76)ケモブレインの漢方治療

図:記憶力や認知力などの脳機能を高める効果がある人参、遠志、五味子、釣藤鈎などの生薬は、抗がん剤治療による脳機能障害(ケモブレイン)に対して改善効果が期待できるかもしれない。

76)ケモブレインの漢方治療

【ケモブレインとは】
ケモブレイン(chemobrain)とは、chemotherapy(化学療法)の「chemo」と、brain(脳)を組み合わせて作られた用語です。「 化学療法後の脳機能障害」という意味で、抗がん剤治療中や治療後に起こる記憶や認知力の低下のことを指しています。

抗がん剤治療中あるいは治療後に、物忘れが強くなったという患者さんが結構います。抗がん剤治療の進歩のおかげで再発率が低下し、生存期間が延長してくると、
抗がん剤治療の後遺症の一つとして、記憶力や認知力の低下が問題になってきました
命に関わることでは無いのですが、生活の質(QOL)を低下させる点で患者にとっては深刻な問題になっています。
とくにこの問題は乳がん患者の間で、1980年代の後半から問題になってきました。乳がんの治療では、神経細胞の障害を起こしやすい抗がん剤が複数使用されることが多いことと、長期間延命する患者さん(乳がんのサバイバー)が多いためです。

記憶」というのは「忘れずに覚えておくこと」、「認知」というのは外界の情報を能動的に収集して処理する過程で、推理・判断・記憶などの機能が含まれます。したがって、記憶力や認知力の低下は、脳の活動の低下によって起こってきます。
記憶力や認知力が低下すると、
物忘れ言葉がすぐに出て来ない物事に集中できない一度に複数の仕事や作業ができない新しいことを覚えられない、といった症状が出ます。倦怠感うつ症状も症状の一つとなる可能性があります。
このような症状が、
抗がん剤治療を受けている乳がん患者の10~40%で見られると報告されています。

ケモブレインの主な原因は、抗がん剤による神経のダメージ(神経毒性)です。
一般的には、細胞分裂を行わない神経細胞は抗がん剤によるダメージは少ないのですが、
メソトレキセート、パクリタキセル、5-FUなど、神経細胞に毒性を示す抗がん剤も多くあります。
メソトレキセートは代謝阻害剤で、神経細胞の活動を低下させるので、倦怠感、睡眠障害の原因となる場合があります。
5-FUはプルキンエ細胞(小脳にある神経細胞)にダメージを与え、嚥下障害や不随意運動を起こす場合があります。さらに脳神経にダメージを与えて、言語障害、嗅覚脱失、歩行時のふらつき、舌のもつれなどの症状などの症状が出ることもあります。
ドセタキセルパクリタキセルは末梢神経にダメージをあたえて感覚障害を引き起こし、脳神経のダメージによって言語障害、健忘症、運動失調などもみられます。

症状が軽い場合には、抗がん剤の副作用なのか老化現象なのか判断が困難な場合が少なくありません。また、抗がん剤による神経のダメージだけでなく、治療に伴うストレスが関与している場合もあります。
さらに、抗がん剤によって卵巣機能が低下してホルモンバランスが障害されて、更年期症状として記憶力の低下が起こることもあります。
抗がん剤以外の服用している医薬品の副作用が関与している場合もあります。

いずれにしても、
ケモブレインの症状は、老化に伴う記憶力や認知力の低下と似ているため、生活の質を悪化させる要因になっていることは間違いありません。さらにその症状の発症には複数の要因が絡んでいる場合も多いため、有効な治療法がないのが実情です。

【ケモブレインに対する漢方治療】

神経細胞がいったん死ぬとその回復は極めて困難です。神経細胞は再生しないからです。
しかし、神経細胞が死んでいなければ、その機能を回復させることは可能です。

漢方治療の場合は、血液循環を良くする生薬、抗酸化力を高める生薬、ダメージを受けた神経細胞の回復を促進する生薬、脳神経の活動を高める生薬などを組み合わせると効果が期待できるかもしれません。
さらにストレスを緩和したり、更年期障害を改善するような効果もケモブレインの治療に有効かもしれません。

中国4000年の歴史のなかでも、老年期痴呆の症状は古くから知られており、その治療薬が経験的に蓄積されてきました。さらに、近年の漢方薬の研究でも、ラットなどの動物を使って脳血管障害やアルツハイマー病などの痴呆モデルを用いて、漢方薬の薬効が研究されています。
たとえば、動物実験や人間での臨床試験で、
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)がアルツハイマー型の痴呆を改善する効果が示されています。
当帰芍薬散は、芍薬(シャクヤク)、蒼朮(ソウジュツ)、沢瀉(タクシャ)、茯苓(ブクリョウ)、川きゅう(センキュウ)、当帰(トウキ)の6種類の生薬からなる漢方薬で、卵巣機能不全、不妊症、生理不順、更年期障害といった婦人科領域で広く使われています。乳がん患者のホルモン療法中の更年期症状を緩和する効果も報告されていますので、乳がん患者の抗がん剤やホルモン療法中のケモブレインの予防や治療に効果が期待できます。
さらに、記憶や認知の障害を改善する効果が期待できる生薬として、
帰脾湯(きひとう)に使用されるオウギ(黄耆)、ニンジン(人参)、ビャクジュツ(白朮)、ブクリョウ(茯苓)、オンジ(遠志)、タイソウ(大棗)、トウキ(当帰)、カンゾウ(甘草)、ショウキョウ(生姜)、モッコウ(木香)、サンソウニン(酸棗仁)、リュウガンニク(龍眼肉)の混合物は、培養神経細胞において、神経細胞の神経突起を正常状態に戻し、記憶障害改善作用を示すことから、アルツハイマー型記憶障害の予防・改善剤として有用であるという研究結果があります。
人参、黄耆、遠志が神経障害後から軸索および樹状突起の再形成、シナプスの再形成作用を有するという報告もあります。

薬理学的研究では
遠志(おんじ)五味子(ごみし)には抗痴呆作用が、釣藤鈎(ちょうとうこう)には認知機能改善作用が、人参(にんじん)には 記憶力増進作用が報告されています。
五味子は、強壮作用と神経興奮作用を利用して、過度の疲労・思考力の低下・記憶力および注意力の減退などに使用されています。
遠志は、この薬を服用していると元気が出てきて脳の働きが強くなり、意志が遠大になる(遠大な意志を造る)という意味で遠志(エンジ)よりオンジと言われてきました。物忘れを治したり強い精神力をもてるようになります。

以上のような研究から、
当帰芍薬散や帰脾湯に使用されているような生薬を組み合わせたり、人参、五味子、遠志、釣藤鈎などの組み合わせは、化学療法による脳機能障害の予防や治療に効果が期待できる可能性が高いと思います

(文責:福田一典)

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