がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
311)牛蒡子と糖質制限・ケトン食の相乗効果
図:牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニンはミトコンドリアの電子伝達系の複合体-Iを阻害してATP産生を減らしてAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性を高め、がん細胞の増殖抑制や肝臓における糖新生を低下させる。糖質制限やケトン食療法では、インスリン分泌を低下させてがん細胞の増殖を抑制する。がん細胞はグルコースの枯渇に対して小胞体ストレス応答によって細胞死を回避しようとするが、アルクチゲニンは小胞体ストレス応答を阻害することが報告されている。したがって、糖質制限やケトン食によるがん治療において、牛蒡子の服用は相乗効果が期待できる。
311)牛蒡子と糖質制限・ケトン食の相乗効果
【牛蒡子は抗炎症・解毒作用がある】
牛蒡子(ゴボウシ)はキク科のゴボウ(学名:Arctium lappa L.) の種子です。牛蒡(ゴボウ)の根は食用に供されますが、種子は牛蒡子という生薬名で薬用に用いられます。
牛蒡子には解毒、解熱、消炎、排膿の作用があり、咽の痛い風邪、扁桃腺炎、化膿性の腫れ物、湿疹、麻疹、歯茎の腫れなどに応用されています。牛蒡子の配合される漢方処方には柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、消風散(しょうふうさん)、銀翹散(ぎんぎょうさん)などがありますが、これらは風邪や湿疹や慢性炎症やアトピー体質の治療に使われます。
牛蒡子は漢方医学的には清熱解毒薬に分類されており、薬理学的には抗炎症作用や抗菌作用、抗腫瘍作用が報告されています。牛蒡子の抗炎症作用や抗腫瘍作用は、それに含まれるアルクチイン(arctiin)やアルクチゲニン(arctigenin)などのリグナン誘導体によるものと考えられています。アルクチゲニンに糖がついたものがアルクチインです。
リグナンとは水溶性食物繊維の一種で、顕花植物の茎や根、種子などに配糖体や遊離の状態で存在します。ごまに含まれるセサミンやセサミノールもリグナン類で、抗酸化作用や抗腫瘍効果が知られています。
近年、牛蒡子に含まれるアルクチゲニンの抗腫瘍効果が注目されており、動物実験レベルでの腫瘍縮小効果も複数の研究グループから報告されています。牛蒡子やアルクチゲニンの抗がん作用については、このブログでも何回か紹介しています。(48話、179話、298話)
【アルクチゲニンの抗がん作用】
培養がん細胞や動物の移植腫瘍を使った実験でアルクチゲニンの抗腫瘍効果が報告されています。その作用機序として以下のような報告があります。
1)アルクチゲニンはがんの温熱療法の効果を高める。(48話参照)
Arctigenin from Fructus Arctii is a novel suppressor of heat shock response in mammalian cells(ゴボウの果実に含まれるアルクチゲニンは動物細胞における熱ショック蛋白応答の新しい抑制剤である)Cell Stress Chaperones. 11(2): 154-161.2006
がん細胞は熱に弱いので、がん組織を41~43℃に温めるとがん細胞が死にやすくなります。この原理を利用したがん治療法が温熱療法です。しかし、がん細胞は熱に対して耐性を獲得することがあり、この仕組みに関連しているのが熱ショック蛋白(Heat Shock Protein、頭文字をとって「HSP」と呼ばれる)です。熱ショック蛋白は傷ついた細胞を修復し、細胞をストレスから防御する作用をもっています。
がん細胞を温熱処理したときに産生が高まってくる熱ショック蛋白の発現過程をアルクチゲニンが抑制することが報告されています。つまり、がん細胞を温熱療法で治療するときに牛蒡子を服用すると、アルクチゲニンによって熱ショック蛋白の発現が抑えられるので、がん細胞が熱に対して耐性を獲得する過程が抑えられ、がん細胞の温熱療法に対する感受性が高まり、抗腫瘍効果が高まるということです。
2)がん細胞の栄養飢餓に対する耐性を抑制する。(48話参照)
Identification of arctigenin as an antitumor agent having the ability to eliminate the tolerance of cancer cells to nutrient starvation.(がん細胞の栄養飢餓に対する耐性を取り除く能力を持つ抗がん成分としてのアルクチゲニンの同定)Cancer Res. 66(3):1751-1757. 2006
がん細胞は急速に増殖するため、酸素や栄養素の需要は高くなるのですが、血液の供給が追いつかない場合は、がん細胞は酸素や栄養素が不足しがちになります。しかし、がん細胞にこのような栄養飢餓の状態に対して、エネルギー代謝を変え、栄養や酸素が不足した状態でも死なないで増殖を続けようとします。このような栄養飢餓に対する耐性のメカニズムを阻害してやれば、がん細胞は死にやすくなり、抗がん剤の効き目を高めることができます。この論文では、アルクチゲニンは、がん細胞がグルコース不足の状態に耐えるために活性化されるAktという酵素の活性を阻害するメカニズムによって、栄養飢餓に対する耐性の獲得を阻止する可能性が示唆されています。
3)アルクチゲニンは小胞体ストレス応答を阻害することによって、グルコースの枯渇によるがん細胞死を促進する。(298話参照)
がん細胞はグルコース要求が高いので、グルコース飢餓への適応は腫瘍内での細胞生存に大変重要な役割を担っています。グルコース飢餓に対する適応応答を阻害することががん治療に役立つと考えられています。
Arctigenin blocks the unfolded protein response and shows therapeutic antitumor activity.(アルクチゲニンは小胞体ストレス応答を阻害し、抗腫瘍活性を示す)J Cell Physiol. 224(1): 33-40, 2010
Arctigenin suppresses unfolded protein response and sensitizes glucose deprivation-mediated cytotoxicity of cancer cells.(アルクチゲニンは小胞体ストレス応答を抑制しグルコース枯渇によるがん細胞死の感受性を高める)Planta Med. 77(2):141-5. 2011
細胞内のリボソームで作られた蛋白質は、小胞体で修飾を受けて高次構造(折り畳み)を形成し、さらにゴルジ体で糖鎖の結合などによって成熟蛋白質となって細胞外へ搬出、あるいは細胞内で利用されます。低酸素やグルコース枯渇や栄養飢餓状態が起こると、折り畳みに異常をきたした不良蛋白質が小胞体に蓄積し、これを『小胞体ストレス』といいます。小胞体ストレスに対して細胞はGRP78などのシャペロン蛋白の発現が亢進して小胞体ストレスを回避し、アポトーシス(細胞死)が起こらないようにしています。これを小胞体ストレス応答 (unfold protein response: UPR)と言います。
小胞体(endoplasmic reticulum:ER)は細胞小器官の一つで、新しく合成された蛋白質が正しく折り畳まれて成熟し機能を獲得する場所です。蛋白質の成熟が何らかの原因により失敗した場合、折り畳みの不完全な異常蛋白質(unfolded protein)が蓄積します。この異常蛋白質の蓄積が小胞体ストレス(ERストレス)で、これが引き金となって細胞内のシグナル伝達経路が活性化し、小胞体ストレス応答(unfolded protein responsse)と呼ばれる細胞応答が起こるのです。
シャペロン蛋白とは、他の蛋白質分子が正しい折りたたみ(3次元構造)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質の総称です。シャペロンとはフランス語で介添人のことで、タンパク質が正常な3次構造と機能を獲得するのを助ける役割から、シャペロン(介添人)になぞらえた命名です。シャペロン蛋白には多くの種類がありますが、小胞体ストレスが負荷されたときに特異的に発現が誘導されるシャペロンの一つがGRP78です。GRP78とは78-kDa glucose-regulated proteinのことで、分子量が78000のグルコース制御性蛋白質という意味の蛋白質で、その発現量は小胞体ストレス応答の指標となります。増殖している細胞で多く発現し、特にグルコースが枯渇すると発現量が増えてきます。
ERストレスが過剰であったり長時間持続すると、細胞は耐えられなくなり、最終的にアポトーシスによる細胞死が誘導されます。しかし、GRP78の発現量が多いと細胞死を起こしにくくなります。GRP78の発現が高い症例では再発までの期間が短いとか、抗がん剤が効きにくいという報告があります。
この小胞体ストレス応答を阻害するとがん細胞はグルコース枯渇や栄養飢餓や低酸素によって死にやすくなります。アルクチゲニンはGRP78の発現を阻害して小胞体ストレス応答を阻害する作用が報告されています。
この作用は、温熱療法に伴う熱ショック蛋白質の発現を抑える効果と同じです。GRP78は熱ショック蛋白質の一種です。熱やグルコース枯渇や栄養飢餓や虚血や低酸素などに適応(抵抗)するための細胞応答(熱ショック蛋白質やGRP78などのシャペロン蛋白の発現の亢進)を阻害することによってがん細胞を死滅させやすくする効果があると言えます。
メトホルミンなどのビグアナイド系糖尿病薬がグルコース飢餓環境下でUPRを抑制するという報告もあります。つまり、アルクチゲニンはメトホルミンと同様の抗腫瘍効果があるようです。
4)アルクチゲニンはグルコースを枯渇させたがん細胞の細胞死を促進する。(298話参照)
Arctigenin preferentially induces tumor cell death under glucose deprivation by inhibiting cellular energy metabolism.(アルクチゲニンは細胞のエネルギー代謝を阻害することによってグルコース枯渇下においてがん細胞に選択的に細胞死を誘導する)Biochem Pharmacol. 84(4):468-76.2012.
この論文では、グルコース類似体の2-デオキシグルコースとアルクチゲニンを同時に投与すると、がん細胞に特異的に細胞死を誘導することが報告されています。2-デオキシグルコースはグルコースと類似の構造で、グルコースと同じように細胞に取り込まれますが、解糖系で代謝されず、解糖系の酵素を阻害する作用があります。つまり、グルコースを枯渇させ、がん細胞のグルコース取り込みを阻害しているのと同じような作用です。このような状況でアルクチゲニンを併用すると、がん細胞が特異的に死滅するという報告です。
5)アルクチゲニンはAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)を活性化する。
血糖降下作用とAMPKの活性化作用を示す天然成分の多くはミトコンドリアでのATP産生を阻害するものであることを309話で解説しました。その代表がマメ科のガレガに含まれるグアニジン誘導体のビグアナイドや、黄連や黄柏に含まれるベルベリンです。牛蒡子に含まれるアルクチゲニン(Arctigenin)も同様の機序で血糖降下作用とAMPKを活性化する作用が報告されています。
Arctigenin, a natural compound, activates AMP-activated protein kinase via inhibition of mitochondria complex I and ameliorates metabolic disorders in ob/ob mice.(天然成分のアルクチゲニンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体を阻害することによってAMP活性化プロテインキナーゼを活性化し、ob/obマウスにおける代謝異常を軽減する) Diabetologia. 55(5):1469-81.2012
グルコース代謝のセンサーはグルコースそのものを検知するのではなく、代謝によって産生されたATPを介してグルコース量をモニターしています。その代表的な因子がAMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase:AMPK)です。AMPKは3つの異なるサブユニットからなるヘテロ3量体として存在し、γサブユニットはAMPやATPを結合する領域をもち、AMP/ATP比を検出します。
AMPKはAMP(Adenosine Monophosphate:アデノシン-1-リン酸)で活性化されるタンパクリン酸化酵素で、低グルコース、低酸素、虚血、熱ショックのような細胞内 ATP 供給が枯渇する状況において、AMPの増加に反応して活性化され、異化の亢進(ATP産生の促進)と同化の抑制(ATP消費の抑制)を誘導し、ATPのレベルを回復させる効果があります。すなわち、AMPKが活性化すると、糖や脂肪や蛋白質の合成は抑制され、一方、糖や脂肪や蛋白質の分解(異化)が亢進してATPが産生されます。
がん細胞ではAMPKの活性が抑制されており、AMPKを活性化するとがん細胞の増殖を抑制できることが報告され、AMPKはがんの予防や治療のターゲットとして有望視されています。AMPKの活性化ががん細胞の増殖を抑制する効果があることは、培養がん細胞や移植腫瘍を使った動物実験など多くの基礎研究で明らかになっています。
アルクチゲニンはミトコンドリアの呼吸酵素複合体-Iの働きを阻害することによってATPを低下させ、その結果、AMPKが活性化されます。解糖やTCA回路によりNADH2+やFADH2の形で捕捉された水素は,ミトコンドリアのクリステにおいて,順次エネルギーが低くなるような一連の酵素系(複合体 I~IV)の連鎖を経て,最終受容体である酸素(O2)に渡されて水 H2Oになります。 複合体 I~IVの段階は,ミトコンドリア内膜のタンパク質や補酵素間で電子のやり取りが起こる過程であるため電子伝達系と呼ばれます。アルクチゲニンはこの複合体-Iの働きを阻害する作用があると言うことです。
AMPKを活性化するメトホルミンとベルベリンもこの電子伝達系の複合体-Iを阻害することによってATPを低下させ、AMPKを活性化することが報告されています。つまり、アルクチゲニンもメトホルミンやベルベリンと同様にミトコンドリア毒で、捕食者(植物を食い荒らす動物など)から身を守る毒として持っている可能性が示唆されます。(309話参照)
したがって、アルクチゲニンは、メトホルミンと同様に血糖降下作用があります。そして、AMPKを活性化することによって、肝臓での糖新生や脂肪の合成を抑制します。この論文では、2型糖尿病の治療に役立つという結論ですが、がんの治療の観点からもメトホルミンと同様の効果が期待できるようです。メトホルミンに関しては、がん幹細胞の抗がん剤感受性を高める効果など、がん治療に有用な効果が最近数多く発表されています。(メトホルミンの抗がん作用については308話参照)
以上のような報告を総合すると、がんの糖質制限やケトン食療法に牛蒡子を多く併用すると、抗腫瘍効果を増強できる可能性が示唆されます。
カロリー制限や糖質制限で血糖やインスリンを低下させるだけで、がん細胞の増殖を抑制できますが、その効果はそれほど強くはありません。動物実験の検討では10~20%程度の抑制です。
糖質やカロリーの制限を厳しく行えば、さらに腫瘍を縮小させることができますが、やはり限界があります。糖質制限やカロリー制限を厳しく行っても、がんを消滅させることは困難です。
その理由の一つは、肝臓における糖新生によってグルコースが産生されるからです。乳酸や、脂肪が脂肪酸とグリセロールに分解されて代謝されるときにできるグリセロールや、糖原性アミノ酸と言われるアスパラギン、アスパラギン酸、アラニン、アルギニン、イソロイシン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸、システイン、セリン、チロシン、トリプトファン、トレオニン、バリン、フェニルアラニン、プロリン、メチオニンから肝臓でグルコースが合成されます。したがって、糖質を減らして、脂肪や蛋白質を多く摂取しても、グルコースの枯渇は起こりません。したがって、AMPKを活性化してある程度の糖新生を抑制し、ケトン体の産生を増やす方法は、抗がん作用を強化できると考えられます。
また、がん細胞はグルコース枯渇などの栄養飢餓の状態になると、細胞死を起こさないようにするメカニズム(小胞体ストレス応答)が活性化します。この反応を阻害することも抗腫瘍効果を高める上で重要です。
以上のことから、糖質制限やケトン食療法の際に、メトホルミンやアルクチゲニンを含む牛蒡子やベルベリンを含む黄連・黄柏の併用は抗腫瘍効果の増強効果が期待できると言えます。これに、がん細胞の嫌気性解糖系と酸化的リン酸化を阻害する半枝蓮と高濃度ビタミンC点滴の併用も、理論的にはがん細胞を死滅させる効果を高めることができます(303話参照)
中鎖脂肪ケトン食だけでは抗腫瘍効果が弱いとき、さらに効果を高める方法として以上のような治療法の併用を検討してみる価値はありそうです。
(ただし、アルクチゲニンもメトホルミンもベルベリンも基本的に細胞毒であるため、大量の摂取は副作用がでます。副作用が出ないでAMPKの活性化や小胞体ストレス応答の阻害作用が得られる服用量を摂取することが大切です。)
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