisinin)を分離し、アルテミシニンやその誘導体のアルテスネイト(Artesunate)アルテメーター(Artemether)の抗マラリア薬としての有効性を確認しました。
マラリアは、熱帯・亜熱帯地域の70ヶ国以上に分布し、全世界で年間3~5億人、死者は100~150万人と言われる感染症ですので、その治療薬としてのアルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体の開発は、ある本では「伝統薬から開発された医薬品としては、20世紀後半における最大の業績」という表現がなされているほど、医学において重要な成果だと言われています。
屠博士が4年前(2011年9月)にラスカー賞(アメリカ医学会最高の賞)を受賞したとき、このブログでは「アルテミシニンと屠呦呦(トゥーユーユー)博士とラスカー賞」というタイトルで屠博士を紹介しています。(251話参照)(このページはノーベル医学生理学賞が発表された10月5日は2000以上のアクセスがありました。)

【アルテミシニンおよびその誘導体の抗がん作用】

青蒿(セイコウ:Artemisia annua)はキク科の薬草で、中国伝統医学でマラリアなど様々な感染症や炎症性性疾患の治療に古くから使用されていました。
抗マラリア作用の活性成分がアルテミシニン(Artemisinin)で、その効果を高めたアルテスネイト(Artesunate)とアルテメーター(Artemether)という2種類の誘導体が合成されています。これらは現在、マラリアの治療薬として世界中で使用されています。
アルテスネイトは水溶性で、抗マラリア作用や抗がん作用はアルテミシン誘導体の中で最も高いと考えられています。毒性が極めて低いので、副作用がほとんど無いのが特徴です。しかし、体内での半減期が比較的短いという短所もあります。

アルテメーターは脂溶性で、アルテスネトより体内の半減期は長く、血液脳関門を容易に通過するので、脳マラリアや脳腫瘍にも効果があります。しかし、高用量を使用すると神経毒性が現れるという副作用があります。

アルテミシニンは、アルテスネイトとアルテメーターの2つの中間的な半減期をもち、血液脳関門も通過します。
米国では、これら3種類の成分を含有する製品がサプリメントとして販売されています。
アルテミシニンおよびその誘導体(アルテスネイト、アルテメーター)はマラリア原虫を死滅させる作用があるので、マラリアの治療薬として使用されていますが、がん細胞を死滅させる作用も報告されており、がんの代替医療でも15年くらい前から文献で報告が見られます。
培養がん細胞を使った実験でアルテミシニンやアルテスネイトががん細胞を死滅させる作用や、がん細胞を移植した動物実験で、がんを縮小させる効果が報告されています。
さらに、抗腫瘍作用を示す投与量で、正常細胞に対する毒性が低く、副作用がほとんど無いという特徴を持っています。
アルテスネイトは昔からマラリアの治療に使われていた生薬の成分で、その安全性や副作用が軽度であることが確かめられています。

最近の研究では、アルテスネイトなどのアルテミシニン誘導体は多彩な作用メカニズムで抗腫瘍効果を発揮することが報告されています。
がん細胞内でフリーラジカルを産生して酸化ストレスを高める作用、血管新生阻害作用、DNAトポイソメラーゼIIa阻害作用、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達系に影響する作用などが報告されています。

詳細は以下のサイトで解説しています。

http://www.1ginzaclinic.com/artemisinin.html

アルテミシニン誘導体の抗腫瘍効果の検討は増えており、臨床試験も行われています。最近の論文で以下のような報告があります。

A Randomised, Double Blind, Placebo-Controlled Pilot Study of Oral Artesunate Therapy for Colorectal Cancer.(大腸がんに対する経口アルテスネイト治療の無作為化二重盲検プラセボ対照の予備試験)EBioMedicine. 2014 Nov 15;2(1):82-90. 

【要旨】
研究の背景:抗マラリア薬として使用されているアルテスネイトは、培養細胞や動物を使った実験や症例報告において、その広い抗がん活性が報告されている。しかし、厳密な臨床試験での抗腫瘍活性の検討はまだ報告がない。
目的:結腸直腸がんに対する経口アルテスネイトの抗腫瘍作用と安全性を検討する目的で臨床試験を行った。
方法:単一施設における無作為化、二重盲検プラセボ対照試験を実施した。生検(バイオプシー)で診断が確定され、根治手術が予定されている結腸直腸がんの患者23例を対象にして、無作為の2群に分け、12例は1日200mgのアルテスネイトを手術前14日間経口摂取し、11例はプラセボ(偽薬)を服用した。
切除腫瘍を病理学的に検査し、がん細胞のアポトーシスの頻度、VEGF、EGFR、c-MYC、CD31、Ki67、p53の発現レベル、臨床的奏功性を評価した。
結果:腫瘍組織においてアポトーシスを起こしているがん細胞の割合が7%以上であった症例は、アルテスネイト群で67%、プラセボ群で55%であった。42ヶ月間の追跡で再発を認めたのはアルテスネイト群で1例、プラセボ群で6例であった。
結論:アルテスネイトは結腸直腸がんに対して抗腫瘍活性を示し、安全性も問題なかった。

少数例の検討ですので、断定的なことは言えませんが、大腸がんにアルテスネイトを経口摂取することによってがん細胞の細胞死が増え、手術後の再発を予防する効果が示唆されています。

【アルテスネイトはフェロトーシス(Ferroptosis)を誘導する】
アルテスネイトは分子の中に鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するendoperoxide bridge を持っており、がん細胞は鉄を多く取り込んでいるので、その鉄と反応してフリーラジカルを産生してがん細胞を死滅させるという作用機序が提唱されています(下図)。

図:アルテスネイトは鉄イオンと反応してフリーラジカルを産生するendoperoxide bridge を持っている。がん細胞は正常細胞に比べて鉄を多く含むので、がん細胞を選択的に傷害することができる。
 
 
がん細胞で活性が亢進している転写因子の低酸素誘導性因子-1(HIF-1)トランスフェリン受容体の発現を高めます。トランスフェリンは鉄イオンを結合して運搬するタンパク質で、トランスフェリン受容体はトランスフェリンと鉄を細胞内に取り込む受容体です。
鉄は細胞増殖に必要なため、がん細胞はトランスフェリン受容体を多く発現して鉄を多く取り込んでいます。細胞分裂の早いがん細胞ほど鉄を多く取り込んでいると言われています。
したがって、がん細胞内の鉄と反応してフリーラジカルを発生するアルテスネイトは、正常細胞を傷つけずにがん細胞に選択的に傷害を与えることができます
アルテスネイトによってがんや肉腫が縮小した臨床報告があり、人間における腫瘍にたいしても有効であることが報告されています。
進行した非小細胞性肺がんの抗がん剤治療にアルテスネイトを併用すると抗腫瘍効果が高まることが、中国で行われたランダム化比較試験で報告されています。
がん細胞内でフリーラジカルを産生して酸化ストレスを高める以外に、血管新生阻害作用、DNAトポイソメラーゼIIa阻害作用、細胞増殖や細胞死のシグナル伝達系に影響する作用なども報告されています。
最近の報告ではアルテスネイトがフェロトーシス(Ferroptosis)という細胞死を誘導することが注目されています。
細胞死の初期機構として,アポトーシス,ネクローシス,オートファジーがあります。
アポトーシス(Apoptosis)は正常細胞が老化して新しい細胞に置き換わるような、生体の細胞回転で使われる細胞死のパターンです。生体では1日に約200分の1の細胞がアポトーシスで死滅し、再生した新しい細胞が補っています。このような細胞交代型の細胞死では、免疫細胞や炎症細胞が気づかないような死に方をします。
一方、脳梗塞や心筋梗塞のような虚血や、火傷や毒物による細胞傷害では、壊死(ネクローシス)という細胞死を起こして、細胞が崩壊して炎症反応が引き起こされます。
オートファジー(autophagy)は細胞内の構成成分を分解するための細胞機能で、このオートファジーが関与するプログラム細胞死をオートファジー細胞死と呼んでいます。
このように細胞はいろんなメカニズムや方法で死滅します。細胞死のメカニズムはこの3つだけではありません。
最近、フェロトーシス(Ferroptosis)という細胞死が提唱されています。フェロトーシスは,細胞死の1つの機構と考えられていますが,アポトーシスやネクローシスやオートファジーの3つの細胞死とは異なる特徴を有します。
フェロトーシスでは,鉄依存的な活性酸素種の発生と過酸化した脂質の蓄積によって,細胞死が起こります。「フェロ」は鉄を意味します。
細胞内の鉄に依存する機構であり,ほかの金属類には依存しません。
アルテスネイトをがん治療に使うときに、アルテスネイト服用の数時間前に鉄剤を服用するとアルテスネイトの抗腫瘍作用が増強することが15年くらい前から報告されています
がん細胞では鉄の取込みが亢進しており、この細胞内の鉄にアルテスネイトが反応して細胞内で活性酸素を産生させ、細胞傷害を引き起こすと考えられています。
以下のような論文が今月発表されています。
 
Artemisinin derivatives induce iron-dependent cell death (ferroptosis) in tumor cells. (アルテミシニン誘導体は腫瘍細胞に鉄依存性細胞死(フェロトーシス)を誘導する)Phytomedicine. 2015 Oct 15;22(11):1045-54.
 
【要旨】
研究の背景:抗がん作用のある合成成分や天然物の作用機序を解明する目的で、アポトーシスやその他の種類の細胞死のメカニズムが研究されている。最近、細胞死の新しいメカニズムとして「フェロトーシス(ferroptosis)」と呼ばれる細胞内の鉄に依存した細胞死が注目されている。本研究では、10種類のアルテミシニン誘導体の細胞傷害活性における細胞内の鉄の代謝と恒常性に関わる遺伝子の役割を系統的に検討した。
材料と方法:10種類のアルテミシニン誘導体(artesunate, artemether, arteether, artenimol, artemisitene, arteanuin B, another monomeric artemisinin derivative and three artemisinin dimer molecules)の60種類のがん細胞株に対する50%増殖阻害濃度(IC50)を検討した。それぞれの細胞株の鉄代謝関連の30種類の遺伝子の発現量を検討した。
鉄のキレート剤のdesferoxamineやフェロトーシスの阻害剤のferrostatin-1による影響を検討した。トランスフェリン受容体タンパク質の発現量は免疫染色法で評価した。
結果:トランスフェリン、トランスフェリン受容体1と2、セルロプラスミン、ラクトフェリンなど鉄代謝関連の遺伝子の発現量は、アルテミシンの細胞傷害活性と相関していた。フェロトーシス阻害剤のferrostatin-1と鉄のキレーター(結合して働きを阻害する物質)のdeferoxamineはアルテミシニン誘導体によるがん細胞死を阻害した。これらの結果は、アルテミシン誘導体によるがん細胞の細胞死にフェロトーシスのメカニズムが関与していることを示唆している。
結論鉄代謝に関連する遺伝子の発現量が多いがん細胞ほど、アルテミシニン誘導体による細胞死が起こりやすい。アルテミシニン誘導体はがん細胞にフェロトーシスを誘導する作用を持ち、がん治療への応用が期待される
がん細胞の鉄関連の遺伝子の発現量を検査することは、アルテミシニン誘導体の治療効果の予測に役立つ。アルテミシニン誘導体によるフェロトーシスの誘導は、がん治療としてさらに検討する必要がある。
 
次のような報告もあります。
 
Identification of artesunate as a specific activator of ferroptosis in pancreatic cancer cells.(膵臓がん細胞におけるフェロトーシスの選択的活性剤としてのアルテスネイトの同定)Oncoscience. 2015 May 2;2(5):517-32. eCollection 2015.
【要旨】
がん遺伝子のKRasの活性化は、膵臓がん細胞のアポトーシス抵抗性を高める。したがって、膵臓がん細胞の細胞死を誘導する治療が重要である。
アルテスネイトは抗マラリア薬として使用されているが、様々な種類のがん細胞にプログラム細胞死を誘導することが報告されている。アルテスネイトはがん細胞内で活性酸素種の産生を高めることによって細胞死を誘導する作用メカニズムが示されている。
本研究では、アルテスネイトが膵臓がん細胞において活性酸素種とリソゾームの鉄に依存するメカニズムで細胞死を誘導することを明らかにした。
KRasを恒常的に発現している膵臓がん細胞において、アルテスネイトは強い細胞傷害活性を示した。アルテスネイトは非腫瘍性の膵管上皮細胞に対しては細胞傷害作用を示さなかった。
アルテスネイトによる細胞死はアポトーシスでも壊死(ネクローシス)でもなく、フェロトーシス(ferroptosis)であった。ファロトーシスは最近になって明らかになった細胞死のメカニズムで、活性酸素種や鉄に依存するプログラムされたネクローシス(壊死)の一種で、特にRasが活性化した細胞で引き起こされることが知られている。
アルテスネイトを添加した培養液にフェロトーシス阻害剤のferrostatin-1を添加すると、アルテスネイトで誘導される脂質過酸化と細胞死が阻止され、細胞は長期間生存し増殖した。
アルテスネイトによるフェロトーシスの活性化は膵臓がんの治療法として新規で有効な治療法となる可能性がある。
 
フェロトーシス(Ferroptosis)という言葉は2012年のCellの論文で初めて提唱されています。
 
Ferroptosis: an iron-dependent form of nonapoptotic cell death.(フェロトーシス:鉄依存性の非アポトーシス性の細胞死)Cell. 2012 May 25;149(5):1060-72. 
 
CellはNatureやScienceと並ぶ超一流の生物系学術雑誌ですので、フェロトーシスの研究の重要性が示唆されます。
アルテスネイトが鉄依存性に細胞死を誘導することは15年以上前の論文で報告されています
私がクリニックを開業した13年前、私のがんの代替医療は、漢方薬とアルテスネイトとCOX-2阻害剤のセレブレックスの組合せからスタートしています。
その後、100種類以上の補完代替医療を試し、効果を実感できないものはリストから脱落していきます。
患者さんに使ってもリピートがないと、在庫を抱える結果になるので、次第に使わなくなります。
そのような判断基準で、現在も残って治療に使用している治療法は、それなりに効果があることを示唆しています。
アルテスネイトは現在でもがんの代替医療の中心になっています。臨床例の経験からアルテスネイトはがんに効くと言えます。
下図にアルテスネイトの作用メカニズムをまとめています。
 
 

図:①がん細胞は低酸素やPI3K/Akt/mTORシグナル伝達系亢進によって低酸素誘導性因子-1(HIF-1)の活性が亢進している。②HIF-1は血管新生を亢進する。③さらに、鉄を細胞内に取り込む受容体であるトランスフェリン受容体の発現を亢進し、鉄の取込みを増やす。⑤アルテスネイトは血管新生を阻害する。⑥アルテスネイトは細胞内の鉄と反応して活性酸素の産生を高め、細胞傷害を引き起こし、⑦フェロトーシスという細胞死を引き起こす。⑧HIF-1はピルビン酸脱水素酵素キナーゼの発現を亢進し、ピルビン酸脱水素酵素の活性を阻害して、ミトコンドリアでの好気性代謝を阻害し、⑨解糖系を亢進するように働く。したがって、これらのHIF-1関連の作用を阻害するとアルテスネイトの抗腫瘍効果を高めることができる。
 
アルテスネイトがフェロトーシスを誘導するということが明らかになり、このフェロトーシスのメカニズムがもっと解明されれば、新規の治療法を開発することができます。
フェロトーシスは細胞内の鉄に依存して活性酸素種が発生し、酸化ストレスが亢進して細胞死を引き起こします。したがって、がん細胞に酸化ストレスを高める治療はアルテスネイトの抗がん作用を増強する可能性があります。
このような方法としてジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミン、2-デオキシ-D-グルコース、サラゾスルファピリジン(サラゾピリン)、オーラノフィン、ケトン食などがあります。(346話417話418話419話424話参照)
 
がん細胞に酸化ストレスを高め、フェロトーシスと誘導してがん細胞を死滅させる」という治療法は今後注目すべきがん治療になるかもしれません。
 

◎アルテミシニン誘導体製剤を用いた治療法の詳細についてはこちらへ

 

 

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